21.クロエの出会い
「ん~っ……! ようやく終わったわねー。帰りは何事もなくてよかったわ」
「私、マリーちゃんのとこ行ってくる! またあとでね~!」
依頼の達成報告を終え、追加報酬で各チームがヘラ金貨十枚を受け取った後。マナが背伸びをしながら一週間ぶりに帰ってきた王都の空気を実感していると、ルナは一人でギルドを飛び出してパタパタと宿の方へ走っていってしまった。
「朝から元気な子ですわね。とはいえ、わたくしも今日はやりたいことがありますの。ですからマナさん、クロエさん。わたくしはこれで失礼いたしますわ。また明日お会いしましょ!」
「ええ。お疲れ様! カトレアもまた明日ね?」
ルナに続いて、カトレアも何か用事があるようで、手を振って挨拶を交わすと優雅にギルドを出ていった。メンバーがバラバラになってしまったが、問題はない。今日は自由行動。休日とは違い、個別で仕事を受けるもよし、好きなことをするのもよい日と決めていた。
そもそも、チームというのはメンバーが全員集まっていないとダメというわけではない。例えば『エクリプス』なら、ルナとマナ、カトレアとクロエで二人ずつに分かれてそれぞれ別々の依頼を受注したり、三人と一人ずつに分かれて別の依頼を受注したりしても問題はないのだ。でなければ大人数のチームや、ユニオンのような大きな冒険者の集まりで上手く仕事が回らなくなってしまう。
ユニオンとは、別々のチーム達が集まり、チーム同士でさらなるチームを組むという、いわば『同盟』というヤツである。大きな依頼が来た時や、メンバーが諸事情で一時的に離脱する際の穴埋めの助っ人、情報交換などメリットは様々だ。
「……さてと。クロエはどうするの? 私は息抜きがてら、簡単な常設依頼でもしようと思ってるけど」
「えっと、とりあえず図書館にでも行こうかと。ほんとはもっと強くなるために鍛えるべきなのかもしれないですけど……」
取り残された二人はどうするかを考えていた。マナからの質問に返事をしながら自嘲気味に苦笑いしているクロエ。
クロエは『エクリプス』の中でも自分が一番弱いことは自覚していた。自分が出来ることといえば、本をよく読むおかげか水魔法が並以上。他属性の魔法がそこそこ使えるぐらい。世間一般的に見ればそれは充分すぎる能力で、恐らくC級かB級になれるほどの才能はあるのだが、如何せん他の三人が異常すぎた。先日の大会でそれを痛く実感していた。
他の三人と比較してしまうとやはりかなり劣っているため、なんとかしたいとは思っているが何をすればいいか分からない。なので、取り敢えず変わった本でも読んでみようと図書館へ向かうことにしたのだ。
「そう? わかったわ。それじゃ、私は行くわね!」
マナは優しい声でそう告げると、クロエに手を振り、依頼ボードを見るため受付の横の方へと歩いていった。それを見送ったあと、クロエも図書館へ向かうためにギルドを後にした。
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マナと別れたあと、クロエは王都最大の大図書館へとやって来ていた。四メートルほどもある高さの、多くの本がぎっしりと保管された本棚。それが二階までずらりと並んでいた。クロエがここに来るのは今回が始めてではない。何ヶ月ものあいだ通い詰めた見慣れた景色だ。
『エクリプス』の三人と違って体を鍛えるのは苦手だったため、沢山の本を読み、独学で魔法を学び続けた結果、C級……もしかしたらB級にまで匹敵するかもしれないレベルまで成長を遂げたのだ。これは紛れもない『才能』である。そういった部分はマナとも少し似ている。
「やっぱりここは人も少なくて落ち着くなぁ……。今日はどんな本を読もう?」
自分の他にも人はいたが、王都にはルナ達のような肉体派の冒険者が多いため、図書館にはあまり人がいない。おかげでせっかくの広さと、多くの種類の本が宝の持ち腐れになりつつある。尤も、一部の魔術士や回復術士、読書が趣味の者はクロエのようにここへ通うので、ある種インテリな者の隠れ処のような場所となっていた。
「よし、強くなることに繋がりそうな本とか探してみよっと!」
そう都合よく強くなれるとは思っていないが、何かきっかけになりそうな本を探すことにした。クロエはもうじき、この図書館にある膨大な量の本……そのうちの半数を読破するところまで来ていた。
その際に読んだ本の種類は様々。これだけの本があれば、何か強くなるきっかけが書かれている本もあるかもしれない。そう思い、まだ手を付けたことのない区画に足を運んでいくのだった。
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「ダンジョンは魔力濃度が高い地域に生成されやすいと云われている、か……なるほど。魔力濃度の高い場所かぁ、二箇所くらいしか知らないなぁ……。あれ。何か挟まってる? ……地図?」
すでに数冊の本を読み終えたクロエは、ダンジョンについての本を読んでいた。ダンジョンの聖遺物に強くなれる可能性があると考えたのだ。本を読み進めていると、ページを捲った際に二枚の地図が描かれた紙切れが挟まっていることに気付く。
「誰かが挟んだのかな……。でも、この地図かなり古い感じがする……」
紙の端は切れ切れになっており、その地図には相当な年季を感じられた。かろうじて地図や記号は読めるようで、一枚目の地図には王都らしき絵と、大きな森、小さな村などの位置関係が描かれていて、大きな森には赤い丸で印がつけてあった。二枚目の地図はその印がつけてある森の中でのルートのような物が描かれていた。
「これ……もしかしてダンジョンの地図!? いや……でも、誰かが描いたのなら、きっともう探索されてるかな? ……いや! 場所だけ示してるヒントなだけで、まだ攻略はされてないかもしれない! ……よし!」
もしやこの地図はダンジョンの地図なのではと思い、一喜一憂をしていたが、仮にそうだった場合、まだ探索されていない可能性を考慮したクロエは、善は急げと印の場所へ向かってみることにした。幸い、この印が描かれている森には見覚えがある。
席を立ったクロエは積み上げていた本を元の場所に戻し、しっかりと地図を握ったまま、急ぎ足で図書館を飛び出していった。
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「やっぱり、この森だ……!」
図書館を飛び出し、そのまま王都を抜けて数十分程歩いた先にある森に着いたクロエは、地図と周りの地形を照らし合わせて古びた地図の整合性を確かめていた。描かれているのは今いる場所から森の中心部まで、ジグザグと周り道をするルートだった。
「この目的の場所……真っ直ぐ行けばすぐ着きそうだけど、理由があるのかな?」
この森はそこまで入り組んでいるわけではなく、描かれている場所には特に障害物もないため、真っ直ぐ行けば辿り着けそうだった。しかし、わざわざ迂回するかのように描かれた地図のルートに何か意味を感じたクロエは地図に従って森に入ることに決めた。
「戦闘は苦手だけど、強くなるためには頑張らないと……!」
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「ギュアァッ!」
「ひいぃぃぃっ……!? ま、また来たぁ!? 【ウォーターランス】!」
シュッ! ドスッ……。
「はぁっ……はぁっ……! まさか、ウィングラビットの群れに遭遇するなんてっ……!」
森に入ってから暫く、地図に従って進んでいたクロエは、耳が羽のようになっている兎の群れに追われ、魔法で応戦しながら全力疾走していた。もちろん、追われつつもルートを外れないようしっかりと地図を見ながら走っていた。器用さはクロエの数少ない取り柄である。
「ふぅ……。なんとか撒いたかな。そういえば、少し霧が出てきた?」
そんなこんなでしばらく走っていると、やがてウィングラビットの群れから逃げ切ったクロエの周りには、やや霧が出始めていた。この森には過去に来たことがあるが、こんな現象は始めてだ。
少し視界は悪くなったが、地図のルート通りにどんどん先へ進んでいく。すると目的の地点に近づけば近づくほど、だんだんと霧が濃くなっていった。
「もう足元も見えないぐらいになってきた……。もうすぐ目的地のはずだけど……。ん、あれは……?」
すでに周りが殆ど見えないレベルにまで霧が濃くなった森の中で、クロエの目の前に、突然深い霧の中から巨大な石レンガで出来た建物が現れる。
「急に現れた……!? 物理法則や常識を覆す現象……もしかしなくてもダンジョンだ! つまり、ここからが本番ってことか……」
(本来この森にこんな建物はない……。ということはここまで来た謎の道順と深い霧がトリガーとなって出現した……ってことになるよね……。よし、行くぞっ!)
意を決してダンジョンに入ると中は思ったよりも殺風景で、天井の高い大部屋の中心に謎の大きな扉のついた小部屋と、それを囲うように水晶が五つ並んでいた。
「良かったぁ、戦闘タイプじゃない! どう考えても謎解きタイプのダンジョンだけど……仕掛けが解かれてないってことは未開拓のダンジョンってことだよね! よーし、張り切っちゃうぞ!」
ダンジョンにはそれぞれ戦闘型、探索型、迷宮型、謎解き型の計4種類の系統がある。
――戦闘型はダンジョン内にいるヌシを討伐し奥地の財宝を目指すというもの。
――探索型は道中現れるモンスターを倒しながら広いダンジョン内部を探索し、最奥部にある財宝を見つけるというもの。
――迷宮型は数多くのトラップを潜り抜け、長い迷路を超えたその先にある財宝に辿り着くというもの。
――そして謎解き型はダンジョン内にある仕掛けを解き、仕掛けの先にある財宝を手にするというものだ。
謎解き以外のダンジョンはどれも危険が高く、身のこなしや戦闘に自信がないクロエにとって、このダンジョンが謎解き型というのはとても幸運だった。
周りを確認して気合を入れたクロエは活き活きと探索を始める。とはいっても見た限りでは仕掛けは扉と水晶だけ……。念のために壁や地面などをぺたぺたと触って調べてみるが特に反応はない。
「じゃあ、やっぱり水晶が鍵だろうなぁ。どれどれ……」
クロエは本で知識を蓄えているだけあって、ダンジョンに関する造詣も深かった。
まず手始めに水晶をじっくりと観察してみる。それは台座に飾られているだけで特に変わった様子はなさそうだ。
次は水晶に触れてみる。ひし形になったクリスタルのような水晶……。触っても特に変化はない。コンコンと軽く叩いてみても、撫でてみても同じ。
「うーん、絶対この水晶に秘密があるはずなんだけど」
一応開かない扉も調べてみるが、押しても引いても当然開かない。見た目にもおかしなところは――いや、よく見ると扉の模様が線のようにそれぞれの水晶に向かっている。
「なら最後の選択肢は……」
少し考えたあと、クロエはおもむろに一つの水晶の元へ歩み寄り手を触れる。そして、水晶に向けて魔力を流してみる。取り敢えず得意な水魔法でも。
シュイン……。
……すると次の瞬間、瞬く間に水晶の色が青色へと変化した。
「おお、やっぱり! なら火魔法は……赤になる! よし、取り敢えず全部の水晶に適当な魔力を流しちゃおう!」
予想通り変化が訪れた仕掛け攻略に、クロエはうきうきした様子で片っ端から水晶の色を変えていく。とりあえず使える属性の範囲で青、赤、緑、黄、水色の五色にしてみた。分かってはいたことだがこれではまだ扉が開く様子はない。
「何色にすれば……。ルールは分かってもヒントがないな……」
色が変わるのは理解したが、周りには相変わらず扉と水晶だけで、ヒントになりそうなものは何もなかった。
「うーん……外に出ても霧ぐらいしかないし。……霧? そうか、霧だ!」
このダンジョンは普通の手段では立ち入れない特殊なダンジョンだ。なので道中の霧が現れた時点からそこはすでにダンジョンということ。つまり、『ダンジョン内』にはしっかりヒントがあった。……それが、建物の外の霧だ。
そう確信したクロエは水晶の元へ行き、魔力を流す。霧と同じ属性の魔力を。
「霧はたしか氷魔法から派生するはず……だから水晶を全て水色に……!」
次々にめちゃくちゃな色になっている水晶たちに氷属性の魔力を流し、色を水色に変えていくクロエ。全ての水晶が水色になり、クロエはなにかが起きるはずだと思い、仕掛けから距離を取って全体を見渡すと……。
キィィィン……!
ガチャッ。ゴゴゴゴ………!
「よっしゃあーっ! 開いたー!」
ようやく謎が解けて扉が開き、喜びのあまり思わず男らしい砕けた声を漏らしてしまう。普段から口調をそのまま砕けたままにすれば、よく言っている『男らしさ』に一歩近づくと思うのだが……きっと誰かが触れない限りは暫く気づかないであろう。
開いた小部屋を念のために警戒しつつ慎重に覗くと、すぐ目の前には半身がバラバラになった骸骨が倒れていた。その手にはしっかりと鞘に収まった、どこか異様な存在感を放つ剣を握っている。
「お宝は……骸骨と、これは確か本で読んだ……刀? えっと……失礼します!」
クロエは律儀にも骸骨に手を合わせてから、その骸骨が握っている刀を丁寧に拾い上げる。
刀。それはこの国周辺では珍しく、大昔に遥か東方にある国から渡ってきたとされる武器のひとつだ。クロエは刀を実際に見るのは初めてだが、いつしか読んだ本の中に刀が描かれていたのを覚えていた。
「ふぅ……。やったぁ! 僕一人でもダンジョン攻略出来たんだ!! これがあればきっと……」
『おー。そいつァ良かったなぁ! 俺も人間に会うのは久々だぜ!』
「はっ!? 誰!?」
無事ダンジョンを攻略したクロエが聖遺物であろう刀を持ち、外に出て大きくガッツポーズを取っていると背後から突然何者かの声が響いた。
しーん……。
「誰もいない……? 空耳かな……」
咄嗟に振り返っても誰もおらず、気のせいだと思ってそのまま立ち去ろうとする。するとまたしても近くで声が聞こえた。今度ははっきりと。
『どこ見てんだ? 上だよ上!』
「えっ!? ……わあぁーっ!?」
キョロキョロしていると声の主はクロエの真上から、ぬっ! と上下逆さまに胡座をかいた状態で顔の前に現れ、至近距離で目と目が合う。その着物を着た男の体は少し透けていて、思いっ切り空中に浮いていた。十中八九、人間ではない。驚いたクロエは思わず叫んで尻もちをついてしまう。
「なっなに!? だだ誰ですかっ!?」
『ハッハッハ! 痛快だな! 驚いたか? 驚いたろ!? 俺の名はアルキュオネウス! 訳あってその刀に取り憑いてる元剣豪だ!!』
「アルキュオネウス……って、前に読んだ歴史の本で見たあの大剣豪アルキュオネウス!?」
――アルキュオネウス。その名には聞き覚えがあった。今より二百年も昔に名を馳せた英雄ヘラクレスのライバルと呼ばれた屈指の実力者だ。
ある時、二人は真の実力者を競い、決闘を行うはずだった。しかし、約束の期日になっても彼はヘラクレスの前には現れることはなかった。ヘラクレスは三日三晩そこで彼を待ち続けたという……。
それ以来、アルキュオネウスは消息が不明になり、『戦いから逃げた臆病者』『剣豪は死んだ』『真の英雄はヘラクレスだ』などと散々な言われようで、時間が経つにつれ自然と歴史の舞台からも姿を消したのだ。
『俺って今そんなふうに語られてんの!? 俺のほうが驚いたわ! いやァ、懐かしい名前だなぁヘラクレス!』
「あの、歴史から忽然と姿を消した貴方がどうしてこの刀に?」
クロエは純粋に気になっていた。なぜ二百年前の人物がこんなところにいるのか。どうして幽霊になって刀に取り憑いているのか……。
『あーそれな……聞いてくれるぅ? 俺だって好きでこの刀に憑いた訳じゃねぇんだ。あいつ……ヘラクレスとの決闘の前日……俺はこの地でギリギリまで修行をしてたんだ』
クロエに質問されたアルキュオネウスは、胡座をかいたままため息をついてから語り始めた。
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「おいヘラクレス! 話があるんだ!」
「なんだネウス、また勝負か?」
『また』ってのは、俺とあいつは昔から何度も何度も色々なことで勝負をしてきた。昨日やった水切り勝負は俺の負け。あれで戦績は1000戦中、463勝463敗74引き分け。それほどまでに俺たちは勝負を繰り返してきた。
つっても、別に仲が悪かったわけじゃない。お互い切磋琢磨し、競い合う毎日……。俺はそんな日常が楽しかった。尤も、他の奴から見れば戦ってばかりで仲良くは見えなかったのかもしれないけどな。
「いーや! 今回はいつもの勝負とは違う! 昨日の勝負で俺らの戦績は千回を超えた。いよいよ大台だ! 勝敗も五分……。だから、次で真の決着をつけようと思ってな!」
「……まさかお前、今までの勝敗全部覚えてるのか? 流石にちょっと引くぞ! ……で? 決着ってことは、最後だよな。最後は、何をするんだ?」
あいつは全部の勝敗を覚えてる俺に少し引いてたが、すでに千回も戦ってきたんだ。俺はそろそろ、どちらが真の実力者なのか、はっきりとさせたかった。
「決闘だ! 一対一の、本気の勝負をしよう! 勝敗の付け方はどちらかが倒れるまでだ! 場所は俺たちが初めて戦った聖浄の滝! 三日後、そこで決着をつけようぜ!」
「ふっ……。ああ、もちろん受けて立つ! 最後だからこそ、加減はなしだ!」
随分いきなりだし、一方的な決闘の申込みだったが、あいつは二つ返事で了承してくれた。そして、俺たちは三日後の決闘までは顔を合わせないことにして、各自、当日まで体を鍛えることにした。
ヘラクレスがどこへ修行に行ったのかは知らんが、俺はこの森に来たんだ。あいつと初めて勝負して以来使い続けてる、"この"愛刀を持ってな。この刀はその頃に名を馳せていた名工に打ってもらったんだ。ってのも、最初に使ってた剣は初めてヘラクレスと戦った時にあいつに折られッちまったからな……。そん時の勝敗? 当然負けたさ。それ以来、俺は懲りずにあいつに挑み続けた。そして今に至る。
今でこそ、ここはそんなに強いモンスターは出ないみたいだが、当時はそこそこ強力な奴がうようよしてた。だから俺はこの森を修行場所に選んだ。
「オラオラァ! どんどんかかってこいや魔物共ォ!」
今の世でいう、冒険者ランク……だったか? ってのに例えるなら、B級やA級……もしくはそれ以上の奴がうろちょろしててな。そいつらをズバズバ切り裂いて戦いながら森を滅茶苦茶に走り回ってたのさ。
事が起きたのは忘れもしない二日目の夕暮れ時だ。丸々二日間、森で戦い続けていた俺は、明日に備えて木の上で休息を取ってたんだ。修行には息抜きも大事だからな。
「はぁ~! 流石に二日ぶっ通しはキツいな……。気ィ抜いたら決闘の前に死んじまいそうだ! だが、これぐらいで音を上げてたらあいつにゃ勝てねえからな、休憩入れたらまた……ん? なんだ?」
休んでいた俺は、ふと周りを見ると奥の方からだんだんと霧が濃くなってきていることに気付いた。
「おいおい、この森で霧なんて初めて見るぞ……! 何か起きてんのか?」
木から降りて改めて周りを確認すると、みるみるうちに霧で周りが見えなくなっていく。この森には何度か来ているが、こんな現象は初めてだった。故にその異常さにもすぐ気づいたんだ。
そして俺は霧が深くなっている森の奥へと導かれるように進んだ。もはや一メートル先の木すら視認出来ないほどの霧の濃さの中――それは起きた。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ッ!!!!
強烈な揺れを感じ、思わず立っていられなくなりしゃがみ込む。しかしいつまで経っても揺れが収まることはなかった。
この森全体が震動しているのか。そう考えていると突如揺れと共に霧が濃くなったと思った途端――俺の視界は暗黒に包まれた。
「……ッ!?」
そして次の瞬間、俺は今まで感じたことのないほどの激痛と共に意識を失った。ヘラクレスとの別れは突然訪れたんだ。
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『目が覚めたら刀の中でよ、あの部屋ん中にいて、傍を見れば半身がなく血まみれで横たわる俺の身体があったってわけだ。自分を他人視点で見るなんて、ま~新鮮だったぜ!』
アルキュオネウスは明るく振る舞うが、中々エグい急展開な話に、クロエは温度差で顔色が悪くなっていた。現場と痛みを想像してしまったのだろう。
「……理由は分からないですけど、ダンジョンの生成に巻き込まれた……ってことなんですか? でもそんなことって……」
ダンジョンの生成の瞬間に遭遇したことのある者はそう多くはない。いや、ほぼいないと言っても過言ではないだろう。気づけばそこにあり、知らぬ間に条件を満たした者が辿り着く。どのような原理で生まれるのか、はたまた誰かが作っているのか……。それは誰にも分からず、どの本にも乗っていない。そのためクロエにとって、その話はまるで信じられないようなことだったのだ。
『ま、俺にも分かんねえさ。約束も反故にしちまったし、もう二百年以上経ってる。謝ることも出来ねえ……』
「ぁ……。そっか……」
親友との大事な約束を、理不尽な事故だったとはいえ、何も伝えられずに破ってしまったのだ。おちゃらけた態度だが、内心ではきっと相当な自責の念に駆られていることだろう……。クロエは同情とはいえ、ついその虚しさに涙がこみ上げてしまう。まだ12歳だというのに、優しい子である。
『そ こ で だ!』
「うわぁっ! びっくりした……」
幽霊らしく迫真的な勢いでクロエに顔を近づけるアルキュオネウス。何か言いたいことでもあるのだろうか。そして彼が口を開くとその口からは予想外の言葉が飛び出してきた。
『俺と契約して、俺をこの世界に連れ出してくれよ! 嬢ちゃん!』
「僕は男ですッ!!」
『なにィーッ!!?』
相変わらず女の子と間違われ、いつものやり取りをしたところで、二人は本題に入る。
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「それで、契約とは?」
『あ~、二百年もここに封印されてたんだ。外の世界が見てみたいんだよ。あわよくば強い奴と出会いてえ。契約してくれれば俺は外に出られる。お前に憑いていく形になるけどな! ……お前、強くなりたいって言ってたよな? 対価はそれでどうだ』
変わらず明るい様子で目的と対価を提示するアルキュオネウス。彼のポジティブさは、全く幽霊とは思えない。まるで普通の人間と会話している気分だ。
確かに二百年以上ここに縛られていたのなら、変わった世界を見たいという気持ちもよくわかる。強い奴と……というのは、彼もまた戦闘狂なんだろう。生前もライバルと千回も勝負をしていたようだし。
「その、連れ出してあげるのは別にいいんですけど……。契約したら、どうやって強くなれるんですか?」
元大剣豪とはいえ、今はただの幽霊。なにか強い魔法を使えるとも限らない。剣術指南でもするつもりなのだろうか?
『そうだな……。お前が剣を抜いた時、俺がお前の身体で戦ってやる! 勿論完全に乗っ取るわけじゃねえ。意識はしっかりあるはずだ。今の立場の軽い逆転みたいなもんだな』
要はクロエに取り憑いて身体を操るということである。ただし、あくまで支配権はクロエ本人にあり、意識があれば自分で戦っているのと同じ感覚になる。その戦い方を体で覚えれば、必然的にクロエ自身が強くなることにも繋がるはずだという。
「おぉ。それはなんかすごそう……! 一時的とはいえ、かつての大剣豪の力を得るってこと……?」
『そんな大層なもんでも無ぇと思うけどな? お前の身体を借りればお前は強くなれて、俺は戦闘欲も発散出来て一石二鳥ってわけだ! どうだ? 頼むよ!』
必死な顔で縋るようにクロエに懇願するアルキュオネウス。その瞳には二百年もの間積もった想いが見て取れた。そんな彼を見たクロエは少し考えた後、口を開く。
「……わかりました。契約……しましょう! なんか可哀想だし、強くなれるなら!」
強くなりたい気持ちも勿論あるが、彼が二百年もこの地に封印されていたというのがあまりにも哀れに思えて、クロエは彼の提案を受け入れることにした。クロエは情に流されやすい性格だった。
その言葉を聞いたアルキュオネウスの表情は、ぱあっと明るくなり、善は急げと手順を話し始めた。
『ほんとか!? んじゃあ早速だが、俺の……いや、もうお前のもんだよな。お前の刀を抜いてみてくれ!』
「は、はい……」
言われるがままに刀と鞘に手を掛け刀を抜く。すらりと抜けた刃は綺麗なもので、刃こぼれもなく、鋭く揃っており、時の経過を感じさせない。ダンジョンの影響を受けた聖遺物だからだろうか?
『その刀でちょっとだけ指を切って、その血を刃に塗るんだ。いいか、ちょっとだぞ! 切りすぎないようにな! それめっちゃ切れ味いいから! そしたら刀を床に置いてくれ。……自分で説明してて思ったが、なんか悪魔の契約させてるみてえだな?』
中々、過保護で心配そうに指示を出すアルキュオネウスだったが、やっていることが悪魔の契約の仕方に似ていて自分で突っ込んでいた。彼は恐らく良い人なのだろう。
そして指示された通り人差し指をピッ……と軽く切ると、流れ出た血を刃に這わせるように塗り、刀を地面に置いて準備を終えた。
『次に俺を受け入れるイメージだ!』
「は、はい!」
『よし、そして二百年もの幽霊人生で身に着けた謎の霊力と謎の魔力を組み合わせる! 【媒体契約】!』
フォン………!!
アルキュオネウスが不思議な力で魔法を発動させると、血のついた刀とクロエ、そしてアルキュオネウスが光を放ち始める。しばらく光を纏っていた二人だが、やがて光は粒となり静かに消えていった。
刀を見れば、剣の柄は漆黒となり、刀身に塗った血は黒く溶け、刃には蛇のような形の墨模様が出来ていた。なんと男心くすぐるデザインだろうか。クロエは少し胸が高鳴っていた。
「おぉこれは……かっこいい……っ!」
『うまくいったか。どうだ、いいデザインだろ? 言うなれば、『妖刀アルキュオネウス』ってとこだな……。これからよろしくな! 契約したんだ、アルでもネウスでも好きに呼んでくれ! えーと……』
「あっ、クロエです! よろしくお願いします!……ア、アルさん!」
『よろしくなクロエ! 早速だが試し切りでもどうだ? おら、剣を持て!』
契約を終えたクロエは握手……は出来ないので、頭を下げて敬意を伝える。するとアルキュオネウス改めアルは契約早々に試し切りをしようなどと言ってきた。だが、クロエ本人も刀の性能や、契約で何がどう変わったのかが気になっていたため、その提案に乗ることにしたのだった。
「ん……よいしょっ!」
すぅっ……!
「お、動く動く! よし、上手く行ったな!」
『うわっ!? これって、ほんとに乗り移ったの!?』
クロエが刀を抜くと、一瞬意識が遠のいたと思えば右手が勝手に動いていた。アルが動かしているのだろう。だが、クロエが右手に力を入れると勝手に動くことがなくなり、ちゃんと自分の意思で動かせた。どうやら説明の時に言っていた通り、肉体の支配権はちゃんとクロエにあるらしい。
「俺が身体を操れるのは刀を抜いている時だけだ。戦闘の際は支配権を俺に委ねてくれよ? 急に足が動かなくなった、とかなったら命取りだぜ」
『たしかにそれは大事ですね……。それで、試し切りって?』
クロエの口からアルが喋っているが、それは支配権の状態によって変わるのだろう。他人に動かされているようで、自分で動かしているような感覚もあり、なんとも不思議な気分だった。そしてクロエの声で喋る男らしさ溢れる口調は非常に新鮮であった。
「そうだなァ。手始めに俺とヘラクレスの決闘を邪魔しやがった、この忌々しいくそったれダンジョンでもぶった斬っちまうか!」
『えっ!? む、無茶です! それ僕の体ですからね!? そんな力ないですって!!』
何を言っているのだろうか、この男は。目の前の石レンガで出来たダンジョンを斬る? 確かにここはダンジョンにしては小さめだが、それでも民家よりは大きい。そんなもの斬れるわけがない。
「やってみなきゃわからねえだろ? それに普通の剣と違って刀はパワーが全てじゃねえ……よく見とけ! あれが俺たちの長い旅路、最初の相手だ! クロエ! お前の得意属性はなんだ!?」
『え、えっと、水属性が得意傾向で、他の属性も闇以外ならそこそこ使えます!』
「りょーかいりょーかいっ……! ハッ――」
そう言ってアルは腰を落とし、刀を横腹から後ろへ差して居合の体勢を取り、目の前の構造物を標的に定めたアルは刀に水属性の魔力を込める。そして……。
「――【静剣・ヨコシグレ】」
ザヒュッ……!
脇から抜いたのが見えない程の居合で、水の魔力を込めた太刀技を横薙ぎに放つと、建物はスパッと水平に切れてしまった。それはもう……綺麗に。すんなりと。
「うおおおーっ! 二百年ぶりにスッキリしたぜぇ!!」
『「えええええええっ!!!?」』
その場でヒュッ、と刀を素振りして水を弾きながら叫ぶアルと、驚きのあまり、意識下でも体でも同時に叫んでしまうクロエ。
「っしゃぁ! クロエ、次行くぞっ!」
どうやら二百年というあまりにも長い年月のブランクがあるため、まだまだアルの試し切りは終わらないようだ……。
クロエくん回です。契約前のアルキュオネウスさんはダンジョン内でのみ行動可能だったため、ダンジョンの一部である霧が出ている範囲の森の中までなら外に出ることが出来ます。




