16.マナを狙う者。
一日目の夜は、バロンとエルド、マナとコリンの二人ずつで適度に睡眠を取りながら交代で見張りをし、何事もなく次の日を迎えた。
二日目の昼過ぎ。ガタガタと揺れる馬車の中、昨日と同じ配置で移動していた一行は、そうそう問題も起きないため、各々が好きな事をして時間を潰していた。
「マナちゃん……それどういう技術なんだ……? すごいな……!?」
エルドは驚きのあまり感嘆の声を漏らしていた。その視線の先には、揺れる馬車の中だというのにトランプタワーを慎重に積み上げていくマナの姿があった。
「それ王都に行く時の乗合馬車でもやってたよね……。私には真似出来ないよ……!」
ルナはバルネアから王都へ向かう際にも、彼女が同じことをしていたのを思い出していた。あの時はオーガの襲来によって失敗に終わってしまったが……。
「………邪魔したら蹴っ飛ばすわよ……っ!」
そーっと、わずかに震える手を近づけながら、静かに刺激しないように告げるマナ。どうやら現在はかなりシビアな地点のようだ。
ルナとエルドの二人は、その様子を固唾を呑んでじっと見守っていた。余計なことをすれば本当に殺されてしまいそうな気迫があったからである。そしてゆっくりと高さをあげていくタワーを見て、二人は思っていた。
((馬車でやらなきゃいいのに……))
ガタガタ、ガタン……。
「出来たわッ!!!」
馬車が停止したと共に、マナから歓喜の声があがる。見ればついに頂点の部分を置き終わったところであった。
「おおっ!? ついに完成か!」
「おめでとー! っていうか、なんで馬車止まったの?」
ぱちぱちと拍手喝采が起こる中、ルナは外を見る。するとすでに馬車は山の麓まで来ており、すぐそばにある一つの村に停止していた。気づけば外は夕暮れで、どうやら全員マナのほうに集中していたため、いつの間にか随分と歩も時も進んでいたようだ。
そこはエント村というらしく、山の麓というだけあって自然に囲まれた優しい空気の村だった。
「本日はこの村にて休息を取ります。何事もなくここまで辿り着けているのは皆様のおかげです、本当にありがとうございます!私は村長に馬車を入れる許可を頂いてきますので、冒険者の皆様は自由行動という形でお願いします。では……」
依頼主の商人はそう言うと、頭を下げてから村の大きな家へと向かっていった。冒険者たちもそれぞれ自由行動ということで、好きなように散り散りになった。
カトレアとクロエとメナの三人は、馬車の移動の間にかなり打ち解けたらしく、三人で仲良く村を散策しに行ってしまった。エルドもチームの仲間の元へ行ったので、残されたルナとマナは二人で村周辺を散歩することにした。村の周りは山育ちのルナにとっては懐かしくも感じる大自然が広がっていた。
「まだ知り合ったばかりだけど、こうして二人っきりでいるのは久々に感じるわね」
「そうだね……。ついこの間出会って、冒険者になって、チームを結成して……。あっという間にカトレアとクロエくん、二人の仲間も増えて! この数日はすっごく楽しくて、濃厚な日々だったな~!」
二人が初めて出会ってからまだ七日と少し。ルナが冒険者になってからはほんの五日しか経っていない。しかし家を出てからというもの、新鮮な出来事ばかりのルナはここ数日間の出来事を思い返し、深く懐かしんでいた。
「ふふ。これからも沢山思い出ができるわよ。そしたらいつか、貴女のおじいさんにも旅の思い出を伝えてあげなきゃね?」
「あははっ!その時は、マナちゃんも一緒だよ!」
二人は笑い合い、落ちていく夕日を眺めながら手を繋いで歩いていた。
一方その頃、他の冒険者たちと別れたカトレア、クロエ、メナの三人は、エント村の食堂にて大食い対決をしていた。
「山特有の素材を使った料理……! 結構、いやかなりいけますわね……!」
「この勝負に勝って、男らしさを証明するんだ……!」
「なんで私まで参加させられてるのー……? うっぷ……!」
お嬢様らしさなど微塵もなく、ガツガツ食べるカトレアと、繊細そうな見た目とは裏腹に中々の根性を見せるクロエ。そしてなぜか巻き込まれた食の細いメナ。
その勝負は、食堂にいた村の住人全員が注目するほど熱い戦いになっていた。中には誰が勝つのか賭けている者達もいた。当然、大穴はメナである。
「いいぞカトレアちゃん! そのまま押し切れ!」
「負けるな少年! 男の意地を見せろ!」
「ピンク髪ちゃん、がんばって~! あなたのオッズ凄いことになってるのよ~!」
大半が賭けをしている村人の声援だったが、おかげで食堂の盛り上がりようは凄まじいものだった。
「いや……普通に……もう、無理……」
ぱたりと机に倒れ伏したメナ。とうとう限界が来てギブアップである。メナに賭けていた一部の村人からは悲嘆の声があがるが、真っ白に燃え尽きたメナはピクリとも動かない。むしろここまでよく頑張ったほうであった……。
「ぼ、僕は……まだ……うっ……!」
続いて、白熱していたカトレア対クロエだったが、やはり分が悪いクロエ、根性だけでは大食いお嬢様に勝つことも出来ず、あえなくクロエも力尽きた。しかし男としての根性はしっかりと村人たちに刻まれたことであろう……。
「……あら? 二人とも、もうばたんきゅーですの? それはともかく、おかわりですわ!」
決着がついたのにもかかわらず、まだ腹の中に入る余地を見せるカトレアに、村人たちは歓声を上げていた。そこからはカトレアがどこで力尽きるかに賭けの内容がチェンジしていた。彼らの夜は長そうであった。
この戦いがきっかけで、エント村では大食い対決が名物になるのだが、それはまた別のお話。
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「お前がA級冒険者のマナだな? ……いや、マナ・フォン・デュランダルと呼ぶべきか?」
「……!? 貴方達、何者?」
日も暮れ、辺りが完全に暗くなり視界も悪くなってきた頃。軽く山の中を散策していたルナ達は、そろそろ村へ戻ろうと思い、二人が山から出ようとしていた所で、黒いローブで身を隠した謎の集団に囲まれていた。
(ルナとの散歩に夢中でつい油断してた……。まさか私を狙ってくるなんて……!)
隠しているはずの本名を知っているこの男たちは、マナに用がある様子だった。突然の来襲にマナは警戒を高め、剣に手をかけ、臨戦態勢になっていた。
「マナ……フォン……? マナちゃんの本名?」
警戒を強めているマナと相対して、とぼけた顔をして首を傾げているルナ。幸い、一緒にいたのがこの国の事情に詳しくないルナだったのが救いだった。
「気にしなくていいわよ、ルナ。……私はマナ、ただの冒険者。いずれ話す時が来るわ」
「そっか。マナちゃんがそういうなら、私はその時を待つね! ……それで、この人たちは知り合い?」
素直にマナの言葉を受け入れるルナ。それは信頼故か、純粋故か……。そしてマナに用事がある様子の彼らを見て、知り合いなのかと訊ねるが、マナにこんな怪しい知り合いはいない。間違いなく不純な目的で来ている。
「お嬢さんも痛い目に遭いたくなければ、今すぐここから去ることをおすすめする……」
マナが口を開くまでもなく、男の方から『我々は敵』と主張するような発言が飛び出してきた。あくまで彼らの目的はマナであり、関係のないルナは見逃してくれるようだった。……が、そう言われてマナを置いて行くような性格ではない。ルナはすでに戦う姿勢を見せていた。
「やっぱりあなた達は敵なんだね……! 目的がマナちゃんなら、盗賊……じゃないよね」
「我々はそちらのマナ嬢を連れてくるよう上に言われている……。生きてさえいれば、どんな手段だろうと構わないともね……!」
男はそう言い、右手を上げる。マナは確信した。
(攻撃の合図……!)
すると予想通り、男の後方からマナへ向けて矢が放たれる。囲んでいた集団の他に、背後にも隠れている者がいたのだ。奇襲の常套手段である。マナは即座に剣を振り抜き、矢を弾き落とす。続けて今度はマナだけでなくルナにも連続で矢が放たれるが、マナは全て斬り落とし、ルナに至っては顔の目前で矢の腹を全て掴んでキャッチしていた。
「これ、毒の匂い……! マナちゃん、この矢、毒矢だから気をつけて!」
「なんでわかるのよ!? ……いや、まぁルナならあり得るか。わかったわ!」
確かに矢には麻痺毒や神経毒が仕込んであった。だが、普通は気づくことなどできない。幼い頃から山籠りをしていたルナだからこそ分かるのだろう。
「チッ、やはり簡単にはいかないか……! お前たち! 魔法を使わせるなよ!」
男が号令を掛けると、周りにいたローブの集団がナイフやら斧やらで斬り掛かってくる。その後ろでは魔術士だろう者たちが詠唱を開始していた。
恐らくC級やB級並の手練であろう者が十人ほどの集団とルナ達二人。人数不利は明確だった。
キィン!ガキン!
闇夜の山林では似つかわしくない剣戟の音が鳴り響いていた。マナには五人、ルナには三人が付き、残りの二人は魔法で支援をしていた。
「「オラァッ!」」
「はぁっ!」
キンッ!
「なにッ……!?」
マナは二人から同時に振り抜かれた剣を弾き返すと、一人の足を蹴って転ばせ、その隙にもう一人の腹を深く斬る。すかさず飛び込んできた斧を持った男の攻撃を避け、斬り抜けるように背中を刺す。あっさりと二人を倒し、残酷にも最初に転ばせた男の腱を断つ。
「ぐうぅっ……」
立てないようにしてしまえばもはや戦力ではない。事が終われば後で治すことも出来る。一瞬で三人を倒したマナだったが、直後、距離を取って狙いを済ませていた四人目の男が放った毒矢が頬をかすめる。
「っ痛ぅ……!?」
頬をかすめただけとはいえ、熊を悶え苦しませる程の神経毒である。鋭い激痛がマナを襲う。その隙を逃すまいと背後から五人目の男が斧を振りかざしていた。
「……くっ……!?」
しまったと思ったが、すでに避けることも出来ない。力を入れようとしたことによる痛みで全身から汗が吹き出す中、せめて刺し違えようと剣を握った瞬間――。
「うぉおっ!?」
ごつん!
「えいっ!」
「痛ってぇ~……。なんだ!? ぐあっ!」
ごつん!
横から飛んできた男が斧を持った男に頭同士で激突し、その場に膝をついた斧を持った男を、走り寄ってきたルナが拳骨で気絶させる。
そしてさらに追撃でルナは後方にいた弓術士の男にめがけて短詠唱で素早く魔法を放つ。
「【アイスシュート】!」
「うげぇっ!?」
焦った弓術士の男は毒矢を放とうとするが、咄嗟に放たれたルナの魔法を顔面に食らって気絶してしまう。
マナの周りの敵を全て倒したと思った次の瞬間、動けないマナへ向けて二人の魔術士の魔法が炸裂する。
「くそっ、くらえ! クラス3【ファイアウェーブ】!」
「お、おのれ、クラス4【フレアシュート】!」
「!?」
「マナちゃんあぶない――っ!?」
ドォォォォォン!!!!
ルナの声を最後に、闇夜の山には凄まじい爆発音が木霊した。
「や、やったのか……?」
「……っ、【ルミナスランス】!」
ヒュンッ……ドォン!
「「ぐあっ!?」」
爆煙の中からスッと放たれたマナの光の槍が魔術士二人に命中し、意識を奪う。煙が晴れると、マナの前にはルナが盾になる形で立っていた。
「ル、ルナ……? 大丈夫なの……?」
神経毒により今も全身に激痛が走っていたが、今はそれどころではない。二人の熟練魔術士による火魔法が、無防備に庇った小さな体躯に直撃したのだ。いくらルナといえど、ただでは済まないはずだ。……多分。
「けほっけほっ……! あちち……。思ったより効いた……! 久々に怪我したかも……? マナちゃんこそ大丈夫? 汗すごいよ?」
割とケロッとした様子でおちゃらけるルナだったが、流石にもろに直撃しただけあって、やはり無傷では済まなかったようだ。衣服はボロボロになり、体のあちこちには煤がついていた。腕や頬、背中には少し火傷を負っていた。しかし並の人間なら、この程度の怪我では済まなかっただろう。ルナの頑丈さが功を奏したのだった。
「猛毒の矢がかすめちゃったのか……。痛いよね。……大丈夫。すぐ治すから、ね?」
呆けているマナを見て、すぐさま真剣な表情になって目線の高さを合わせ、自分の傷を気にすることなく微笑み、優しく声をかけながら、即座にマナの治療を始めるルナ。……治癒魔法は自分に使う事ができない。こうして他人に掛けてもらわねば傷を治すことはできないのだ。
毒の痛みを知っているルナは、恐らく毒に侵されたことがなく、耐性がないだろうマナをすぐに苦痛から解放してあげようと思ったのだ。だが、マナが呆けている理由はそんなことではない。
「……馬鹿。そんなのどうだっていいのよ……! こんなに火傷して……。ぐすんっ……」
「………」
マナは隠すことなく涙を流しながらルナを抱きしめ、治癒魔法を行使する。温かな光が二人を包む。二人でお互いを治癒しながら、マナはぽつりと呟いた。
「……ありがとう」
「……うん」
それ以上の言葉は不要だった。
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「遅いですわね~、あの二人。一体どこまで行かれたのかしら? これ以上遅くなったらお説教ですわよ!」
「もう暗いですから心配ですね……。それにしてもカトレアさん、元気ですね……。僕はまだ胃の調子が……」
大食い対決で全ての村人の予想を裏切り、最後まで力尽きることがなかったカトレアと、無理をしたせいで胃もたれに苦しんでいるクロエが帰りの遅いルナ達を心配していた。
時刻はすでに夜中を回っていた。ルナ達が森で襲われてからすでに三時間近く経っている。帰りの遅い二人を待つため、一同は村の入り口にて待機していた。
「初めて来た村で大食い対決なんかするほうがおかしいんだよアンタらは!」
「アカネさんも参加すればいいんだよ! あ、思い出したら吐き気が……」
「ちょっと!? アタシで吐き気を催したみたいになってんじゃないのさ!」
「メナ……お前はそもそもどうして参加した……?」
至極真っ当なことを言うアカネにヤケクソ気味な返答をするメナだったが、勝手に思い出して気分が悪くなり、アカネとエルドに総ツッコミされる。
こんな時にも賑やかな集団だったが、あまりにも遅い二人を心配し、バロンは捜索隊を出そうとまで考えていた。それに先程どこかから聞こえてきた爆発音……。もしかする可能性もある。
「……ん?」
すると向こうから、縛り上げられた黒いローブを纏った男たちを抱え、衣服や体がボロボロで煤だらけのルナと、考え事をしている様子のマナが歩いてきた。その目元は少し赤く腫れていた。
「ようやく帰ってきたかと思えば……。一体どうしたんですのそれ!?」
「なんだなんだ? 何事だぁ?」
「男共は見ちゃダメ! クロエくんもね!」
「へ? あっ、はいっ!」
「わわわ!? もしかして怪我してますか!?」
「――!?」
ルナを見て、てんやわんやになる一同。治癒魔法は、傷は治せても破れた服や汚れなどは治せない。そのため一見ボロボロで大怪我をしているような格好のルナを見て、皆パニックになっていた。
「いや~、二人で村の周辺を散策してたら色々あって……」
ローブの男たちをどすんと降ろし、黙っているマナの代わりにさっき起きた事を説明し始める。マナのプライドを考えて、先程マナが自分に見せた弱みは、かいつまんで事情を話した。その方向では気が利く大人なルナであった。
「――ってことがあったんだけど……」
破けた服に気を使ったコリンに羽織ものを着せてもらったルナが説明を終えると、話を聞いていた一同は神妙な顔つきをしていた。
「マナを狙った何者かからの刺客か……」
事情を聞いたバロンが呟く。しかしこの断片的な情報だけでは考えても進まない。
「やっぱり、コイツらを尋問して訊き出したほうが早いんじゃない?」
「うーむ……。だが俺らはただの護衛依頼を受けた冒険者だ。そいつらを尋問するのは国の役目じゃないのか?」
気絶したままの男たちを指差すコリンに意見を述べるエルド。確かにエルドの言う事は一理ある。ただの冒険者が大義名分も無く賊を尋問するのは世間的にもあまりよろしくない。
「大義名分なら立派にあるじゃんか、ここに狙われた本人がいるんだからよ?」
マナを見ながら首を鳴らすイアン。尋問の準備は万端のようだ。
そして当の本人のマナは、帰ってきてからずっと考えていた。彼らが自分を狙っている理由……。マナには一つ予想がついていた。それは自分の素性、そして家出をして孤立している今の状況に関係がある。
――もしかしたら彼らは、私が王族だから狙ってきたのではないか? 思えば本名も知られていた……。そう考えれば説明もつく。……だがその理由は? 自分を捕まえてどうするつもりなのか? ……考えても答えは出て来ない。だが、『エクリプス』のメンバーならともかく、他の者にまで素性を明かしたくはない。その結果、マナが出した答えは……。
「放っておきましょ。素人の私たちが尋問したところで、情報を吐くとも限らないし。その道のプロに任せるのが一番だわ」
もっともらしい言い訳を考えて難を逃れるマナ。事実、言っていることは間違っていないのだから問題はない。
「うむ、本人がこう言っているのだし、俺もそう思う。……ので、トリアの街につき次第、先日の盗賊団に加え、コイツ達も官憲に突き出すことにする。皆、それでいいな?」
このメンツでは一番歳上のバロンが指揮を執る。結果、異論は出なかった。本人がそれでいいなら、無理して尋問する必要もない。自分達は賊を痛めつけるのが好きなサイコキラーではないのだから。
そして彼らの処遇が決まったあと、バロンは商人へこの事を伝えに行った。馬車の持ち主は商人であるからして、これは必要なことなのである。
そのあとは明日に備えて各自解散となり、各々は村の宿や村人の家、村長の家、馬車の中やテントなど、村の各所で寝床を確保し、村の中ではあるが念のためにA級のカトレアとB級のコリンが交代で見張りにつき、それぞれは眠りについたのだった。




