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天才と脳筋は紙一重  作者: たんすちゃん
《第一章》-邂逅編-
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11.抜剣、レーヴァテイン!

「もう、心配かけないでよね! つい嫌な想像しちゃったんだから……」

「ごめんごめん! ……それにしても、さっきのマナちゃんの最後の一撃かっこよかったよ!」

「"光焔一閃"のこと? ふふ。私も貴女と初めて会った時よりも少しは強くなってるってことよ」

 ようやく落ち着いた二人は、強敵をなんとか退けた休憩と称して、座って呑気に会話を楽しんでいた。


「あれは私が少し前に編み出した、光と炎を剣に纏わせて敵を一閃する剣撃よ! 今の私の技の中じゃ、あれが一番威力が高いの。修得するのに苦労したわ……」

 光焔一閃は、マナが聖遺物である魔導書に書かれた光魔法の知識によって新たに編み出した剣技であった。今まで身体強化魔法や、初級中級魔法程度しか使えなかったマナにとって、その技は大きな一歩だった。


「私にも使えるかな~? 剣とか使ったことないけど」

 目を爛々と輝かせて詰め寄るルナ。相変わらずの好奇心である。


「どうかしら? 難しいと思うわよ。人の技を真似るのは熟練の剣士でも中々出来ないって聞くし……」

 マナの言う通り、人の技を真似ることは非常に難易度が高い。基礎的な魔法等はパターンが同じなため、皆使うものは同じだったりするのだが……。

 その基礎より上。中級以上の魔法になると、似ているものはあれど、皆使う魔法は別物なのである。剣技などにもこれと同じことがいえる。

 詠唱、魔力の流れ、脳内で浮かべたイメージ。剣を振る角度やタイミング。これら全てが噛み合わねば他人の使った魔法や技を完全に真似することは難しい。


「うがーっ! 頭がパンクしそうだよ! そんなに大変ならやっぱ無理かなぁ……。まぁ、殴って解決出来るならそれでいっか!」

「とんでもない脳筋発言ね……。考えることは大事よ? ……実際、貴女の力って普通じゃないけど……」

 難しい説明に頭を抱えて途中で白旗をあげるルナ。そもそも、剣を使ったことのないルナがマナの剣技を真似するなど、前提から間違っていたのだ。

 その様子を見たマナの脳内に、ふと一つの疑問がよぎる。


「ねぇ、ふと思ったんだけど、貴女……その剣、使わないの? 私まだ一度も振ってるところ見たことないんだけど……」

 マナはそう言いながら、背中を示すジェスチャーをしてみせる。


「……へ?」

 そう、ルナはこれまでの戦闘において、未だに一度も背中に背負った大剣『レーヴァテイン』を振るっていないのだ。

 それどころか、スエズに貰ってから今まで一度も鞘から抜いてすらいない。ルナはいつも適当な魔法と己の拳で戦っていた。これでは宝の持ち腐れである。

 マナに指摘され、(ようや)くそれに気づいたルナは思わず声を漏らす。


「………そ」

「そ?」


「そういえばそうだったぁ!?」

「えぇ~……?」

 今初めて気づいたといった様子のルナを見て、困惑しながら理解出来ない、という顔を浮かべるマナ。

 背中に身の丈サイズの立派な大剣を背負っていながら、その存在を忘れているなど、剣士であるマナからしてみれば訳が分からないのも当然である。剣士が自分の剣を忘れるなど、あってはならないことだ。……そもそもこれほどの大きさならば、それなりに重いはずなのだが、ルナは重さを感じていないのだろうか?

 そしてそんなルナの反応を見たマナの頭の中にはさらにもう一つの疑問が生まれる。


「まさかルナ……貴女、今まで一度も剣の手入れをしてないなんて言うんじゃないでしょうね……」

「………えへへ」

 怪訝な顔をして訊ねるが、ルナの芳しくない反応を見てマナは察する。


「貴女ねぇ……おじいさんから貰った大事な物ならちゃんと手入れくらいしなさいよ!」

「き、気をつけますっ……!」

 正論である。鬼気迫るような勢いのマナに軽い説教をされて、ルナはおとなしく謝ることしかできなかった。すると……。


ゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 またしても突然、先程よりもさらに大きな地震が二人を襲う。今にも山が崩れてしまいそうな程の揺れだ。


「もうっ、またなの~!?」

 もう三度目だ、と駄々をこねるルナ。しかし自然現象に文句を言ってもどうしようもない。その横ではマナが堅実に落石などを警戒していた。これほどの震動だ。何が起こるか分からない。

 そしてその予想が的中したのか、あまりの揺れの大きさにいくつかの木々が倒れ、ルナ達の足元には亀裂が入る。


「地割れよ! 気をつけて!」

 マナはそれを見てルナに声をかけつつ、その場から飛び去る。


「わわっ! ……っとと、あ痛っ!」

 ルナもそれに続いて別の場所へジャンプして避けるが、着地時に揺れのせいでバランスを崩し、隣にあった木の幹に顔面から突っ込んだ。


「なにやってんのよ……」

 横からそれを見ていたマナは呆れたような顔で呟いた。ようやく揺れが静まって来たかと思うと、ふとマナが異変に気づく。


「なに、あれ……」

 顔面をぶつけた痛みから顔をごしごししていたルナも、マナの声を聞いてそちらを振り向くと、同じく異変に気がついた。


「空間が……割れてる?」

 二人の視線の先には、空中に浮いた亀裂があった。ぴしぴしと音を立てて広がっていくヒビを見て、ルナ達はこの異常な事態に何かが起こる予感を感じていた。


「何か、来る……」

「第二ラウンドってことかしら……!?」


ぱき……ぱき……


 どんどんと大きくなって行く亀裂に対し、マナは剣を抜いて臨戦態勢に入っていた。すでに何が起きてもおかしくない。その額には汗が滲んでいた。

 同じくルナも亀裂の向こう側から感じる気配に、毛が逆立つような感覚に見舞われ、咄嗟に拳を構え、猫足立ちでいつでも反撃がとれる姿勢を取っていた。亀裂の向こうから感じられる威圧感は、先程のゴブリンロードとは比べ物にならないほどだった。


 二つの視線を浴びながらも空中のヒビは次第に広がっていき、やがて……。


ぴきぴき……ばきんっ!


「……!」

 空中に浮いた亀裂が砕けると、そこには空間の裂け目が生まれた。中は先が見えないほどの深淵が広がっていて、何があるのかよく見えない。

 二人が裂け目をじっと警戒していると、そこから黒い瘴気が溢れ始める。次の瞬間――。


ひゅんっ!


「うわっ!?」

 しっかりと注視していたはずの裂け目からは、途轍もない速度で瘴気と共に『何か』が飛び出してきた。それは目にも止まらぬ速度で飛んできたかと思うと、ルナに襲いかかり、予想外の不意打ちに、体重の軽いルナは先程のゴブリンロードの時のように、またしても壁まで吹き飛ばされてしまう。


「ルナ!? っ、今のは……!」

 狙われたルナを気にかけつつも、飛び出してきた『何か』を見ると、その瘴気はやがて形を成し、十数メートルほどもある巨大な黒き狼へと変貌を遂げた。

 いつだったか、王城で読んだ過去の歴史の本で見たことのあるそれを実際に目にした時、マナの背中には冷や汗が伝う。


「あれはまさか、魔獣……フェンリル……!?」

「ガルルルル……」

 マナがその姿を見て恐る恐る名を告げると、黒い狼、フェンリルはマナの方へと向き、高速で飛び掛かってくる。


「ぐっ……ぅ!」

 高速で振るわれた爪を咄嗟に剣で受け、なんとか攻撃をいなすが、初めて相対するフェンリルはあまりにも力が強く、衝撃を完全には殺しきれずにやや後方へと弾き飛ばされてしまう。

 先のゴブリンロードといい目の前のフェンリルといい、ただのゴブリンの巣の調査に来ただけのマナ達にとってはあまりにもイレギュラーが起こりすぎていた。フェンリルは魔界に棲んでいると言われており、そのため滅多に見かけることはなく、S級でなければ討伐が出来ないとまで言われている珍獣だ。そんなものがここに現れるなど絶望的だった。


「どうしてこうも不可解な事が立て続けに……。ん……?」

 再度襲いかかって来ようとするフェンリルを見据え、文句をたれながら剣を軽く振って身構えるマナだったが、ふとフェンリルの後ろから覗く小さな手が視界に入る。


「良くもやったな~!? 私を無視したら痛い目に遭うってコト、教えてあげる!」

「ルナ!? 無事だったのね!」

 フェンリルの後ろから顔を出したのはルナだった。大丈夫だろうとは思っていたが、実際に無事を確認してホッとするマナ。

 そしてムッとした表情でフェンリルの背中に乗ったルナは、左手で重心を固定し右手を構え、真上から脳天に向けて本気の拳をお見舞いする。 


「ふんっ!!」


がつんッ!!


「グルァッ!?」

 不意に強烈な一撃を脳天に食らったフェンリルは顎から地面に強く叩きつけられる。十数メートルもの巨体を一瞬とはいえ地に沈めるほどの威力。それも頭蓋に直接である。恐らく相当なダメージが入ったであろう。

 だが強靭な体を持つ魔界生物であるフェンリルは、いくらルナの一撃が重くともそれだけでは倒れなかった。

 フェンリルは即座に空中へ跳躍し、体を捻って回転させルナを振り落とす。そのまま体から落とされ、足場がなくなり宙に舞ったルナを仕返しのように大きな尻尾で叩きつける。


「あだっ……!? うーん、結構良いのが入ったと思ったんだけど……やっぱりかなり強いみたいだね、なら……!」

 またしても壁まで吹き飛ばされたルナはフェンリルの強さを実感し、このままでは危険かもしれない、という直感に従い、ついに初めて背中の剣に手を掛ける。


「行くよ、『レーヴァテイン』!!」

 名前を叫びながら大剣をゆっくり抜いていくルナ。名を呼ばれた大剣は、刀身が露になった部分に炎を纏わせながら鞘から抜き放たれる。

 ――消えぬ炎を纏う魔剣、レーヴァテインが今、ここに存在を刻む。


 ……がしかし。仰々しく抜いた剣だが、剣が燃えているという予想外の展開に、ルナは思わず剣を取り落としてしまいそうになる。


「魔法も使わずに炎を纏う剣……!?」

「わばばばっ!? この剣、燃えてるぅ!?」

 向かい側からその様子を見ていたマナだけでなく、剣を抜いた当人であるルナまでもが炎を纏っていることに驚いていた。……なかなか締まらない彼女たちであった……。


「グルルル……!」

 一方でフェンリルは、驚異的な力を持つ目の前の少女が、さらに奇妙な剣までもを使い出したので、毛を逆立ててかなり警戒を高めていた。


「よーし、覚悟してね! 狼さん!」

 気を取り直したルナが初めて剣を構えると、まるでそれに応えるかのように炎が強くぎらつく。それを見たフェンリルは身構え、攻撃の体勢に入る。

 一触即発の空気の中、間に入ることは(はばか)られたマナは固唾(かたず)を呑んで戦況を見守っていた。

 そして、こちらの様子を見ているフェンリルを見て、こちらの出方を窺っていると判断したルナは苦手な魔法の詠唱に入る。相手がわざわざ待ってくれているのならば、苦手でも完全詠唱する猶予があるのだ。


「よーし……! 『――光よ、私は祈る。煌めく後光よ差し示せ……』クラス7(セプタ)【グローシャイン・エンチャント】!」

「クラス7(セプタ)……!? そこまで高クラスの魔法を実際に見るのは初めてだわ……」

 ルナは光属性付与魔法を完全詠唱で唱える。するとルナの周囲は柔らかな煌々たる光に包まれ、燃え盛る大剣は炎の上から白い光を纏い、混じり合い、ギラギラと輝き始める。

 最初から炎を纏っている剣に魔法で光属性を付与。炎と光を纏う剣を使い、思いつきでルナはある事をしようとしていた――。



「準備は出来た……! 行くよ狼さん!」


「アオオォォォンッ!!」

 啖呵を切ってダッと駆け出したルナに合わせて、同時にフェンリルも遠吠えをあげ、黒い瘴気を身に纏いつつ超高速で駆けてくる。マナを剣を握りしめてじっと結末をを見ていた。

 フェンリルの前足の爪がルナの華奢な身体を引き裂く寸前で、ルナは地面をさらに強く踏み込み、前方へと加速し吶喊(とっかん)する。そしてその瞬間、叫んだ。


「ヤアアァァッ! ――【光焔一閃】!!」

「えっ!?」

 ルナの大剣は、マナの使った技と全く同じ名前、同じ動きでフェンリルを一閃した。しかし威力や速度はマナのものよりもさらに鋭く、皮肉にもその比ではなかった。

 そして首部分に光焔一閃を食らったフェンリルの首はその凄まじい威力によってあっさりと跳ね落ち、その巨躯(きょく)はどしんと大きな音を立てながら倒れ、次第にその活動を停止した。


「やった、出来た……!」

 見様見真似、思いつきで試してみたら一発で成功し、ルナが喜びを噛み締めていると、傍から戦いを見ていたマナが向こうからとてつもない勢いと形相で走ってきた。


「ちょ、ちょっとルナ! ななな何よさっきの!?」

「あ、マナちゃん! いやぁ、私もびっくりしたよ~! まさか剣が炎で燃えてるなんてさ~! 危うく手を離しそうになったけど、似たようなことを昔にも経験してたなって……」

 三年前の修行中、拾った石に付与魔法で炎を付与したことを思い出しながらしみじみと語るルナだったが、マナが訊きたいのは当然そんなことではない。


「違うわよ! いやそれも違わないけど……! なんで私の技が使えるのよ!? さっき他人と全く同じ技を使うのはほぼ不可能って説明したばっかじゃない!」

 同じ技……とはいっても、誰の目から見ても明らかにルナの放った光焔一閃のほうが威力や速度は上であったのだが……。そんなことはマナにも分かっていた。


「そんな事言われても~……。うーん……なんか出来る気がして、身体が自然と動いたっていうか?」

 間の抜けた顔で軽々とレーヴァテインを振りながら曖昧なことを言うルナ。このように適当な考えで簡単に自分の技を真似された挙げ句、さらには自分よりも数段上の威力。普通であればマナの面目もプライドもボロボロなところである。しかしマナはルナと出会ってから数日の間で、すでに彼女の()()()()には慣れ始めていた。よってルナの行動には割と寛容になりつつあった。


「はぁ、全く……。バカと天才は紙一重……とはよく言ったものだけど、貴女の場合は……そうね。天才と脳筋……とでも言えばいいのかしらね……」

 ルナの全く何も考えていなさそうな様子を見て、呆れて苦笑いしながら呟くマナだった。

 多少怒っても良いものだとは思うが、どうやら一周回って自分の不甲斐なさに対する苦笑に変わってしまったようであった……。


_


「さて、帰るわよ。……と言いたい所だけど……コレ、どうやって持ち帰ろうかしら……?」

 そう言いながら視線の向かう先には、先程倒したゴブリンロードとフェンリルの遺体がある。

 ゴブリン達と違ってあまりにも巨大なため、さすがに先程のように丸々ルナの異次元ポーチに収納しようと思っても入り切らないだろう。

 やはり部位を切り取って持ち帰るしかないのだが、それでも一つ一つの部位が非常に大きいため、どうしたものかとマナが考えていると……。


「いいや、持って帰ります! 気合で!」

 自信たっぷりに話すルナを見れば、ルナは何やらゴブリンロードの遺体をフェンリルの遺体に蔦できつく括り付けて固定していた。それを見たマナは、ルナが収納を諦めて力技で持ち帰ろうとしていることを察した。


「いや……引きずって行くにしても何時間かかるか分からないし、おまけにこの洞穴の入り口は狭かったんだから、どのみち通れないわよ……?」

「大丈夫っ! 洞穴なんて通らなくても、ここは天井がなくて空が見えるでしょ! ほら、早くマナちゃんも乗って!」

 そう言われ首を傾げるマナを尻目に、ルナは自信満々に、無い胸を張って上を見上げながら告げると、無詠唱で簡単な身体強化魔法を自分に掛ける。


「まさか……」

 言われるがまま、フェンリルの遺体の上に乗ったマナは、突然身体強化を掛け始めたルナを見て直感する。


_

_

_


「いやああぁぁぁあああぁぁぁぁっ!!?」

「うおりゃああああああああ!」

 二つの叫び声が木霊する森の中では、巨大なフェンリルの死体を担いで全速力で走る少女の姿があった。


(まさか引きずるでもなくあんなゴリ押しで抜け出すなんてぇっ……!!)

 らしくもなく目をうるうるとさせながら、今にも泣きそうな顔で必死にフェンリルの体に掴まっているマナ。

 ルナがゴブリンロードをフェンリルに固定し、自分に身体強化魔法を掛けた後……ルナは持ち前の馬鹿力を駆使してその小さな体躯でフェンリルを持ち上げ、そのまま身体強化を利用して岩壁を駆け上がり、吹き抜けになっている天井から無理矢理岩山を脱出したのだ。力技に重ねた力技。マナはそれを察するのが少し遅れたことを心から後悔していた。


 ガサガサと木々を掻き分けながら、身体強化の効果が切れる前にギルドへ戻ろうとパワー全開で移動しているため、特に身体を固定せず、フェンリルの上に掴まっているだけのマナは振り落とされまいと必死で阿鼻叫喚していた。

 そして不幸なことに、マナは高いところが苦手だったため、地上から二十メートル近く高い位置にいる状態で、不安定な足場に更にこの速度。涙目で叫ぶのも無理はない。

 内心では、こうなることを薄々理解していたものの、まさかこれほどまでとは思わず誘いに乗ったのが運の尽きだった。


「降ろしてえぇぇぇ………!!」


_

_

_


「はぁぁ、全く……今まで生きてきた中で一番ひどい目に遭った気がするわ……!」

 王都に到着し、ギルドの前まで来た辺りで、上から降りたマナがげっそりとした顔でぽつりと呟く。どうやら泣き叫びすぎて疲れてしまったようで、最早怒鳴る気力もなさそうである。そんな気も知らず、ルナはいい運動になったと、スッキリした顔でマナを見てニコニコしていた。

 そんな二人だが、周りからはかなりの注目を集めていた。当然である。少女二人が突然、巨大な獲物を担いで街までやってきたのだから……。

 ギルドの入り口は大きな荷物を通しやすくするために、天井がかなり高くなっていて扉がついておらず、くぐる形になっているため問題なく入る事ができた。……もしかしたら、こういったことも過去にあったのだろうか。

 ルナ達はギルド中の様々な視線を集めながらも納品の受付へ行き、どすん!と遺体を置くと、予想外の状況に受付にいた男性職員は慌てて奥へ行き、他のギルド職員を呼んできた。

 どたばたと集まってきた職員達は、驚いたような顔でゴブリンロードとフェンリルの遺体を鑑定しはじめた。


「王位種のゴブリンか……!? しかもここまでデカくて強靭な上物のロードは初めて見る……! 少し無骨に首は断たれてるが、一撃で逝ってんぞこりゃ!?」

 ゴブリンロードの身体を鑑定していた職員の一人が、首の切断面を見て驚愕の声をあげる。そして同時に、頭部の鑑定を担当していた職員からも感心したような声があがる。


「このロードの頭蓋……外っ面は無傷に見えるが、中が粉々に砕けてやがる……。しかもこれも一撃だ……」

(ルナのあの一撃、ちゃんと内側に響いてたのね……。悔しいけど……道理で、私でも倒せたわけだわ)

 一見、効いていないように見えたルナの攻撃も、実は致命傷に近い傷を残していたようだ。

 マナが一対一で勝つことが出来たのも、成長したマナの力だけでなく、もしかすればルナのおかげでもあったのかもしれない。

 そんなことを考えて歯を噛み締めていると、フェンリルを鑑定していた職員達から驚嘆の声が上がっていた。


「魔獣フェンリル……こいつぁ珍しいもんが見れたな。ただでさえ目にするのが稀だってのに、フェンリルを倒せる奴なんざ、S級ぐらいなもんだろ……」

「首の切断面が、切断とほぼ同時に焼かれて止血されてる……。品質も最高ですよ、これ! うはーっ! お金の匂いがします!」

 遺体を見ただけでそこまでわかってしまうとは、相当な目利きの持ち主たちなのだろう。流石は王都ギルドの鑑定担当である。

 どうやらフェンリルとゴブリンロードの鑑定にはもう少し時間がかかるようで、ルナ達は先にゴブリン達の納品を済ませ、依頼の達成を報告しに受付へ向かった。


「ゴブリンの巣の特定、討伐ですね。依頼達成の報告、確認しました。こちらが報酬になります! 数分後、功績ポイントがチーム『エクリプス』に加算されますのでご確認下さい!」

 いつもの赤い髪の受付嬢から依頼の報酬と、ゴブリンの納品報酬を受け取った二人は、鑑定が終わるまでギルド内の酒場に座って、時間を潰していた。


「わぁ、1万ヘラもあるよ……! 何はともあれ、無事に依頼が達成出来てよかったね!」

 ルナは嬉しそうな顔で、初めて自分で稼いだお金を数えていた。誰だって、初めての給料は嬉しくなるものである。

 報酬額は、ゴブリンの巣の特定で500ヘラ、討伐で2000ヘラ、倒したゴブリンたち数十体の納品で、個体の品質でばらつきはあるものの7500ヘラ、計1万ヘラとなったのだった。そしてこれを二人で折半するため、報酬の取り分は一人頭5000ヘラとなる。E級ランクの依頼にしては、時給換算で見ればかなりの報酬だった。

 だが、そんなことはどうでもいいといった様子で気にも留めていないのはマナだった。


「はぁ~……。何が無事に達成よ……。あんなの出るなんて聞いてないわよ! 依頼詐称だわ! あの依頼を受けたのが他の冒険者だったらどうなってたことか……」

 深い溜息をつきながら、文句を垂れるマナ。嬉しそうなルナとは正反対に、マナは今回の依頼を受けたのが自分たちでよかったと思う反面、楽な仕事だと思って同伴したのに、散々な目に遭って少し不機嫌なようだった。『散々な目』とは主に最後の()()が大半を占めているのだが。

 だが実際、本当にE級やD級、または半端な実力のB級などがこの依頼を受けていたら、ゴブリンロード出現の時点で命を落としていたかもしれない。おまけにフェンリルなどという大物……。ベテランのA級冒険者が複数人かかってでも勝てるかわからないような内容である。

 そう考えれば、依頼自体はE級相当だが、これでは報酬詐欺、依頼詐称も良いところである。


「とにかく今日はもうどっと疲れたわ……。昨日の今日で悪いけど、明日の冒険者業は休日にしましょ。私もひとつ試したいことが浮かんだしね」

「そっか、じゃあ明日は別行動だね! 何しようかな~?」

 そうして明日は休日にすることに決めた二人の元に、一人の女性がばたばたと走ってきた。先程フェンリルの鑑定で、『お金の匂いが……』とか涎を垂らしながら言っていたギルド職員だ。


「『エクリプス』のお二人ですよね! 鑑定が済んだので報告と確認のため、奥の部屋へお願いします!」

 女性職員に連れられ奥の部屋へ行くと、奥に運ばれたゴブリンロードとフェンリルの死体と共に、先程の鑑定担当の職員達数名が待っていた。


「早速で悪いんだが、このゴブリンロードを倒したのは?」

 部屋へ入るなり、職員の一人が開口一番に訊ねてくる。


「え……うーん、とどめは私だけど……ルナの与えたダメージの方が大きいような気もするわよね……」

「隣のマナちゃんだよ!」

 マナがどう答えようか悩んでいると、ルナが代わりに真っ先に答えた。


「えっ、でも……」

「倒したのはマナちゃんでしょ?私は吹っ飛ばされちゃって、あとは見てただけだよ」

 何の気なしに当然かのような顔であっさり告げるルナに気圧され、マナは何も言うことが出来なかった。ルナは純粋ゆえに、良くも悪くも冒険者らしくなく功績にはあまり興味がないらしい。

 そしてそれを聞いた職員たちはやはりな、と納得したような表情を浮かべていた。


「やっぱりか……。流石は噂のB級冒険者だな」

 噂の、ということはマナのことはすでに知っているようだ。良い噂かどうかは分からないうえ、自信を持って自分が倒したとは言い難いため、マナはあまりいい顔はしていなかったが。


「そっちの子は……見ない顔だが、新人か?」

「はい! 先日冒険者になった、F級のルナ・アイギスといいます!」

 職員に話を振られ、明るい笑顔で礼儀正しく挨拶するルナ。世間知らずではあるが、その辺りの礼節は多少なりともスエズから教わっている。


「そうかF級……じゃあ君は付き添いってことか? そりゃ大変な目に遭ったな。つまり、このフェンリルもマナが倒したってことになるのか……」

「冒険者登録をしてから、破竹の勢いでランクを駆け上がっているという噂の実力は本物のようですね!」

 話していると、職員たちは勝手にマナ一人でフェンリルとゴブリンロードを討伐したと解釈してざわめきが広がる。

 どうやらルナは、B級であるマナのただの付き添いと思われているようである。対するマナはとても居心地の悪い気持ちと共に、非常に不満そうな顔をしており、ついに口を開いた。


「フェンリルとの戦いは、私は何もしてないわ! ()()()で倒したのはこっちのルナよ! 付き添いなんかじゃない、友達を侮辱されたみたいで不快だわ!」

 ふん!と職員を睨みつけながらルナの肩を掴んで強調するマナ。今日のうちに溜まった不満大爆発である。ルナをバカにされたように感じて不愉快だったのだ。仕方がないことではあるのだが……。

 それに、むしろ付き添いは自分の方である。今回の依頼はルナの初仕事の付き添い。こと戦闘面においても、間違いなく救われたのは自分だ。


「「「えっ……」」」

 ギルド職員はマナの言葉を聞き、皆呆然としていた。それもそうである。A級昇格も近いと噂されているマナならばまだしも、最近冒険者になったばかりのただのF級冒険者の少女があのフェンリルを、しかも一対一で倒したなどと聞いては驚くのも無理はない。

 さらには、フェンリルの倒された状態。他の箇所に傷はなく、ほぼ完璧な状態で美しく切断された頭部。切断された瞬間に傷口が焼かれ、遺体が傷むことなくここにあるというのは、鑑定担当の彼らにとっては信じられないことであった。

 だが、わざわざA級昇格目前であるマナが嘘をつく理由も思い当たらず、つい最近冒険者になったばかりなのであれば本当に強い実力者であってもF級なのはまあ納得がいく。稀にそういった者が低ランクのうちから大きな功績を上げることもあるからだ。長年ギルド職員として務めている男性は冷静にそう判断し、自分の考えを改める。


「す、すまん! どうやらとんだ思い違いをしてたみたいだ……!」

「分かればいいのよ」

「……?」

 すかさず頭を下げて謝罪する職員と、ふいっと顔を背けて不機嫌なマナ。自分の事だと言うのに、ルナはなんの話をしているのかよく理解していないようだった。


「それで、話を戻して、納品の報酬の話だが……」


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