1.才能の開花!
魔法……ダンジョン……モンスター……そして冒険者……。この世の中にはいたるところに好奇心をくすぐる要素が多く存在し、多種多様な光景が広がっている。野心や好奇心を秘めた人々は、力を得るため……富を得るため……はたまた知識を得るため、様々な理由で冒険者を目指す。
今の世は冒険者時代。国に暮らす多くの民……貴族……はたまた王族までもが冒険者として活躍している時代だ。
そしてここ、デュランダル王国の王都から遠く離れた辺境の地にある、名もなき寂れた家から聞こえる声。
そんな広い世界を冒険することを夢見る少女がここにも一人いた。
「お願いおじいちゃん! 私、この広い世界を冒険したいの!」
「駄目じゃ! ルナ、お前さんにはまだ旅は早すぎる! 大体まだ子どもじゃろう!」
「誰が子どもか! もう旅くらい一人で出れるよっ!」
立派な顎髭を伸ばした老人にきっぱりと断られ、それでも駄々を捏ねる少女の名前はルナ・アイギス。ほんの最近10歳になったばかりの純然たる子供である。
彼女は拾い子らしいのだが、それゆえに外の世界をあまり知らず、好奇心が旺盛なのだ。
とはいえまだ10歳の女の子。親代わりである老人……スエズにとっては旅に出すにはまだ幼いため、急にそんなことをお願いされても困るのだ。なによりこの爺、親バカである。そのため……。
「よいかルナ! お前さんはまだ幼い……それに世間も全く知らん! 旅に出て、悪い大人に騙されるかもしれん……。外の世界は悪い人間や凶悪な魔物だっておる。そんなやつらにお前さんを奪われてなるものか! そんなことになったらわしは……わしはぁっ……!」
と、この通りである。まぁ、親目線では当然の反応なのかもしれないが。しかし親の気も知らぬというのが子どもの常。ルナはその程度の理由では引くことはなかった。
「幼い言うなぁ! そんなの例えばの話でしょ!? そうなるとは限らないもん! それに、本棚にあんなに外のことが書いてある本置いてるおじいちゃんが悪いんだよ!」
「なっ……あれは本棚の本の裏にひっそり隠しておったのに……!」
まるで思春期の子供のような隠し場所である。実はもう少しルナが大きくなってからプレゼントしようとスエズが隠していた本なのだが、どうやらルナは鼻が利くらしい。
「とにかく駄目なもんは駄目じゃ! ほれ、早く日課の薪狩りに行って来んかい!」
「うー……おじいちゃんのヒゲ!!」
「誰がヒゲだるまじゃ! そこはケチ! とかじゃろ普通!?」
言ってない。
……子供には親心など理解しがたいものである。
ルナは納得出来ない様子で文句?を吐き捨てながら、日課の薪を狩りに外へ出ていった。
しかしこの程度では諦めない性格であるルナは、何度も読んだ外の世界の本を思い返しながら、どうやって旅に出ようかと悪い顔を浮かべ、画策するのであった。
そしてスエズも、ルナがこの程度では諦めないだろうということは、ルナがまだ赤子の頃から面倒を見てきたため、よく理解していた。
「まったく、どうしたもんかのう……。ついに来たか、反抗期――……」
スエズはそう呟き、隠していた『勇者ゼウスの冒険譚』と書かれた本を手に取りお茶を飲んだ。
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家から少し離れた山の中、ルナはスエズに言われた通り日課の薪狩りに来ていた。林の中には様々な小動物や小さな魔物、そしてルナの視界の先にはこの一帯では多く出没するモンスター、トレントがいた。
「よーし! 気持ち切り替えてー、早く終わらせちゃお!」
準備運動を軽くし終え、目の前で蠢く三体のトレント達を見据える。
ざわざわと揺れ動く木々……そう、薪拾いではなく、薪"狩り"。日課の薪狩りは5歳の頃からトレントを倒して集めているのだ。
トレントの木はよく燃え、燃料としての性能が非常に良いのだが、囲まれると非常に厄介であるため、基本は一対一か複数人での狩りが推奨とされている。
しかし5歳の頃からこれを続けているルナにとってはトレントの相手など手慣れたもので……。
「はっ!」
ドゴォ!バコッ!
ルナは地を蹴って高く跳び上がり、そのままトレントの腕めがけて蹴りを放つ。攻撃が命中したトレントの両腕は大きな音を立てて折れ、唸りながら地面へと崩れ落ちていく。
「ウゥゥゥォォ……」
「それっ」
バキバキと音を立てて崩れていくトレントを、ダメ押しにさらに蹴り、そのまま踏み台にして隣にいたもう一体のトレントへ向かって小さな拳を振り下ろす。
ズズズズズ……
そして背後から蔦を伸ばして拘束しようとしてくるトレントの攻撃を身を翻して避け、地面に倒れている最初に倒したトレントを馬鹿力で持ち上げて思い切り投げつける。
自分と同じ巨体を強い力で叩きつけられたトレントは、伸ばしていた蔦ごと枝が折れ、体はへしゃげてそのうち動かなくなった。
そのまま三体のトレントをあっさり地に伏せたルナは今日の"薪狩り"を終え、両腕いっぱいに薪を抱えてスエズの待っている家へと帰っていく。
「ただいま! おじいちゃん。今日はいつもより早く倒せたよ!」
両腕で抱えた薪を置きながら報告をする。ルナは日々繰り返すたび、トレントを倒す速度が上がっている。まるでタイムアタックをしているかのようだった。
すると、スエズは神妙な顔で改まって話を切り出してくる。
「ルナや……話があるんじゃが……」
どうやらスエズはルナが薪狩りに行っている間に何か考え事をしていたらしい。
「なぁに? ……もしかして、旅に出るの許してくれる気になったの!?」
興奮気味にルナが詰め寄る。しかしスエズは……。
「それは許可できん。……じゃが、いずれ放っておいても勝手に出ていってしまいそうじゃからな、稽古をつけてやろうと思っての?」
稽古……といっても、普段からトレント以外にも山に出没するモンスターの数多くを倒していたため、ルナはある程度は……いや、かなり鍛えられているのだが、スエズ曰く、旅に出るならもっとしっかり鍛えてからにしてほしいという。ただ心配性なだけのようだ。
なぜあれほどまで否定していたのに突然妥協案を提示してきたのか。その心情は――。
(親離れもする頃じゃろうて……。じゃがわしは心配でたまらんのだ……。それに旅に出るまではもっと一緒にいたいんじゃ!)
ただの親バカだった。ルナの知るところではないが。
「わかったよ……。でも、なにをすればいいの?」
「三年……わしと毎日稽古をしてもらう。それと………」
ルナの質問に答え、そう言いながらおもむろに懐から取り出したのは透き通った水晶のようなもの。
「これは昔ダンジョンで取ってきた戦利品のひとつじゃ。こいつは魔力の塊での、名を『ミステリークリスタル』と言う。主に魔法の才を調べるときに使われるんじゃよ。割とレア物じゃから扱いには気をつけるんじゃぞ」
「おーっ!?」
スエズは色々説明しながら注意を促すが、要はそのミステリークリスタルとやらを使い、ルナの魔法の才能を調べてから稽古の内容を決めるのだろう。
ルナは三年などという途方もない期間を要されて内心絶望していたが、魔法というのは本で読んだだけで見たことがなく憧れていたため、『ダンジョン!? 魔法!?』とそっちに食いついた。
「三年っていうのは長いなって思ったけど……魔法! おもしろそう! ずっと興味あったんだ!」
そういいながらルナは水晶に駆け寄り手を伸ばす。
「こらこら、あまりがっつくもんじゃ――!?」
スエズがルナを見ると、ルナの手にある水晶が強烈な光を放ち始めた。
眩い水色の閃光を放つ水晶はしばらく光っていたかと思うと突然……。
バキィン!
(やば……)
粉々に砕け散った。思わずルナが恐る恐るスエズを見ると、目が飛び出ていた。かなり古い驚き方である。
「なんと……これは……おったまげた」
「お、おじいちゃん? 見たことない顔になってるよ?」
スエズは、今まで見たことのない水晶の挙動に愕然とし、同じように見たことのない表情をしていた。
そして水晶を壊してしまったルナは申し訳なさそうにスエズに謝罪する。
「その……ごめんなさい、貴重なものだったんでしょ?」
実際のところ、本当に貴重なアイテムだったのだが、スエズにはそんなことは元より頭になかった。
「そんなもんはどうでもいい!! すごいぞルナ! お前さんには魔法の才があるようじゃ! それも見たことのない反応じゃ! 魔法は誰でも使えるというわけではないんじゃ、わしは嬉しいぞ~!」
ルナの両肩を掴んでぐらぐらと揺するスエズ。
当然だが、人には魔法の才能を持った者と、持たざる者がいる。魔法の才がない者は、どれだけ頑張っても魔法が使えることはない。とはいっても、人間のほとんどが体内に魔力を有しているため、一見魔法が使えないように見えても、才能が開花すれば急に使えるようになった……という者もいるのだが。
「ほんと!? じゃあ私も魔法使えるんだ!!」
「勿論だとも! そのためには沢山修行をして魔法の才を磨かなければの! ふぉっふぉっふぉ!」
嬉しそうに笑うルナとスエズ。すでにこの親バカは、娘の才能の開花に感動しすぎて、自分が旅に否定的だったことなどすっかり忘れ去ってしまっているようだった。
こうして、とてつもない『才能』を秘めた少女と親バカ老人の修行は始まった。
初めまして。たんすちゃんです。この度は『さいのう』の閲覧ありがとうございます。
不定期にまったり書きますが、自己満足なのでよろしくしてやってください。喜びます。