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『軍服パティシエール』~タルトレットに恋した乙女は甘い戦場で心揺れる~

作者: 焼魚あまね

 世界は変わりました。


 人が死ぬ戦争が終わったのです。

 代わりに人が死なない戦争が生まれました。


 それは、武力による戦争を恐れていた少女に勇気を与えました。


 か弱い自分でも戦えるのだと。

 世界の平和を守るために、自分にも出来ることがあるのだと知ったのです。


 だから彼女は進み続けるのです。

 争いの根絶を、世界の安寧を願って。


 たとえその考えが、甘い考えだと理解していても。


 それが、彼女の願い。

 砂糖のように溶けてしまわぬよう、大切に育ててきた願い。


 だから彼女は選んだのです。

 争いを無くすための、甘い戦場を。



 □ □ □



 ――――そこは清潔さに溢れ、気品高く、それでいてどこか甘い香りが漂う場所。


「なぁ、お前は誰が好き?」

「断然タルトちゃんでしょ! 可愛くて、生徒会長で、守ってあげたくなるような……」

「可愛いのは分かるけどちょっと抜けてるじゃん」

「うっ……それは……否定できないでござるが」


 男子生徒二人が高校生らしい話題に花を咲かせていた。


「生徒会を動かしているのは、一年のザッハちゃんだろ? 実質」

「さてはお主、ザッハちゃん推しでござるか?」

「別に、推しってわけじゃねぇけど……。同じ可愛いなら有能な方が良いだろ?」


 話題にしているのは、彼らが通う学園のアイドルについてだ。


「ま、学園長の孫であり、有為うい家のご令嬢とお主が釣り合うとは思えませんがね」

「あぁん? 別に結婚とかそういう話じゃねぇだろ! 大体お前は……」


 誰それが可愛い……という話題は案外白熱するもので、特にこの男子生徒二人にとっては幾度となく交わされてきた問答である。

 ゆえに二人にとっての最推しは既に決まっていて、ここからは更に推しの魅力を掘り下げていく議論が展開されていく……はずだった。


 しかし、第三者によって中断されてしまう。

 彼らを知っている連中は避けて通るくらいなので、話しかけられるとは珍しいことだ。


「談笑中申し訳ないが、生徒会室はどこだろうか?」

「ん? ああ、生徒会室? 生徒会室なら別館の二階だ。行けば分かると思うが、案内しようか?」

「いや、結構。邪魔をして悪かったな、では」


 やりとりはいたってシンプルで、三十秒とかかっていない。

 また話しかけてきた相手の雰囲気も影響したのだろう。

 答えた男子生徒も生徒会室を目指す理由を聞こうなどとはしなかった。


「誰だっけ?」

「さて、拙者も知らぬでござる。しかし……」

「しかし?」

「先の編入試験、合格者が出たらしいという噂は知っているでござる」

「まさか!?」

「…………」

「…………マジで?」


 互いに顔を見合わせた後、男子生徒は早足で去って行く女子生徒を目で追った。

 その姿は力強く凜としていて、二人の男子生徒にこう思わせるに充分だった。


「もしかしたら……俺の中の推しランキングが変わるかもしれねぇ」


 ……と。



 □ □ □



 この学園は普通の高校とは違い特別だ。

 そしてその特別な学園の生徒会室はどうなのかというと……案外普通の部屋だったりする。

 特別広くもないし、内装も普通というかむしろシンプルな感じだ。


 ただ視覚的にその特別さを理解出来るポイントがあるとすれば、それは制服である。


 彼らはみな、『軍服』を着用しているのだ。

 階級が上がるごとに濃い色となるカーキ色のオーバーコートには多くのポケットがついており、同じくカーキ色のハーフパンツ。

 ポーチに入れた多くの装備品を下げている生徒もいる。

 


「そもそもここは私だけで事足りてると思うんですけど?」

「何の話?」

「も~、ちゃんと聞いててくださいよタルト先輩!」


 生徒会室には二人の女子生徒がいた。

 一人は生徒会長と書かれたプレートのある席に着き、透明の瓶に入った角砂糖達を愛おしそうに眺めている。


 一方、もう一人の小柄な生徒は、何やら懸命に話しており、それが伝わっていないことに憤慨していた。

 いや、憤慨しているのには別の理由もあるようだ。


「ごめんごめん。それで?」

「うちに補充要員が来るそうなんです。しかも、編入生ですよ!? 得体が知れません!!」

「そっかぁ~」

「そっかぁ~……じゃないですよ! 良いですか? この国家防衛製菓大学校付属製菓学園高等学校、通称甘味庵あまみあんは新たに採択された世界戦争基準に基づき、製菓防衛戦に優れた品格高い軍人、その幹部候補を育成するための国家機関であり、そんじょそこらの凡人なんて問答無用でお払い箱……の限られた存在のための学園なんですよ!?」


 小柄な女子生徒が早口でまくし立てた。


「わぁ~、さすが理事長の娘さんだね。甘味庵の正式名称なんて私上手く言える自信ないよ~」

「生徒会長なのに? 生徒会長なのに!? ……まあ、そのための通称名、甘味庵なんでしょうけど。……っていうのはどうでも良くて」

「新しい人が来るのが嫌なの? ザッハちゃん?」

「ザッハちゃんって呼ばないでくださいよ先輩! 私には有為ういザッハトルテという格式高い名前が……」


 どうやら生徒会に新しい人物がやって来る様子。

 ただ小柄な生徒の方は納得がいっていないらしく、ぽやんとした生徒会長の方はあまり関心が無いらしい。

 今も目の前の角砂糖がどうしてこんなに可愛いのかについて思考を巡らせている。


 ただそこに、タイムリーと言うべきか、新たな風を巻き起こす人物が到着した。


「失礼する」

「あなたは……」


 予想外の訪問者にはさすがの生徒会長も視線を部屋の入り口に向けた。


「はっ! 本日付で国家防衛製菓大学校付属製菓学園高等学校に編入し、生徒会に配属されました生地きじジュノワーズと申します」


 背筋を正し、着用した制帽の前に手を添えて敬礼する長身の女子生徒。

 その姿はまさしく軍人らしい振る舞いで、高校生らしさという点ではらしくないが、様になっている。


「あわわ……、えっと……生徒……会長……ですっ! ぴしっ!」


 急に敬礼された生徒会長は、慌てふためきながら立ち上がり、そしてカーキ色の軍服をガサガサさせながら敬礼を返した。


「も~、タルト先輩何してるんですか? 制帽せいぼう傾いてるし、敬礼の時に『ぴしっ!』って言う人初めて見ましたよ」

「だってすごいきっちりした人が来たんだもん!」

「それは暗に私が普段きっちりしてないって言ってます?」

「え!? そんな事ないよ! ザッハちゃんは一年生で生徒会副会長やってるんだから、すっごくきっちりだよ!」


 編入生は少々面をくらっていた。

 人が死ぬ戦争が事実上なくなったとはいえ、軍人の育成機関、しかも幹部候補を育成する国家機関であるところのこの学園。

 その生徒会室に入るのは、それなりに勇気が要ったのだが……。


 ふたを開ければなんだか普通(?)の高校生に見える。


 しかし、見かけに騙されてはいけないし、このまま場の雰囲気に圧倒されていてはいけないと思い、何か話題を探した。


「一年生で生徒会副会長というのは本当ですか? とても優秀なんですね」


 それは先の会話に自然と繋がる賞賛も込めた言葉だった。

 少なくとも言った本人はそう思っていたのだが。


「ええ、それなりにね」


 甘味庵一年、生徒会副会長の有為ういザッハトルテは素っ気なく対応した。


 その素っ気なさを感じ取ったのか、編入生、生地ジュノワーズは言葉を続ける。


「まさか生徒会副会長が一年生だったとは、ぜひお名前を教えてください」


 彼女の台詞がここまでだったのなら、ザッハトルテもまんざらではない気持ちになっただろう。

 しかし、ジュノワーズは一言余計だった。

 彼女はこう続けたのだ。


「……生徒会長の天宮タルトレットさんのことは存じていたのですか」


 ……と。


「あなた……タルト先輩のこと……いえ。編入生だかなんだか知りませんが、この甘味庵に入学し、あまつさえ生徒会にまで入ったんですよ? だったら……たった二人しかいない生徒会メンバーの名前くらい事前に把握しておくべきじゃないんですか!?」

「ちょっと、ザッハちゃん!?」

「タルト先輩はちょっと黙ってください!」

「でも……」


 場の空気は一気に重々しいものに変わってしまった。

 ザッハトルテもここまで感情的に怒る気はなかった。

 でも、どうしても押さえられなくなってしまったのだ。


「申し訳ありませんでしたっ!!」


 頭を下げるジュノワーズ。


「私の不手際です。これでは生徒会に加わることなんてできませんね。これで失礼します。……本当に、申し訳ありませんでした」


 そう言い残すと彼女は生徒会室を去って行く。

 後には謝罪の際に頭から落ちた制帽だけが残されている。


「ねぇ、ザッハちゃん……」

「分かってますよ、タルト先輩。私もちょっとやり過ぎたなって反省してるんです」

「ううん、そうじゃなくて……いや、それもだけど……」


 タルトレットは何かに気づいていた。

 そしてそれは、おそらくザッハトルテが一番気にするだろうなというポイントだった。


「どうしましたか、タルト先輩?」

「制帽忘れて行っちゃったね」

「そうですね……」

「それでね、その制帽の色なんだけど……」


 指摘されてようやくザッハトルテは気がついた。


 確かに自分は生徒会副会長で、先ほどの編入生に比べれば生徒会のメンバーとしては先輩になる。

 一年生だけど、実力もあると自負している。


 しかし……。


「このカーキ色の濃さ……もしかして……少佐?」

「色だけだと分かりにくいけど、帽章で判別できるんだよね」


 ザッハトルテは頭を抱えた。


「あー、あ~~、えっと……私の階級って……」

「大尉だね~」


「ど、どどど……どうしよう~! じょ、上官じゃないですかぁ~!!!!」


 甘味庵での階級は、経歴や能力など様々な点を考慮して与えられる。

 かつての軍人のように極端な上位下関係があるわけではないが、気にする生徒は多い。


 タルトレットに泣きつくザッハトルテ。


「よしよし、大丈夫。あとでちゃんと謝ろうねぇ~」


 そう言ってタルトレットは、ザッハトルテが落ち着くまで頭を撫でてやるのだった。


「まぁ、私……大佐らしいから、そう考えるとこれまでのザッハちゃんの私に対する言動ってどうなんだろうって気はするけどねぇ~」

「タ、タルト先輩は特別だから良いんですぅ~」

「そう? それって……」


 特別……下に見られているということなのかなぁ、などとタルトレットは考えたが、すぐにどうでも良くなった。

 ただ今は、この見栄っ張りだけど砂糖菓子のように繊細な可愛い後輩を慰めることに集中するのだった。



 □ □ □



――――翌日、放課後。


「というわけで、改めてよろしくお願いします、ジュノワーズ少佐先輩」

「あ、いや……その、そこまで改めなくても良いと思うが」

「けじめです。けじめ大事です」

「そうは言うけど、そんなにかしこまってちゃ生徒会の仕事も上手くいかないよ?」

「会長もそう言ってますし、私の事は好きに呼んでください、ザッハトルテさん」


 昨日の一件から一夜明け、編入生ジュノワーズは忘れた帽子を回収するため、必然的に生徒会室へとやってきた。

 そこからはザッハトルテをジュノワーズが引き留め、あれこれ謝罪をして今に至る。


「じゃあ、ジュノ様」

「はい?」


 聞き慣れない呼び方に狼狽えるジュノワーズ。


「だってみんなそう呼んでるよ?」

「みんなじゃないと思うんだけどなぁ。でも、そう呼ぶ人もちらほらいるよね」

「そうなんですか? それは……少佐という階級に関係が……いや、でしたらタルトレットさんもそう呼ばれているはず。ですが、タルトちゃんと呼ばれていますよね。では、何故?」


 それはある意味尊敬の念からで、ある意味では恐怖からだろう。

 甘味庵で今一番注目されている話題は一つ。


「みんな気になっているんです。本当に編入試験をパスしたのかって」

「それはもちろんそうですけど」


 平然と当たり前のように答えるジュノワーズ。


「皆さんだって、優秀だから試験で合格を勝ち取って入学されたんですよね?」


 だから、編入するのに試験に合格するのは当然だと彼女は言う。

 しかし、そうではないのだ。


「ジュノ様」

「せめてジュノワーズさんでお願いします」

「では、ジュノ先輩。かつてこの学園に編入してきた生徒って何人いると思います?」


「編入生の数ですか? 学園自体が出来て十年も経ってないですから、数自体は少ないでしょうけど。そういう枠が設けられている以上は数十人いるのではないかと」

「一人もいないんですよ」

「え?」


「かつてこの学園の編入試験をクリアした生徒は一人もいなかったんです」

「では私が初めての編入試験受験者でしたか」

「それも違います」

「えっと……」


 出会ったときからタルトレットもザッハトルテも理解していた。

 目の前にいる、この生地ジュノワーズという生徒が、いかに優秀であるかを。


「知っていますか? 甘味庵の学園長は、私のお祖父様なんです」

「そうだったんですね」

「でも勘違いしないでくださいね。この学園に入学したのも、生徒会副会長になったのも、学園長の孫だからではないですからね?」


「もちろんです」

「それで、お祖父様はやっぱり昔の考えが強くて、この学園の生徒って能力以外の部分でも、選ばれた人達なんです。もちろん実力がなくちゃ入れないんですけど、実力があっても入れない人はいるというか……」

「ええ、そういうことは少なからずあるでしょう」


「それで、その最たるものが編入試験なの」


 ザッハトルテは複雑な面持ちで説明する。


「お祖父様は、編入試験で不穏分子が入ることを嫌っていた。だからこそ、余程のことがない限り編入できないようになっているの」

「あの、編入できましたけど……」


 ザッハトルテはジュノワーズの反応を見てため息をつく。


「タルト先輩~、ジュノ先輩って天然でヤバいですね。タルト先輩も天然ですけど」

「あぁっ、そういうの私に振る? ノ、ノーコメントでお願いします」

「そうですか……はぁ~。じゃあ言いますけど、ジュノ先輩、超高校級の学力テストと超高校級の実技テストやらされましたよね?」


「はい」

「あ~、一般的なレベルではないことは理解しているんですね。ともあれ、普通は合格できないんですって。多分それでお祖父様のプライドはほんの少しばかり傷ついたんでしょうね。先輩を生徒会に配属させたのも、きっと私に監視させる狙いもあったんじゃないでしょうか」

「つまり、学園長の意に添わない編入生だったと」

「そ、そうなりますかね。でも、あれこれ理由つけて不合格にするなんてことは出来ませんし、不当に退学になることもないと思います。というか私がさせません」


 腕を組んでエッヘンと胸を張るザッハトルテ。

 学園長の孫というコネクションを自分のために使う事はないが、学園長本人に対する抑止力としては存分に使うらしい。


「だからこそ、ジュノちゃんはすごいんだよ。勉強すごく出来るんだよね? あと、超高校級の実技テストってどんなことするの? やっぱり製菓防衛戦関係だよね? 私達は個別で製菓の技術をテストされたけど」

「編入試験も似たようなものですよ? こっちは個人でしたし、製菓防衛戦関係で」


 その発言にザッハトルテが疑問を抱く。


「こっちは個人ってどういうことですか?」

「相手は小隊だったんです。多分ここの卒業生で二等兵クラスだと思うんですけど、なかなか苦戦しましたね。終盤はベーキング手榴弾とかホイップRPGとか飛んできて……」

「…………」


「どうしました?」

「いや……何だろう。次元が違うなぁと思いまして。とりあえず後でお祖父様にきつく言っておきますわ」

「はぁ、そうですか」


 なんだかよく分からないが、ジュノワーズは自分が高く評価されているらしいことは理解した。


 そしてザッハトルテは言う。


「その実技試験にしても、完全に嫌がらせですよね。本来の製菓防衛戦でそんな事しませんよ」

「いえ、それはどうかと」

「違うというのですか? 製菓防衛戦は『人が死ぬ戦争』に代わるものとして生まれたものですよね?」


「戦時中は砂糖が貴重な物資だからってところから、それを扱うパティシエの技術を競うことになったんだよね」

「結局最良の決着は対話に基づくものです。そして、それで決着がつかないからこそ戦争を行う。ですが、いきなり武器による殺傷を含む争いをしていたのでは割に合わない。ゆえに、対話は続けながらも、そこで振る舞う製菓で攻防をしようという流れですね」


「あまりの美味しさに、降伏してしまうシーンは、よく国際中継で見るよね」

「ですが、先ほどの……ベーキング手榴弾? とかいう兵器が飛び交うことなんてないと思うんですよ」


 するとジュノワーズは申し訳なさそうに言う。


「確かに、国際中継などでしか情報を得ていないのであればそうでしょうね」

「どういうことですか?」

「各国の国際A級メイドが要人のもとへ菓子を運ぶ。そしてそれを要人が食べる。そこに至るまでの、厨房での攻防こそが製菓軍人にとっての戦場なのです」


「ということは……」

「はい。人が死なない程度には、製菓兵器が飛び交いますし、他国からの妨害も当然ある世界なんですよ」


「そ、そうだったんですか! もっとこう……精錬された美しい戦場だと思っていました。タルト先輩は知ってたんですか?」

「一応生徒会長だからねぇ~。それに、ザッハちゃんは一年生だから、そういうカリキュラムはまだ受けないんだよねぇ」

「でも、ジュノ先輩はどうして知ってるんですか?」


「ん、ああ。私は小さい頃から戦場に出入りしていたからね。もちろん臨時の傭兵としてだけど」

「いや、もちろんの意味が分かりませんよ! 迷い込んだことがあるならまだしも」


 ザッハトルテは驚愕していたが、タルトレットは冷静に質問を投げかける。


「それはやっぱり、生地家の方針かな?」

「生地家の?」

「私の家系をご存じなんですね、タルトレットさん」


「噂程度にはねぇ。これは多分、次回の『三カ国会談』に向けての動きなんだろうなぁ」

「どういうことですか、タルト先輩?」


 どうやらタルトレットは何らかの事情を知っている模様。


「実は、次回の三カ国会談は、高等学校レベルの軍人候補で製菓防衛戦を行うっていうレギュレーションがあるんだよねぇ」

「そんなの聞いてないですよ!?」

「正式発表はまだだからね。ついでに、このニポポン国代表は甘味庵の生徒会から選出するって話で進んでるんだ。だからこそ、実戦経験のある生地家の秘蔵っ子ちゃんが編入してきたんじゃないかな? チーム人数も三人って規定になってるし」


「じゃあ、初めから学園長はジュノ先輩を入学させるつもりで……いえ、それはないですね。試験に合格できなければ別の誰かを選出するでしょう。ただ、ジュノ先輩には相当期待をしていたからこそ、難しい編入試験を受けさせたんだと思います」


「だよね。というわけで、頑張ろうね」


 タルトレットは笑顔で二人に問いかけた。


「ええ、やるからには頑張りますよ!」

「私も、尽力いたします」


「うん、期待してる。特に、ジュノちゃん。生地家伝来の防衛技術は一流だって聞いてるからね」


 こうして、しばらく三カ国会談に向けた作戦会議が行われた。


「そういうわけだから、近々三カ国会談に参戦予定ってことでよろしくね。とりあえず今日の生徒会の活動はこんな感じで良いかな? じゃっ、かいさ~ん!」


 元気よく号令をかけると、タルトレットはカーキ色の鞄を手に取り帰り支度を始めた。


「タルト先輩」

「なに?」


 帰り際、ザッハトルテがタルトレットに声をかける。


「私はちょっと残ってやりたい仕事があるので。それと、ジュノ先輩にも色々説明を兼ねて手伝って欲しいのですが……」

「うん、良いんじゃないかな。でも、あんまり無理しないでね?」

「はい、すぐ終わりますので。申し訳ないですが、ジュノ先輩……」

「ああ、喜んで引き受けよう」


 こうして、生徒会室に残るのはジュノワーズとザッハトルテのみとなった。



 □ □ □



「これで二人きりになりましたね、ジュノ先輩」

「ああ……二人っきりだ」


 窓から差し込む夕陽。

 室内に二人の影が映る。


 周囲に誰の気配もないことを確認すると、二つの影はゆっくりと接近する。


 ザッハトルテは夕陽のせいか顔が紅い。

 そんな彼女の肩にジュノワーズは両手を置き引き寄せる。


 二人の影、その顔部分はこれ以上なく接近し……接触した。


「相変わらずタルトレット様に媚び売ってんのか? ちびトルテ~!」

「そっちこそ、無駄に図体が大きいのは変わりませんね、ジュノワーズ!!」


 二人は額をつき合わせてにらみ合っていたのだ。

 先ほどまでのよそよそしさは皆無である。


「タルトレット様に付きまとって得られた好感度はどの程度かと思えば…………ふふっ……」

「笑いましたね? 私の地道な好感度アップ作戦を笑いましたね?」

「だって、未だ単なる後輩程度にしか見られていないんだろ? あと私の武勇伝にドン引きして好感度下げる作戦も失敗に終わってたし」

「それは……でも、ジュノワーズこそ、甘味庵に入学すらしなかったじゃない!」

「急がば回れって言うだろう? 私は戦場で英才教育を受けてきたんだ。今のお前なんか、これからあっという間に追い抜いてやるさ」

「ぐぬぬ……」


 二人は……顔見知りだったのだ。

 いやそれ以上……、かつては親友であり、今なお親友であるのだが戦友ライバルでもあった。


 高名な有為うい家の令嬢と、軍人としての技能研鑽を追求する生地家の秘蔵っ子。

 実は有為家と生地家はいとこ関係にあり、親交が深いのである。


 基本的には協力関係にある間柄なのだが、この二人に関しては事情が異なる。

 特に、防衛製菓大臣の娘である天宮タルトレットを巡っては。


 ゆえに、二人はあらかじめ示し合わせて初対面のふりをしていたのである。

 ライバル同士が親友などという事実から目を背けたいがために。

 また、何かとその方が都合が良いという判断から。


 きっかけは――――五年前の製菓防衛軍事パレード。

 そこで二人は、防衛製菓大臣の娘である天宮タルトレットを初めて見た。


 子供用の軍服で正装し、父親とともに各国要人に挨拶し会話する姿を。

 その時、二人は思ったのだ。


『あの人に可愛がられたい』

『あの子を可愛がりたい』


……と。


 端的に言えば一目惚れである。

 同じ人を、同時刻に好きになってしまったのだ。


 それからというもの、二人は恋の戦友(ライバル)となったのだ。


 ザッハトルテはタルトレットに可愛がられるために可愛い後輩に徹し、ジュノワーズはタルトレットを安心して可愛がることが出来るよう、守るための強い力を求めた。


 趣向は違えど、タルトレットが好きという共通点がある二人。



「それで、自己研鑽とやらはどうなったんですかぁ~?」

「充分に力を付けたと判断したからタルトレット様と同じ学び舎に転入したまでだ」

「んん~? そんなこと言って、実は離れていることに絶えられなくなったんじゃないですかぁ? 早く会いたかったんでしょ? クールぶってるけど」

「そんな事は……」

「その点、私なんか毎日会ってるんですよぉ~? 昨日なんか頭を撫でてもらったんですから! 良いでしょ~」


 普段の可愛らしい顔を歪めて、ザッハトルテはジュノワーズを煽った。


「くっ……、そんなスキンシップを……けだものがっ!」


 苦悶しつつジュノワーズは手をわさわさと動かした。


「何ですかその手つき。ジュノワーズこそ、タルト先輩を可愛がりたいとか言って、実際のところいやらしいことしたいとか思ってるんじゃないの?」

「そんな事はないぞ!! これはその……崇高で神秘的な、幼子を愛でるような感じであってだな……」

「はいはい」


 二人の、いかにタルトレットを愛しているかについての談義は、その後一時間ほど続いた。


「とりあえず、気持ちが変わっていないことは分かった。案外飽きっぽい性格かと思っていたんだがな」

「私は一途なんです~!!」

「はいはい」


「私の真似した? 真似した!? ……ま、これからが本番ってことよね、私達の戦い」

「次の三カ国会談……」

「貢献度で勝負!」

「そうだ」

「そして……」


『「この戦いが終わったら、告白するんだ!」』



 □ □ □



 ――――そして時は過ぎ、三カ国会談は予定通り開催された。

 予定通り甘味庵の生徒会は製菓防衛戦に参加し、なんだかんだ無事に終えたのだった(内容は割愛)。


 会談の翌日、生徒会の三人は、生徒会室に向けて廊下を歩いていた。


「結局、勝敗は決まらなかったね~」

「所詮は軍人候補同士の製菓防衛戦でしたからね。議論よりも親睦を深める目的で開催されていたようですし」

「ともあれ各国全力を尽くした戦いだった」


 勝敗は決まらなかったが、争いを収めるという目的からすれば悪くない結果と言えるだろう。


「そうだね~。アメウサ合衆国はバターケーキ。ピッツァ共和国はフィンガービスケット。どっちも完成度高かったね~」

「タルト先輩のパートシュクレタルト生地で作るアーモンドタルトレットも完璧だったじゃないですか!」


 ザッハトルテがタルトレットをべた褒めした。


「そう? アメウサ合衆国のバターケーキはオールインワン法じゃなくてシュガーバッター法で軽い口当たりに仕上げてたし、ピッツァ共和国のフィンガービスケット……えっと、ビスキュイ・ア・ラ・キュイエールって言うんだっけ。あの別立て法、メレンゲと均一に混ぜるの難しいのに上手に出来てたよね」


 タルトレットは淡々と他国の製菓技術について賞賛した。


「……あの」

「なにかな?」

「まさか、あのタルトレットを作りながら他国の調理も分析してたんですか?」


 ジュノワーズが驚き混じりに問いかけた。


「普通するよね? 他の人の調理を見るのはすごく参考になるんだよ?」

「そうですけど、すごい器用というか……タ、タルト先輩って、お菓子作りだけは天才的ですよね」

「お菓子作りだけって! だけってぇ…………まあ、そうだけど」


 タルトレットは褒められているのか貶されているのか分からず困惑するのだった。



 三カ国会談をきっかけに生徒会の知名度は更に上昇していた。

 甘味庵内でも注目の的だ。


 もちろん、それ以前から彼女らに注目していた面々ならなおのこと。


「お主、この前タルトちゃんがちょっと抜けてるとか言ってなかったでござるか?」

「悪い、前言撤回だ。あんなタルトレットの製菓技術を見せられたら俺もうっかりタルトちゃんに推し変しかねないな」


「ふふ、ちなみに彼女が使った生地はパートシュクレと言って、パートプリゼとは違い焼き縮みしにくいタイプなのだ。配合バランスが違うだけで、材料と作り方はバターケーキで使うシュガーバッター法で……」

「出た、製菓オタク」

「お主だって似たようなものであろう?」

「そうだけど、本題から逸れてるだろ? 生徒会メンバーの話だろ?」


 彼らは今日も相変わらず推しについての談義を展開していた。


「そうでござった。先の三カ国会談で活躍が注目されている彼女らでござるが、我々にとって危機的状況が発生しているでござる」

「危機的?」

「お主……百合の間に挟まる趣味とかあるでござるか?」


 男子生徒は眼鏡をクイッとあげてシリアス気味に問いかけた。


「質問の意図が分からんが、答えはNOだ。で、どういうことだよ?」

「実は……生徒会で三角関係が生まれている疑惑があるのでござる」

「まさか、さっきの百合がどうのって……」

「そう。今我々の目の前を通り過ぎていった彼女達。タルトちゃんを真ん中に、両サイドにザッハちゃんと転入生のジュノ様。タルトちゃんを巡って、熾烈な恋愛バトルが繰り広げられているのである!!」


 ござる口調の男子生徒は声高らかに断言した。

 つい先ほど本人達が通り過ぎたばかりだというのに。


「おいっ! 本人に聞こえるだろっ!」

「し、しまったでござる」


 放課後とはいえ、廊下にはちらほらと人が残っていた。

 そして、伝わってしまった衝撃の情報にざわめきが起こった。


「え? なになに? どうしちゃったの?」


 異変に驚くタルトレット。


 一方、ザッハトルテとジュノワーズは心に秘めていたことが暴露されたことに驚きはしたが、すぐにそれを好機と捉えた。


「タルト先輩! この際はっきりさせましょう!」

「そうですね、はっきりさせるべきでしょう」


 二人は揃って断言した。


「何の……話?」


 タルトレットは二人の熱量について行けていない。


「私達のどちらを選ぶかって話です」

「選ぶ?」


 ますますわけが分からないタルトレット。

 しかし、ザッハトルテとジュノワーズの勢いは加速する。


「タルト先輩! 私の方が先輩に貢献してますよね?」

「お忘れですか? 三カ国会談の製菓防衛戦で、飛んできた他国の18-8ステンレス計量スプーンから守ってあげたことを。私の方が貢献しているはず」


「えっと……」


 互いに貢献度を競い合っていることは理解したタルトレットだったが、その後の言葉までは予想できなかった。


「私とつき合ってください、タルト先輩! そして、一生私を可愛がってください!」

「いや、私とつき合って欲しい。私があなたを大切に可愛がります!」


 二人が真剣な表情でその手をタルトレットの前に差し出したのだ。

 周囲の人間も、タルトレットがどちらの手をとるのか固唾を呑んで見つめている。


「まさか、拙者の失言が彼女らの恋を加速させてしまうとは……かくなるゆえは百合の間に挟まる他……」

「早まるなっ! しっ……静かにしろ」


 覆水盆に返らず。

 推し談義で有名な男子生徒達も、こうなってはもう出来る事はないのだ。

 ただその行く末を見守るのみ。


 一人称が拙者の男子生徒の暴挙も、もう一人の相方によって何とか抑えられた。


 そして、ようやく事態を把握してきたタルトレットが口を開く。


「あの……つき合うとかそういうのは……わ、わかんないんだけど…………んっ!」

『「……っ!?」』


 タルトレットは、両手で二人の手をとったのだった。

 ザッハトルテが右利き、ジュノワーズが左利きだったので、なんか良い感じに両手が繋がれた。


 それが、タルトレットの答えだった。


「ザッハちゃんは可愛いし、これからも可愛がってあげたいな。ジュノちゃんは格好いいし、頼りがいあるし、私を可愛がってくれるなら大歓迎だよ? 今は……それじゃダメかな?」


 上目遣いで二人の反応を窺うタルトレット。

 その愛らしい反応に、二人が反対する余地はなかった。


 文字通り制帽を脱帽し、悶えた。


「もぅ……タルト先輩ずるいです」

「これは……いや、これだからこそのタルトレット様なのだな……」


「ささっ! 今日も生徒会の活動頑張ろうね~」


 そう言うと、タルトレットは二人の手を引いて生徒会室へと向かうのだった。

 切り替えが早いのも、生徒会長としての素養と言うべきか。

 困惑する二人を尻目に、いつものタルトレットに戻っている。


 事の顛末を見届けた男子生徒は呟く。


「タルトちゃんの優しさゆえの回答でござるな。保留とも言えるし、ある意味では失恋の現場でもあった」

「いや、案外タルトちゃん欲張りというか、女たらしなんじゃないの?」


「なんと! 可愛さと、抜けているようで実は実力者というギャップを巧みに操り、高嶺の花である女子生徒を手玉にとる。しかも、それを天然でやってのけるとは恐ろしい」

「だけど、そこが魅力なんだよな。とりあえず、分かっているのは……」


「我々はもう、誰が一番かなんて議論を止め、『生徒会』を箱推しするしかないということでござるな……」

「ああ……」



 人が死ぬ戦争が終わっても、甘いお菓子が世界情勢を変える世の中になっても、恋の争いは激しさを失わない。


 精巧な砂糖細工のように作られた友情という名の関係性は、恋が激化すればいつ崩壊してもおかしくない。

 それでも、彼女達の甘く危ない関係性はこれからも続く。


 彼女らはまだ、未熟だ。


 その気持ちが本当に恋心なのかも定かではない。

 憧れや愛玩する気持ちや嗜好が入り交じる不安定な状態だ。


 だから、少し冷めて冷静になった時、再度その気持ちを問われることとなるだろう。

 恋も焼き菓子も少し冷まして完成するのだから。


 ただ今は、その甘い戦場でのひとときが、幸せな時となることを望むばかりである。

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― 新着の感想 ―
[一言]  とても面白かったです。  女の子同士の絡みが良かったですね。  人が死なない戦争と言っても、足の引っ張り合いはいつの時代も変わりません。  ではまた。
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