偶然苗字が一緒の勅使河原くんと勅使河原さんは大学内でおしどり夫婦と揶揄われている
【偶然苗字が一緒の勅使河原くんと勅使河原さんは校内でおしどり夫婦と揶揄われている】の続編です。あともう一作、同時投稿します。
4月。俺にとって21回目の春が訪れた。
朝のニュースでは、特集でデートにオススメのお花見スポットを紹介している。アナウンサーが「春は恋の季節ですからねー」と言っているが、正直それ以外の季節でもデートスポット特集をやっている気がする。
俺・勅使河原宗輔が大学に通い始めて、3年目になった。
今日から前期の講義が始まり、それに伴ってゼミやサークルなんかも活発的に動き出す。
4年生は就活に追われてほとんどゼミやサークルに顔を出さないので、俺は実質最高学年ということになるのだ。
新学期早々ゼミに遅刻しては、教授からの印象もさぞ悪くなることだろう。俺はある程度時間に余裕をもって、自宅・307号室を出る。
外に出ると、偶然隣の308号室のドアも開いた。
「あっ」
「あら」
家を出るなりばったり出会したのは、同じゼミ所属の友里と、彼女の妹で幼稚園児の光莉。
隣人でもあるこの姉妹の苗字は……面白いことに俺と同じ「勅使河原」だった。
俺も友里たちも勅使河原姓だけど、俺たちの間に血縁関係は一切ない。
「夫婦だって血の繋がりはありませんー」とか揶揄ってくる偏差値小学生レベルの同級生もいるけど、勿論婚姻関係だってあるわけがない。
俺たちが同じ勅使河原姓なのは、全くの偶然だった。
「おはよう、宗輔」
「あぁ。おはよう、友里」
俺たちがどこかぎこちない挨拶を交わしていると、靴を履き終えた光莉が俺に駆け寄り、抱き着いてきた。
「宗輔お兄ちゃん、おはよう!」
「おう! 光莉はこれから幼稚園か?」
「うん! 宗輔お兄ちゃんが、送ってってくれる?」
どこで覚えたのかわからない上目遣いをしながら、光莉は俺に懇願する。
くっ! 俺はこのうるうるした瞳に、めっぽう弱いんだよな。
「しょうがないなぁ」と答える前に、友里が光莉を叱責する。
「コラ、光莉! わがまま言わないの!」
「だってぇ……宗輔お兄ちゃんに「いってらっしゃい」って、言って欲しいんだもん」
友里に叱られて、シュンとなる光莉。今にも泣き出してしまいそうな妹(のような存在)を、放っては置けなかった。
「まぁまぁ、友里も抑えて。朝から怒ってばっかりだと、小皺が増えちまうぞ」
「あ?」
要らんことを言ったせいで、光莉に向けられていた怒りの矛先が俺の方を向いた。取り敢えず、ごめんなさい。
「ゼミまではまだ時間があるし、別に一緒に光莉を送っていくくらい構わないぞ?」
「でも……」
「ていうか光莉のやつ、離れる気ゼロだし。ここで言い争っている時間の方が勿体ねぇ」
「それは……ハァ。その通りね」
やがて友里は折れる。
どうやら今朝は光莉に、軍配が上がったようだ。幼稚園に入ってわがままに拍車のかかっているな、こいつ。
「良かったな、光莉」
「うん! それじゃあ3人で手を繋いで、幼稚園に行こ!」
俺、光莉、友里という並びで手を繋ぎ、俺たちは歩き出す。
街中を歩いていると、すれ違う人たちから「仲の良い家族だね」と何度も声をかけられた。
家族、か。
周りから見たら、俺は光莉の父親に見えているのだろう。そして友里の旦那に――。
俺と友里は同じ勅使河原姓だ。でも俺たちは夫婦じゃない。恋人同士ですらない。
じゃあ単なるお隣さん同士かと言われると、正直そういうわけでもなかった。
チラッと、俺は友里を横目で見る。すると友里も俺の方を見ていて。
目が合ったのはほんの一瞬で、俺たちはすぐに顔を逸らした。
顔に熱が帯びるのを実感しながら、俺は改めて思う。
「あぁ、好きだなぁ」、と。
高校時代に、俺は友里への恋心を自覚した。
その想いをさり気なく伝えて、友里も受け入れてくれたわけだけど、俺たちはまだ付き合っていない。
互いに好意を持っているのはわかっている。だけどおしどり夫婦と揶揄われて、その度に「お隣さん」だと否定し続けてきた期間が長かったから、今更本当の恋人同士になることに少し抵抗があるのだ。
付き合っても、上手くいかなかったら? 別れた時、俺たちは恋人同士だけでなくお隣さんという関係性も失ってしまうかもしれない。二人とも、それを何より恐れていた。
勅使河原宗輔と勅使河原友里の関係は、依然お隣さん以上、恋人未満のままなのだ。
◇
光莉を幼稚園に連れて行くと、出迎えてくれたのは新任の先生だった。
俺と友里の関係を知らない先生は、案の定「パパとママ、二人に送って貰えて、良かったね」と光莉に語りかける。
いつも通り「パパじゃありません。赤の他人です」と返すと、先生からめちゃくちゃ謝られた。大丈夫っす、慣れてますから。
俺と友里はその足で大学へ向かう。
二人とも同じゼミ所属なので、研究室まで一緒に歩いて行く。
ゼミ生たちから「おっ、夫婦揃って来ましたか! お熱いことですね〜!」と揶揄われたので、「羨ましいか、非モテ共」と言い返してやった。てめぇらに優しくすると思うなよ?
今日の講義はゼミだけだったので、俺と友里はサークルに顔を出すことにした。
前期開始日ということもあり、今日の活動は専ら新入生の勧誘だ。
俺は部室でSNSによる周知活動を、友里は構内での勧誘活動をそれぞれ担当することになった。
サークルのアカウントに、活動の楽しさとか人間関係の良好さを、少し脚色して綴っていく。
文字だけだと面白くないので、サークルメンバーの全体写真なんかもアップしておいた。
この写真は、確か去年の合宿のやつだったな。
写っている人数は、40人ほどいる。だというのに友里がどこにいるのか、俺はすぐに見つけることが出来た。
写真を選別し、アップし終えたところで、俺も勧誘活動に加わることにした。
今勧誘しているのは、中庭と食堂と正門だった気がする。
一番大変そうなのは……多分中庭だろうな。他のサークルの学生も勧誘していて、混雑しているし。
俺が中庭に足を運ぶと、運良くすぐにサークルメンバーを見つけることが出来た。
その中には、友里の姿もある。
「おーい、友里!」
俺は友里のもとへ駆け寄ろうとする。……が、数歩走ったところで足を止めた。
友里に見知らぬ男子学生が話しかけていたのだ。
「誰だよ、あいつ……」
サークルメンバーやゼミ生だったら、俺が知らないわけがない。
ということは新入生か、或いは……俺の知らない友里の友達?
俺と友里は、恋人同士じゃない。だから俺の知らないところでどんな男と会っていても、それを責める権利なんてないわけで。
そんなことわかっている。わかっているさ。でも――
ズキっと、胸が痛む。
何だよ、その笑顔は? 何年も友里の隣にいたのに、俺はお前のそんな表情知らないぞ?
これ以上自分の知らない友里を見ていたくなくて、俺は一目散にその場から逃げ出すのだった。
◇
帰宅した俺は、自室に戻るなり過去のアルバムを引っ張り出した。
俺の知らない友里がいるなんて、信じたくない。覚えていないだけで、あの笑顔だって俺に向けてきたことがあるはずだ。
そう思って、何百枚もある友里との写真を眺め続けるわけだけど、あの笑顔をした友里はどこにもいなかった。
「……もしかして、待たせ過ぎたってことなのか?」
高校時代、俺は友里に告白じみたことをしたけれど、はっきりと「好きだ」と伝えたわけじゃない。
その後も今日に至るまで好意を明確に言葉にしたことはなく、多分友里も同じ気持ちなのだろうと勝手に思い込んでいた。
お隣さんであり、誰よりも互いを理解している存在。だからこそ、俺はその関係性に甘えてしまっていた。いや、逃げてしまっていた。
今ある関係を壊したくない。そう思うのは、何もおかしな感情じゃない。
だけど変化を求めないということは、それ以上の進歩しないということでもあるのだ。
俺はそんなヘタレだ。友里だって、愛想を尽かすに決まっている。
だからきっと、新しく言い寄ってきた男に心変わりしたのだろう。
俺は写真の中の友里を撫でる。
友里のことが本当に好きならば、彼女の幸せこそ一番に考えるべきだ。
これからは友里と一緒に大学に行くのは控えよう。光莉には悪いけど、幼稚園の送迎も控えるべきなのかもしれない。
だって俺は、ただのお隣さんなのだから。
なるべく友里との接点をなくそうと考えていた矢先に……玄関チャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこには友里が立っていた。
友里は「はい」と、持っていたタッパーを差し出す。
「肉じゃが、作り過ぎちゃったからお裾分け」
「……どうも」
もう関わらないと決心した直後に、何で手作り料理なんて持ってくるかな。いや、友里に悪気なんてないんだろうけど。
タッパーを受け取るなり、俺はドアを閉めようとする。
しかしその直前で、友里にドアを押さえられてしまった。
「ねぇ。何悩んでいるの?」
「……は? 何も悩んでいませんけど?」
「あのねぇ。何年おしどり夫婦って揶揄われていると思ってるのよ? 宗輔が何かに悩んでいることくらい、ひと目見たらわかるっての」
だからさ、そういうこと言うなよ。
勘違いはしなくても、お前を諦め切れなくなっちまうじゃねーか。
もし昼の光景を見ていなかったら、俺はこの場で「好きだ」と伝えて、友里を抱き締めていただろう。
だけど今は違う。友里に俺以外の想い人がいるとわかった以上、この気持ちを伝えるわけにはいかない。
俺は誤魔化し切れないとわかっていながらも、「何でもねーよ」と友里を突き放した。
しかし……熟知している筈なのに、俺はすっかり忘れていた。勅使河原友里は、納得いかないことに対してとことん追及する女性だということを。
友里は俺の胸ぐらを掴むと、グイッと自身の方に引き寄せる。
キスされるんじゃないかというくらい接近した友里の顔に、俺はドキッとなった。
「言いたいことははっきり言いなさいって、いつも光莉に言っているわよね? 子供にそう言っているくせに、自分は実践しないなんて、そんなの恥ずかしくないの?」
「……っ」
光莉の名前を出すのはずるいと思う。そんなことを言われたら、もう本音を曝け出す他道はないじゃないか。
「……んだよ、あれは?」
「何? 聞こえないんだけど」
俺は友里の手を振り解く。そして溜め込んでいた不安を吐き出した。
「何だよ、あの笑顔は!? 誰なんだよ、昼間楽しそうに喋っていた奴は!? あんな顔、俺にしたことなかったじゃないか!」
突然叫び出した俺に、友里は一瞬たじろいでいた。
しかしすぐに冷静に戻り、昼間のことを思い出す。
「昼間喋っていた男って……あぁ、あの新入生のことね。別に、彼にはデートに誘われただけよ」
「だと思ったよ。それでお前はそのデートを受けることにしたんだろ?」
「はぁ? そんなわけないじゃない。どうしたらそんな発想になるのよ?」
「だってお前……俺には絶対見せないような顔で笑っていたじゃないか」
昼間の友里の笑顔を思い出すと、今でも心がズキズキ痛む。
俺がこんなにも傷心しているというのに、友里に罪悪感を抱いている様子はない。それどころか、「何言ってんだ、こいつ?」とでも言いたげな顔をしていた。
「当然でしょ? どうして宗輔に作り笑いをする必要があるのよ?」
「……え? 作り笑い?」
聞き返すと、友里は「そうよ」と頷く。
「あんな笑顔を向けられたことがない? そりゃそうでしょうに。宗輔といて楽しくないことなんて、今までなかったんだもの。仮につまらなかったら、はっきり「つまらない」って言うわよ。間違っても笑顔を取り繕って、楽しいフリなんてしない」
友里が俺にあの笑顔を向けなかった理由……それは俺に愛想を尽かしたからではなくて、今でも俺を特別だと思ってくれているからで。
真相を知った途端、胸の痛みがスーッと消えていく。……なんだよ。こんなことならあれこれ悩まず、素直に聞いておけば良かった。
「友里のことなら何でも知っているつもりだったけど……やっぱりそれは自惚れだったみたいだな」
「同感ね。私はきっと、甘えていたの。宗輔なら言わなくても、私の気持ちが伝わっていると思い込んでいた。でもそれは、大きな間違いで。いくらお隣さんでも、同じ苗字だとしても、私とあなたは人と人。思っていることの全てが伝わるわけじゃない。だから――もう二度とこんな勘違いが起きないように、はっきりと言葉にするわ」
友里は大きく深呼吸をする。そして――
「好きよ、宗輔。私の彼氏になって」
翌日、俺と友里は二人仲良く大学へ向かった。
例のごとくゼミ生からは「今日も夫婦お揃いですか?」と揶揄されたので、俺は笑って言い返す。
「夫婦じゃねぇ。恋人同士だ」、と。




