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お茶会(前編)

 雲もそぞろに青空へ席を明け渡す晴れの日。


 小庭園には、花壇に咲く花々よりも美しい華――うら若きご令嬢方が集まっていた。


 淡い苺色の花も、此処に一輪。


 既に多くの令嬢が席についていたが、この淡い苺色の金髪(ストロベリーブロンド)の令嬢だけは所在なく立つ。だが、誰も彼女のことなど興味を持たなかった。


 なぜなら他に、小庭園の令嬢らの関心を集めるものがあったからだ。


 ユイーズ皇太子妃殿下のおられる中央のテーブルだ。


 誰もが皇太子妃殿下を遠巻きに眺め、話しかけようとはしない。


 もし、皇太子妃殿下と言葉を交わそうとすれば最後、お茶会の主催であるマリアミス・ミシェル・ドゥ・クェス公爵令嬢によって社交界から徹底的に排除されるだろうから。


 まさに、今の皇太子妃殿下と同じ有様になることは、容易に予想できる。


 ――パチ、パチパチ、パチパチパチ。


 喝采が起こった。伝播していく拍手の始端からクェス公爵令嬢が現れる。


「みなさま、この度は私主催のお茶会に参加してくださり、ありがとうございます。数名は皇太子妃の座を競い合った仲。そうでない方も、これからは側妃の座を競い合う仲ですが、今日のお茶会は楽しく過ごしましょう。このお茶会を契機に新たな交友を深めて参りましょう」


 余裕の浮かぶ端正な笑顔と美しいドレスの艶姿が人々の目をくぎ付けにする。クェス公爵令嬢は、旧知の仲である令嬢が座すテーブルに寄り、楽しげな挨拶を交わし、最後に中央の席に着いた。


「ごきげんよう。サンドレス伯爵令嬢。参加していただけるなんて思っておりませんでしたわ」

「クェス公爵令嬢のお誘いを無碍にはできませんから」


 やや遅れて返事をするサンドレス伯爵令嬢――もといユイーズ皇太子妃殿下は、今日も胡桃色の分厚い前髪で瞳を隠していた。


 頑なに彼女を皇太子妃殿下とは呼ばない、冷遇する調子でクェス公爵令嬢は頷く。


「ええそうね、であれば普段からお誘いを承諾していただきたいですわね。いつも埃ばかりの後宮図書室の隅におられないで、もっと他の令嬢(みなさま)と交流なさったらどうかしら。社交性のない妃はいかがかと存じますわ」

「………」

「都合が悪いからといって、黙らないでいただきたいものね。寡黙が売りで、命令を聞くだけの傭兵の娘でしたら十分でしょう。しかし、それは貴族にとって愚か者の金に値します」


 なおもクェス公爵令嬢の言葉責めが続く中――。



「お初にお目にかかります、ユイーズ皇太子妃殿下。クェス公爵令嬢」



 二人は声のした方を見た。


 空席だったはずの場所に、淡い苺色の髪で、少々流行遅れのドレスを着る令嬢が座っていた。


「貴女……!」


 クェス公爵令嬢でも予想外の出来事だったようだ。


 まさか空いた修羅場(中央)の席に座る怖いもの知らずがいるなんて、想像できやしない。


「わたくしはナトミー子爵家のロザリンド・デ・ナトミーと申します。恐れ入りますが同席させていただきます。何分(なにぶん)、席がここしか空いてないものですから」


 両者に対して初対面を装い、わたしは笑顔を取り繕った。


 四方八方から注目を浴び、胃がキリリと痛む。そのうえ、クェス公爵令嬢の刺すような視線がわたしの目を小突く。


「はじめまして、ナトミー子爵令嬢。このテーブルは私とサンドレス伯爵令嬢の為だけに用意したものですの。老婆心ではっきりと申し上げますけれど、立っていてもお茶会は参加できますわよ。あちらの小庭園端のワゴンには、紅茶も準備しておりますから」


 クェス公爵令嬢の退席を勧める気迫の圧に心が萎縮する。けれど、ここで居座ることができなければ、この公爵令嬢がどんな暴挙に出るか分からない……!


 公爵令嬢から逸らした目がユイーズ様の目と合う。わたしの意図を察した彼女は公爵令嬢より先に口を開いた。


「っ……私はっ、構いません。令嬢を歓迎する為の、お茶会であるのに、席にも着けないことは、心苦しく思います……」

「あら、良かったですわね。ナトミー子爵令嬢」


 すんなりとクェス公爵令嬢が承諾し、わたしは拍子抜けした。まあ、子爵令嬢が一人増えた程度では不利にもならないのだろう。些細な障害物より、お茶会の進行が優先されたに違いない。


 お茶会の開催は、元皇太子妃候補の一人、クロシェット・ベルフィ侯爵令嬢の挨拶から始まった。


「わたくしクロシェット・ベルフィの歌声を皆様に披露させていただきますわ」


 ベルフィ侯爵令嬢の挨拶は無伴奏独唱(アカペラ)で始まった。


 若い喉から響く伸びやかなソプラノは、無駄のない技巧で旋律(メロディ)を導き出す。それは誰もが聞き入り、耳を傾けてしまう小鳥のさえずり……。


 ベルフィ侯爵令嬢の歌声に会場が聞き惚れる中、わたしの記憶の引き出しからクロシェット・ベルフィ()()()()()()の情報が引き出される。




 クロシェットの生家、ベルフィ侯爵家は代々皇帝陛下の近衛を務める領地持ちの貴族だが、同時に、音楽の分野においても権威の家柄である。


 その象徴と呼べるのが、ベルフィ侯爵家の所有する七棟の音楽会館『七つの音階』。



 ――我ら七つの鐘にて、人々の歓喜と安寧は護られん。



 鐘に無銘で刻まれた宣誓をもとに、彼らベルフィ侯爵家は皇国内に音楽の普及を目的とした劇場を所有・運営している。


 彼女クロシェット・ベルフィ侯爵令嬢の卓越した歌声は、天性の才能が恵まれた環境で育まれた産物だった。


 そのうち嫌でも目に付く、繊細なレースで飾られたお姫様のようなドレスだって、彼女の特別な才能によってデザインされたものだ。


 ……音楽会館ではオーケストラだけでなく、オペラやバレエの公演も開催されている。ベルフィ侯爵令嬢の服飾の才能も、劇を扱う侯爵家の特性により開花したものなのだろう。


 音楽と服飾の秀才――社交界ではこの上ない武器を持つ彼女が、皇太子妃に選ばれなかったことは不思議でならない。




 ふと、辺境伯領のザフィーア・ラインガード令嬢が立ち上がった。


 彼女は息を吸い、ゆっくりと口を開けて、静かにアルトの歌声を響かせていく。


 アルトが加入したことで、単独のソプラノが均整の取れた合唱に変化する。


 驚くべきことに、二人の令嬢は目の合図だけで歌声を調整しているようだった。


 昨日のサロンでは水と油のように相容れない様子だったが、意外と息の合う二人……なのだろうか?


 終の音の余韻に浸り、聴衆は万雷の拍手で彼女たちの歌声を讃えた。


 素晴らしいが、これは強烈な元皇太子妃候補から新参者(側妃候補)への洗礼である。


 このベルフィ侯爵令嬢と辺境伯領の令嬢の歌声を聴いた後では、どんな魅力的な出し物も霞んでしまうだろう。


 大勢の過度な期待と、失望による落胆の息が拍車をかけ、半数の側妃候補の令嬢らは醜態を晒していく。見ていて気の毒になってくるほどだ。




 ……そんな悲惨さに負けず劣らず、中央テーブルの雰囲気は最悪だった。


 どの令嬢も披露する前や後、中央のテーブルまで来てクェス公爵令嬢に挨拶をするまでは良い。だが、ユイーズ皇太子妃殿下にはとってつけたような一瞥か無視だったのだ。


 ――くすくす。


 小馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。


 これはクェス公爵令嬢による配下の令嬢を使った精神攻撃だった。


「…………」


 ユイーズ皇太子妃殿下が令嬢の出し物に反応を向けたとしても、伸ばした手は宙をさまよい、空虚に終わる。


 これがユイーズ皇太子妃殿下の置かれた現実だ。孤立無援。たかが、子爵令嬢が変えられる運命ではない……。


(でも、だけど、そんなことはないんだ……! わたしは地方から皇都に来たばかりのおのぼりさん、単純で夢見がちな世間知らず、そしてお父様譲りの褒め言葉が無限に湧き出す美徳を持っている!)


「あの竪琴(ハープ)の演奏は素晴らしかったですね」


 大げさな感嘆の声で喋り、空気が読めない田舎者を、わたしは演じる。


 ユイーズ様は素晴らしい方だ。ユイーズ様の分厚い前髪の下で、蜂蜜色の瞳は微笑んでいた。たとえ軽んじられても、どの令嬢の出し物も尊重する愛おしい心が隠されていたのだ。ただ、誰も見ようとしなかっただけで……。


「まるで皇太子妃殿下の御声のようでした。皇太子妃殿下は、きっと聡明で淑やかな方、微笑めば花々の蕾が開き、お声は眠りを誘う竪琴(ハープ)のようだと、皇都へ訪れる前に空想していたのです。それが、本当にその通りでした」

「それほどでも……ありません……」


 わたしの唐突な褒め言葉に、ユイーズ様はぎこちなく微笑む。


 人をもてはやすだけの脇役でも立派な味方だ。どんな褒め言葉も、最初は人を喜ばせるためにこの世に生まれたのだと、わたしは信じている。


「ナトミー子爵令嬢には素晴らしい出し物があると、先程、耳にしましたわ」


 クェス公爵令嬢が会話の間に入った。


 紅茶をかけるよう約束したことを忘れるな、と脅しているようだ。


「ええ、とっておきの出し物です」


 わたしが平然と言い返したので、クェス公爵令嬢はやや不服そうである。


 ――さて、どのように場を収めるか。わたしはテーブルの上をざっと見渡した。


 白磁と金で構成された紅茶ポット、ティーカップ、シュガーポット、ケーキスタンド。ティースプーンは重さからして純金そのもの。


 一杯分の紅茶だけなら、被害はこのテーブルクロスとドレスが少々汚れるだけ。


 だけど、もし、それ以上の■■■■■■が起こったとしたら?


 ……想像をして、緊張で喉が渇いてしまった。


 わたしは注がれた紅茶の半分に口を付けた。


 紅茶は喉を潤し、良い香りが鼻腔を満たす。


 だが、その後味は苦く、ピリつく刺激が舌を走る。


 途端、全身の血が逆流するような気持ち悪さに襲われた。


 呼吸は荒くなり、喉の奥から滲む痛みと、めまいがする。


 わたしは慎重な手つきでティーカップをソーサーの上に戻した。




 ……毒だ。


 ………毒が入っていた。




 そして、わたしの番が回ってきた。


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