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皇太子と看守の少年

 わたしは残酷な現実を前にして立ち尽くし、信じられない気持ちのまま瞳を閉じた。


 突如として、記憶の狭間に差し込まれた栞が罪人の記憶を呼び覚ます。


『じゃあ、ロザリーとリヴィはずっと一緒?』

『うん。ずっと一緒だ。明日も明後日も』


 洞窟で、焚き火に照らされた彼の顔を見ながら、あてのない未来の約束を交わした罪人の少女の記憶を。


 憶えていたはずなのに…………忘れていた。


『ロザリーとリヴィはずっと一緒で、守らないといけない』


ロザリー(わたし)と、リヴィは、ずっと一緒で、まもらないと……」


 テラスの手摺を強く握りしめた所為か、右手が痛い。


 記憶の奔流は頭を軋ませ痛めつけた。


 鼓膜に優しく響く少年の声。


 鉄柵の隙間から覗き込むようにして見上げた深い翠色の瞳。


 処刑塔の暗がりの中で、童話を読み聞かせてくれている間、唯一の高窓から射す光が金の糸を紡いだような彼の髪をキラキラと輝かせていた。


 在りし日の情景が脳裏に浮かぶ。


 その何日か後に彼は処刑塔からロザリー(わたし)を連れ出した。そして彼は死に、わたしも死んだ。約束などしていなかった、はず……?


 処刑塔にいた頃の記憶はある。どのように死んだのかも憶えている。だが、二つを結(処刑塔から連)ぶ時間(れ出された後)は、洞窟で罪人の少女が看守と交わした大切な約束は、リヴィそっくりな皇太子殿下を見るまで忘れていたのだ!


 何もかも鮮明で忘れがたいはずの記憶が、実は鮮明でも何でもない虫食い穴だらけの紙片であった事実に愕然とする。


 わたしは激情に突き動かされながら軋む頭の悲鳴を無視し、虫食い穴を必死になって埋めようとした。


 あの日、看守だったリヴィは処刑塔から罪人の少女ロザリー(わたし)を連れ出した後に……置いてけぼりの男の子を助けて……森と、雨と、寒さと……約束をして……死んでしまった?


「ロザリンド嬢?」


 ハッとして現実に引き戻される。わたしの名前はロザリ……ンド……ロザリンド・デ・ナトミーだ。罪人の少女であるロザリーじゃない。それなのに、わたしの心は罪人の少女の記憶に囚われかけていた。


「皇太子殿下に見惚れてしまいましたか? なかなかの美男子でもありますからね。彼は」

「……ええ、そうですね」


 上の空で返事をする。


 頭の中は、いろいろな感情が疑問を引き連れ右往左往、ぐるぐると巡っていた。


 わたしと同じように、皇太子殿下は看守の少年リヴィが未来から転生した姿なのか?


 転生していたとして、未来の記憶は、罪人の少女を救ったことは憶えているのか?


 それにどうして、わたしは今まで皇太子殿下が看守の少年と瓜二つであることを知らずにいたの?


 分からない。確かめてみなければ分からないことばかりだ。


 とはいえ、事実を寄せ集めることで疑問を解く足掛かりは作れる。


 ひとつ。皇太子殿下と看守の少年リヴィは同一人物だ。しかし、それが未来から転生した結果なのかは確定していない。


 ふたつ。転生していたとしても彼に未来の人生の記憶がある可能性は低い。もし、記憶があるのならばもっと驚いたような反応を示すだろう。


 みっつ。彼らが同一人物だと気付けなかったのは、パパの溺愛の所為であり、報復の所為でもあった。わたしは子爵領に軟禁されて領外との交流の機会を持たず、皇太子殿下の肖像画は描かれずにいて、まるで仕組まれたように知ることができなかった。


 やはり、今ある事実を寄せ集めた足掛かりだけですべての疑問を解くことはできない。そればかりか、推測される状況はわたしにとって悲観すべきものだった。


 けれど、わたしが皇太子殿下を一目見て思い出したように、ふとしたきっかけで未来の人生の記憶を彼が思い出すかもしれない。


 皇太子殿下がわたしに向かって微笑み、手を振ったこと。それに一縷の望みをかける価値はある。


 そして……たとえ、皇太子殿下が看守の少年リヴィの逆行転生した姿ではなく、わたしのように未来の人生の記憶を持たなかったとしても。わたしが、わたし自身が、彼らが同一人物だと確信している以上、わたしは罪人の少女が交わした約束の通り行動しなければならないだろう。


『ロザリーとリヴィはずっと一緒で、守らないといけない』


 この約束こそが一番抗いようのない事実だった。


 寄る辺としていた記憶は依然、不明瞭なまま煙のように揺蕩う。


 だが、心中に、ある決意が芽生えたことは確かだった。


 わたしは人々の思惑(パフューム)が混じり合った皇都の空気を深く吸い込んだ。



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