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ヒューマンドラマ

庚申(こうしん)の夢渡(ゆめわたり)

作者: くろたえ

俺は、その夜も夢を渡った。

クラスでも頭の良い奴の中に入った。

こいつは、不愛想だけれど、理路整然と頭の中が整理されているので、しょっちゅう入らせてもらっている。

 俺、高森洋介たかもりようすけ。高校1年生の冬っていうのもあり、一応進学コースのクラスの皆は授業でも、学校が終わってからも塾へと忙しい。

他のクラスはそうでもない。学校の進学率は理系のうちと文系の隣クラスの数字の各1クラスずつが大半だ。

 その少しせかせかしだした時期だけれど、俺は相変わらず授業では寝ている。

周りも教諭も諦めてくれているので、授業中は大事な睡眠時間だ。

一限目に席に着き鞄を枕に寝て、気付いたら3時限目になっているのは良くあることだ。諦めてくれているが、教諭の目は冷たい。

一応言っておくが、成績はトップじゃないけれど、常に上位はキープしている。


 俺には両親が居ない。

一昨年、居眠り運転の車に轢かれて夫婦そろって天国に行ってしまった。

2人して、俺を突き飛ばしたものだから道路の真ん中にいたのに、歩道まで押し出された。

 親子3人でスーパーに行く途中だった。母さんの荷物持ちで連れていかれることは良くあったが、親父も居たのは珍しかった。

 普段はケンカしたり愚痴を両方から聞いたりしていたのに、いざとなったら、やることが一緒なのは結局、仲が良かったじゃないの?&俺って結構愛されていたのだねぇ。って、少し感動している。

 

 その後、祖母に育てられているが、学校帰りに週5でバイトに入っている。って事になっている。

一応、進学の為とか学校には提出しているが、実は保険金が入っているので、進学も祖母とのこれからの生活の心配は必要ない。

 

 必要なのは、学校で取れる睡眠時間だ。

なぜなら、俺が夜寝ている時間は全て浅い眠りの中で夢を見ているからだ。

 正確に言うと、夢の中で俺が他人の夢を見せてもらっている。

 夢はその日の出来事を凝縮して整理している。なので、頭の良い奴の夢に入るとその日の授業どころか塾の内容まで整理して記憶に留めようと情報が取捨選択されている。それを横で見ている俺も、その内容に恩恵に与っているわけだ。

 速読って、こんな感じかな?って思う。必要な情報だけがピックアップされて整理されて頭の引き出しに入る。その時に、俺も同じく引き出しを用意して待てば、同じ内容が引き出しに入る。

 俺の睡眠学習は伊達ではない。頭の良い奴を数人チェックしていて、それぞれにお邪魔すれば、俺の頭の中にも正しい授業内容が要領よく整理されて入る。

 

 因みに、寝ている彼らは自分が夢で授業の整理をしているとは知り得ない。

それは頭が自動でやっている事なので、朝に意識に残る夢ではないのだ。

 俺は、彼らが無意識に読み上げる今日の(多分、ノートに取っている内容だろう)声を受け取るだけで良い。それを記憶の引き出しに仕舞う瞬間に、俺用にも引き出しが追加されて仕舞われる。それを数人繰り返すと、内容の相違が出ることもあるが、俺の無意識が多数決をして、正しい答えが俺の中に残ることになる。

 皆の知識の良いとこ取りをさせてもらっているけれど、それなりに負担がある。

それは、常に夢を見ている浅いレム睡眠を続けているので、毎晩、熟睡できずに身体が睡眠不足を訴えるのだ。

 毎晩、夢を渡るのを止めることが出来ない。

なら、自分に有利に使わせてもらおうと、現在に至っている。

 

 この体質は、両親が他界してからだ。

祖母に思い切って相談したら、祖母の兄も、そして親父も同じように夢を渡っていたらしい。一代に一人存在する。

 人の身体には三匹の虫がいて、年に6回ある庚申こうしんの夜に身体から抜け出し、天帝てんていにその人間の罪を報告し、それにより天帝が寿命を決める。とされていた。

江戸時代などには、庚申の夜には皆で夜明かしをして虫が身体から出ないように、寝ないで互いを起こし合っていたらしい。

 だからと言って俺の一族は、天帝に告げ口出来るのかと言えば、そんな事も出来るはずなく、ただ他人の夢を渡り歩き、本人が忘れてしまった失せものの場所や、誰某だれそれの想い人は。などの情報を得て金銭にしていた時もあったようだ。

いや、親父は出世が早かったから、夢渡ゆめわたりの力で同期や上司を抜く機会を得たかもしれない。

 

 そういえば、中学で俺がイジメられていたのに、ある日突然、イジメをしていた側により学校から「イジメの首謀者はお前だ」と弾劾された時には親父は静かに


「こちらでも調べますので、後日、日を改めてお詫びに参ります」


 なんて言ったので、俺を信じてくれないのか?と怒りが湧いたが、家に戻ってから細かく俺への聞き込みをした。

 俺の身体の暴行や何月何日にカツアゲに遭う。その時の金額に誰々は何をその金で何をした。などの情報とその時に一緒にいた奴ら、見ていた奴の名前まで聞き出したのは、きっと、そういう事なのだろう。

 その後、近くに居た生徒に電話での聞き込みや、カツアゲに遭った時に見ていた店員の証言も聞き出した。

 また、俺の身体の写真をわざわざ東京まで行き、特別な写真館で真っ暗な中でパンツ一枚になって前、横、後ろ、反対側の横。と撮られる。

その時意味が判らなかったが、消えかけた打撲痕がハッキリ写る紫外線カメラでの撮影だった。

 

 それらを纏めて、弁護士も付けて再度学校に行ったときは、イジメていた奴らも、その親も学校側も驚いていた。

 どうやら、イジメがバレそうになったので、口裏を合わせて自分たちが被害者だと言い出し、それに親が怒って学校に突撃したようだ。


 その際には、イジメの現場を見ても見ないふりをした教師まで言及をした。

確かに、俺が階段下で4人に殴られているのを担任は気付かないふりをしたのだ。

その日時と状況を見てきたかのように説明し、担任に対し、


「イジメと気付きながら、それを止めるでもなく無視したのは、教師は元より人として失格です。教育者としての資格はありません。

自分の担当している生徒が暴行の被害者と加害者であるのに無視をして「面倒な厄介事」などと考えるなら、教師は辞められるべきでしょう。

今までに何人のイジメを無視してきたのですか?確実なのは今のクラスの駒井君ですね。

洋介の前にイジメを受けていた子ですよ。

それも気付かなかったと言うのですか?

彼は前から二番目の席で、しょっちゅう殴られた跡やボタンが取れていたり、暴力を受けた痕跡があったそうじゃないですか」


とあくまで静かに言いきった親父の背中には、見えない怒りの炎が揺れていた。


 その後、親父に何でそこまで調べられたのか聞いたら、


「自分の息子の寝顔を見ていれば、親は判るものだ」


と言った。


 その時は感動したが、要は何人もの夢渡をしてから証拠を固めたのだ。と今になってから分かる。

 因みに夢というものは、見ている本人は自分が覚えている範囲しか見えないが、夢渡で見ると普段はシャットアウトしてしまっている情報まで見えるので、普通の生活をしているように見えるし、コンビニの横を通ったら、中にある壁時計で時刻までわかる。通り過ぎる人も車の車種も、車に乗っている人物までも見えるから不思議だ。

 親父もそんな風に俺を中心に何人かの夢を渡り、無実と事実を証明するために言葉の嘘と事実の矛盾を調べてくれたのだろう。


 そんな感慨にふけるも、俺はその力を自分の学力を上げることだけに使わせてもらっていることに少々の罪悪感はあった。


 中間テストに向けて夢渡をしていた時、クラスメートの斎藤の夢に入った。こいつは考察と推理が得意なので、物理や数学の長文問題、現国まで世話になっている。

いつものように、沢山の斎藤の声が塾や学校の勉強を復唱している。それを俺も横で聞きながら自分の引き出しに収める。

 

 斎藤の頭の中の沢山ある引き出しの一つが光っていた。

あの場所は過去の記憶だ。奥にあるから子供の頃のかな?


 時々こういうことが起こる。

引き出しが光って存在を示すのだ。

思い出が飛び出したがっているとか、本人が小さい頃を思い出そうとしている時に起こる。

逆に絶対に思い出したくない記憶は、引き出しの上から絶対に開かないようにバッテンに板で留められてあったり、コンクリートで周辺の引き出しごと塗りつぶされていたりもする。


 もちろん、思い出は人のプライバシーだから絶対に覗かないようにしている。まあ、夢の中に入るのだって十分に失礼な事をしているんだから、それだけは自分の中での決まり事にしていた。


 しかし、その時の俺はふらふらと引き出しに近づいて、取っ手に手を掛けた。

引き出しの口は開きたがっていたのか軽く開く。


 引き出しから子供たちの喧騒が聞こえた。

何か争っているのか、目の前に複数の子供たちが公園で一人の子供を取り囲んでいる。


 俺はその光景を目の前で見ている。

その時気付いた。俺、斎藤の夢に入っちゃった・・・


「めーがねー。めがねー。弱虫めがねー。なんだよ。こんな場所にまで本を持ってきて。ここは、俺たちがサッカーする場所なんだよ。邪魔だから出て行けよ!」


身体の大きな子供が、小柄な子を小突いている。


「めーがねー。メガネザル。がり勉めがね」


周りの子供もはやし立てている。


 子供の斎藤は、やっぱりキツイ目付きの眼鏡で、そのままだった。

眼鏡の奥の瞳には表面張力で踏ん張っている涙があった。


「何もしていないだろ。邪魔になることなんか、していないだろ。 ただ、ジャングルジムの中で本を読んでいただけだ。 サッカーの邪魔になんか、ならないじゃないか!」


何人もに囲まれても言い返している。お前、度胸あるな。


「うるせぇ。目障りなんだよ。少し勉強が出来るからっていい気になりやがって!公園から出て行けよ。友達もいない奴は公園に来ちゃいけないんだよ!」


ムカつく子供である。俺がぶん殴ってやろうか?と思い出した時、


「やめろよ。サッカーと関係ないだろ。お前のそれ八つ当たりじゃん!」


公園の入り口から小走りに入ってきた子供が言った。そして、さらに言う。


「どうせ、女子がサイトーを褒めていたのが気に喰わないんだろう。ユイちゃんも、その中に居たもんな」


 斎藤を庇おうとしている奴も結構なエゲつ無い事を言うな。

あれ?デジャヴ?

その子供は、俺だった。こんな事もあった。かな?もうずいぶん前だから忘れていた。


 斎藤に向かっていた子供が、俺に殴りかかっていった。

しかも、「お前らも来い!」って周りの子供たちも呼ぶ。


 むこうは4人。俺は一人。

でも、子供の俺は噛みついたり石をぶつけたりと、まあまあ酷い。そして奮闘している。

しかし、相手は4人だ。捕まり地べたに倒され、馬乗りで殴られる。


「うわーーーーっ!」


 大声と共に斎藤が突っ込んできた。

ランドセルのベルトを持って振り回して武器にしている。

大きく回したランドセルが俺に乗っていた大柄な子供の背中や頭に当たる。


「うわあ!」

「痛い」

「痛ぇな。何すんだよ!」

「ばか!」


俺に跨っていた奴らも含めて、子供たちは逃げて行った。


「高森君。大丈夫?」


斎藤が声を掛ける。子供の俺は鼻血とかTシャツの袖が破れていたりとか、残念な姿だった。


「大丈夫。サイトー、助けてくれてありがとうな」


「助けてくれたのは高森君だろ・・・」


手を借りて立ち上がる。二人でベンチに座った。


「なんで助けてくれたの?」


斎藤が聞く。俺もなんでだっけ?って思い出そうとする。


「父さんがさ、イジメを見ても助けなかったら、お前もイジメているのと一緒だって言うんだ。見ているだけじゃ、卑怯者なんだって。 だから、僕は怖かったけれど、行かなきゃいけないって思ったんだ」


ああ、そうだ。親父が言っていた。


「高森君も怖かったの?」


「平岡はでかいからな。やっぱり怖かったよ。でも、二人でやっつけられたな!」


 子供の俺は、擦り傷のある顔でニカっと笑った。

釣られて隣の斎藤も笑った。

俺の笑顔はなんだか、キラキラしていた。

へぇ?俺の事格好いいとか思っていたんだ。こんなにボロボロになっていたのに。


 あったな。そういえば。少しくすぐったくなった。あの子は斎藤だったのか。



 暗転。くるりと夢の中で場面が変わる。随分暗い。


 これは・・・中学の頃だ。

俺は、5人のグループからイジメを受けていた。

 昼休み中、教室の後ろで殴られている。俺の表情は暗く諦めている。

斎藤の気持ちなのだろうか、視界が暗く少しぼやけている。

 そういえば、斎藤は中学の時同じクラスだったか。と今思い出す。

斎藤の視線は、殴られている俺と教科書を行ったり来たりしている。


 教室を出る斎藤。

そのままトイレに行く。斎藤は用を足すのではなく、鏡を見ている。鏡の自分の顔を見ていた。目は赤くなっている。涙をこらえていた。


「俺は、卑怯者だ・・・」


斎藤は呟いた。


 へぇ。あの時、斎藤はこんなに苦しんでいたんだ。

知らなかった。教室の全員が俺を馬鹿にしていると思っていた。


 斎藤がトイレから出た。

廊下を走っている。どこに急いでいるんだ?


 職員室に着いた。

斎藤の手が少し迷った後、職員室のドアをノックして開ける。

職員室を見回す。そして見つける。

当時の担当教諭の辻野を。

辻野に駆け寄り告げた。


「先生。高森君が川越を中心とする5人から苛めを受けています。今も暴行されています」


 辻野は周囲を見渡す。

周りには人は居なく、離れた席で他の教諭と談笑する数人と、職員室から出ていく教諭などで、斎藤の言葉が聞こえた人は居ないようだった。


辻野はそれらを確認してからなのか


「そうか、分かった。もうすぐ授業だから俺も行く。お前は先に行っていなさい」


「はい。お願いします」


 頭を下げて斎藤が職員室を出る。


 廊下を歩きながら後ろを何度も振り返っている。辻野は出てこない。

斎藤が教室に戻り、小突かれている俺と、扉を何度も見ている。


 そして、授業が始まるチャイムと共に辻野が入ってきた。

辻野は、斎藤も俺も川越も見ずに授業を開始した。

 それに気づいた斎藤の視線は下を向いて、握って震えている両手を凝視していた。


「・・・ありがとうなぁ」


俺は思わずつぶやいた。そして、多分この後に・・・


両手を握りしめ、ぶるぶる震えていた斎藤は、昼食を教室で吐いてしまった。


あれは、極度の緊張だったんだろうな。


「うわあ。汚ねぇ!」

「きゃあっ」


斎藤の周辺で悲鳴が上がる。


辻野が指示を出す。


「あーあ。保健委員は斎藤を保健室に連れていけ。あーー学級委員。お前は受付のおばさん呼んで来い。保健委員もう一人はカバンと体操着を持って一緒に行け」


斎藤は肩を貸されて教室から出て行った。ズボンが汚れていた。


思い出した。確かその後、受付のおばさんが来たが「そこの掃除をしてくれ」の言葉に怒っていた。


「自分が担当している時間で担任なんだから、アナタがやりなさいよ!」

と言っていたが、

「掃除はあんた等の仕事だろ。時間外だろうが、汚れているんだ。サッサと奇麗にしてくれ」

と授業が終わるチャイムが鳴る5分前に

「今日の授業は終わり~」

と教室から出て行った。


 斎藤は、それから1週間休んだ。

その時の感情は、俺への罪悪感。自分の不甲斐なさ吐いてしまった恥ずかしさ。何より辻野に対する絶望があった。

数日休むうちに、今度は次に学校に行く怖さが重なった。

自分がイジメの対象になるのではないか。と朝、起きて制服を着るたびに吐きそうになっていた。


 そんな日が続いたある日、斎藤の母親が声を掛けた。


「あんた。クラスメートの高森君って子のお父さんが来ているんだけれど、お前、話せるかい?なんでも、高森君がイジメに遭っているようで話を聞きたいって言っているんだけれど。嫌ならお母さんが断っておくよ」


 横に居た俺が息を飲む。窓から外を見る。玄関の向こうには誰も居ない。もう家に通されているのか。父さん。…父さんがいるのか。


斎藤が言った。


「俺、行くよ。着替えるからちょっと待っていて!」


 斎藤が寝間着のジャージを脱いで、ジーンズとシャツを着る。

鏡に向かって、顔を引き締めている。


おお、斎藤、気合入っているじゃん。


 髪を撫で付け、部屋を出る。

階段を降りながらボタンがずれていないか確認をしている。


「お待たせ致しました。クラスメートの斎藤です」


 そして、目の前には、父さんがいた。真面目な顔に少しだけ目元に皴を寄せている。この顔は父さんの心配してる時の顔だ。

 ああ、父さんだ。写真じゃない。

2年ぶりで2年前の父さんは、少しだけ白髪が少なかった。


「斎藤君。体調が悪いところにすまないねぇ。少し息子の事で聞きたいんだが良いかな?」


「はい。なんでもお答えします」


 斎藤の目には、俺の父さんは眩しく頼れる大人のように見えていた。

心が安心していくのが判る。


 リビングのソファーに座る。

母親がお茶を持ってきたが、斎藤が二人だけで話したいと、母親を下がらせる。

ずいぶんと困惑していたが、


「落ち着いたら声を掛けてね」


と言い残し奥の部屋に消えた。


斎藤が親父に顔を向け開口一番に


「高森君が何の落ち度もないのに苛めを受けているのを、止めることが出来ずに申し訳ありませんでした!」


と立ち上がり頭を下げた。


親父は少し驚いていたが、


「君はなぜ、洋介の苛めに責任を感じているんだい?」


と穏やかに聞いた。


 斎藤は、恥ずかしい気持ちと情けない気持ちが溢れている。

目は親父の胸辺りを見ている。顔を合わせられないのか。


「俺は、高森君に小学生の頃、虐められていた時に助けてもらいました。

特に友達ではありませんでしたが、苛めを見て見ぬふりをしたら、自分も加害者の一人になるからと。そう、お父さんから教わったからと。

だから、今度は僕が助けなければと思ったのですが、出来ませんでした。

高森君が殴られていたので、職員室に行って、担任を呼びましたが来てくれませんでした。

授業に来てからも、僕や高森君やイジメていた奴らにも何も言わずに授業を始めました。

僕は、何も出来ずに・・・。醜態を晒すだけで・・・


                      ・・・ごめんなさい」


 少しの沈黙の後、斎藤が小さく謝った。


 斎藤、頭を上げろよ。親父の顔が見えねぇよ。自分の足ばかり見ているなよ。


「斎藤君。洋介を助けようとしてくれて、ありがとう」


 親父の穏やかな声に斎藤が顔を上げる。

親父の顔が滲んでいるのは、俺が泣いているからじゃない。斎藤が泣いているんだ。


「実はね、昨日学校に呼び出されて、洋介がクラスメートの4人を虐めていると連絡が来たんだ。私は洋介の全部を見ているわけではないけれど、納得がいかなくてね。少し回って情報を集めているんだ。

斎藤君は、洋介が虐められていると言っていたね。内容について細かく聞いても良いかね?」


「はい。力になりたいです」と力強く言った。


 へぇ。斎藤。お前が俺を助けてくれたんだ。


 それから、斎藤は親父の顔を食い入るように見つめて、一言も聞き漏らさないようにしていた。

言葉を発するときは、カレンダーを見たりして親父の細かい質問に答えていた。


「では、洋介が暴力をふるったことは?」

「一度も見ていません」

「いつぐらいから始まったのか知っている?」

「多分、1ケ月くらい前に、別の奴を庇ったのが始まりだと思います」

「最初に別の子が虐められていたんだね」

「はい。駒井こまいという奴で、別に奴らに何かしたのではないと思いますが、小柄で少しどもるので、早いうちから、からかいの対象になっていました。

気が弱いので、よく小突き回されていましたし、見えない所でカツアゲにも遭っていたようです。

高森君がカツアゲを止めようとしたのが切っ掛けだと思います。教室で奴らに「カツアゲまでするのは犯罪だ」って言ったのを聞きましたので」

「ふ~む。1ケ月か。では駒井君は、クラス替えしてから直ぐに虐めの対象になっていたんだね」

「はい。割と直ぐだったと思います」

「では、苛めをしていたのは、川越、豊島、新田、新井、小原で良いかな?」

「はい。その5人は小学校でサッカーチームに所属していて仲が良かったそうです」

「それで、二年になって同じクラスになって、苛めの対象を見つけては暴力やカツアゲをしていたと」

「新井は、乗り気ではなかったようです。一緒に居ても、止めませんでしたが、暴力は振るっていなかったと思います。ああ、他の奴がやりすぎて駒井が鼻血を出したりすると止めていました。でも、カツアゲのお金は一緒に使っていたようです」

「お金を一緒に使っていたのは、何で知ったの?」

「教室で話していた内容で、昨日ゲーセンに行ったけれど駒井の金が少なくて大して遊べなかったとか、聞いたことがあります。その時、「みんなで」と言っていたので新井も居たのでしょう」

「よく細かく覚えていてくれたね。とても助かるよ」


 親父は、メモ帳に何ページも言葉を書き写し時折それは、何日くらいだい?とか場所などを細かく聞いていた。


「洋介もカツアゲには遭っていたのかな?」

「多分一度あると思います。酷く殴られた顔をしていた時に、教室の後ろでカラオケに行ったって騒いでいましたから」

「いつだったか分かるかな?」

「えーと。僕が休む前の週の・・・木曜日か金曜日です」

「というと、6月14日か15日だね」

「はい」

「うん。ありがとう。では、次に担任の辻野先生の事だけれど、駒井君の時には先生は気付いていなかったのかな?」

「駒井は言えなかったと思います。僕も、何も言えませんでした。でも、駒井の席は前から二番目で、顔の痣や、制服の汚れとかはありました。

その時は先生は気付いていなかったと思っていましたが、僕が言いに行って何もしなかったので、もしかしたら気付いていたのかも知れません」

「辻井先生に伝えたのは、6月19日の昼休みの半ば過ぎで良いかな」

「はい。そうです」

「全て教室内でのことなのかな?別の場所で暴力を振るわれることは無かったかな」

「僕は見ていませんが、一階の階段下で高森君が殴られているのを見たというのを教室で聞きました。多分その時にカツアゲに遭ったと思います」

「なるほど。6月の14日か15日の一階階段下で、だね」

「はい。そうです」

「その、見たという子の名前を教えてもらって良いかな?」

「次の授業の地図を取りに行っていた女子の林美子です」

「10日近く前の暴行か、写るかな・・・」

親父は呟いた。

「私は他に人からも聞いて周ります。そして、学校に提出します。

その際には担任の辻野教諭にも責任を問うつもりです。

誰に何を聴いたのかは斎藤君の名前を出すこともあるでしょうが、どうでしょう」

「大丈夫です。僕から聞いたと言ってくださってかまいません。 その場で証言に行っても良いです」

「ありがとう。勇気のある行動を洋介のためにしてくれて、本当に有難う」

親父が静かに頭を下げた。

「勇気だなんて、本当に僕は何も出来ませんでした。助けてもらったのに。

その上、今は怖くて学校にも行けていません」

「君は、担任を呼びに行くという行動をとってくれたじゃないか。

その行動への応対をしてくれなかった担任に責任があるのです。

君はその宙に浮いてしまった責任を負おうとしてくれて、身体が一瞬壊れてしまったのです。

君が弱いのではありません。 逆に強いから、責任を負おうとしてくれたのです」

親父がぼやける。そして、物凄く格好いい男の様に感じているのが判る。

「ありがとうございます」


 ぼやけているよ。サイトー。ちゃんと親父が見れないじゃないか。

そう思っていたら、俺が泣いていた。

 親父。こんな風に何人もに夢で情報を得て、直接行って確認してくれたんだな。


俺のために、

「親父・・・」

思わずつぶやいたとき、夢からはじき出された。


 はっとしたら、自分のベッドで明け方だった。

仰向けの目から涙が出ていて、耳に入って気持ち悪かった。


その後、また少し泣いた。


親父。ありがとうって。



 結局、担任は他校へと移動となり、俺がイジメていたと陥れようとした4人は停学、新井は注意になった。

その後、なんとなく5人はぎくしゃくして、4人で新井を殴っているのが見つかり他校への転校になった。新井は残ったが普通の生徒になった。

 斎藤も、親父が来た次の日には学校に行っていたと思う。一週間くらい休んでたかな~って思った記憶があるから。その時は、そんな気持ちでいたなんて知らなかったけど。


 

 まだ眠たい。ギリギリで登校し、授業が始まる。

と同時に、眠りに入り少し睡眠不足を取り戻す。

二時限目の途中で目を覚ます。たまには教科書とノートを開いてみる。


「お!高森。珍しいなぁ。お前が俺の顔を見てくれるなんて」


数学の教諭が茶々をいれる。


「ええ、たまには顔を見ないと忘れそうなんで。でも、もう見たから良いかなぁ~」


と応えたら、周りが笑い、教諭も


「待て待て、今日は大事なトコなんだよ。ちゃんと起きていろ」


 と言ったので、大人しく授業の最後の15分を聞くが、やっぱり途中からだから良く分からん。今日も数学、夢で確認しないとな。休憩時間に、ノートを見ながら唸っていた。


「高森」


 後ろから呼ばれる。普段、俺を呼ぶのは居ない。友達いないからな。


 振り返ると斎藤だった。明け方の夢を思い出し、少し焦る。


「え?何?」


 無言で数学のノートを突き出した。


「え?なんで?」


「お前、前半が判らないって顔をしていたから・・・要らないなら、悪かったな」


 斎藤は勇気を出して言ってくれたんだと思う。


「いや、助かる。マジで。ありがとう」


「べつに・・・」


 立ち去ろうとする斎藤の耳が赤い。


「どうしたんだ?急に」


 聞かずにいられなかった。


「昨日、お前のお父さんの夢を見た。中学の頃の。 お前が殴られているのを調査していた。 凄く大人の男として格好良かった」


 そういえば、両親がいきなり他界したとき、一週間くらい休んだ。

斎藤はその間のノートのコピーを出た時にくれたんだっけ。

 俺は、どう伝えれば良いのか分からなくて、言葉を探しながら言った。


「最近知ったんだ。親父の手帳に書いてあった。

俺のイジメの状態を、お前がしっかり覚えていてくれて、ずいぶん助かった。

お前はその時休んでいたけれど、それは、子供が負うべき以上の責任を背負おうと無理してくれたからだって。

あの時も、親父たちが死んだときも、フォローしてくれて、ありがとうな」


 斎藤の目が少し揺れた。


「今朝、あの時の夢を見た。その、教室で吐いちゃったときの・・・

それまでは悪夢だったけれど、今朝は、そんな風にお前のお父さんが言ってくれたなって、思い出して、なんだか軽くなった。

お前のお父さん、格好良かったな」


「ああ、俺の自慢のオヤジなんだ」


 鼻の奥がツンとして痛いよ。


「お前、覚えているか?」


「ん?何?」


「俺、小学生の頃、お前に助けられたんだよ」


「えーと、公園だったか?」


「そうそう!」


「お前、カバン振り回して凄かったな」


「え?なになに?どうしたの?」


 2人で笑って小突き合っていると、周りが興味を示した。

まあ、俺と斎藤だもんな。


 そんで、俺は当時の事を話した。


 周りの奴らも会話に混ざる。


「ああ、知っている平岡って、柳川高校に柔道の特待生で行ったやつだ」


「へぇー。平岡って子供の頃からデカかったんだ」


「あいつをケンカで負かしたんだ。すげえな斎藤!」


「俺じゃない。俺はメガネザル。虐められていたのを高森が助けてくれたんだ」


「さっさとボコボコにされたけどな」


「向こうが平岡のほかに3人もいたんだ」


「俺がボコられていたらさ、斎藤がカバン振り回して、平岡とかにガンガン当てまくってんの。凄かったな!」


 俺がランドセル持っているふりをして、遠心力を付けて回す様を斎藤も周りも笑いながら見ていた。


「マジかよー。サイトー!」


「いや、俺、結構ぎりぎりだった」


 ぎゃはは。あはは。周りが笑いで溢れた。

なんか、普通にみんなで笑うのって久しぶりだな。

俺、結構、距離を取られていたと思っていたんだけれどな。


 チャイムが鳴って、皆が席に戻った。

なんだか、楽しかったな。


 教諭が来て授業を始める。物理だ。

さて、寝ようかな。どうしようかな。少し迷った。


「おい、高森」


「うん?」


えーと。金山だ。


「眠いなら寝ちまえ。科学と物理、ノートが必要なときは言えよ。いつでも貸してやる」


「ありがとう。マジ助かる」


 実は夢でも世話になっているんだけれどな。


 でも、こうやって直接言ってくれるのは嬉しいな。


 俺は、今日も授業中に寝ることにした。



 うとうととしながら、親父がいつも眠い眠いと言っていたのを思い出した。

俺は、また鼻の奥がつんとするので腕の中に顔を伏せた。



 授業の声が心地よく俺を眠りの底に連れて行った。



授業をしていた教諭が、いつも通りの不機嫌な顔のままカーテンを指さし閉めるように指示を出した。

窓際の生徒が、彼の顔に日が当たるのを遮るために静かにカーテンを引いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても良いお話だと思いました。 夢に関する特殊な能力……。 両親の事や生活の事など細かいところまでしっかりと書かれており、好感がもてます。 ドライな主人公かと思えば、父の思いを守ろうと…
[良い点] 企画から参りました。 素敵な作品を読ませていただき、ありがとうございます。 夢を利用してはいますけど、主人公も主人公のお父さんも、現実の中でしっかり生きていて清々しいです。 斉藤君と、…
[良い点] 素敵なヒューマンドラマでした。 斉藤くんの勇気がとても格好良かった。 友人がいない、親がいないと特殊能力を使っていても目をこらしてみてみれば周りには友人になり得る仲間がたくさん! 企画参加…
感想一覧
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