第8話 ランダム転生
それから私は昼夜の概念も時間の概念もないらしい黄泉の世界で、ただ転生先が見つかるのを待って過ごした。
とはいえ、死役所の待合室という場所は思ったより役所然とした場所ではなく、娯楽施設のような場所で暇潰しには事欠かなかった。
図書館もインターネットも漫画もゲームもあったので、 堕落して転生する気持ちが失せてしまいそうなのが難点だ。
動物園……というか転生待ちの動物魂が集まる場所もあったが、こちらも向こうもお互いに魂体で触れられない上、剥き出しの魂ではおそらく現世以上に避けられ、恐怖を与える可能性が高いので、予めムクロに禁じられてしまっていた。
そうして死亡前と変わらないモフ禁生活を送りつつ待合室でまた数日か数ヶ月か、そこそこ長く過ごし、ようやくムクロに呼ばれて故人面談室へ赴いた。
私の転生先として選ばれた場所は、やはりというか日本とはかけ離れた環境になってしまうとのことだった。
むしろ世界というか、星というか、そういった根本的な次元すら変えないと輪廻の輪の空きがないらしい。
所謂、異世界転生というやつだ。
再度、それでも転生したいかと問われたので、 私は前回同様「もちろん」と即答を返す。
不器用なりに二十五年間慣れ親しんだ環境に別れを告げることに、抵抗はそれほどない。
ただ若干の切なさと、新しい環境で軟弱な私がやっていけるのかという不安が少し。
「でぇしたら、お話を進めまぁす。多少環境が厳しい世界ですが、動物がたくさんいるという点に特化した転生先を一つだけ見つけました」
「おお!」
希望は基本的に通らないと言われたのに、これは凄い奇跡では!?
待合室で仲良くなった亡者間でも、当たりハズレのあるランダム転生との噂もあり、期待すらあまりしていなかっというのに。
内心小躍りしつつ、私はウキウキと待ちに待った転生に胸を踊らせる。
「……という感じなんでぇす。大丈夫ですかね」
「はい、構いません!」
私は勢いよく返事をしたあとに、はたと我に帰る。
しまった。ウキウキし過ぎて何も聞いていなかった気がする。
まあいいか、 禁モフ補正がかからない魂で動物天国に転生できるのには違いないのだし、細かいことは気にしなくても。
私の心を察したのかムクロはしばらく営業スマイルのまま黙っていたが、「では、転生の方を進めさせてもらいまぁーす」と軽く宣言した。
そこそこ付き合いが長くなってきたのでわかるのだが、今の間は完全に「この人全然話聞いてなかったなー。まあいいって言ってるし、もう一回説明はしなくてもいいよね。面倒臭いし」とか思ってる感じだろう。
まあ前世でかなり気合いを入れて参加した入社説明会ですらウトウトしたことがある私のことだし、説明とか元々真面目に聞くことが難しいタイプなのだからしょうがない。
昔はそれもコンプレックスだったのだが、黄泉に来てからその辺も個性のような気がしてきているから不思議だ。
今では、ありのままの自分をすんなり受け入れられて、 次の転生にも前向きになれた。
死ぬことを魂の休息と揶揄する人もいたが、こういうことなのかもしれない。
「それで、いつ転生できますか!?」
「転生自体には問題ないのでぇすが……問題はミドリさんの転生先が前世の世界に比べてかなり過激な環境にあるということでぇーすね」
「というと?」
「運が悪ければ、転生してすぐまたあの世行きという可能性があるということでぇーす」
一瞬私の思考回路が活動を止める。
「えっ!? そんなに危険なとこなの!?」
「ああ、でもご心配なく。異世界間転生オプションとして、一応すぐに死なない程度……最低限の能力向上はアタシの方で適度に付与させていただきますし、初回となる今回の転生に限り前世の記憶は残したままにしておきます。すぐに戻って来られるのは、こちらとしてもめ……望むところではないのでぇーす」
「そうですか、それなら文句はないです」
今、絶対「迷惑」か「面倒」って言いかけたな、このエセ死神。
でも確かに私とて、これだけ時間と労力をかけた転生をもう一度やり直す手間は避けたい。
少なくとも転生後3ヶ月とかで戻ってきたら、洒落じゃなく絶望するレベル。
面倒臭いのはお互い様だ。
「オプション付与の手続きのために転生はもう少し先になりますが、それが終わればすぐ転生できますから。最後、頑張りましょー」
「はい、ではまあ、よろしくお願いします」
だがムクロの言葉に反してオプション付与の手続きは、あまり待ち時間なくスムーズに終わった。
おそらく全前世開示手続きの時のように特殊な例だったのだろう。
それよりも転生までの実際の待ち時間の方が長かった気がする。
真っ暗な部屋に連れていかれ、死役所に来た時と同じように長い時間をかけてゆっくりと下に降りていく。
途中まではムクロが付き添ってくれたので話し相手がいたが、それもいなくなると途端に孤独になる。
それでも長い長い暗闇を一人ぼっちでひたすら降りていくと、やがて一筋底の方に光の筋が見えた。
薄く白光るか細いタコ糸のような見た目。
それを掴むと、私は脱皮する蛇のように今までの肉体ーー精神体だろうか、それが外側から一気に剥がれて落ちていくのを感じた。
そして掴んだ糸に引っ張られ、強い光に包まれていったのだ。
……それ以降のことは覚えていない。
だが、あれがきっと私の……いや……僕の転生の瞬間だったのだろう。
今となっては夢物語のようで現実感はないが、記憶から思い出として消えないのは、きっと現実だったからなのだろう。
僕はそう思うことにしている。