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第5話 暗澹たる禁モフの一生

「ちなみに素朴な疑問なんですけど、よろしいですか?」

「はあ」

「申し上げた通り、動物園での凍死という死因はあまり例がないというか……まあぶっちゃけ管理の行き届いた現代日本では前代未聞の珍死だと思うのですが……」


オブラート!!

なんなのこの死神、もっと死人に優しくして!


内心で喚くが、伝わっているだろうにムクロはチラとも表情を変えない。


「そこまで動物が好きなのでしたら、自分でペットを飼ったりして生前から思う存分モフモフなさったらよかったのでは? 確かペットは一度も飼われてなかったですよね」

「……そんなの……決まってるじゃないですか」


バンと机を叩いて、私はそのまま勢いよく立ち上がる。


「決まってるじゃないですか!」


二回目。だって大事だから。


「飼いたかったに決まってるじゃないですか!」


言い直して三回目。だってもの凄く大事だから。

ここまで余裕然としていたムクロが、初めて怯んだように目を瞬く。


「私が、好きでペットを飼わなかったと思うんですか!?」


バンバンと机を叩きながら怒鳴る私。

生前だとこんなに感情を相手にぶつけることなんてなかった。

やはり感情が開放的になっているみたいだ。

良い意味でも悪い意味でも、なんか変なスイッチが入った感じ。


「あの……落ち着いてお話してくださって結構ですよ?」

「落ち着けません! 思い出しました。私生前、死んであの世に言ったら、絶対に神様に異議申し立てをするつもりでいたんです。今までのモフモフと無縁の人生について!」

「……と、いうと?」

「私、めっちゃモフモフに嫌われるんです」


私はその後たじろぐムクロを相手に、今までどこに向けたらいいかわからない怒りに苛まれながら生きてきたことを説明することになった。


『モフモフ好きなのにモフモフに嫌われ続ける』という、その悪夢のようなモフモフ禁止人生の序章は、私が覚えているだけで幼稚園時代まで遡る。

私は当時5歳。

地元のサファリパークへ家族で出かけた時のこと。

モルモット・ヒヨコ・ウサギといった定番の動物たちによる、ふれあい動物園なるコーナーにいった時のことだ。

それぞれの動物によってそれぞれ体験場所が別れており、私は父母と、1つ下のやんちゃな弟と共に訪れた。

初めて見る動物たちに胸を高鳴らせながらも、飼育員のお姉さんの言うことを真剣に聞いて、いざモルモットの体験コーナーに足を踏み込む。


記憶では、敷き詰められた柔らかい藁の上に、10数匹程のモルモットがいたように思う。

それが私が入った途端、急に波打ったように静まり返って一斉にこちらを見たかと思うと、次の瞬間には一斉に踵を返し、一斉に私がいる入口とは反対の方向へダッシュして逃げたのだ。

中でも身体能力の高い数匹は、飼育員も見たことないような高さにジャンプして柵の外に逃げ出し、一時現場が騒然となったのだ。

全員が藁が吹き飛ばしながら逃げる、あのザザザザザザという集団の足音が今でも耳から離れない。


その後脱走したモルモットを確保してから、優しい飼育員のお姉さんが膝乗せ体験も試みたが、もちろん無理だった。

私と弟が怖がらないよう、まずは父母の膝にモルモットを乗せていく。

最初のザザザザザザに驚いき、モルモットを見てわんわん泣いてしまった弟はその時も母に抱っこされながらわんわん泣いていたが、それでもなんとか母に手を握ってもらいながら恐る恐るモルモットの背中を触っていた。

大人しく乗せられて撫でらている様子をみて、わくわくしたものだ。

そして最後に私の膝に載せようと飼育員さんが抱っこしたモルモット。

だがモルモットは私の膝に乗せられそうになると暴れて逃げる、歯をガチガチ鳴らして威嚇するかのどちらかで一向に膝に乗せられる子が見つからない。

膝に乗せられるよう訓練してあるはずのモルモットたちの行動に、優しい飼育員さんと父母がどうしたらいいかわからず困り果てているのを見て、私は五歳児にして感情を押し殺し、「みーちゃんね、見てるだけにしゅる」と言ってなでなでを辞退した。


だってそのときは、モルモットの他にヒヨコとウサギがいると思っていたから。

「キーキー泣きながら触っている弟がよくて、なんで私はダメなの」とか、もの凄ーく不満はあったけれど、そっちを触れればいいやと思ったのだ。


まあ次のウサギの餌やりコーナーでも、デジャブのような状況になったけど。

ふれあいのときだって、私はいきなりウサギの耳を引っ張ったやんちゃな弟と違ってお利口さんだったから、飼育員さんのお兄さんの指示をきちんと聞いた。

怖がらせないようしゃがんで姿勢を低くして餌を持ってゆっくりと近づく。

それなのにだ、一番大人しいと聞いたジャンプもろくにできない最高齢のヨボヨボのウサギさんは、近づいたら近づいた分だけバックする。

とうとう逃げ場がなくなって小屋の角に追い詰められると、こちらに背中を向けてウサギ小屋の金網下の地面を一心不乱に掘り始めた。

めちゃめちゃ掘ってた。


それでも諦めずに、私はその掘り掘りしている背中を撫でようとした。

だって、当時五歳の私は何よりもテレビや図鑑で見たウサギが可愛くて大好きで、それはそれは触ってみたくてしょうがなかったから。

なんなら両親は動物好きでウサギ好きな私の為に、わざわざウサギとふれあえるサファリパークを探して連れてきてくれていたのだ。

この状況で、ウサギを触らずに帰れるわけがない。


けれど、私の手が近づいてくるのを察知したのか、ヨボヨボのはずのおじいちゃんウサギは後ろ両足で、思いっきり私の手を蹴飛ばし、ボーゼンとする私の足元を素早くすり抜けて、小屋の再奥の物陰に逃げ込んで出てこなくなってしまった。

私もこの時ばかりは、ショックでわんわん泣いてしまった。

私、お姉ちゃんなのに。


お昼ご飯を間に挟んで、私が落ち着くのを待ってくれた両親は、今度こそとひよことのふれあいコーナーについれて行ってくれたが結果は同じ。


おびただしい数の小さくて丸々とした可愛いヒヨコが、木箱の中に詰まっていた。

父 、母、弟と順番に、お椀の形にした両手に乗せた小さい餌を柔らかいクチバシでついばんだり、手の中に乗ってきたりをひとしきりキャッキャしたあと、いよいよ私の番。

父と母が、そして騒ぎを聞いたのであろう飼育員のおばさんが固唾を呑んで見守る中、私は手に餌を乗せて、木箱へ差し込む。


結果は散々。


旧約聖書のモーセの海割りってわかるかな?

「海よ、割れよ!」、どっっぱーん!!

……って、そんな感じ。


木箱から波のように溢れ出した黄色いモフモフたちで収集がつかなくなってしまった。

ヒヨコってちょっとの高さなら飛べるんだね、知らなかった!


手をお椀の形にしたまま放心してる私の後ろで、飼育員に混じってお父さんとお母さんが謝りながらヒヨコの確保に走りまくってた。

その混乱に乗じて弟は一人でどこかに行ってしまって迷子になるし、私はまたわんわん泣いて、果ては泣き疲れて眠ってしまい、起きたのは帰りの車の中だったというあまりにも凄惨せいさんな幼少の記憶。

あまりのショックとトラウマで、五歳の時の記憶なのに、細部まではっきり覚えている。


「その後も野良猫にはこっちが目視するより先に逃げられ続け、近所の飼い犬には毎回吠えられ、近所のペットショップは動物のストレスになるからと出禁になり……」

「それはそれは……」

「その後動物園に行っても、近づいたらほとんどの動物が飼育エリアの再奥の物陰に逃げてしまって見ることができないし、お堀越しにゾウとキリンにすら威嚇されました……」

「あのおっとりとした大型動物にすらっ!?」

「キリンは両前足で地団駄踏みながら首ブンブン振り回して、ゾウは複数頭で子ゾウを隠しながら超鳴いてました……。キズツイタ、ワタシ、トテモ……」


感極まってメソメソし始める私を、悲哀を通り越して唖然として眺めているムクロ。


「あ……それで、動物園で双眼鏡なんでぇすか?」


私の遺体のそばにあった双眼鏡を思い出したのだろう。

ムクロは、合点がいったというようにポンと手を打った。


「です」


近づくと動物にも飼育員さんにも迷惑をかけるだけなので、できるだけ広い敷地の動物園で、うんと離れたところから動物を見るようにしたのである。


「いっそ清々しい嫌われっぷりでぇすね」

「私が何をした!?」


バンバンと机を殴りながら泣き崩れる。


「それは確かに、動物は飼えない」

「一度だけ、友人から子猫を譲り受けようとして、トライアルって言うんですかね……飼い主さん混みで住まいに来ていただいたこともあるんですが……子猫がその……気の毒になってきて……」


ぐぬぅと、私が下唇を噛み締めた様子を見て、ムクロは「……お察しします」と言葉をかける。

ついにオブラート知らずの毒舌神にまで憐れまれてしまった。


やめて、 死にたくなるから優しくしないで!

死んでるけど!


「しかし……そこまで嫌われるとは妙でぇすね。うーん、やっかいな手続きが若干増えてしまうかもしれませんが、ちょっとそれ調べてみましょーか」

「本当ですかっ!?」

「はい、もしかしたら来世に影響するかもしれませんし」

「ありがとうございます!」


ムクロは親身に話を聞いてくれる、いい担当なのかもしれない。

そう思って感謝を述べたのが、この時。


そして、この時感謝を述べたことを後悔したのが、その次の瞬間だ。

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