第4話 故人面談と転生活動
たどり着いた地の底で、私は唖然として周りを見回していた。
「何ここ、市役所?」
「はい、こちら死人の役所と書いて死役所でぇーす」
「死役所!?」
ピンポーン。
タイミングよく近くの窓口で呼び出しの合図が鳴る。
続いて、「30950番でお待ちの高松様。58番の窓口までお越し下さい」と機械的なアナウンスが場内に流れた。
今のアナウンスといい、眼前に整然と並んだ窓口といい、待機用に設置された椅子といい、地元の市役所と見まごう役所っぷりだ。
現世の役所と違うのは、天井が無く、今もなお亡者が黒衣の死神を従えて、次々に降りてきていること。
私もああして上から降りてきたのだろうか。
「はい、じゃあ受付するので、こちらの故人情報書類を確認してくださぁーい」
ムクロが何もない空中から、ペンと巻物を取り出してこちらに渡してくる。
羊皮紙っぽい見た目のその巻物には、日本語でとても事細かに私の個人情報がびっしりと書かれていた。
それこそ食べ物の好き嫌いから、男性の好みから詳細に。
まあ、恋愛遍歴部分は空欄だったけどね!
いいや、もう何もツッコムまい。
「目眩がしてきた」
「確認して間違いがなければ、書類の最後にサインを」
「家電の説明書すらまともに読めない私にこれを読めと?」
「まあ、儀礼的なものですので。85%の日本人は読み飛ばしてサインだけしているのでぇすよ」
「ですよね!」
私はサクッとサインする。
まあ、チラッと冒頭だけ読んだけど、まあ、基本的な個人情報と経歴は合ってたしいいよね?
あんまり細かく読んでいくと詳細すぎて、恥ずか死んでしまいそう。
ムクロは礼を言って私を伴い、「故人面談室」なるところへ入っていく。
大真面目に看板が立てられているが、いちいち亡者の癇に障るネーミングセンスだ。
無駄にイライラさせられるのは私だけなのだろうか?
しばらく待たされて、空室が出たところで呼び出され、中に入る。
ムクロと個室にて向かい合って座る。
「それでは」と言って、こほんと一つ咳払い。
ムクロは先ほどと同じ要領で、宙からまた巻物を一つ取り出した。
「こちらの死役所は亡くなった皆様のご希望を聞き、次の転生先を斡旋するための施設でぇす。亡くなって魂魄状態になった皆様は、一度はこちらの施設を経由し、次の転生先を決定いただくことになるのでぇす」
「はい?」
次の転生先の斡旋。
なにそれ、転職活動みたい。
私は聞いて、一瞬考え込んでしまった。
「あの……死んで、こんなすぐに次の転生を考えないといけないんですか。例えばですけど、天国に行ってゆっくりできるわけでは……」
「死者の国という意味では、こちらの黄泉の世界が所謂天国にあたりまぁす。まぁ、人にもよるんですが転生は大変時間かかりますので、早い内から手続きを始めていただかないといけないのでぇす」
「はあ、そうなんですか……?」
「特にミドリさんの場合は不慮の死亡にあたりますので、なるべく早い転生が望まれまぁーす」
ムクロにそう言われて、私は首を傾げる。
「不慮の死亡……まあ、今回はミドリさんの単なる不注意による死亡でしたが、これによりミドリさんは本来全うするはずだった寿命を全うできなかったわけでぇす」
「はい」
「本来、今来るべきでない方が亡者として黄泉にやってきているわけでぇす」
「はい」
「そうなると、死役所側の年間の死亡者対応スケジュールが非常に乱れまぁす」
「はい?」
「死役所が非常にごった返し、担当死神の数も不足しまぁす。ですので、不慮の死亡で亡くなった方には早めの転生をお願いしているわけなのでぇす。はい」
何それ。
私、魂だけなのにまた目眩がしてきた。
「つまり、死役所が混むから早く転生せよと?」
「まあ、端的に言うとそういうことでぇーす。ですので、お亡くなりになったばかりの傷心中に申し訳ないのですが、転生先のご希望を伺わせていただきたいわけでぇす」
巻物を広げ、笑顔でペンを構えるムクロ。
「とは言ってもミドリさんの場合、申し上げた通りスピーディな転生が求められますので、いくつも希望を叶えられるわけではありません。なので、これだけは外せないという希望を一つだけ決めていただいて、その上で他の希望も叶えられそうな良い転生先を探す形になりまぁす」
自分の担当する仕事が増えるから、さっさと転生して欲しいと。
なんなの、鬼なの? なんか泣きたくなってきた。
気持ちを訴えるように睨むと、ムクロは察したのか苦笑に変わる。
「まあまあ、できるだけご希望に添えるよう転生先を斡旋させてもらいますので、そう悲観せずに。まずはどんな転生がしたいか教えてもらえませんか?」
やっぱり職業安定所か何かかな、ここは。
その「斡旋」って言い方なんとかならないのか。
絶妙に転職活動している気分になるのでやめてほしい。
私はため息をつき、不納得ながらもようやく頷いた。
ムクロが少しホッとした顔になる。
たぶん、ムクロに不満をぶつけたところでどうにならないことなんだろう。
まあ、私とて転生という単語に、若干のワクワクを感じないわけではないし、まあ、いいかな。
実際、私にも次の人生の希望くらいはある。
「だったら、モフモフがいい」
「……モフモフですか?」
私はつい心に思いついたまま口に出してしまって、瞬時に後悔する。
恥ずかしさで、顔はおろか耳まで熱くなったのを感じる。
ただ、ムクロは不思議そうに首を傾げただけで、特に笑ったりはしていない。
よかった。これでムクロに嘲笑されていたら、死にたくなったところだ。
もう死んでるけど。
「好きなんです、動物が。毛のあるモフモフな動物は特に。なので、もし転生できるならモフモフし放題の人生を送りたいです。動物に囲まれる的なモフモフライフを。あの、今世では……モフモフできなかったので……」
来世で動物をとにかくモフモフしたいと力説する喪女。
言ってて一層恥ずかしくなってきた。
ムクロがちらとでも笑ったら、これはもう喋れなくなりそうだ。
「なるほど。動物になりたいと?」
私の心配を他所に、ムクロは淡々と私の主張を巻物に書き取っていく。
「モフモフなら最悪動物でも構いません。でも、できればカテゴリーは人で」
なんだろう。いい大人がモフモフモフモフと。
私のなけなしの語彙力はどこに行ってしまったというのか。
生きていた頃と違って、なんだか声が出やすい。
思ったことがそのまま声になってしまっている感じがする。
魂だけの存在だから、体で発声するということから開放されているのかもしれない。
相手の声も、自分の声も生前よりなんだかよく聞こえる気がする。
まあ、よく聞こえる故に自分の言葉の稚拙さに悶絶しているわけだが。
「できれば人。動物でも可と」
羞恥心マックスで顔をあげてしゃべるのも辛い。
ムクロが書類に書き留めている間、無意味にその手元を目で追ってしまう。
日本語のようでそうでない、不思議な文字をさらさらとムクロは書いていく。
読めないが、きっと黄泉の国特有の文字なのだろう。
「それで、他に希望は?」
問われて考えるが、他に特段強い望みがなく言い淀む。
「はぁい、概ね承知いたしまぁーした」
私が返事をする前に、ムクロが心を読み取る。
勝手に聞いて、勝手に返事をして、くるんと巻物を巻いて閉じてしまった。
うーん、しまった。
お金持ちになりたいとか、天才になりたいとかもっといろいろ言っとけばよかっただろうか。
……まあ、いいか。
希望はあんまりいくつも叶えられないみたいだし、モフモフできるならなんでも。