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第32話 乱入と誘拐

『クロ……しゃべ……あ、いやそれより、正気に戻っ……え、人語しゃべ……はぁ!?』


大混乱のエルメルの同様が、ジハイルにも聞こえてくる。

混乱はジハイルも同様だったが、そこは年の功。


「クロイツ殿、正気に戻られたか」

「クロに何をしたかと聞いている」


どんと足を大きく踏み鳴らし、エルメルを振り切って立ち上がる。

やがて自分のくすぶり焦げ臭い鬣に気が付き、さらに唸り声を上げる。


「クロの、クロの毛が! 貴様かァ!?」


焼かれて縮れた自慢の鬣を見て、慌てふためくクロイツの声。

この自分の毛を大事にする感じ。

間違いなくクロイツだ。


『ととと、とりあえず……戻っ、 戻ったんだね、クロイツ! よかった!』

「何がよいものか! クロの毛を焼いたのはどこのどいつだ!」

『それは僕だけど、とにかく戻ってよかった!』


クロイツがクロイツの声で人語で話す違和感が酷い。

そのために、うっかり正直に答えてしまう。

クロイツのギラギラした殺気がエルメルに向いた。


『あ……いやぁ、うははは』


目をそらすが、「笑い事ではない!」とクロイツがヒステリックになって足を踏み鳴らす。

怒鳴られて、エルメルはムムッと口元を引き締める。


『こっちだって今しがたお前に殺されそうになったんだ。それだって笑い事じゃないぞ!』

「それはよかったな! クロが殺す手間が省け……誰に殺されかけただと?」

『それにペラペラとなんだ、急に人の言葉をしゃべりだしたりして!』

「人の言葉……」


クロイツは言って、片方の前足で口元にふれる。


「あーあー……あ、本当だ」

『気づいてなかったの!?』

「うるさい! そんなことより、クロの毛の話だ」

『そんなことじゃない! 僕がどれだけ苦労して人語の発音を頑張っていると……』

「それよりよくもクロの毛を焼いてくれたな!」

『なんでそんなスラスラしゃべれるの!? ずるい!』

「えーい、やかましいっ! 一度落ち着かんか二人とも!!」


ジハイルの怒声で、エルメルとクロイツは互いにぐっと口をつぐむ。

確かにこれでは収集がつかない。

ジハイルは苦痛に顔を歪めながらよろよろと立ち上がる。


「わからんことが多すぎる。第一にクロイツ殿」

「貴様に名を呼ばれる筋合いはない。馴れ馴れしいぞ老木」


真正面からの暴言に、ジハイルはうぐっと一瞬怯んだが、ややあって口を開く。


「とにかく直接話ができるようになったとはこれ幸いじゃ。貴殿は先程、私だけでなくエルメルにも襲いかかってきたのだが、その釈明が先ではないかね」


「クロが襲っただと?」


言いながらクロイツはあたりを見回す。

クレーターのように抉られた地面の上に、幾度も叩きつけたクロイツの尻尾の痕がくっきりと残る。

さら目の前には切り裂かれてボロボロになった服を纏うエルメルと、全身もれなくボロボロになったジハイル。


それらを見て、クロイツはやっと状況を飲み込んだ。


「これは、クロがやったと?』


ぽかんとした顔で言うクロイツ。

正確にいうと、大きく地面が抉れている箇所は着地のためにジハイルが発動した風魔法の影響だが、ほかは概ね正解だ。

エルメルも首肯する。


『呼んでも答えなかったし、変だった。覚えてないの?』

「……屈辱的な状態で崖を降りた。地面が抜けて、息苦しくなったと思ったら、そのあとは……わからん。本当にクロがやったと?」


珍しく耳をぺたんと畳んで、クロイツは再度問う。

様子を見るにまったく記憶がないらしい。

エルメルはクロイツの鼻に額を押し当てる。

はぁと一つ、長く深くため息をついた。


『とりあえずは、元に戻ってくれてよかったよ』


人語を話すクロイツが元通りなのかと言う疑問は残るが、とりあえず。

振り返り、エルメルもボロボロのジハイルを見る。


『じぃじ、大丈夫?』

「ご覧の通りじゃよ。助けに入れず、すまんかったの……」

『それは僕をかばったから……痛い?』

「少しな。最初の一撃は咄嗟に防御陣を張ったので大事ない。が、さすが老いぼれの身にはこたえての」


言いながらジハイルはよろけた。

慌ててエルメルが駆け寄って、ジハイルの体にしゅるりと自分の尻尾を巻きつけ支えた。


「もう少し回復した方がよさそうじゃな」

『クロイツがごめんねぇ ……』


言い終わると同時に、わずかに切り裂くような風の音を聞き取って、エルメルは顔を上げる。


頭上に人影が飛んでいた。


認識すると同時に、今度はエルメルの足が強く払われる。

なんとか転ばずにすんだものの、慌てて背後を見るも誰もいない。

それを不思議に思う間もなく、エルメルの脳天に上空から衝撃が落ちた。

どんと鈍い音とともに、頭から体を地面に叩きつけられて土煙が上がる。

頭上にいた方のかかと落としが決まったらしい。


人間なら、 頭蓋骨ごと粉々になってしまいそうな重たい一撃だ。

だが魔獣であるエルメルの皮膚は硬い。

マンティコアの姿に戻っていたおかげで、衝撃の割に痛みはそれほど感じなかった。

ただ叩きつけられた際に吸い込んでしまったか、口の中でジャリッと砂を噛んだのが不快なくらい。


すぐに体を起こしたが、衝撃でもうもうと土埃が舞って周囲の状況はよくわからない。


『なんだよぉー』


ペッペッと砂を吐き出しながら、ふと自分の背中に翼が戻っていたのを思い出す。

試しに大きく羽ばたくと、一度で土埃は綺麗に消し飛んだ。


「最初からこうすべきだったなあ」と反省しながら、周囲を見回す 。

だが、そこにはクロイツがいるだけでジハイルの姿がない。

クロイツもまた砂埃を迷惑そうにはらっていた。


『ありゃ? じぃじは?』

「さあ、知らんやつらが持って逃げたな」

『え~……』


足元に、抉ったような足跡が残されていた。

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