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第29話 結界のための結界

『で、このあとどうする? 下に降りる?』

「ああ、地面の近くでできるだけ風や魔力の影響を受けない場所で結界に入らなければな。だが、この鼠返しの崖を降りるのは大変そうだ』

『降りられる場所を探す?』

「……いや、待て。ここから結界がどう広がっているかわからない。基準となるのは、あのミリアンジがいた場所だが……」


ジハイルは後半独り言のように言ったかと思うと、崖の直ぐ側にどっかりあぐらをかいて座り込む。

ぶつぶつと何か言いながら、仕留めたビーゼルの細い背骨を鉛筆に、地面にガリガリと魔法陣のようなものを書き始めた。


『あれ、地面に書くの? 』


今まではうろ覚えの魔法陣でも時間をかけて、ゆっくりと魔力の糸を編んでいたのに、今度は地面に書いている。

何度か書いて消してを繰り返し、エルメルがうとうとし始めた頃。


「ふぅ、よし。出来た」


立ち上がるジハイル。

地面に寝そべって頬杖をついていたエルメルは、ビクッと跳ね起きる。


『な……なにこれ』


魔法陣にしては随分歪な文様が地面に描かれていた。

今までの丸い陣が可愛く見える、歪な魔法陣。

その中心に、ジハイルは荷物の中から洞窟の青い魔石を取り出して置く。


発動アルフ


ジハイルの発声に従い、魔法陣が青く光って起動する。


収集コレクティオ


しゃがれた声がもう一言言うと、魔法陣が一瞬強く輝く。

次の瞬間、その光が中心の魔石に収束されるように小さくなる。

青い魔石は一度脈打つように光り、内からすぅと溶けるように透明なガラスのようになる。

その石の中央で、青い光がちらちらと炎のように揺らめき始めた。


「ふぉおお〜っ!」


とてつもなくファンタジックな光景に、エルメルの眠気は綺麗サッパリ吹き飛んでしまう。


「キレイ、な!」


魔石を取ってジハイルは立ち上がり微笑む。


「待たせてしまったの。さ、行こう」

『それは何?』

「守り石じゃ。ある程度の魔力の干渉を防げるので、歪みを避けて安全に結界を通れるはず」

『そんなことができるの?』


言いながらエルメルは、顔を曇らせる。

「そんなものを作れるなら、ここまで歩かなくてもよかったのでは?」というエルメルの気持ちを察したのか、ジハイルは苦笑する。


「即席で適当に作ったでな、あまり効力がもたんのだよ」

『適当に……?』


エルメルは、地面に描かれたくしゃくしゃの魔法陣をちらと見る。

随分緻密な適当もあったものだ。


『人間って凄いな』


呟くと、ジハイルはクスリと笑う。


「さあ、先を急がねば。守りの効力が弱まるでの、申し訳ないが君のお兄さんにできるだけ近くを歩くよう言ってくれないか」

『クロイツ、急ぐんだって近くに』


言うとくつろいでいたクロイツがのそりと立ち上がる。

ようすを伺いながら歩み寄ったが、三歩近寄って立ち止まった。

エルメルとジハイルがいる場所までは、少なく見積もってまだ十歩はある。


エルメルは顔を強ばらせてジハイルを見上げる。

ジハイルの方も似たような表情だった。

察してエルメルは苦い顔でクロイツを見る。


『もっと近くに来てよ』


エルメルに呼ばれ、クロイツが少し左足を浮かせたが踏み出すことなく、その場に下ろす。


『嫌だ』

『なんで!?』


時間ないって言ってるよね!?


クロイツがジハイルに対してあまりいい感情を持っていないことは知っている。

でも必要に応じて近づいたりは今までだってしてきたことだ。

昨日の晩焚き火の近くで寝ていた時の方が、今より余程近かったというのに。


『その石は気持ち悪い。嫌だ』


理解できずにエルメルが考え込んでいると、クロイツが言い足す。


『気持ち悪い……?』

『嫌な感じがする。お前は平気か』

『嫌な感じ……?』


エルメルは振り返ってジハイルの持つ魔石を見上げる。

ジハイルも察したように石を見ていた。

ややあって、ジハイルは「そうか」と呟く。


「これは簡易にしろ結界石に当たるの。魔力を干渉を防ぐ結界じゃから、空気中にある魔素も通らない」

『よくわからない。魔素が通らないとどうなるの?』

「魔素は魔獣にとっての空気のようなものだという説を聞いたことがある。故に魔獣の発生が多い人里ではこのような結界石を使用することある」

『それってつまり、近くに寄ると息ができなくなっちゃうってこと?』


聞かれてクロイツは「さあ」と首を傾げた。


『理由はわからんが、ただ嫌だ』

『あれ? でもじゃあ……なんで僕は、平気?』

『それはこっちが聞きたい』

『はっはっはー、だよねー。でも……どうしても駄目? 一緒にいないとはぐれちゃうかもしれない』


クロイツはうーむと顔をしかめる。


『危険なものでないとわかっていれば……少しは』


言って二歩近寄るが、それだけでもクロイツの体毛が随分膨らんだ。

また二歩下がる。理屈ではないらしい。


時間がないのにどうしよう。

困っていると、ジハイルがすっと片手を挙手する。


「私から、よいかね? 提案が一つ。兄上には、結界以上に承服しかねる提案かもしれぬが」


エルメルとクロイツはお互いに顔を見合わせた。

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