第28話 結界の端
「ところで、何に気を取られたか聞いてもよいか。わしが何度か呼びかけても聞こえている様子がなかったが」
途端に顔を強張らせるエルメル。
全く聞こえていなかったが、呼びかけられていたらしい。
クロイツにちらと視線をやると、へっと呆れたような笑みを返される。
事実らしい。
『あの……崖の下に珍しい生き物がいて……』
「ほう」
『知らない生き物だったから興奮しちゃって……』
「ふむ」
『……』
「…………それだけ?」
『です』
「何か驚異的な魔獣の気配を察知したとかでなく?」
『あい』
途端に、ジハイルの目がバカを見下すような死んだ目に変わる。
がしっと大きな両手でエルメルの両頬を挟み、無言でただぐにぐにと揉んだ。
「ふぐにゅ、あえお〜(やめろ〜)」
「わしの心配を返せ」
「おえんああい(ごめんなさい)」
ひとしきり頬を弄ばれてから、開放される。
「しかし、獣に詳しいお前さんが知らない生き物か……」
長い口ひげをいじりながら、ジハイルが呟く。
エルメルの手をとって崖の近くまで寄っていき、慎重に崖下の景色を見下ろす。
「まだ見えるか?」
エルメルはじっと森を見る。
最初に見つけた赤橙模様の鳥を見つけたが、鼠とトカゲはもう見えない。
気配も消えていた。
それをちょっと残念に思いながらも、エルメルは「見えるよ」と答える。
『あの、赤と橙の模様の鳥。鶏冠があって黒い嘴の。尾が三本』
人差し指で指し示しつつ、ジハイルに鳥の特徴を説明していたまさにその時、鳥の姿が霧散するように消えた。
『……へ? あれ、消えた!? じぃじ、今の見た!?』
「消えたのう」
いつの間にか魔法を使っていたらしい。
望遠の魔法だろうか。
ジハイルの片目が魔力を帯びて、薄く光っている。
「さっきのはミリアンジじゃな」
『ミリアンジ? 魔獣なの?』
キラキラとした目で聞くエルメル。
「いや、魔力をもっておらんので魔獣ではない。銅を食べる鳥で、鉱山付近に住む鳥だったはずだが……」
鉱山と言われて、エルメルは眼下を見る。
緑に覆われているのでわからないが、あの生い茂る木の下に鉱物があったりするのだろうかと首を捻る。
念の為、さっき見かけた残りの二種の生き物についてもジハイルに伝えた。
「もう一方のトカゲもどきには心当たりがないが、頭に羽がついた白い鼠はジュエリかもしれんな。額に赤い石がついとらんかったか?」
『そこまでは……。ジュエリって?』
「空の相当高い層に生息する雲鼠の一種じゃな。わしも標高の高い山頂付近でしかお目にかかったことがない」
『へー! 雲鼠!』
雲鼠という種類の魔獣がいることにも驚きだが、ジュエリがその一種ってことは、他に何種類もいるということだ。
面白い。全部見てみたいなぁと暢気に考えていたが、ふと、
『ん? その雲鼠がなんであんな低空を飛んでたの?』
しかもよりによって鉱山に住む鳥と同じ空にだ。
「……混じっているな。これは、ひょっとするとお手柄かもしれんぞ」
『え? 何が?』
「結界の空には、歪みがあると言ったのを覚えておるか?」
『覚えてるよ。異空間に行っちゃって帰ってこられなくなるから、空を飛んじゃ駄目なんでしょ?』
「そのとおり。だが歪みにはまっても、運良く異空間から出られる場合もあるらしい。異空間同士が繋がった場合じゃ」
異空間は稀に繋がることがある。
時空が捻れているので、時間も場所も違う。
だが繋がった空間に歪みの口があれば、可能性として出られると言われているそうだ。
「先程の様子を見るに、真実だったようだ。異空間を通り抜けてきたから、本来別々の生息域の生き物が同時に出現したのでは」
老人特有の謎かけのような、まわりくどい言い方に頭を捻る。
『つまり、さっきの鳥が消えたのは』
「喜べ、結界はすぐそこのようだ」
言われてようやく、そうかと腑に落ちる。
あの見たことのない鳥は、空間の歪みへ消えたんだ。
つまりここが結界の端で、足を棒にしながら目指していた、その場所なんだ。
どこかの鉱山付近の結界の歪みから異空間を通って森へ迷い込んだミリアンジ。
おそらく二人が先程見たのは、それがさらに森の結界に巻き込まれて空間の歪みに消える瞬間だったのだろう。
理解が追いついて、今更ながらエルメルは「わお!」と声を上げる。
『つまり、もう歩かなくてもいいってことだ!』
「うむ……まあそうではないが、まあ、そのようなものだ」
ジハイルがなんとも言い難い顔で返事を返す。
結界を抜けてもまだ歩く可能性を考慮しているのかしていないのか、エルメルが目をキラキラ輝かせた。




