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第25話 人の姿と人の服

焚き火のすぐそばまでくると、パンパンという鋭い音が焚き火からまだ放たれているのがわかった。

ジハイルが無言で手の平を向けると、火の中にまた魔法陣が現れる。

エルメルにはわからない言葉で何事か呟いて指をついと動かすと、魔法陣を形成する炎が蠢き、先程のものとは少し違う模様の陣になる。

同時にパンパンという、破裂音もおさまった。


もう話しても良さそうだというところまで待って、エルメルは『今のなんなの?』とジハイルに尋ねる。


「焚き火の光が届く範囲の魔物避けと、それ以外にも周りの外敵に反応して音が鳴る仕組みになっておったが……ちと範囲が広すぎたようじゃ。少し書き換えた」

『へーそんなことができるんだ』


言いながらエルメルはくしゅんとくしゃみして身震いし、焚き火のそばに近寄る。


『今日は冷えるねぇ』

「そりゃあ冷えるじゃろうよ。……それでエルよ、その格好はなんのつもりなのかね?」

『格好?』


そういえばさっきもそんなこと言われたような。

エルメルは言われて初めて、自分の体に目を向ける。


『あれぇ?』


間抜けな声が出たものだと自分でも思う。

見下ろした体には、毛の一本も見当たらない。

確かめると、やはり翼も尻尾もなさそうだった。


『なんでしょう……?』


表情を硬らせ、逆にジハイルに問いかけてしまう。

ジハイルは眉間に手を当てていた。


どうやら、またやらかしたらしい。

ジハイルに初めて会った時以来、この格好になったことはなかったのに、いつの間に。


自覚するとさらに寒気がきて、エルメルはまたくしゃみを二回する。

ジハイルが皮毛布をエルメルに被せてくれる。


「元の姿に戻った方がいいのではないかね。人間の姿に擬態できるのはわかったが。この森ではいささか無防備が過ぎよう」

『あの、いや、擬態というか、その、僕……』


クロイツのようなことを言うジハイルに、エルメルはしどろもどろになる。

毛布の下で、羽や尻尾を出そうと身体中に力を入れてみたが、何も起こらない。

顔を赤めて力んでいるエルメルに、ジハイルが怪訝そうに顔をしかめ、「まさか」と声を漏らす。


『……わかんない』


ややあって、エルメルはようやく言った。


『どうやって戻るの?』


震えながら、エルメルは告白する。

ジハイルが目を大きく見開いて驚愕している。


「自分の意思で擬態したのではないのかね」

『そんな器用なことできない。クロイツがいうには今までもたまに寝てるときとかこの姿になっちゃったみたいなんだけど……その時も気がついたら戻ってた感じ、です……はい』


唖然としたジハイルに見つめられて、エルメルは顔が熱くなるのを感じた。


『なんなら……じぃじと始めて会った時に気が付いたというか……だから……まだよくわかんなくて』


なんだか急に恥ずかしくなってきてモゴモゴと言いながら、ぎゅっと毛布を引き寄せて縮こまった。


自分の能力も推し量れていないことを笑われるだろうか。

いや、いっそ笑ってくれ。


いたたまれない空気の中、エルメルはくしゅんとまたくしゃみをする。

ジハイルは「ちょっと待っておれ」と言って、仕留めたビーゼルの近くに行くと、その中の数匹にトドメを刺す。

それから死んだビーゼルを足元に置いて、青い光を発しながら魔法陣を空中に描き始めた。

ゆっくりと紡がれていく魔法陣を見るところ、低級契約ローフェアテイトの時と同じく魔法陣はうろ覚えらしい。

それでも、これだけの複雑な図形と文字の羅列を記憶しているのはすごいと、エルメルは素直にそう思った。


蒸発カロルディレン


ジハイルはやっとのことで魔法陣を完成させて、そう呟く。

その瞬間じゅわわわという音がして、ビーゼルの穴という穴から嫌な臭いのする煙がぶわっと溢れでてきた。

うっと、思わずエルメルは鼻をつまんだ。

そして見る間にビーゼルの肉体がドロリと溶けて腐り落ちるのが見えた。

生活上、グロいものにある程度耐性のあるエルメルから見ても、あまりにもスプラッターな状況だ。


「あ」


ジハイルは短くもあからさまに失敗したという声を発する。

ドロリとした肉塊もやがて消えてしまい、後には骨だけが残った。


『うぇええええ』

「いや、すまぬ。こんなはずでは……」


言いながらビーゼルの骨をのけて、同じ場所にもう一体ビーゼルの死骸を置くジハイル。

魔法陣を少し書き換えて、再挑戦するらしい。


蒸発カロルディレン


呪文の名前は同じだが、今度はビーゼルの口と目から嫌な臭いの煙が立ち上るだけで形が崩れることはない。

先ほどよりも時間をかかっているが、いつまでたっても先ほどのスプラッターな状況にはならなかった。

しばらくして魔法陣が消えると、エルメルは毛布を引きずりながら側に寄る。

横たわるビーゼルを爪の先で突いてみた。

なんだか一回りほど、少し小さくなったような気がする。


「うまくいったかの……」


言いながらジハイルは自分のポーチから短剣を取り出す。

こちらは剣と違ってジハイルの持ち物らしい。

柄に装飾のついたナイフのようなもので、鞘からスラリと抜かれた刀身にはサビ一つない。

ジハイルはその短剣でビーゼルの腹から手際よく捌き始めた。


『あれ……血が出ない?』

「さっき蒸発させたからのう。今度は、うむ、うまくいったようじゃ」


ジハイルが慣れた手つきで、体を開き、しぼんだ内臓を取り出し、皮を剥ぎ、ビーゼルを捌く。

生皮を引き伸ばしながら蒸発カロルディレンでさらに乾燥させると、あっという間に毛皮っぽくなった。


「まあ革は硬くてお粗末だが、まあしょうがないわな」


ジハイルは他のビーゼルも同じように捌いて毛皮にし、植物を縒り合わせて糸状にしたものでつなぎ合わせて腰巻と帽子を作ってくれた。

上半身の分まではビーゼルが足りなかったので、ジハイルが甲冑の上から申し訳程度に身につけていたズタボロの藍色のローブで補う。

ローブは金色の刺繍で紋章が施されており、もともとかなり良いものだったことが伺えたが、ジハイルはそれを当然のようにエルメルに着せてくれた。

エルメルの丈に合わせるためもあって、ワイバーンにズタズタにされた部分をナイフで切り揃えると多少見栄えがよくなる。


『おお〜! 服になった!』


転生してこの方、服を着るという習慣からは無縁だったエルメルだ。

新しい玩具を買ってもらった子供のように、エルメルはウキウキと自分の心が踊るのを感じた。

くるくると自転して野性味溢れる服を、嬉しそうに見つめる。


「これで少しは寒さが凌げよう。まあ、多少動きづらいかもしれないが、凍えるよりはよかろう」


腰をとんとんと叩きながら、くたびれた様子でジハイルは焚き火の側に座る。


「肉は朝食に焼くとして、もう一眠りさせてもらおうかの……」

『あ、じゃあ僕も』


エルメルは毛布を持って、横になろうとするジハイルの懐にいそいそと滑り込んだ。

ジハイルと自分にかかるよう毛布を広げて、身を寄せる。

もさっとしたヒゲが顔に当たってチクチクする反面、非常に暖かい。


「じぃじ、ありあとーね」


発声法で舌足らずに礼を言うと、ジハイルがふっと優しげに笑む。

なんだか孫を愛でるようにエルメルの頭を撫でてから目を閉じた。


そんな風に頭を撫でて貰ったのが初めてで、エルメルは顔を綻ばせて興奮する。


「じぃじ、服、すごいな」

「……」

「かろでいんって言って、まほー使うのすごいな」

「……」

「じぃじ……」

「いいから寝んさい」


怒られた。

しかし興奮し過ぎて眠るどころではないエルメルは、叱られてからもしばらくそわそわと落ち着かない。

やがてジハイルのため息が聞こえ、幼い子供を寝かしつけるようにポン、ポンと毛布の上から背中のあたりを叩かれ始める。

そうして一定のリズムで叩かれると、自分でも驚くほど急に眠気に襲われたのだった。

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