第24話 魔獣ビーゼルの生態
パンパンという連続した破裂音で、エルメルはわわっと声を上げて飛び起きた。
鉄砲の発砲音のようだったし、はたまたポップコーンが弾けたような音でもあった。
何事かと音のした方を見ると、焚き火から黄色い火花が上がり、またパンパンパンと鋭い音をたてていた。
割と熟睡したという気がするがよくわからない。
日が高くなっても滅多に陽光が差し込まない森なのでわからないが、あたりはまだどんよりと暗く、焚き火だけが煌々と輝いている。
またその焚き火かパンパンと鋭い破裂音を発して火花が飛び散る。
「何!?」
思わず声をあげるも、それに応えるものは誰もいない。
あたりを見回し、ギョッとする。
周りには誰もいなかった。
横で寝ていたはずのジハイルも、少し離れて眠っていたはずのクロイツの姿もない。
わけがわからず、悪寒を覚えて少年は毛布の中で縮こまる。
その時だ。
少し遠くの木と木の間でバリバリという音と共に稲光が走り、そこだけ一瞬明るくなった。
目を凝らしたが寝起きのせいか、手前にある焚き火が眩しいせいか、なんだか妙に視界が暗くてよく見えない。
目をごしごし擦って目を凝らすと、また雷が走り、その瞬間だけそれを放った人の影が浮かぶ。
それでようやくジハイルが何かに向けて、攻撃の魔法を使っているのだとわかった。
次いで今度はジハイルがいる場所とは逆の方で、炎が巻き上がるのが見えた。
こっちは見ればすぐわかる、クロイツの火炎だ。
エルメルは毛布を跳ね除け、左右を見て散々迷った挙句にジハイルの方へ走る。
「じぃーじー!!」
発声で声をかけながら近寄っていく。
近づくと、ようやくジハイルの姿がはっきりわかるようになった。
まだ戦闘中なのか剣を正面に構えたまま、眉根を寄せて油断なく振り向くジハイル。
その顔がこちらを見て訝しげになり、何故か驚愕の表情になったのが暗がりにわかった。
「どうしたの、じぃ……」
もうすぐというところで、もう一声をかけようとして、つるりと足が苔にとられて滑った。
しかも悪いことに、転んだ先は極太の巨木の根と根の間にぽっかりと空いた穴だ。
『あり?』
「ば……っ!」
ジハイルが慌てて後ろ跳びにエルメルとの距離をつめ、落ちる前にその体を受け止める。
片腕でエルメルを支え、なおもジハイルは目前に目を向けた。
「エル、なんという姿で……いや、今はいい。下がりおれ!」
そっぽをむいたまま、厳しい口調で怒鳴るジハイル。
どういう原理か、剣を持つ手で次なる魔法陣を展開している。
剣は刃の一部が溶けている、ちょっとボロい剣だ。
出発前の準備段階で、ワイバーンの死骸から引き抜いた。
ジハイルのものではないらしいし、相当傷んで今にも折れそうだが、無いよりはマシということで持ってきた。
鎧に魔法に剣。
戦闘中のジハイルは、俄然魔法戦士然としていた。
『どうした? 何があったの?』
「ビーゼルの大群じゃ」
『ビーゼル?』
耳を澄ますと、キキキキカカカカとそこかしこからやたらと甲高い鳴き声が聞こえてきた。
周囲の大樹の幹にへばりついていたり、枝の上や根の間、倒木の影からも這い出してきて来る。
小さな無数の赤い目が二人を取り囲んでいた。
ジハイルが先程しとめたのだろうか、足元には少し焦げてヒクヒクと痙攣しつつ十数匹の魔獣が伸びていた。
それを見たエルメルは、ひょいとジハイルの魔法陣の前に出てそれを覗き込む。
ジハイルが息を呑むのがわかった。
「こら、何をして……」
『ヒイタチだねぇ』
のんびりとしゃがみながら、エルメルはしげしげとイタチに似た有角の魔獣を拾い上げる。
毛足は短いがふさふさとした灰色の毛並み、小さな黒い角が額に大小二本生えた生き物だ。
「ヒイ……? なんと?」
『ヒイタチ。僕がそう読んでるだけだけど。これも魔獣だったんだ。ビーゼル?……って言うのか。大丈夫、襲ってこないよ』
「……そんなはずは……。ビーゼルは極めて好戦的で群れで狩りをするものじゃ。ビーゼルの群れが通った後は、草の一本も残らない」
油断なく周囲を見ながら、ジハイルは納得いかないとばかりに顔をしかめる。
『ヒ……ビーゼルが好戦的? 敵わない相手には突っかかったりしないと思うけどな。それにすばしっこいからなかなか仕留められないのに、わぁ、十匹も狩るなんてすごいね』
ジハイルが戸惑うように、あたりを取り巻く目を見回す。
襲って来る気配がないか探っているのだ。
ビーゼルはキキキカカカとまだ警戒音のような鳴き声を発していたが、一匹とて暗がりからは進んで出てこなかった。
『焚き火につられたのかなー?』
「焚き火がなんだと?」
周囲に目を走らせながら、イライラしているような口調でジハイルが問う。
『木炭が好物だから。普通に木の皮とか草も食べるけど、焼かれて黒くなったのが特に好きみたい。たまに落雷があったり、他の魔獣が火を吐いたりで木が燃えてるとすごく周りに寄ってくるね』
「……ビーゼルにそんな習性が?」
信じられないという口ぶりだが、ジハイルは本当に襲ってこないとみると魔法陣をかき消す。
ただ抜き身の剣は下ろさず、慎重に腰をかがめた。
「……本当に襲ってこないと? クロイツとやらは、私より先にビーゼルと戦闘していたようだが」
少し離れた先がまたパッと明るくなり、クロイツがまた炎を吐き出したのだとわかった。
『んー……たぶんあれは単純に小腹が減ったんじゃないかと。なんていうのかな、お夜食的な?』
「夜食……なるほど」
その可能性を考えてなかったのか、ジハイルは憮然として押し黙る。
エルメルはなんとなく申し訳ない気持ちになる。
確かにクロイツが急に戦闘を始めたら怖いよね。
うちの馬鹿兄がごめんなさい。
ジハイルは戸惑いながらかなり時間をかけ、ゆっくりと剣の刃先をさげた。
それでもビーゼルがなんの反応もなく蠢いているので、ふぅとジハイルは深いため息をつく。
『戻ろ?』
「ああ」
短く受け答えをして、二人はようやくその場を離れる。
せっかくなのでと、仕留めたビーゼルは持てるだけ持っていく。
振り返っても、ビーゼルは同じ場所でじっと身を潜めているだけだった。




