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第21話 ワイバーン強襲の日

その日はなんだか朝から悪い予感がしていたのだ。

老いた体ゆえ最近は眠りが浅く、鳩の羽ばたきやコウモリの鳴き声など少しの気配で目を覚ますことも多い。

だがその日は、戦場で目覚めたときのように全身の毛穴がヒリヒリと逆立つような目覚めだった。

そしてジハイル= グァンゼルド=テンプファは覚醒の瞬間に感じ取った。

何か狂気に満ちた気配が西の空から近づいてくると。


そしてその予兆は、いつもなら夕凪の時間、太陽を遮る黄褐色の翼竜という暴風となって舞い降りた。

一体ではなく、六体のワイバーンの群であった。


この時、ジハイルにとって幸運だったのは二つ。

一つは、ただの勘と言われればそれまでの自身の直感を理解し信頼してくれる友と部下がいたこと。

このおかげで、それほど大きくないにせよ都市の中心地に領民を避難させて結界を張り巡らし、午後には迎撃体制すらも万全であった。

もう一つは、一体で冒険者最上位クラスのパーティー三つ分に匹敵するといわれるワイバーン六体の内、三体が子供、残りの大人三体の内の一匹はなぜかすでに手負いであったことだ。

そうでなければ、 トラディス王国辺境伯領シルトオランドはまるごと焼かれていたかもしれない。


子どものワイバーンは城門からの対空魔砲弾の餌食になるか、早々に驚いて逃げていった。

残る三体は、背中をバックリと裂かれた手負いが雄、それより一回り体の大きい雌が二体。


上空から様子を見ているだけの手負いの雄はとりあえず攻撃対象から除外して、領地の守備兵が総動員で雌一体にあたり、もう一体は領内の名だたる冒険者たちが徒党を組んで迎撃を行った。


時間が経ち、雌二体が翼を折られて劣勢になると、業を煮やして雄も降りてきた。

だがそれも予想の範囲。

そこまでの戦闘で温存しておいた十人にも満たない小数精鋭の騎士隊で対処にあたる。

ジハイルもそこにいた。

手負いであっても全力をもって叩き、手負いのワイバーンの翼を折って墜落させた……ところまではよかった、少なくとも。


死闘によって魔力切れギリギリになりながら、勝利を確信した。

まさにその時に事件は起こった。


最初に魔砲弾で打ち落としたはずの子ワイバーンが起き上がり、背後から不意打ちをしかけてきたのだ。

よりによって、ジハイルめがけて。


眼下で雄のワイバーンが事切れるのを見ながら、ジハイルは攻撃後の空中で子ワイバーンの爪に拐われた。

ジハイルにとっても周りの人間にとっても、一瞬の出来事だった。


「「テンプファ!」」


一番近くで共に戦っていた仲間たちの、悲痛な声が幾重にも聞こえたことだけは鮮明に覚えている。

残りのワイバーンも瀕死に近かったから大丈夫とは思うが、町は、仲間たちは、無事なんだろうか。


----------


「じぃじ?」


パチパチと爆ぜる薪を見つめたまま、長いことボンヤリとしてしまっていたジハイルは、声をかけられてようやくエルメルの存在に気がついた。

エルメルは薪を抱えてしゃがみ込み、首を傾げてジハイルの顔を覗き込んでいた。


「おつかれか?」

「ああ、いや……連れ去られた時のことを少し思い出しておっただけよ」


ジハイルはふっと笑んで、「薪割りご苦労さん」とエルメルから薪の束を受け取り、火のそばに置く。

ちょっとした洞穴のように大きな木の虚の前で焚き火をし、 二人は二度目の野宿をしていた。


『薪足りる?』

「ああ、今夜中は大丈夫だろう。しかし、便利よな、その尻尾」


ジハイルはエルメルの尻尾を見ながら微笑む。

ナイフにも鉈にもなる、刃のついた尾っぽ。

食べるには大きすぎるこの森の木の実を切り分けることも、薪にするには大きすぎる木の枝をぱかんと割って火にくべやすいサイズにすることも座ったまま容易に出来てしまう。


ジハイルの賞賛に、エルメルはふふんと得意げに鼻を鳴らす。


『まぁねまぁね。もっと褒めていいよ』

「それで毒がなければなぁ……」


言いながらジハイルは、エルメルの持ってきた薪に目をやり、ぼそりと何か小さく呟く。

ジハイルは青く魔力を帯びた両眼で薪の束をしげしげと見てから、ようやく薪を手に取り火にくべる。


「はぅ!」


しゃがんだまま声を上げ、こてんとエルメルは打ちひしがれて地面に転がる。


『ごめんって言ったのに……また鑑定ゼイエン使ったぁ!』


ジハイルの目に魔力が宿ったのは、鑑定ゼイエンという魔法。

生き物や物の、状態異常を探ることができる魔法らしい。

それをエルメルが持ってきた薪に使ったということは……。


ジハイルはこほんと咳払いを一つ。


「すまん、痛い目にあったからついな……。許せよ」

『もうあれから三日もたったのに!?』


転がったまま、だむだむと地面を叩いて嘆くエルメル。


従魔契約の後ひっくり返ったジハイルだったが、一命はとりとめた。

エルメルがジハイルの口に放り込んだ白い花は毒消しの効能を持つ薬草だったのだ。


毒は幸い少量だったこともあり、すぐにジハイルも回復した。

だが、時間がたってもエルメルがやることにあまり信用をしている節はない。

人里におりるため、住処を出て野宿も二回目だが、狩った獲物や切り分けた木の実はもちろん、今のように薪も、毎度鑑定を欠かさないジハイルである。


気持ちはわかるけど!


「……あ……ほれほれ、木の実が焼けたぞ」


火の近くに置いてあった木の実は、エルメルの顔くらいのサイズがある。

胡桃のような硬い皮につつまれているが、火でじっくり炙られたことで、随分柔らかくなっていることがわかる。

言われてみると微かに甘い匂いもしていた。


いじけていたエルメルが起き上がるには十分な理由だ。

くんくんと匂いを嗅ぎながら差し出された木の実を受け取って、尾先の刃で実を半分に切る。

剥き出しになった断面を、ぺろりと舌の先で舐めた。


『甘いっ』


前世的にいうと、栗のようなカシューナッツのような素朴な味だが、それに砂糖をまぶしたように甘い。

転生してから今まで甘いものに縁のない生活を強いられてきたせいもあって、感動するほど甘く感じた。


「この森のはちと大きすぎるが、私の故郷にも似た実がなっておっての、よくおやつにしておったもんよ」


皮のお皿に顔を突っ込んで、ガツガツと実をかじるエルメル。


「うまいか?」


頬をパンパンにして咀嚼しながら、エルメルは幸せそうに頷く。

森で長く過ごしてきた少年も、この食べ方は知らなかったようで、酷く感動している。


「それは何より」


クッと喉の奥で笑って、ジハイルももう半分の木の実を膝に乗せ、自分はナイフでくりぬきながら食べ始めた。

しばらくお互いに無言で、黙々と実を食べる。

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