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第2話 転生完了。モフモフは正義

……白い壁の部屋にポツンと一人、私は浮かんでいる。

暖かい。全身がぬるいお湯の中に浸かっている感覚だ。

冷たくもなく、暑くもなく、けれど安心感はある。

延々と眠りと覚醒を繰り返すまどろみの中、常に夢ごごちで判断が鈍っているだけなのかもしれないが、ずっとここで寝ていられればいいのに。


……また目が覚めてしまった。まだ眠いのに。

なんだか最近は以前より覚醒の頻度が高くなってきている気がする。

なぜだろう。


……最初は広いと思っていたこの部屋も、随分と手狭になってきた。

部屋の白い壁が、覚醒するたびにだんだんと近づいてきているのだ。

もう私が元暮らしていた一人暮らし用のワンルームほどのサイズもなくなってしまっている。

空間が縮んでいるのかもしれない。怖い。


……最近は、もう身動き一つろくに取れない。

それほどに、白い壁が押し迫ってきている。

体を丸めて小さく縮こまっても背中とお尻がどうしても壁に当たる。

ここはとても心地いいが、流石にもう限界だ。

このままではいづれ手足を動かせないほど壁が近づき、きっとこの壁に押しつぶされて死んでしまう。

それだけは嫌だ。また死ぬのは、嫌だ!

全身を動かせ、壁を壊せ!


……壊れない。怖い。壊れない。どうしよう。

そうこう思っているうちに手足を動かせないほど壁が迫ってきた。

なんだか呼吸すらし辛くなってきた。

やばいやばい、死ぬ。本当に死ぬ。

手足を動かせないのなら、全身にただ力を入れて外側に押すしかない。

幸い、手足が動く頃にした破壊活動で、壁にところどころヒビは入れることができている。

命がけだが、これが最後の一踏ん張り。

これで出られなきゃ、本当に死ぬ!

メキメキと壁の音が聞こえてきた。

もうまともな息一つできない。

一刻も早く空気を。外へ!


*****


バキッという子気味のいい音と共に、全身を纏っていた白い壁が粉々に割れて吹き飛んだ。

私を包んでいたあの心地のいい液体も壁と一緒に弾けてなくなり、代わりに言葉には言い表せない全身の開放感と、外の新鮮な空気が大量に肺の中に入ってきたのがわかった。

そして今まで壁の中にいた時には感じなかった、光を感じる。

目はよく見えないけど、光が頭上から振りそそいできていることだけはわかる。

体験したことのある、この懐かしい暖かな光はきっとそう……太陽の光。

気持ちいい。もっと早く出てこればよかった。


そうか、私、転生したんだ。

ようやく覚醒しきった頭で、私は今までの全てを思い出す。

あの冷たいベンチで横たわって死んだ私。苗字は思い出せないけど確か前世の名前は確か……ミドリ。

長かった。自分の名前を危うく忘れそうになるほど、本当に長かった。

けれど、ようやく生まれ変わることができたんだ。

神様ありがとう!


振りそそぐ太陽の光。

そしてこの匂いは湿った土と青草の匂い。

田舎育ちの私にはどちらも懐かしい感覚で、それだけのことなのに酷く感動してしまう。

感情が高ぶった途端、口から「あ、あ」と初めての声が出て、それがすぐに赤ちゃん特有のおぎゃーというけたたましい声に変わる。


「あんぎゃあ、うんぎゃあ、ふんぎゃあ!」


あは、何これ、全然コントロール効かないんだけど。

それにしてもすごい鳴き声。動物みたい。

そりゃそうだよね。生まれたての赤ちゃんだし。

はーい、私落ち着いて。大人なんだから、このくらいで動揺しちゃダメよミドリ。

さ、もっと陽光を感じて、そして深呼吸。

青臭い草木の匂いをいっぱいに、吸ってー、吐いて……ん?

……いや……、いやいや、ちょっと待って。


今更だが、とても今更だが、私はようやくその違和感に気が付いた。

キラキラと降り注ぐ陽光、そして草木の匂い、なんなら背中に感じる柔らかい草の感触。

目がまともに見えない上に、手足をバタバタとするしかまだできないので、定かではない。

定かではないのだが、一抹の不安に駆られる。


ここ、屋外じゃない?


しかも背中の感覚から言って、地べたに寝ころがっている状態のような。

普通、生まれたての赤ん坊って、屋内にいるよね?

土と草の匂いがする地べたで日光浴している状態って、普通じゃないよね。

間違って外で生まれたんだとして、百歩譲って母親の腕の中で泣いてるもんじゃない?


産声をあげ、なおかつ激しく泣いたというのに、誰も来ない。

私の不安な気持ちに反応して、一度収まりかけた泣き声が、また堰を切ったように激しくなった。


お母さーん、私のお母さーん!

あなたのお子さんはここですよー!!


主張するつもりでさらに泣いてみる。

もしかして、新生児の周りに誰もいないなんてこと……ないよね?

嫌な想像にゾッとして、声が潰れるかと思うほど泣いた。


その直後だ。

ぼやけた視界の中で、日の光がすっと遮断されたのがわかった。

大きな顔のようなものが、私の頭側からぬっと顔を覗き込んでいる。


お母さーん!

いたー!!

よかったー!!

超待ってた!!


驚きと喜びと安堵と、同時に襲ってきて、私は脱力する。

急激にリラックスしたせいか、いつの間にやら、口から出る泣き声もやんでいた。

ゆっくりと、顔を近づけてきた母親と思われるそれは、やはりぼやけて顔の凹凸くらいしかわからないが、見慣れた人の顔に見える。


私はうまく動かせないながらも、懸命に肩と二の腕に力を入れて母親の顔に手を伸ばす。

体を動かすという行為も久しぶりすぎて勝手が掴めない。

そもそも前世では意識して体を動かしたことなどなかったし、なんかこれはこれで感動だ。


位置からして母親の頰のあたりだろうか、伸ばした手の平に顔が触れる。

手からは、意外とふわふわとした毛の感覚が手に帰ってきた。

頬に毛とは、随分毛深い。

もしや立派な顎髭を蓄えたお父さんかもしれない。サンタクロースのような顔を思い浮かべる。


でもどちらでもいい、私にとってモフモフは正義。

ああ、指がうまく動けば、もっと堪能できるのに!


理想は全部の指を滑らかに動かして毛を弄び堪能することだったか、生まれたばかりの赤ん坊では、とてもではないがそんな芸当できそうにない。やっとできたのはパーではなくグーにして、毛を一握り掴むことくらい。

ただ、ふわふわの毛に触れて気分が上向きに高揚したせいだろう、音にするとウキャッウキャアというような猿に近い声だが、私はお粗末ながらも笑い声のようなものを発していた。

生まれ変わった私の肉体も、どうやらモフモフにご満悦のようだ。


同時に、さっきあまりに勢いよく泣きすぎたせいで疲れてしまったのか、酷い眠気が襲ってきた。

赤ん坊の眠気ってこんなに急にくるんだな。

確かに、従兄弟の子を抱かせてもらってあやした時もそんな感じだった気がする。

笑った直後にコテンと寝ていたり、かと思うと泣きながらいつの間にか寝ていたりして不思議に思ったものだったが、納得した。

これはとてもじゃないが起きていられない。


まどろみの中、ふわりと体が触れ合う感覚と浮遊感を感じた。

おそらく抱き上げられたのだろう。触れた部分から親の体温が伝わってきた。

陽の光などとは比べ物にならないくらいに暖かい。


私は今日から、この場所でたくさんの動物たちに囲まれて生きていくのだ。

そのために、生まれ直してきたのだから。


睡魔に争いもせず、緩やかに意識が遠のいていくのを心地よく感じながら、私は眠りについた。

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