第19話 従魔契約
「しもうた」
魔法陣に刻む言葉をぶつぶつ呟いていたジハイルが、はたと顔を上げて少年に視線を向ける。
「そういえばお前さん、名がないんじゃったな」
問われて頷く少年。
ジハイルは、少し困り顔になった。
「ではすまんが、仮でいい、名を決めて貰えないか? 契約の魔法陣には、仮でも名が必要での」
え、名前?
急にそんなこと言われても。
今まで全く考えたこともないので、何も浮かばない。
少年はキョロキョロとあたりを見回し、名前になりそうなものを探したが見事に何も見当たらない。
仮でいいと言うし、この際前世名のミドリでもいいかな。
でもめっちゃ日本名なんだよなあ……。
どうせつけるなら、転生したんだしこの世界っぽい別の名前がいい。
ミドリとマンティで、ミドマンとか。
ドリティ……ミドリマン……。
困った、ネーミングセンスのかけらもない。
ろくな名前になる気がしない。
「エルメル」
名を考えて難しい表情になっている、少年の横顔をじっと見つめていたジハイルがぽつりと呟いた。
「える?」
顔を上げてジハイルを見上げると、一瞬ジハイルはハッと我に帰るようなそぶりを見せる。
「ああ、いや……お節介ならすまん。もしも思い付かないのであれば、エルメルという名前はどうかと思ってな。春の若葉に似たお前さんの瞳の色は、エルメルードという魔石にそっくりだ」
ジハイルが微笑んで言う。
「えるめう……めるめる……エルメル!」
言えたし、気に入った!
それに自分の緑眼にちなんだ名前ということなら、前世名とニュアンスはほとんど同じだし馴染み深く身近に感じられる。
「エルメル!」
どんと自分の胸を叩いて、少年は笑顔で言う。
「わかった」
ふっとつられてジハイルも笑んだ。
彼はまたぶつぶつ唱えて文字を書き足し、魔法陣を完成させる。
「ではエルメル、魔法陣の上に左手をかざしてみよ」
言われて少年は手を差し出す。
魔法陣を挟んでお互いの手の平が向かい合う。
「我ジハイル= グァンゼルド=テンプファの名において契約を成す。低級契約」
ジハイルが低い声でそう呟くと、二人の手の間に浮遊する魔法陣が輝く。
すると、一つきりだった魔法陣が上下にゆっくりと分離。
全く同じ二つの魔法陣が現れる。
そのまま片方はジハイルの手に、もう片方はエルメルの手にそれぞれ吸い込まれるように消えていった。
瞬間、ピリピリと手の平に痺れるような感覚があったかと思うと、エルメルの手の甲に吸い込まれた魔法陣が赤い刺青のように浮かび上がった。
「おー」
思わず発声法で、感嘆を漏らすエルメル。
「従魔契約、完了じゃ」
ふうとため息を一つ吐きつつ、ジハイルは差し出していた手を引き、持っていた足をその辺に放り捨てる。
青く光っていたその石は、もう青くもないし光ってもいなかった。
続いてジハイルはエルメルの手をとり、甲に描かれた魔法陣をしげしげと眺める。
「種族名はマティルト……? 聞いたことがない……」
『マティルト?』
首を傾げるエルメル。
するとジハイルが顔を上げる。
「ルトというのは古代の言葉で「人」という意味を持つ言葉でな、主に獣人の種族名には今でも使われることが多い言葉だが……従魔契約が結べたということは獣人ではないし……わからんな」
『なんだ、結局わからないのか』
「なに無事に戻れたら、調べてみるさ」
ジハイルがそこでニヤリと笑う。
「それにしてもエルよ。お前さん、念話だと随分流暢よなぁ」
言われてエルメルは、ようやく会話が成立していることに気がついた。




