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第18話 契約の魔法陣

「よいか、従属というのはな……もちろん今回は仮契約じゃが、本来はそんなに簡単に成立するものではない。魔物の程度にもよるが、通常は三人以上の魔術師が必要な神聖な儀式で、そう簡単に成立するものではないのだ」


怒られた上に、なぜか説教まで始まってしまった。

「契約をしよう」と言われて「いいよ」と答えたのに、何をそんなに怒ることがあるのか。

簡単に契約できないなら、何故この場でそんな話をしたのか。


少年はいまいち話の要点が掴めず、首をかしげる。


「確かに私のように一人でも契約を結ぶことのできる者もいる。稀にな。だが契約をしようという相手が善人とは限らない。もしも契約を持ちかけた相手が悪人なら、仮契約と偽って本契約される場合もあるかもしれん」


あれ?


「そもそも首輪をつけられるようなものじゃ。 相手との力量の差にもよるが、奴隷契約のような契約条件を出される場合もあるのだぞ。あるいは仮の契約としても、命を蔑ろにするような契約を結ばされるかもしれない。君はそうなってもいいのか?」


これってもしかして……。


「まして条件も聞かずに契約に応じるなどぞもっての……これ、何を笑っておるか」


ヤバい 、顔に出ちゃったみたい。


少年はニヨニヨと笑っていたらしい、自分の口許を手で覆い隠す。

ただ、正直笑ってしまうのもしょうがない。

なんための説教かと思えば、つまりこの爺さんは会ったばかりのーーしかも種族名もよくわからない子供のことをとてつもなく心配してくれているらしい。


なんのことはない。

前世ミドリも子供の頃に散々言われた、「知らない人についていっちゃ駄目よ」という奴だ。

その上、回りくどい言い回しが、その昔教員だったミドリの祖父にやたらと似ている。

そう思ったら、なんだか無性に笑えてきたのだ。

だからと言って、それをジハイルに説明する語彙はないし、できたとしてもするつもりはない。


よし、とりあえずニコニコしておこう。


「……笑い事ではないのだがな」

「たいちょぷ! あかたよー!」


ぐっと握りこぶしを作って、少年は自信満々に言ってみせる。

だが対照的にジハイルは少年を見下ろし、不安気に深いため息をつく。


「ぬぅ……何故かあまり伝わってない気がするのぅ」


ニコニコしっぱなしの少年を前に、叱る気も失せたらしい。


従属契約というものの詳細はともかくとして、少なくともジハイルが超がつきそうな善人というのはよくよく伝わってきた。

そうでなければお節介にも契約の際の注意事項を懇切丁寧に説明したりはしないだろうし、まして説教にはならない。

嫌みにならず相手のためにちゃんと叱れる人というのは、それだけで信用できる。

人間とコミュニケーションをとるのはこれが初めての少年だが、前世ミドリの記憶では少なくともそうだった。


「とにかく、こちらからの仮契約条件は一つだ。君には土地勘がある。 だから私が人里に戻れるよう森を出るまで案内して欲しい。難しいなら途中まででも構わない。君のわかる範囲まででも構わない。だがもし森を出て無事に人里に降りれたら、その時は……君に何か望みがあれば、それを叶えると約束しよう。もちろん、私にできる範囲でだが。……どうだろうか」


おお、人里!

むしろ単純に人里に行ってみたいというのが今の望みなので、この時点で既に少年とジハイルの利害は一致していると言ってもいい。

だが成功報酬というなら、欲しいものはある。


少年は頷いて肯定を示す。

ジハイルも少年に頷き返すと、足元に転がる青い石を一つ拾って立ち上がる。


「君の望みについては、仮契約が済んでからゆっくり聞かせてもらうとしよう」


ジハイルの手の平に乗せられた半透明の青い石。

その石が内側に光を宿して優しく輝く。

石からにじみ出る光の糸のようなものが、ふわりふわりと漂いながらゆっくりと形を成していく。


「久しぶりにやるでな、陣を描くにも時間がかかりそうだ」


少年は大きく目を見開き、まじまじとジハイルの手を見つめる。

そういえば、クロイツに雷の魔法を使ったときも魔法陣からだった。

だがあの時の魔法陣は、描いたというよりも出現したという方が正しい。

瞬き一つの間に、陣を形成して雷を放っていたのだから。


それに比べると今回の魔法陣は、随分ゆっくり描かれている。

最初に光の筋で円を形成し、続いてその中にいくつかの図形を描き出す。


なにこのファンタジー。

幻想的な光景に、わくわくが止まらない。


思わず指でつつこうとしてしまい、やんわりとジハイルに窘められた。


続いて、ジハイルが少年にも意味のわからない言語で何事か呟く。

すると、出来上がった図形に合わせて、今度は見たことのない文字が繊細に書き足されていく。

青い石から火花が散るように生まれる魔法陣の元となる光の粒子一つ一つが、まるで小さな彗星のごとく尾を引きながら、魔法陣に流麗な文字の形を成している。


光の粒を束ねるように出来上がった魔法陣は僅かに青みを帯びて輝きながら、石を持つジハイルの手の平の少し上で漂っている。


こうやって魔法陣を作るのか。

石から溢れ出る、この光の粒はなんだろう。

文字の意味はどういう意味だろう。


いろいろと疑問は溢れてくるが、ジハイルに伝える術はなかった。

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