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第16話 小僧の住処と尻尾焼き

これだけ魔素の供給があるならと、ジハイルはついでに痛みのある肋の一部に手を当てて回復する。

たっぷり時間をかけて丁寧に骨を修復すると、もう痛いところはあまりない。

ふうと安堵の溜息が自然と漏れた。


とはいえ見知らぬ場所で、甲冑をつけずにいるのはなんとなく収まりが悪い。

ジハイルは木端を寄せ集めて作ったような出来の悪い机の上に、鉄甲冑が並べておいてあるのを見つけ、それを元のように装備する。

ワイバーンとの戦闘痕で一部歪んで体に合わなくなってしまったが、ごってりこびり付いていたはずの血や泥は綺麗に拭われていた。


洞窟の中には誰もいない。

今のところは安全なようだが、マンティコアに襲われたのが最後の記憶なので、そこから今の状況へ至った経緯が曖昧だ。


いや……待て。


ジハイルは白い顎ひげを撫でつつ、記憶を辿る。

よく考えれば、襲われたというには語弊がある。

先に攻撃したのはジハイルの方だった。

あの子供、確か私の前に立ちはだかって、激昂する獅子を宥めた。

宥めただけでなく、そのマンティコアが無害であるとたどたどしい言葉で説明までしたのである。

その時点で魔力が枯渇によって、意識が混濁してしてしまったが。


状況だけを整理して考えるならば、ここはあの子供の住処なんだろう。


何もかも信じがたい。

夢だと思いたくても、寝床を覆う獅子の毛皮がそうさせない。


「冷静にならんと……」


こつんと握り拳でこめかみを叩き、独り言を言う。


その時だ。

ドパァンという水音と同時に、水しぶきと共に洞窟の入口から何かが飛び込んだ。

水に濡れていたせいか 、それは見事に岩肌を滑って、ジハイルの足元までやってくる。


飛び込んできたのは、千切れた 白いトカゲの尻尾……のように見える。

が、どう見てもでかい。

自分の太ももほどもありそうな何かの尻尾は生きがいいようで、ビチビチとまだ動いていた。


「こ、これは……」


その異様な光景に目を奪われつつも、ジハイルは視線の先をクッと入口に戻す。

すでに体は臨戦態勢をとり、両手には攻撃用の魔法陣を纏わせている。

彼の今までの経験が、状況を理解する前に体を突き動かした結果だ。

次にそこに現れるであろう、得体の知れない存在を感じて。


轟音を立て続けている滝のその中で、微かにバサッバサッという翼を羽ばたく音が近づいて来る。

マンティコアか、それとも……。


「じぃじ!」


ヒョコっと入口の上から蝙蝠のようにぶら下がって現れたのは、小さい獣だった。

見た目はだいぶん変わっていたが、逆さまに顔を出してジハイルを見るなり、ニカァと笑うその顔は、気を失う前に見た少年のそれだった。


ジハイルは反射的に放とうとしていた自分の魔力を、慌てて押し込める。

息を止める要領で腹にグッと力を入れると、やがて魔力は音もなく四散し、魔法陣も消えた。


危ない。つい攻撃してしまうところだった。

聞き覚えのある甲高い声が彼の口から発せられなければ、あるいは勢い余って攻撃をしてしまったかも知れない。

少年はそれほど見た目の姿を変えていた。


頭髪というには足りない、首元から胸元や背中に至るまですっぽりと覆う漆黒の毛並み。

顔は薄い灰色の毛に覆われ、そこに見覚えのある萌黄色の猫目が二つ。

そして何よりも違うのは、先端に刃のついた毒々しい紫色の尻尾と、薄い皮膜を広げたような黒い翼。


だがよくよく思い返してみれば、見たことのあるような姿だ。

彼がそもそも空中で助けてくれた瞬間はこの姿だったのかもしれない。

地面に降りてから羽や尻尾はなくなり、普通の人間の少年のようになった姿を覚えているだけに、正直あまり馴染みはないし、見た目はマンティコアの特徴を色濃く反映しているので空恐ろしくはあるのだが。


「じぃじ、たいちょぷか? きけん、ない」


危うく攻撃されかけたとはつゆ知らず、獣の子供は逆さまの状態から器用に体を反転させておりながら、覚えたての拙い単語の羅列で話かけてきた。


「私の怪我のことなら、大丈夫だ。治療をしてくれたのは、お前さんかね?」


傷口に塗りつけられた、潰した薬草のようなものを思い出して聞くと、少年はコクリと頷いて肯定する。


「そうなのか、また助けてもらった。ありがとうの、楽になった。この場所は君の住処かね、安全な場所のようだが」

「そうなの、あんぜん! きけん、ないない」


少年は鋭い歯をむき出しにして笑う。

だが敵意は驚くほどなく、なぜか気持ち誇らしげな表情に見える。

少年はしゃがむと、足元でビチビチと今まだ動いている尻尾を鋭い爪のある両手でがしっと捕まえた。


そしてそれを、ジハイルに差し出してきた。

ジハイルが表情をこわばらせ、受け取りを躊躇する。

得体の知れない生物の尻尾を不用意に触る気にはなれない。


「これは……何かね?」


一応聞いてみたが、答えはない。

答えとなる単語を持ち合わせていないだろう。


「……君の食事か」


予想はできるがそうであってくれと恐る恐る聞くと、案の定、少年は首を振って否定する。


「じぃじの」

「……わ、私にこれを食えと?」


少年は嬉しそうにコクコクと頷く。

胃の腑から込み上げる何かを抑えつつ、ジハイルは少し後退する。


「すまん、食べたいんだが生はちょっとな……」


少年はおそらく好意でやっているだろう。

ジハイルは最大限拒絶にならない言葉を選んで断った……つもりだったが、次の瞬間パッと目の前が明るくなったかと思うと、白い尻尾が炎に包まれる。

少年がふっと息を吹きかけるような仕草で、炎を吐き出したのだ。


唖然としている間に、尻尾はやがて動かなくなりこんがりと焼かれる。

生臭かった匂いが香ばしい香りに変わる。

少年は黒焦げになった尻尾の皮をバナナのようにぺりぺりとはがすと、こちらへ差し出してくる。


「食え」


いらないって言えばよかった。

私の馬鹿め。


ジハイルは表情に出さないように強張った笑みを保ったまま、ちゃんと拒否しなかった十秒前の自分を呪う。

火を吹いてその場に調理されるとは、予想しろというのが土台無理な話だが。


「………………もらおう」


顔をあげると、キラキラとこちらを見る善意の眼差し。

今更「いらない」とも言えず、ジハイルは絞り出すように言って、その馬鹿でかい尻尾焼きを受け取ったのだった。

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