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第14話 羽と尾っぽと、足りない頭

「何をした……。君がマンティコアを大人しくさせたのか」


少年が振り返ると、一部始終を見守っていたジハイルが唖然として固まっている。


「まんてえ、きけん、ない」


初めてまともな言葉が言えた気がする。

ジハイルの発言を全力で思い出して、なんとか単語でのコミュニケーションを試みる。


「じぃ、きけん、ない」


ジハイル頭文字しか、まともに発音できないので、じぃになってしまったが、考えてみたらそれでも間違いではないことに気がつく。

言い当て妙。


少年が二歩三歩近づくと、ジハイルは身動いで後退りする。

ただ、動くと折れた足に響くようで、苦痛に顔を歪め、バランスを崩してその場に倒れてしまった。


「じぃじ、たいちょぷ?」


「大丈夫?」と言いたかったのに。


少年は駆け寄って老人の顔を覗き込んだ。

諸々の限界がきたせいもあってか、ジハイルはどうやら気絶してしまったようだ。


『死んだか?』


あくびをしながら言うクロイツの言葉に、少年はぷぅと頬を膨らませる。


『生きてるよ。巣に運びたいから手伝って』

『このひなびた老体は食べても上手くないと思うが』

『別に食べるために運ぶわけじゃないから』


不謹慎だし、失礼だし、酷いやつだ。

少年は、転がっていたポーションの空瓶を拾うと、すんすんと匂いを嗅いだ。

つんと鼻につくような青臭い匂いがする。


『手当てして、話がしたい。どうしても聞いてみたいことがあるんだ』


のそのそと、クロイツがやってきてジロジロとジハイルをみる。


『これが、お前がよく言ってた人間というものか。随分弱々しい種族のようだな』


爪の先でジハイルの頭をツンツンするクロイツだ。


『取り扱い注意! あとで鬣整えてあげるから、大人しくこの人を背中に乗せて』


クロイツはそれを聞くが早く、パクリとジハイルのマントをくわえるとブンと放って背中に乗せる。

取り扱い注意と言ったばかりなのに、乱暴な獅子だ。


『丁寧に扱えってば』


文句を言いながら、少年はヒラリと屈んだ獅子にまたがる。

乗るなりクロイツは羽を広げ、瞬く間に空へと舞い上がった。


少年は自身の背中をもう一度自分で触ってみる。

だが、やはり羽はない。

ジハイルがこの森にやってきたことも充分に謎だが、自分の身に起きたことも同じくらい謎だ。

翼がないとさすがに不便だし、なんとなく体のバランスも取りづらい気もする。


『羽なくなっちゃったのなんでだと思う?』


悲しそうに背中をさすりながら問う少年。

対してクロイツは、大して考える間も無く答える。


『まあ、そのうち元に戻るのではないか?』


他人事だと思って簡単に言ってくれる。


明らかに真剣味に乏しい慰めに、少年はクロイツを睨んだ。


『何を根拠に? 少しくらい同情してくれたっていいじゃないか。クロイツがそんな薄情な奴だとは思わなかった』


ぷいと顔をそっぽへ向けて少年が怒りを表すと、クロイツは不思議そうに首を傾げる。


『薄情? わからんな……。お前、寝床ではたまに引っ込めているだろう』

『え』


そういえば、少し前のクロイツのセリフ。

ーー『無防備が過ぎる。羽と尻尾は最低限出しておくべきだ』

まるで、当然のことのように注意されたような。


『えぇー!?』

『知らなかったのか』

『い、いつから? ていうか、マンティってそういうもの? 僕、クロイツの羽と尻尾がないところなんてみたことないけど!』


早口にまくし立てると、クロイツが煩わしそうに片目を細める。


『知らん知らん。私は単にお前はそういうものかと思っていただけだ。確かに他の兄弟には見られない妙な能力ではあったが、お前は見てくれから珍妙だったからな……』


そういうものなの?

そういうもので済ましていいの?

前から思ってたけど大らか過ぎないか、マンティコア。


『大体お前、寝床で仰向けに寝てたことが何回もあるだろう』

『……ある』


確かに言われてみれば、ゴツゴツした岩肌の天井を見上げながら起きたことは一度や二度ではない。


『私の上に乗ったまま仰向けで寝落ちて、挙げ句ずり落ちたこともあったと思うが』

『……あった』


そしてその時、『仰向けに寝るからだ、馬鹿者』と注意されたような気さえする。

少年は顔を両手で覆って身悶えしながらうずくまり、クロイツの鬣に顔を埋める。


『……。何故気がつかない』

『返す言葉もございません!』


言うと同時に、背中と尻に懐かしい重みが戻ってくる。

恐る恐る振り返ってみると、案の定。

自分の羽と尻尾が風に煽られているのがみえた。


『……』


眼下には、自分たちの住処たる大滝横の洞穴がもう見えている。

それを無言で見つめながら、少年は降りるなり浴びせられるであろうクロイツの嫌味と小言を、どう回避したものかと頭を悩ませるのだった。

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