25.戦いの朝(2)
年を重ねた体よりも、若い体のほうが疲れやすいとは思わなかった。
1時間ほどかけてやっとの思いで学校にたどり着く。春とはいえ、朝はまだ冷え込む。薄手の上着1枚だった私は、自転車を駐めると、かじかんだてのひらをこすりあわせた。ふと、駐輪所の少し離れた場所に、隣のクラスの三井麻里子がいることに気づいた。
三井さんは進藤の幼なじみだ。よく見かけるのに、話したことはない。
私の引っ込み思案な性格のせいもあるし、いつも二人が一緒に帰っていたことへのかすかな嫉妬もあった。――でも、嫉妬よりもずっと大きかった感情は、憧れと恥ずかしさだったのだと思う。三井さんは華やかな美人だ。ぱっちりした二重の瞳に、色白でしっとりとした肌。地味だった私にとっては恐れ多いような存在で、話しかけることはとてもできなかった。
自転車を駐め、くるりとこちらに振り返った彼女と、ふと目が合った。これまでの私だったら、さっと目を逸らすところだけれど、思わず声をかけていた。
「おはよう」
三井さんは、きょろきょろと周りを見渡し、怪訝そうに眉を寄せている。――しまった、子どもが生まれてから初対面の人と話すのに慣れていたこともあり、つい話しかけてしまった。
「――おはよう」
三井さんは表情を崩さないものの、ややあってそう返してくれた。少しほっとしつつ「たぶん隣のクラスで、織田遥です」と話を続けた。
「北浜中の出身なんだけど… 同じ中学の女子がいないから、思わず話しかけちゃって」
私の“言い訳”は多少不自然だったけれど、一応受け入れられたようだ。三井さんは控えめに名乗り、やや硬い笑顔を見せた。
「実は私も。うちの中学からは私ともう1人だけしか入ってないんだ。市外から来てるの」
「そうなんだ。もしかして池浦中……?」
「うん。よくわかったね! ――ああ、隣のクラスってことは、もしかして潤と一緒?」
「ええと……、もしかして、進藤くん?」
「そうそう! あいつ、顔の割にちょっと残念なところがあるから、馴染めるかちょっと心配してるんだ。でも、憎めないやつだから、仲良くしてあげて」
三井さんはそう言ってほほ笑む。
そして初めて、私は彼女がフルメイクをしていて、髪も染めていることに気がついた。3年間、遠目から彼女を見つめて、憧れと劣等感を感じていたけれど、そうじゃなかった。メイクだけじゃなく、校則に触れない努力さえしなかった私とは違って、自分の見た目についてちゃんと向き合ってきた人だったのだろう。
それから教室の前まで話をしながら向かった。話してみたかった三井さんとはじめて関われたことで、華やいだ気持ちで教室のドアを開けた。