1.運命?
「お、――お断りします!」
私は勢いよく立ち上がった。少年――進藤潤は、目を見開く。その色素の薄い、琥珀のような瞳に胸の奥がきゅっと疼く。
彼は信じられないといった表情でこちらを見た。
思わず飛び出してから、そこが教室であったことに気がついた。壁に貼られた掲示物や、同じような作りの部屋が続いているのが目に止まったのだ。
1年1組。扉の上にはそう表記されていた。万が一進藤が追いかけてくると困るので、足早に立ち去った。どこへ向かえばいいかは身体が覚えていた。まっすぐ向かって、左に曲がり、渡り廊下を抜ければ玄関だ。
夕方の、学校らしき場所の廊下には、ほとんど人がいなかった。窓の外から春のやわらかい風が吹き込んでくる。それに乗って、部活中の掛け声も響いてきた。
なんだ、なんだ、なんだこれは――!
叫びたい衝動を押さえる。胸が早鐘のように鳴っている。
下駄箱から自分の靴を探し当てる。まだピカピカの茶色のビット付きのローファーだ。
改めて身体を眺めてみる。ベージュのジャケット。黄土色と焦げ茶のチェックのスカート。ソックタッチでずり落ちないように留めた、紺色のハイソックス。――これは、私が高校生のときに着ていた制服だ。
「ちょ、ちょっと待てよ」
肩をつかまれる。ぞわりと鳥肌が立つ。息を切らした進藤だった。
警戒してきっと睨むと、彼はまたもや驚いたように目を見開く。予想外といった感じだ。ややあって、左手に持った私の荷物と上着を見せた。ナイロンのスクールバッグには、高校のときに好きだったキャラクターのマスコットが2つついている。確かに私のものだった。
「忘れものを持ってきただけだよ。びっくりさせたのならごめん。たださ、付き合ってほしいっていうのは本気だから。考えといて。――俺は、運命だと思ってる」
そう言うと、進藤はほほえんだ。目の前にいるのは、少女漫画から抜け出してきたような整った容貌の少年だ。
彼は、高校生のときに私が付き合っていた人。盲目的に恋していた相手。――でも、あのときと同じような台詞だというのに、背筋がぞっとした。
こんなことを言われて舞い上がっていたなんて、自分が情けない。この夢が現実の通りなら、今日は入学式の翌日。彼と出会ってまだ2日目だ。たった1時間程度の会話しかないのに、何が運命なのだろうか。
そのとき、校門の向こうから、空色のバスが滑り込んできた。
話が少し進むまで、家事ネタはありません。