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帰りたかった未来  作者: 三條 凛花
本編
17/27

16.リセット(1)


 祖父や祖母は、何の気なしに私の心を折る。

 彼らの望まぬ行動をしたとき、馬鹿だと罵られたことが何度もあった。



 祖母はずっと怒り続けている。こういうとき、私は意識をぼんやりと沈める。言葉を言葉として認識しないというか、理解しないようにするというか。そうすれば罵倒されても多少は心に受けるダメージがましになるのだ。応急処置程度でしかないけれど。


 ふと視線を感じて顔を上げる。

 階段のほうから母がこちらを覗いていた。感情の読めない顔をしている。しかし、私が見ていることに気がつくと、母はくるりと背を向けて下へ降りていった。母は、今日もまたかばってはくれなかった。祖父母に対して負い目があるからだろう。




 私たち姉妹には、父親がいない。生きてはいるだろうけれど、どこにいるかなんて知らない。


 祖父はこの小さな田舎町でいくつもの病院を経営する開業医だ。祖父自身は歯科医で、彼の息子たち――つまり、私の伯父たち――が、眼科だったり、内科だったりをやっている。祖母は茶道と生花の教室を開いている。

 そんな裕福な家庭で蝶よ花よと育てられたのが母だった。どこか世間ずれしている彼女は、10代のときに恋をした。相手はいわゆる不良のような人だったらしく、また、年齢もあって、祖父母は猛反対したという。


 けれども、遅い反抗期もあって、やがて母は私を身ごもり、父である男と一緒に別な街で暮らしはじめた。いわゆる駆け落ちというやつだ。しばらくは幸せに暮らしたのだろう。1年ほど過ぎて、絢も生まれた。

 でも、祖父母の目は正しかった。誰が見てもわかりやすくろくでもない男だったという父は、母の妊娠中に女と一緒に家を出ていってしまったのだという。


 まだ若かった母は選択を迫られた。でも、お嬢様育ちだった彼女は、逃げることにした。一人で私たちを育てるのではなく、実家に頼ることを選んだのだ。それから15年近く、実家で家事をするだけの生活をしている。

 だから、母は、祖父母には頭が上がらない。




 要領のいい絢とは違い、怒られるのはいつも私だった。母は、祖父母のいないところでは、私の心に寄り添ってくれた。でも、二人がいるときには、目をそむけるか、一緒になって私を断罪するか、そのどちらかだった。そんな母の様子を見るたびに、私の心にはひびが入っていった。


 祖母は私がしおらしくなったように見えて満足したのか、下へ降りていった。




 ぺたりと床に座り込む。だめだ。15年経ってもまだ慣れることができずにいる。胸のうちがどろどろした気持ちでいっぱいになった。それからしばらくはぼんやりとしていた。息苦しくて胸を押さえる。過呼吸になりそうだ。


 ――でも。私は勢いをつけて立ち上がった。15年で多少は図太くなっている。


 傷つくことは変えられないけれど、気持ちはすぐに立て直せるのだ。


 まずは窓を開ける。新鮮な空気を取り込む。

 それからあとは、とにかく動く。手を動かす。

 片づけ中だったのは僥倖だ。勉強机の中身をどんどん仕分けしていく。そのままクローゼットへと勢いを移す。要るもの、要らないもの、わからないもの。これは要る、これも要る、これは要らない――。ものを捨てるとき、自分の感情も一緒に手放してしまうつもりで捨てる。




 気がつくと、西の窓から、橙色の光が差し込んでいた。

落ち込んだとき、よっぽどのことでなければ、1時間ほどで気持ちを立て直すことができます。3つのステップでできていて、最初のステップが「とにかく動く」です。無心で、素早く動くのがポイント。昔はもやもやするとジムに行っていたけれど、家事が一番手軽でおすすめです。気持ちが落ち着いてくるだけじゃなく、やるべきことが終わり、部屋がすっきりしていくと、それだけでもずいぶん浮上できるからです。

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