13.自転車
祖父の運転で向かった自転車屋は隣町だった。――ここは以前も来たことがある。小さな個人商店だけど、祖父が懇意にしていて、自転車を買ったり、直したりするのはいつもここだった。お得意様ということもあり、店主のおじさんの家まで自転車を運んでくれるという申し出があったけれど、断った。月曜日から1時間かけて自転車通学をするから、肩慣らしをしたい。そう言えば、店主も祖父も納得したようだった。
一人になりたかった。そして、ゆっくりとこれからのことを考えたかったのだ。
私は嫌だといったのだけれど、祖父が選んだのは真っ赤な自転車だった。仕方なくサドルにまたがり、漕ぎ出す。遠回りをするために、わざと家とは違う方向に進む。町外れの田んぼばかりがずっと広がる場所だ。ふと周りに目をやると、春の草花が咲き誇っていた。キンポウゲにホトケノザ、それからオオイヌノフグリ。それらが手入れをされずわさっと茂っている様子はとても懐かしく思えた。
しばらく自転車を走らせ、木々に囲まれた丘のような場所を見つけたので、そこで腰を下ろした。服が汚れるのも気にせず、草の上にそのまま座り、ごろりと寝転んだ。ソーダ色の空に、鳶が回旋している。のどかな声が聞こえてくる。
今の状態は、もしかして、逆行というのではないだろうか。
電車移動の暇つぶしにと読みはじめ、夢中になっていたウェブ小説に、そういうジャンルのものがあった。でも、逆行するのは自分自身に死が迫っているとき、あるいは死後というのが条件だったように思う。あるいは大切な誰かを救うためだとか。
それでは、私が覚えていないだけで、私はなにか死の危機に瀕していたのだろうか? そして、それを回避するために、今、ここにいる――?
考えても答えは出なかった。
遠回りをしたものの、家に着くのはあっという間だった。キッチンからいいにおいがする。そういえば土曜日の昼食はいつも、ソーセージとキャベツの入った焼きそばだった。それから落とし卵と野菜のスープ。あとは前の日に残った副菜が並ぶ。
母に言われて絢を呼びに上がった。今までと逆だな、と思いながら彼女の部屋をノックすると、絢は眉毛を抜いているところだった。
「おねえちゃん、朝からどこ行ってたの?」
「自転車を買いに」
「はあ? 疲れるからバス通学がいいって、そう言ってたじゃん」
私はもっともだと思いながらも言い訳をした。
「それが、バスが1時間に1本しかなくてさ……。昨日は乗り遅れてひどい目にあったの」
「ふうん。まあいいけど。おねえちゃん、ちょっと痩せたほうがいいと思うしね」
絢は鏡を覗いたまま言った。
「とにかく、焼きそばできたって。早く降りてきなよ」
「はあい」
私は絢の部屋をあとにした。