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帰りたかった未来  作者: 三條 凛花
本編
12/27

11.静かな夜

 浴室の扉を開けると、薔薇のにおいがふわっと広がった。お湯はピンク色だ。母はサバサバした美人といった印象なので、こうした乙女な趣味を周りの人が知ったら驚くだろうな、と思う。丁寧に髪を洗い、体を磨き上げ、お湯につかって、ほうっとひと息つく。


お風呂から出て、髪の水気をしっかりと拭き取り、化粧水と乳液を塗り込んで、顔のマッサージをする。弾力のある肌は、かつての自分がたしかに持っていたものなのに、別な誰かのもののように思えた。――そういえば、こんなふうにゆっくりお風呂に入ったのもいつ以来だろう。


 特に下の子が生まれてからは、自分の身じたくなんて後回しで、タオルドレス1枚で赤ちゃんのお世話を優先していた。それから長男の着替えを手伝い――2歳ごろから自分で着替えていたのに、幼稚園から帰ってくるとわがままを言うのだ――、気がつくと髪の毛は変な癖がついたまま半乾きになっている。化粧水も、時間が経っているので、お風呂上がりに塗り込むより効果は薄い。




 洗濯機を開けると空っぽだった。入浴前に回した洗濯ものは、長湯をしている間に、すでに母が干してくれていたようだ。


 廊下に置かれた小さなテーブルに、母が持ってきてくれたのだろう、水筒があった。私は気管が弱くて、咳き込むことがよくあった。そのため、寝る前にはこうして水筒にお茶をいれてもらい、夜中に咳き込んだときなどに飲んでいた。



 部屋に戻り、水筒のお茶で喉を潤す。ベッドのぬいぐるみたちを床に下ろして、ストレッチをしたり、腹筋をしたり、先ほど発掘したボディクリームを手足に塗り込んで、念入りにマッサージをしたりしていたら、いつの間にか日付が変わっていた。


 とても静かな夜だった。

 私は灯りを消して、ベッド脇のブラインドをからからと上げてみた。宝石みたいに星がきらめいている。この部屋で暮らしていたころ、私は高校生になっても暗闇が怖くて、オレンジ色の小さな灯りをつけて眠っていたから、こうして夜の空を眺めることははじめてかもしれない。


 絢と一緒に使っていた二段ベッドの片割れで、シングルサイズだというのに、いつも体の両側にあった子どもたちの熱がなく、冷えて広々しているように感じられた。


 枕元にあった携帯を開いてみる。――夫の電話番号なら知っている。でも、今の携帯になったのがいつだったのかまではわからない。仮につながっても、なんと切り出したらいいのかわからないのだ。

 これは夢なのだろうか。夢であってほしい。――でも、くっきりと見える星空や、クリームのぺっとりした感触といちごのにおい。そういうものが、そうじゃない可能性を告げていた。


 一番気に入っていたぬいぐるみをベッドの上に引き上げる。ぎゅうっと強く抱きしめて、目をつむり、深呼吸を続けた。そうして私はなんとか眠りに落ちていった。夜泣きしたっていい、目が覚めたら、隣に子どもたちがいて、夫のうるさいいびきが響く部屋であることを祈りながら。


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