10.部屋との戦い(3)
頭も体も使ったかだろうか。顔が火照っている。私は右手でぱたぱたと顔を扇ぎながら、窓をほんの少しだけ開け、ブラインドを下ろした。春のひんやりとした夜気が吹き込んできた。なにかにこんなに集中したのはいつ以来だろうか。普段は子どもたちがいて、ずっと世話をしたり、ひっきりなしに話しかけられたりしているから、思考が途切れ途切れになる。
ふいに胸のあたりがぐっと詰まったように息苦しくなった。私はぶんぶんと首を振って、タイマーを1分にセットした。
タイムリミットの23時まであと30分ほどだ。片づけそのものは終わるけれど、後始末をしなければいけない。まずはうーんと伸びをして、かんたんにストレッチをする。呼吸を整える。それから部屋の中をぐるりと見渡す。
アラームが鳴ったので、次に2分にセットする。ゴミ袋はすべて口を結んだ。それから、床に散らばっている残りのものを、すべて廊下にあったダンボールに詰めていく。今日はもう店じまいという気分で、とにかく素早く作業する。
これは「おやすみボックス」に設定していたものだ。この部屋はもともと散らかっていたけれど、きちんと片づけるためには、ものをすべて出す必要があるため、部屋が散らかってしまう。するとやる気も出なくなるし、その後の家事も大変になる。だから、一時的な避難場所として用意しているものだ。次に片づけるときまで寝かせておいて、再開するときは、ここから始めれば良い。
次は3分のタイムリミットを設定。ほうきとちりとりでごみを集める。家族がみんなまだ起きているようだったので、掃除機もかけた。
「うわあ、朝と全然違うじゃん」
扉の陰から、絢がひょっこりと顔を出す。その顔にはパックが貼りつけられている。おそらく母のものを拝借したのだろう。
「おねえちゃん、やるときはやるんだねえ」
絢は感心したように言った。
「余計なお世話だよ」
「照れてるぅ~」
私はタイマーを止めた。「資源ごみボックス」と「捨て方不明ボックス」はほぼいっぱいになったので、とりあえず蓋を閉め、積み上げておく。明日はそれぞれのダンボールを新しく用意したほうが良さそうだ。
ゴミ袋を下に運んでいくと、寝間着姿の母が、ぼうっとテレビを眺めていた。私の姿を見とめると、ふにゃりと笑って「おつかれ」と言った。そうして立ち上がり、「ちょっと待ってな」と言ってキッチンへ向かう。
母は小鍋に牛乳を注ぎ、とろとろの火で温めはじめた。それからたっぷりはちみつを加え、半量ずつ、2つのマグカップに淹れた。
「飲んだらお風呂に入ってきなよ」
「うん」
私は、うつむいた。泣きそうだった。ホットミルクは甘ったるくて、私が落ち込んでいるとき、母がいつも作ってくれたあの懐かしい味がした。
片づけのうんざりするところは、片づけるために散らかさなければいけないことです。それを解消してくれるのが「おやすみボックス」。週末だけ片づけたい!なんてときにも便利です。もし、次の片づけ日までに探しものがあったら、そこを漁るだけで見つかるのもうれしい。