彼女だけ
「紗倉ー、悪かったよ。
機嫌直せって。
可愛い子連れてきたんだから。」
ファミレスで柊から開口一番に出たセリフがこれだった。
僕は、呆れる。
おおかた、彼女達に僕のマンションを見せてやるとでも大口叩いて来たのだろう。
僕のマンションを見せて柊になんの得があるのかわからないけど、きっと女の子から羨望の眼差しで見られたいのだ。
そして、女の子達はキラキラ女子になったかのように他人の部屋を勝手に撮りネットにでも載せるつもりなのだろう。
事のあらましが透けて見え、手に取るように伝わってくる。
こんなくだらない事に付き合ってられない。
「ふーん。
この子、柊の好みなんだね。」
僕はちょっと意地悪く相槌を打った。
「なんでそこ、俺にふる?
俺には心美がいるからさ。」
「そうだよ!
ねぇ、心美ー!」
「酷いよ。
紗倉君。」
勝手に押し掛けて来ておいてよくも被害者面できるな。
さっきも思ったけど、この子達は話が通じない。
柊は違うと思っていたんだけど今回の事でそれがよくわかった。
「別に僕はそんなこと頼んでないし、今日来るのは柊ひとりの約束だったじゃん。」
「それはそうだけど。」
「もういいよ!
そんなに迷惑なら、アタシ帰るから。」
急に柊の彼女の友達は、席を立ち帰ろうとする。
居心地が悪いのだろう。
だけど僕は、僕の信念を曲げるわけにはいかない。
だってそうだろ?
自分の知らない女が出入りしていたマンションに彼女は来たいだなんて思う?
もしかしたら一緒に住むことになるかもしれないのに、他の女の手のついたマンションだと知ると嫌な気持ちがするだろう。
もし知ることが無くったって、未来の彼女が嫌がることはしたくないんだ。
「ちょっと待ってよ!
愛音。
紗倉君止めてよ。
愛音は私がお願いして来て貰ったのよ。」
「え?」
「ほらー!」
「愛音さん、悪いのはコソコソと悪さやってる柊なんだから君が帰る必要ないよ。
帰るなら僕が帰る。
こってりと2人で柊にお灸を据えてあげて。」
そもそも全責任は、僕のマンションに勝手に彼女達を招待した柊にある。
自分家のように扱われ、見知らぬ人を誘われても迷惑だ。
僕は愛音さんを席へと座らせ、柊を生温かい目で見る。
せいぜい頑張れ。
僕は、ドリンクバーの伝票に1000円札を挟み3人に背を向ける。
「待てよ!
紗倉ー!」
「3人での話し合いは必要だと思うよ。
君は僕からの信用を失っただけでなく、女性2人を傷つけた。」
「そうよ!
悠人が悪い!!
紗倉君の言い分は一理ある。」
「愛音さんも僕の考え方をロマンチックだと言ってくれるなら、わかってくれるよね。」
「は、はい。
柊君が悪いっ!!」
女性2人は僕に任せてと目配せをし柊を責める。
これからたっぷりと絞られるだろう。
なんだかんだで最後は女性2人、わかってくれてよかった。
僕は、ファミレスを出て夕飯を買う為コンビニへ向かった。
すると髪を染めたチャラそうな男2人から少女が腕を掴まれ、怯えていた。
体格の差で華奢な少女が男2人にかなうわけもなく、ひっぱられた腕の方へと身体が進む。
少女の両腕には包帯が巻かれ、掴まれた腕は包帯から血が滲んでいた。
通行人はそれが見えてないかのように行き交い誰も止めようとしない。
-嘘だろ?-
通行人には恰幅のいい男性もいるのに、まるでスルーなのだ。
「…ぃ、…や!」
「いいだろ!
俺らと遊ぼうよ。」
「……、痛っ。」
よほど強く握られたのか、血が滴り、ポタポタと乾いたアスファルトを濡らす。
もう見ていられない!
「どうせメンヘラだろ?
その腕だって自分で傷つけたんじゃねーの?」
「う…。」
「腕切るよりさ、もっとスカッとすること教えてやるよ。
もしかしてもう知ってた?」
「やめなよ。」
僕は、男の腕を掴み捻り上げた。
「痛っ!」
「何すんだよ!
警察に突き出すぞ!!」
「警察に突き出されるのはどっちかな?
女の子の傷の状態を見れば、こちらが正当防衛であることは一目瞭然だと思うけど。
それにこれ本当に痛いの?」
更にその腕を捻ると、ぽきっという音。
骨が簡単に折れるということはないだろうから関節でも痛めたのだろう。
「ぅあぁぁぁぁぁ!!!痛っ!い!!!!!!」
男は青ざめ、情けない悲鳴を上げる。
血が滴る少女だって、そんな大袈裟な声は上げないのにオーバーな。
自分達は彼女が痛がってもやめなかったのに、自分がされた時は絶叫する男がゴミ虫に見える。
-大の男がが声をあげるほど痛いなら、少女はもっと痛かったんだろうね。-
僕はその腕を掴んだまま、男の目を見てこう言った。
「女の子に平気で酷いことしてたからさ、君達は痛みを知らないんだと思っていたよ。」
「離し…、ててててててててて!!!!
ぅギャァァァァァァァ!」
捻り上げた腕をきつく握り、そのまま反動をつけて男を投げ飛ばした。
「このぉ!
やる気か?」
「やってもいいけど、やられるのそっちね。」
「もういい!
行くぞっ!」
「おう!」
心配で少女に目をやると血が滴る包帯を反対の手で抑えながら男2人が去るのを、ぼうっと見ている。
助けに入る時にも綺麗な顔だと思ったけど、まじまじと見るとその顔はアニメの中のサクラ姫にそっくりで僕の理想だった。
僕はそんな君に心が奪われてしまったんだ。