アーク13
ヘラに頼まれた箱はすぐに見つかった。在庫の全ての場所と数を把握しているヘラ先輩は本当に凄い。デボラは誇らしい先輩と働ける事が嬉しくて仕方なかった。少しでもお役に立てるのだと、急ぎ足で箱を運ぶ。
会場となる庭園の入り口まで来たところで、プラタナス学園の制服を着た少女達が談笑しているのが目に入った。デボラは一瞬身を固くするも、すぐに箱をきゅっと抱え直してそそくさと通り過ぎようと足を早める。
それを、一人の少女が見咎めた。その場で一番目立つ、豪奢な巻き毛に高価な髪飾りを惜しげもなく飾り立てた少女。制服に手を加える事は出来ないが、その他の装飾品までは細かく指定されない為、これでもかと着飾っていた。
炭酸水に輪切りの果物を浮かべたグラスを片手に、取り巻きと談笑していた少女。その熟れた果実のような唇へ優雅にグラスを傾けて、潤した唇をうっすらと舌でなぞるように舐めて、口を開く。
「あぁ~らぁ? もしや、デルヴィネッラ先輩ではありませんこと? いやだわ、何故そのような下々の方がなさる恰好でいらっしゃるのかしら?」
「……ごきげんよう」
人違いととぼける事も出来ず、一瞬立ち止まってからデボラは言葉少なに通り過ぎようとした。爵位はデボラの方が上だ、デルヴィネッラだと気付いているならばこれで爵位が下の彼女はそれ以上に呼び止められはしない。下位の者が上位の者を呼び止めるなど、本来は不敬だからだ。いくら従姉妹とはいえ、彼女も既に最終学年でありそれなりに弁えている筈だとデボラは思った。
豪奢な巻き毛を揺らして人を見下す少女は、昨年学院を卒業するまでデボラの一学年後輩として共に学院で学んだ少女。従姉妹で侯爵家の二女だが、何故かデボラの事を目の敵にしていて困らせられる事が多かった。
「まあ、つれないです事。先輩が卒業なされてから、こうしてお目見えするのはお久し振りですのに。可愛い後輩への挨拶もして下さらないのですか? どのようなお考えかは存じませんが、高貴な血筋が流れていらっしゃるお方が、あらあらまぁまぁ……今の姿を公爵御夫妻がご覧になれば、さぞお心を痛められる事でしょうね? デルヴィネッラ御姉様」
幼い頃のように、わざわざ御姉様と呼ぶ時は、彼女がデボラに突っかかってくるお決まりの合図。何故なのか。こうも執拗に絡まれる意図がデボラには図りかねた。幼い頃は仲の良い従姉妹同士だったというのに。
「私には私の考えがあって、ここで働いておりますの。仕事がありますから、ご遠慮なさって」
今度こそ、これ以上呼び止めないでとデボラは彼女を通り過ぎようとした。擦れ違いざま、心底傷つけられたように顔を歪ませた従姉妹がデボラの腕を掴む。
「貴女っ! いつもいつもそうやってっ、私を見なさいよ!」
相手にもされない事に激高したのか、少女は掴んだデボラの腕を引いて、振り向かせようとする。けれど、ひ弱なご令嬢と短期間でも力仕事に励んだデボラでは体力の差が歴然だった。
「あっ」
突っかかった少女はよろけて、手にしたグラスがデボラへ向かって宙を舞った。
パシャン ポタ……ポタ……
「先輩っ」
騒動に気付いて駆け寄ったヘラは、デボラと少女の間に身を滑りこませて頭から盛大に水をかぶった。いや、水だけじゃない。輪切りの果物が髪に絡んで酷い有様だ。かかる瞬間、咄嗟に俯いたヘラは、濡れた髪をかき上げて、胡乱な目つきで少女を睨み上げた。足元で柔らかい芝生に転がるグラスを踏まないよう、ゆっくりと向き直る。
「これはこれは、何処ぞのお嬢様とは存じませんが、ウチの新人が失礼致しました。申し訳ありませんが、昼食会の準備が御座いますので、寛大なお心で御容赦願います」
目つきも声音も怒りを隠せていないが、それでも形ばかり頭を下げる。ヘラからすれば、どこぞの貴族のお嬢さん相手にデボラが何か失敗でもしたのだろうと見えた。男爵家だと偽っているデボラの身分より、少女は明らかに高位に見えたのだ。
「な、なによ、お前に話は無いわ、引っ込んでいなさい」
動揺した様子だった少女だが、あくまでもデボラに話があるのだと引かない。たった今、頭からグラスをぶっかけられたヘラを前にしても、所詮下々の者がといった態度だ。
ヘラは、常識を弁えている。自分にだけなら、いくらでも我慢が出来た。お貴族様のご機嫌一つで水ぶっかけられる位がなんだと。そんなもん気にして城で仕事が出来るかいってなもんだと思っている。
が、これは許せなかった。
頭から濡れネズミのヘラ、その後ろに庇われたデボラ、そのデボラの手にした箱。頭を下げたヘラの視線の先で、箱が見えた。箱にも、水がかかっていた。
「……下手にでてりゃあ、つけあがりゃがって、いい加減にしなさいよ縦ロール」
血の底から唸るように低い声を上げるヘラ。後ろでデボラが、そのまた後ろに来ていたラクスが、其々にイケナイ……ヤッベー……といった感じで顔を見合わせる。
「なんですって? お前、今、私に何て口をきいたのかしら?」
まだ状況の分かっていない少女に、ヘラは完全に目がすわった状態で詰め寄った。
「ふっざけんじゃあないわよ! あんたねぇ、この魔道具一つ作るのにどれだけの技師がどれだけの素材と知識を集めて作り上げると思ってんの? あんた馬鹿なの? お貴族様ってぇのは、物の価値も分からんのか!」
怒りに素が出てしまっているヘラに、少女は気圧されて後退る。このような無礼口をたたくような者はいなかった。取り巻き達と共に、じわじわ押される。
「だいたい、今日はあんたら学生の為に大人達がどんだけ準備してると思ってんのよ。散々っぱら魔道具の申請書出してくれちゃって、物の価値も分からんガキに使わせるような物は無いのよ! このマネキン女が、そのじゃらじゃら飾り立てた装飾品よりよっぽど高価な魔道具だって、今日貸し出してるんだっつーの! それを癇癪一つで水ぶっかけようだぁ? ふっざっけんじゃあないわよ!」
「せ、先輩っ! ほら、箱が少し濡れただけですっ、中身は無事ですっ」
慌ててデボラが止めに入った。箱を開けて見せると、ヘラは少し落ち着いた様子で口を閉じる。その隙に、デボラは従姉妹の少女へ毅然と言い放った。
「この場は、私に免じて目を瞑って下さいませ」
動揺している少女たちが、言葉を探して言いあぐねていると、良く通る済んだ声が響いた。
「何をしている! 君達、学院の生徒だな。まだ昼食会は準備中だ。学生は控室で待機の筈だろう」
本日の警護を任されているアークが会場の見回りにやって来た。本来ならばまだ予定時間には早いが、下見しておこうと早めに会場入りしたのだ。
「あっ、キュラス様。ぞ、存じておりますわ。少し下見に来ただけで……もう結構」
罰が悪そうにそそくさと控室へ向かう少女達。その後ろ姿を見送って、茫然と立ち尽くすヘラの下へ近寄る。胸元のハンカチを手に、ヘラへ差し出した。
「使って下さい。ヘレニーア嬢、貴女は早く着替えた方がいい」
視線を逸らしながらハンカチを手渡して、アークは立ち去ろうとした。ふと、思い出したように振り返る。
「ヘレニーア嬢、威勢が良いのは結構だが、彼女は侯爵家の二女だ。例え彼女に非があっても、貴女に罰が及ぶ事もある。今後は、何かあればすぐに警備を呼んで下さい」
どこか楽しそうに微笑んで、アークは去って行った。後に残ったヘラは、茫然とハンカチを握りしめてデボラに手を引かれるまま着替えへと向かう。
「見られた……聞かれた……あぁああああっ、素のまんまを見られちゃった……」
初恋の終わりを感じたヘラは、そのまま着せ替え人形の如くデボラに着替えさせてもらい、黙々と本日の仕事を終えて帰った。




