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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第二章 特命 名無しの権兵衛を探せ!
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特命 名無しの権兵衛を探せ!(5)

教室の中を覗き込むと、気付いた圭介が席を立って駆け寄って来た。

「どうもです先輩。約束どおり来てくれたんですね」

軽い敬礼ポーズとともに述べる圭介に、陽千香は笑顔で頷いてみせる。

「もちろんよ。早く昼休みにならないかって、待ち遠しかったくらいなんだから」

「お? 出会い頭にハードル上げてきますねー。ご期待に()えると良いんですが」

おどけて肩を竦めながら、圭介は廊下の窓辺を指差した。てっきり場所を変えるものと思っていた陽千香は、首を傾げながらその指示に従う。と、圭介はおもむろに手帳を取り出してみせ、空白のページを開いて陽千香の方に差し出した。

「こうして手帳を覗き込んでれば、新聞記事の相談だってごまかせるでしょう?」

横目でこちらを見ながら言う圭介に、陽千香はなるほどと得心して頷いた。加えて昼休みの喧騒の中であれば、多少胡乱(うろん)な単語が飛び交っていても気に留める者はいないだろう。

「さて、早速ですが昨日の続きですね。ええと、確か先輩の自己紹介の途中で終わっちゃったんでしたっけ?」

そうだ。自分とリヒトの名前までは言い終えて、肝心なところの話ができずじまいだった。陽千香は一呼吸の間を空けると、思い切って白状することにした。

「実はね……私、自分の能力のこと、はっきり分かってないの」

「分かってない? あ、もしかしてミレイが言ってた目覚めてないってのは……」

陽千香は眉を八の字に下げて俯いた。

神子が悪魔と戦う術は、与えられた武器の他にもう一つある。それぞれの御使いが宿している性質を、自分を触媒として増幅し、力として使役するのだ。その力を、陽千香はまだ一度も引き出せていなかった。

「戦闘のたびに意識はしてみてるんだけど、上手くいったためしがなくて……リヒトは、本当に必要な時が来れば自然と使えるようになるって言ってたけど……」

昨夜の圭介の戦いを見て愕然とした。戦局を一瞬で変えるだけの威力を持ったあの力。自分も使えるようになれば、悪魔との戦いは今よりぐっと楽になるはずだ。それなのに、いくら望んでも自分に目覚めの時は訪れず、未だに剣一本を振り回しているばかりなのだ。

陽千香が言葉を途切れさせたのを見て、圭介が小さく唸りながら言った。

「神子の能力は、基本的に御使いの性質と同質です。僕の場合、ミレイが氷や冷気を操る力を持っているので、それを悪魔にも通じる威力に昇華(しょうか)させたのが昨夜のあの技です。その理屈でいくと、先輩の能力もリヒトの性質の延長上にあるはずなんですが」

「リヒトの性質は"光"だと思う。よく目眩ましなんかで助けてもらってるから」

そこまでは陽千香も察しが付いていたから、それに準じた能力のイメージをいろいろと試してきたのだが、いずれも失敗に終わってしまっている。

肩を落とす陽千香に、圭介が言う。

「んー……もしかしたら、攻撃系じゃないのかもしれませんね」

「? どういうこと?」

陽千香が訊ねると、圭介は人差し指を立てながら答えた。

「例えば味方の能力を上げるとか、攻撃から守るとか。自分や悪魔を対象にできないタイプの能力であれば、今まで使えなかったことの説明もつきますよね? 何せ仲間がいなかったんですから」

「あ……!」

言われてみれば、そういう可能性も大いにあり得る。もしそうであれば、圭介と合流できた今、陽千香の能力はようやく目覚めのきっかけを得たことになる。

「圭介くんの言うとおりなら、今日から突然使えるようになる可能性もあるってことよね? だったら、そんなに心配しなくても大丈夫かしら……」

一向に使える気配も感じられない自分に対し、当然のように能力を使いこなしている圭介の姿を目の当たりにして、実は少々焦っていたのだ。放っておいてもいずれ使えるようになるのなら、多少は気楽に構えておけるのだが。

「御使いから託された力をどんな風に具現化するかは、神子の資質次第らしいですからね。仮に僕と先輩、二人とも氷の力を与えられたとしても、使い方にはそれぞれの個性が現れる。逆に言えば、先輩が僕と同じことをしようとしても上手くいかないはずです。大事なのは、その力のイメージが、本人の資質と合致するかどうかですよ。僕と先輩の武器の形が、それぞれ違うのと同じです」

「イメージ、かぁ……」

呟いて、陽千香は廊下の天井を仰いだ。初めて界境世界に入り込んだあの日。リヒトから力を託された際、陽千香の脳裏にはごく自然に力のイメージが湧いていた。きっとあの時の感覚なのだ。無理に(ひね)り出すような真似をせずとも、その時が来れば当たり前のように自分の手の中に納まる。頭ではそう考えていても、実際使えるようにならない限りは、この不安が消えることはなさそうだ。

「とりあえず、当面は他の神子を探すことに注力した方が良さそうですね。合流できたとはいえ、先輩がまだ能力に目覚めていない、かつ攻撃系の能力でないとすると、僕だけじゃちょっと火力不足な気がします」

「そうね……校内新聞、少しは効果があると良いんだけど」

リヒトの言葉どおり、仲間は陽千香のすぐ近くにいた。この分なら圭介の他にも、校内に仲間がいる可能性は高いだろう。新聞を通じて、引力が仲間を導いてくれれば良いのだが。

「……もう一押ししておきたいんだよな……」

ぼそりと、圭介が何事かを口の中で呟いた。首を捻って見ていると、陽千香の視線に気付いた圭介が、慌てたように手を振った。

「すみません、一人でぶつぶつ言って。僕が言うのもなんですけど、校内新聞って見る人見ない人がはっきり分かれちゃうもんなので……どうせなら、もう少しヒット率を上げたいなと思いまして。ちょっとしたアテはあるので、そこに相談してみようかと」

「本当? 私も何か手伝いましょうか?」

「いえ、少し人と話すだけなので、とりあえず一人で大丈夫です。上手くいったらご連絡しますよ」

圭介がそう言うのなら、ひとまずは任せることにしよう。彼は要領も愛想も良さそうなので、人との交渉事には向いていそうだ。きっと上手くやるだろう。

神子に関する話題をひととおり話し終えて、残った時間で連絡先の交換をしていた時だった。教室から出て来た人影が、廊下を渡ってこちらへ近付いて来るのにふと気付いた。二人同時に顔を向けると、相手は何故か怯えたように肩を震わせ、申し訳なさそうな表情で上目遣いにこちらを(うかが)ってきた。

「あやめちゃん? 僕に用事?」

きょとんとした顔で圭介が声をかける。どうやら彼のクラスメイトらしい。名前で呼んでいるところを見ると、そこそこ親しい仲なのだろう。

「お、お話しの邪魔してごめんね……あの、次の授業、教室移動だから、そろそろ行かないと間に合わないと思って……」

その少女は、やけにおどおどした調子でそう答えた。圭介に負けず劣らずの小柄な体格と、ハーフツインに結いた短めの髪が可愛らしいが、縮こまるような(たたず)まいがどこか自信なさげな印象を与えている。

「次の授業って、生物だっけ? 教室移動の連絡なんて来てた?」

「予定変更だって……さっき日直さんが呼びに来たんだけど、圭ちゃん、お喋りしてて気付いてないみたいだったから……」

それで声をかけに来てくれたのだろう。人見知りが激しそうだから、陽千香と一緒にいる圭介に声をかけるのは勇気が()ったに違いない。

「ギリギリまでお邪魔してごめんね。私もそろそろ教室に戻るわ」

圭介に向かって言うと、彼は小さく会釈しながら答えた。

「何かあれば、いつでも連絡ください。こちらもさっきの件、進展あり次第お知らせしますから。それじゃあ、また!」

圭介はそう言い残すと、くるりと背を向けて教室の方に駆けて行った。

自分も戻って授業の支度をしないと。そう思いながら(きびす)を返そうとした時、先ほどの少女がまだ自分を見つめていることに気が付いた。陽千香にも何か用があるのだろうか。怖がらせないよう、微笑みながら首を傾げてみせる。が、少女はびくりと身を震わせると、慌ただしい会釈を残して去って行ってしまった。

何だったのだろう。少し気にはなったが、結局深追いはしないまま、陽千香はその場を後にした。

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