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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
エピローグ ~夕焼け小焼け~
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エピローグ ~夕焼け小焼け~(3)

「陽千香せんぱーいっ!」

背後から自分を呼ぶ声に振り返ると、廊下の向こうから手を振っている圭介の姿が見えた。隣に並んだあやめは、会釈とともに控えめな笑顔を向けている。近付いてきた彼らに微笑みかけると、目の前に立った圭介が片手を上げて敬礼のポーズを見せた。

「どうもですっ。ひょっとしてこれから病院ですか?」

「うん、蒼真くんと一緒に行く約束してるの」

「ちぇっ、良いなー。すっかりリア充じゃないですか」

眉間に皺を寄せてわざとらしく半眼を向けてくる圭介に、陽千香は照れた笑いを浮かべた。リア充という言葉の響きはあまり好きではないが、今の自分を表現するのにこれ以上適切な単語もないように思える。陽千香のにやけた顔を見てさらにげんなりと肩を落とした圭介に、あやめが呆れたような苦笑を零している。

「それにしても、蒼司さんの回復具合、順調みたいで良かったですよね。せっかく目を覚ましたのに、ずっとベッドの上ばかりじゃ退屈でしょうし……」

「そうね。蒼司くん自身、早く外に出たくて仕方ないみたい。車椅子に乗れるくらい回復したら、兄貴と庭まで散歩に行くんだ~って張り切ってるわ」

目を覚まして以来、蒼司は他人が見て驚くほどの努力を重ねていた。すっかり衰えた筋力では、ただ椅子に座っていることさえ難しいはずなのだが、彼は少しでも早く動けるようにと積極的にリハビリに臨んでいた。頑張りすぎて、看護師が思わず止めに入るようなシーンさえあるのだが、それでも本人は微塵も辛さを感じていないようだった。蒼真と一緒に外に行く――目標のためにひたむきに頑張っている蒼司の姿を見るたびに、陽千香は彼を救えたことを心から良かったと思うのだった。

「ところで、肝心の蒼真先輩は? トイレでも行ってるんですか?」

「ううん、職員室に寄ってるの。担任の先生に呼ばれてて。ほら、こないだの守山先生」

「ああ」

陽千香の言葉に、圭介は納得したように頷いた。

「話の分かる良い先生でしたよね。でもあの先生、生徒指導の担当じゃなかったでしたっけ? 呼び出しなんて食らって、蒼真先輩大丈夫ですかね?」

その質問には答えかねて、陽千香は曖昧に笑ってみせた。

蒼司が目を覚ましてから、蒼真は教室にも顔を見せるようになっていた。急にまじめに授業を受け出した彼を、大抵の人は恐れて遠巻きにしていたが、陽千香を通じて事情を察していた一部の面々は、蒼真の変化を好意的に受け止めてくれていた。守山も、そんな面々の一人だ。蒼真が少しでも早くクラスに馴染めるようにと、彼が何かと世話を焼いてくれているのを陽千香は知っていた。時には厳しく当たる場面も見かけたが、変わりつつある蒼真を応援してのことだ。あまり心配はしていないが、今日の呼び出しはどんな用向きだったのやら。

「あ、戻って来たみたいですよ」

声を上げたあやめが、廊下の向こうを指差した。階段の辺りに、ちょうど下りてきたところらしい蒼真の姿が見える。陽千香が軽く手を振ってみせると、気付いた蒼真が生徒達の往来を縫って近付いて来た。その手には、職員室に向かう前は持っていなかったはずの大きな紙袋が提げられている。

「なぁに?それ」

陽千香が訊ねると、蒼真はげんなりと表情を歪め、紙袋を持った右手を掲げて答えた。

「課題のプリント。留年したくなかったら、サボった分は自分の責任で取り返せってさ」

「……気のせいですかね? 百科事典みたいな厚さの紙束が見えるんですけど」

「一週間でやれって」

「い……!?」

衝撃的なその期限に、思わず圭介と顔を見合わせる。その隣で、あやめがまん丸に目を見開いていた。

「て……手伝う?」

数学はちょっと苦手だが、有紀や明美にも教えてもらって総力戦で挑めば何とかなるかもしれない。陽千香の申し出に、しかし蒼真は首を横に振った。

「いい。自分で何とかする」

「音を上げるなら早い方が良いよ。後で泣きつかれると頼られた方も大変だからねェ」

茶化すような響きを含んだ声に振り向くと、よく見知った顔の三年生が二人、並んで歩いて来るところだった。その内の一方、眼鏡を押し上げながら嗤っている貴則に向かって、陽千香はほっと息をつきながら言った。

「良かった、久我先輩が手伝ってくれるなら何とかなるかも」

「おや? ボクは別に手伝いを申し出たつもりはないけどねェ」

「えぇっ!?」

非情な貴則の台詞に慄いていると、陽千香の横を抜けて蒼真の紙袋を覗き込んだ良一が、唖然とした顔で声を漏らした。

「一人でこの量は厳しそうだね……オレで良ければ手伝うけど」

「さすがリョウ先輩。薄情者の久我センパイとは器が一回りも二回りも違いますねー」

わざとらしく言いながら、圭介が半眼で視線を送る。それを笑顔で受け止めながら、貴則は小さく喉を鳴らした。

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