Dear My Brother(13)
「え――?」
首を傾げようとした瞬間、背中に骨が軋むような衝撃を感じた。今、いったい何が。崩れ落ちた陽千香は、まともに息を吸うこともできず、目を見開きながら床の上で身体をくの字に折った。
「綾藤っ!?」
蒼真が自分を呼ぶ声が聞こえる。走って来るような微かな床の震動、そして肩に添えられる手の感触。未だ身体はダメージから復帰できず、陽千香は目の端で天井の方を見やった。自分の傍らに膝をついて、心配そうに覗き込んでくる彼の顔が見える。肺の中に残った空気を細く吐いて痛みを殺し、肩の感触を頼りに蒼真の手に触れる。蒼真の背後で、冷ややかな蒼司の声がした。
「ふぅん……やっぱそうか。兄貴が変わっちゃったのは……お姉さんのせいなんだね?」
蒼真が顔を跳ね上げる。ようやく少しずつ動かせるようになってきた身体に鞭を打って半身を起こすと、陽千香も同じ方向に目をやった。
体育館の中央に立った蒼司が、無表情にこちらを見つめている。武器を構えた仲間達に囲まれながら、それを意にも介さない様子で、じっとその場に佇んでいる。
「兄貴の周りをちょろちょろと……いったい何を吹き込んでくれたんだよ?」
怒気を含んだその声に、蒼真が陽千香を背後に庇う。何とか上半身を起こしきった陽千香は、その向こうから自分を睨む蒼司の視線に背筋を凍らせた。
「やっと……やっと兄貴が俺のところに来てくれたのに。これでようやく、一番叶えたかった願いが叶うと思ったのに……アンタのせいで台無しだよ。アンタが兄貴を取っちゃったから……!!」
「蒼司……お前……!?」
膨れ上がって行く殺気に、蒼真が腰を浮かせて身構える。仲間達にも緊張が走る中、蒼司が高く指先を鳴らした。
自分の首元に締め付けるような感覚を覚えたのはその時だった。無意識に手をやった陽千香は、指先に触れた硬い感触に眉をひそめた。いつの間にか、首に何かが巻き付いている。
「何、これ……?」
陽千香の呟きを耳にした蒼真が振り返る。首元に目をやった彼は、その"何か"に手を伸ばして眉を寄せ、険しい顔で蒼司の方を振り向いた。
蒼真と目を合わせた蒼司は、にんまりと嫌な嗤いを浮かべると、実に愉しげに言ったのだった。
「それねぇ……爆弾なんだ」
「……は……?」
口から間抜けな声が漏れる。その単語の意味が脳に染み込んでいくにつれ、心臓の鼓動が早くなっていく。
「え? ばく……え?」
「綾藤、落ち着け」
パニックに陥りそうになったのを、蒼真の声で何とか踏み留まる。視線を惑わせる陽千香から目を逸らし、蒼真は蒼司に問いかけた。
「どういう意味だ?」
「どうもこうも、そのままだよ。爆弾。ちなみに時限式」
顔色を青ざめさせている陽千香の周囲に、他の仲間達が集まって来る。その様子を愉快そうに眺めながら、蒼司は口の端をにぃと歪めた。
「最初に言ったでしょ? 遊ぼうって。鬼ごっこしようよ。最初の鬼はお姉さんだ」
「ふざけてるのか蒼司……!?」
初めて怒りの表情を見せた蒼真にも、蒼司は動じない。右手の指を一本立てて、くすりと嗤いながら続ける。
「ふざけてなんかないよ。制限時間は、鬼になった瞬間から数えて一分間。その間に誰かにタッチできれば、鬼が交代して時間もリセットされる。タッチできなければドッカーン!だからね」
本気だ。心臓の音が嫌に大きく響く中、陽千香は自分の首元に手を触れた。首の全周に沿って巻き付いた冷たい輪には、どこにも接ぎ目の感覚がない。自分の頭が吹き飛ぶところを想像し、陽千香は再びその場に倒れ込みそうになった。
「じゃあ始めるよ。よーい……スタート!」
一方的に開始を告げると、蒼司は自らカウントダウンを始めた。声の合間に、時計の針が動くような微かな音が聞こえる。それが自分の首元から聞こえていることに気付いた陽千香は、いよいよ頭が真っ白になった。
「何で……何で取れないの……!?」
爆弾を掴んで無理やり引っ張るも、首に痛みが生じるだけで外れそうな気配すらない。それでも力任せに引こうとすると、圭介が慌てた声で制止してきた。
「ひ、陽千香先輩、落ち着い――」
「落ち着けるわけないじゃないこんなのっ!!」
彼が言いきるより早く、かっとなって怒鳴ってしまってから、圭介の泣き出しそうな表情に気付く。
「……ごめんなさい」
謝る陽千香に、圭介は黙って首を振り、きつく首に食い込んでいた陽千香の指をそっと引き剥がしてくれた。
「……何か名案ある?」
陽千香の傍らにしゃがみ込んで顔をしかめていた良一が、身体を捻って背後に立つ貴則を見上げた。口元に手を当てて険しい顔をした貴則は、小さく頭を振りながら悔しそうに言う。
「残念ながら愚案しかないよ。一分間で誰も捕まえられなければ爆発する……だったら、一分経つ前に誰か捕まえて、時間稼ぎするしかない。そんなこと、彼がいつまでも許すとは思えないけどね」
睨み付ける視線の先には蒼司がいる。蒼司は背筋が寒くなるような笑みを浮かべながら、体育館中に響く声で宣言した。




