Dear My Brother(11)
ひりつくような殺気を飛ばし、悪魔が仲間達に襲い掛かる。自分も加勢するべく踵を返した蒼真は、弾かれるような感覚に思わずたたらを踏んだ。すぐ目の前に何かある。視覚では捉えられないが、この感覚には覚えがある。初めてここに呼ばれた日、学校の外に出ようとした蒼真を阻んだ見えない壁だ。
ついさっきまでこんなものはなかった。今忽然と現れたのだとしたら、そんなことができる奴は一人しかいない。蒼真は振り返り、そこに立つ弟の顔を見る。自分の姿を模したという彼は、自分が絶対にしないような愉しそうな表情を浮かべて言った。
「邪魔者は"みんな"に任せておけば大丈夫。さ、遊ぼ。何して遊ぶ?」
その言葉に、蒼真は拳を握り締めた。誰に対しても人懐こくて、いつだって周りに好かれていた蒼司が、人を化け物に襲わせておいて平然と笑っているとは。こいつがこんな風になったのは、やはり自分のせいなのだろうか。罪悪感に囚われかけた思考を振り払い、蒼真は蒼司を睨み付ける。
「……俺はお前を助けるためにここまで来た。あいつらだって同じだ。なのに悪魔に襲わせるなんて、いったいどういうつもりなんだ……!?」
蒼真の問いかけに、蒼司はおかしそうに笑った。
「どういうつもりって、それはこっちの台詞だよ。俺から夢を取り上げてどうする気? また独りぼっちの暗闇に戻れとでも言うつもりなの?」
じくり、と胸の深いところが痛む。覚悟していたこととはいえ、こうして面と向かって責められるのはキツい。それでも、蒼司を失うよりはよほどマシだ。蒼司を鋭く睨み返し、動揺を押し隠しながらさらに問う。
「あいつらが、親切で願いを叶えてるとでも思うのか?」
「どうだって良いよそんなの」
質問への回答を拒むように首を振ると、蒼司は少し寂しそうな顔をしてこちらに訊ね返してきた。
「寒くて、真っ暗で、何の音も聞こえない。そんな場所にずっと独りぼっちでいる気持ち、兄貴に解る? 解んないでしょ? "みんな"はさ、そんな俺に手を差し伸べてくれたんだよ。あったかい居場所も、楽しい話し相手も、俺が欲しがるものは何でもくれた。"みんな"の目的なんてどうでも良い。俺はもう、あんな所には戻りたくない」
「蒼司……!」
「"みんな"のおかげなんだよ! "みんな"が願いを叶えてくれたから、俺はこうして笑っていられる。"みんな"がいたから、兄貴とだってこうしてまた話せたんじゃない! ずっと続けば良いと思うのはいけないこと? 兄貴に、ずっとここにいてほしいと思うのは間違いなの? 俺はそうは思わないよ。ねぇ、遊ぼう? ここに残って俺と遊ぼうよ。兄貴だって、また俺と一緒にいられたら嬉しいでしょ……?」
囁くような蒼司の声。背筋に寒気を覚えながら、蒼真は蒼司の顔を見つめた。
ずっとここに残るということが何を意味するのか、蒼司が分かっていないとは思えない。蒼真の知っている蒼司であれば、間違ってもこんなことを言うはずはない。だが目の前にいる少年は、決して悪魔が見せた幻などではない。双子だからこそ分かる。こいつは間違いなく自分の弟だ。
暗闇の中で孤独に過ごす無限の時間が、蒼司の精神を蝕んでしまった。蒼真が罪悪感に囚われ続けてきたのと同じように、蒼司もまた、暗闇の狂気に囚われてしまっている。
背後から高い悲鳴が聞こえた。慌てて振り返ると、水の悪魔に足をすくわれたあやめが床に倒れて引き摺られているところだった。助けに入った圭介のおかげで、すぐに拘束は解かれたようだったが、防御の要であるあやめの風が途切れたのは明らかに痛手だった。風の加護のもとで遊撃として動いていた良一が悪魔の標的となり、その援護に回った貴則の優位が徐々に崩れていく。あやめの立て直しのために圭介が守備に追われる傍らで、孤立した陽千香が追い込まれていくのが分かった。
蒼司と話をする前に、まずあちらをどうにかしなければまずい。見えない壁を睨め付けてから、蒼真は宙を漂う相棒を見やった。




