Dear My Brother(10)
饒舌に語りながら、少年は自分の髪を一房摘まんでみせた。「ま、いっか」と軽く言ってそれを弾くと、再びこちらに視線を向ける。
「いらっしゃい。歓迎するよ、兄貴」
「……蒼司……」
気安い口調で呼びかける蒼司に対し、蒼真の呟きは苦しげだった。身体が微かに震えている。蒼司と相対するというだけで、彼には相当の勇気が要るだろう。少しでも蒼真を支えたくて、陽千香は彼の背にそっと手を触れた。
刹那、ぞっと肌が粟立つような感覚に見舞われる。慌てて視線を巡らすと、蒼司が面白くなさそうな顔でこちらを見ていた。陽千香が蒼真から手を離すと同時、彼はついと目を背け、再び子供っぽい笑顔を浮かべて明るく言い放った。
「兄貴と遊ぶの楽しみにしてたんだー。何して遊ぼっか?」
「蒼司……遊びに来たわけじゃないんだ……」
蒼真がゆるゆると頭を振るが、蒼司はくすりと嗤ってそれを拒む。
「ダメだよ。ここは俺の世界なんだから、俺のワガママは聞いてくれなきゃ。……と、その前に……」
蒼司は首を巡らせて、蒼真以外のメンバーを見回した。陽千香が眉をひそめていると、彼は冷たい笑みを浮かべて口の中で囁いた。
「邪魔な人達はあっちに行っててもらおうかな」
ぐん、と身体が引っ張られる感覚を覚えたのはその時だった。まるで吸い寄せられるように体育館の壁に激突した陽千香は、背中を強かに打ち付けて息を詰まらせた。その場に膝をついて咳き込む陽千香の視界には、同じように壁際にうずくまっている仲間達の姿が映っていた。
「よせ蒼司!!」
少し離れた所から、蒼真の焦った声が聞こえる。顔を上げると、一人だけ舞台の前に取り残された蒼真が、蒼司を睨みながら立っていた。
蒼司は拗ねたような顔をして言った。
「久し振りの兄弟の再会を邪魔するなんてブスイじゃない。俺あの人達に興味ないし、あの人達には"みんな"と遊んでてもらうことにするよ」
「……"みんな"?」
蒼真の怪訝そうな呟きを境に、周囲に嫌な気配が満ちた。うなじのあたりが焦げ付くような感覚――悪魔の殺気。
立ち上がって剣を構えた陽千香は、目の前の空間が奇妙に歪んでいくのを見た。水面に石を投じた時のように細かく波紋を描くそこから、黒い何かが次々と這い出てくる。
枯れ木を思わせる干乾びた四肢と、落ち窪んだ眼窩に光る獰猛な目、腰より下に伸びている巨大な蛇。その足元に群がっているのは、素早く動く小柄な影。狼を思わせる姿の、四足の獣。見覚えのあるそれらは、かつて倒してきたのと同型の悪魔だった。
悪魔達がこちらの姿を認めて唸り声を上げ始める。じりじりと後退しながら、一番近くにいたあやめに合流すると、彼女は顔色を青ざめさせながら言った。
「まだいます……」
「え?」
「あの奥に、まだいます……!」
あやめの視線を追いかけて、歪んだ空間の奥を睨む。波紋の向こうから滲んでくるように、どこかで聞いたような音が聞こえてくる。薄い紙を擦り合わせるような漣の音。氾濫した川が押し寄せるような水流の音。不気味な鳥の鳴き声に、激しい炎が爆ぜる音。
「どうして……全部倒したはずじゃ……!?」
「別に驚くようなことじゃないよ」
陽千香の漏らした呟きに、蒼司が笑いながら言った。
「俺が願いを叶えると、彼ら力を蓄えて分裂するみたい。お姉さん達が倒してきたのはコピーの方だよ。オリジナルはこっち」
「蒼司、お前……こいつらが何なのか分かってるのか……!?」
蒼真の問いに、蒼司は答える。
「トモダチだよ。何でも願いを叶えてくれる、ね」
その無邪気な笑顔は、陽千香の目には狂気を帯びているように見えた。
耳を裂くような鋭い威嚇音。蛇の本体が頭をもたげ、巨大な口をこちらに向ける。こうなってはやむを得ない。蒼司と話す前に、まずはこの悪魔達をどうにかしなければ。狼が地面を蹴るのと同時、陽千香はあやめの風を伴って走り出した。




