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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第四章 ヤマアラシのジレンマ
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ヤマアラシのジレンマ(14)

ぼんやりしていたつもりはなかったが、近くに悪魔が(ひそ)んでいるのも見抜けず、気が散っていると思われても仕方なかった。もっとしっかりしないと、これでは蒼真の足を引っ張ってしまいかねない。廊下のだいぶ先まで離れてしまった蒼真を追いかけながら、陽千香は剣を握る手に力を込めた。

だがその後も、陽千香の成果は散々だった。いったいどうやって察知しているのか、蒼真はどんなに微弱な気配でも決して見逃すことはなかった。驚異的な速さで悪魔との距離を詰め、瞬く間に(ほふ)っていく蒼真に、陽千香はまるで付いていけなかった。気付いた時には悪魔の残骸(ざんがい)が転がっていて、陽千香はそれが形をなくしていくのをただ見送るばかりなのだった。

あまりに実力差が開きすぎている。すっかり意気消沈してしまった陽千香は、みじめな気持ちでとぼとぼと蒼真の後ろを歩いていた。貴則の時にも似たような気分を味わったが、あの時はチームの一員として、まだ自分にもできることがあった。今は蒼真が全て一人で片付けてしまい、陽千香の入り込む余地すらない。

お前の力なんかいらないと、言外にそう宣告されているようで、陽千香はいたたまれない思いでいっぱいだった。

鋭い音とともに、また目の前に倒された悪魔が転がってくる。細いため息を吐いた陽千香は、前を行く蒼真の背中に向かって行った。

「何だか私、全然役に立たなくてごめんね……まるっきり足手まといみたい……」

陽千香の声に、蒼真が振り向く。黙ってこちらを見つめる顔は、相変わらず何を考えているのか分からない。陽千香は訊ねた。

「志筑くん、どうして急に一緒に来てくれる気になったの? この前見かけた時は、一瞬でいなくなっちゃったでしょう……?」

一人で戦えるだけの力があって、他人との接触も好まないとなれば、わざわざ陽千香の前に姿を見せる必要はなかったはずだ。何の役にも立たない陽千香を伴って歩き回るのは、面倒以外の何でもないだろう。

陽千香の問いかけに、蒼真はやはり何も答えない。目線を外して沈黙し続けている彼に、陽千香はもう一度深いため息をついた。

――と、不意にその場に、場違いに明るい声が響いた。

『そーま、ちゃんとおはなししてあげなよ。そんなんじゃあの子かわいそーだよ』

年端(としは)もいかない子供のような、無邪気で可愛らしい感じの声。落ち込んでいたことを一瞬忘れて目を丸くしていると、蒼真が微かに眉を寄せて(うめ)くように呟くのが聞こえた。

「……引っ込んでろ」

『えー、やだよもう。じっとだまってるのあきちゃった。ぼくあの子とおはなししたい!』

声はどうやら、蒼真のいる方から聞こえてくるようだった。もしかしてと思い、蒼真の全身に目を走らせてみると、上着のポケットから何か光るものが()い出てくるのが見えた。銀色に光る翼と真っ白な髪、大きな緑の瞳が愛らしいその御使いは、空中に飛び出すと真っ直ぐ陽千香の方へ飛んで来た。顔の前で器用に滞空(たいくう)しながら笑顔を向けてくる彼は、少しサイズが合っていないようなダブダブの白い衣装を(まと)っていて、それがますます幼い印象を強めているのだった。

『はじめましてっ。ひちか、でしょ? ぼくフラットって言うの。そーまのミツカイなんだよ』

「わぁ、かわいい……!」

両手をお椀にしてフラットを受け止めてやりながら、陽千香は思わず口に出して言った。陽千香に褒められて、照れたように身を(よじ)る仕種がまた可愛らしい。蒼真の御使いだと言ったが、本当だろうか。(にわ)かには信じがたい組み合わせだった。

『ごめんね、そーまブアイソで。代わりにぼくとおはなししよっ』

「フラット」

(とが)めるような蒼真の声が呼ぶ。だが、フラットは振り向き様にいーっと歯を見せて蒼真を振り切ると、リヒトと対になるように肩に乗ってきた。機嫌良さそうに足をぴょこぴょこ動かしながら、陽千香の顔を覗き込んでくる。

『そーまってばヒドイんだよ。よけーなこと言うからぼくにだまってろって言うの』

「あらあら」

相槌を打ちながら、自然と笑みが零れてくる。フラットが言葉を発するたびに、停滞していた空気が吹き飛んでいくような気がする。つい先ほどまで沈み込んでいた気分が嘘のようだった。

ちらりと蒼真の方を見れば、彼は渋い顔をしてこちらの方を見つめている。陽千香はフラットの頬をつついていた指先を止めて、一応伺いを立ててみる。

「あの……この子借りてても大丈夫……?」

蒼真はため息を一つついた後、吐き捨てるように答えた。

「好きにしろ」

『だって! 良かったね!』

そう言って笑うフラットに頷いてみせてから、陽千香は再び蒼真の方に向き直った。彼は既にこちらに背を向けて歩き出してしまっている。陽千香は慌てて追いかけながら、辺りに漂う雰囲気が少し和らいだことにほっとしていた。

「ありがとうフラット。志筑くん、あんまり喋ってくれないから、あなたが出てきてくれて良かった」

小声で礼を述べると、フラットは花が咲いたような笑顔で応えた。

『どーいたしまして。あんまり気にしないでね。そーま、いっつもあんなカンジなんだ』

陽千香は苦笑して、ほんの僅か肩を落とした。

いつもあんな感じ、というのはそうなのだろうと思う。だが、自分より数段劣る陽千香の実力に、彼は内心うんざりしているに違いない。先ほどからの自分の体たらくを思うと、情けなくてため息が止まらなかった。

「私が悪いの。弱くて全然使い物にならないから。さっきだって、もっと集中しろって怒られちゃったし……」

少し離れた先を歩く蒼真の背中を見ながら言うと、フラットはうーんと首を捻りながら言った。

『たぶんそれ、気を付けろって言いたかったんだとおもうよ』

「……え?」

訊き返す陽千香に、フラットは当たり前のような顔をして言った。

『だってアクマ、ひちかのすぐ近くにいたでしょ?』

言われてみれば確かにそのとおりなのだが、あの言い方でそんなことってあるだろうか。疑問符が浮かびかけたが、あの時の蒼真の口調に苛立ちや叱責(しっせき)の色がなかったことを思い出す。だからといって心配しているようにも見えなかったが、"いつもあんな感じ"と言われてしまうと、見た目に表れないのが当然のようにも思えてくる。

分かりにくい。というか、全然分からない。

『そーま、しゃべるの下手っぴだからさ。キツイこと言うかもしれないけど、きらわないであげてね』

『相当捻くれてますわね……貴則さんと良い勝負ですわ』

困ったように笑うフラットに、リヒトが呆れた声を漏らした。二人の声を聞きながら、陽千香は蒼真の背中を見つめる。こちらの会話が聞こえているかは微妙だが、彼は特に気にした様子もなく先を歩いている。フラットが内緒話をするように、陽千香の耳に顔を寄せた。

『あのね、今日のはお礼なんだよ』

「お礼? 何の?」

『むこーのセカイでひちかにたすけてもらったお礼』

驚きのあまり、陽千香は一瞬息をするのを忘れた。

「……志筑くんがそう言ったの?」

『んーん。でもひちかのことはちょっとはなしてた。そーまがだれかのことはなすのはめずらしーんだ。うれしかったんだよ、きっと』

陽千香はその場に立ち止まって、口元を両手で(おお)った。本当だろうか。単にフラットが良い方に解釈してくれているだけではないのだろうか。だが、それなら蒼真は何故突然合流してくれる気になったのか。明らかに足手まといと分かる陽千香に、文句も言わずに同行してくれて。

お節介だったはずの自分の行いに、蒼真が応えてくれたのだとしたら。何だろう、何だか妙に嬉しい。

廊下の突き当りで行く先を迷ったのか、蒼真が一度足を止めた。その間に追い付いた陽千香は、隣に並んでこっそりと彼の横顔を覗き見た。周囲を探るように動いていた視線がこちらとぶつかり、思わず大げさに顔を背けてから、急に恥ずかしくなって俯く。

『……陽千香? どうかしまして?』

「な、何でもないっ」

怪訝な顔で訊ねるリヒトにそう答えて、陽千香は頬の辺りを擦った。

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