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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第四章 ヤマアラシのジレンマ
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ヤマアラシのジレンマ(1)

「う~ん……」

これで何度目になるのか分からない唸り声を出しながら、陽千香は頬杖を突く手を入れ替えた。

「う~ん……」

「……少しは落ち着いたらどうだい? そうやって唸ってみたところで、最後の一人が現れるわけでもあるまいし」

「それは、そうなんですけど……」

本に視線を落としたまま淡白に述べる貴則に、陽千香は眉を八の字に下げてそう答えた。

生徒会の資料室。あやめと貴則を加え、以前よりも手狭になった感のある部屋の中で、陽千香を始めとした神子の面々は、何をするでもなくぼんやりと時間を過ごしていた。

あれから十日。順調に思えていた仲間探しは、ここへ来て完全に暗礁(あんしょう)に乗り上げてしまっていた。最後の一人がどうしても見つからないのだ。知り合いにそれとなく羽根を見せて回ったり、同じような羽根を持った人物の心当たりを訊いてみたりしているのだが、未だに候補の一人すら挙がってこない。そろそろ校内の捜索も手詰まりになりつつあり、良案の浮かばない面々は、結局資料室に集まったきり、無為(むい)に時間を過ごすしかないのだった。

「久我先輩は、何か良い案ありませんか? この際どんな突飛な案でも良いんですけど」

陽千香が訊ねると、貴則はページを捲りながら軽く肩を竦めた。

「ボクは人付き合いは苦手だからねェ。そういうのはキミ達を信用して全面的に任せるよ」

予想の斜め上をいく回答に思わず突っ伏してしまう。ずるい、そんなの。

「もしかしたら、久我センパイと同類のめんどくさ~いタイプの人なのかもしれませんよ。集団行動は御免だよ~って」

わざとらしく貴則の口調を真似しながら、圭介が半眼で貴則を見やった。厭味全開のその台詞に、本から顔を上げた貴則がにこりと嗤ってみせる。

「ケンカ売ってるなら受けて立つよ。口()()達者な後輩を黙らせるくらいはわけないからね」

()()とは何ですか()()とは」

「事実だろう?」

「……二人とも、ストップ」

額に手を当てた良一が呆れたように言う。圭介と貴則は暫くバチバチと火花を飛ばしていたが、やがてどちらからともなく目を逸らした。ケンカするほど、とはよく言うが、この二人の場合は犬猿の仲と表現した方が正しそうだ。陽千香はあやめと顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。

「真面目な話、最後の一人は仲間を探そうって意思がないんじゃないかってオレも思うよ。みんなでこれだけ探してるのに、まったく反応がないなんてさ」

良一の言葉には、陽千香も頷くしかなかった。これまで自分達を導いてくれた引力が、急に作用しなくなったとは考え辛い。陽千香達が探しているのを分かったうえで、相手がわざと無視していると考えるのが一番妥当だ。圭介の言ではないが、最後の一人は少々厄介なタイプかもしれない。

でも、と口を開いたのはあやめだ。自分に注目が集まったのに気付いた瞬間、おどおどと縮こまりながら小さな声で話し始める。

「も、もし相手の方にその気がないとしても……こちらの引力にも巻き込まれないなんて、そんなことあるんでしょうか……? それだと、飛鳥先輩が久我先輩と接触できた理屈が通らないような気がしますけど……」

「言われてみれば、そうなのかな」

良一はそう言って頭を掻き回した。

「久我君を見つけたのは、本当にたまたまだったんだ。教室の前を通りかかった時、栞に羽根を使ってるのが何となく目に入ってさ」

「そう。こんな感じでね」

言って、貴則は手元の本をこちらに開いてみせた。指とページの間に、銀色の羽根がラミネートされた黒い栞が挟まっている。いかにも読書家の貴則らしい保管方法だ。

「この程度のきっかけなら、本来は引力がどうとでもしてくれるはずなんだ。あやめ君の言ったとおり、仲間を探している側の意思に引き()られて、ね。なのに今はそれすら起こらない。探し方を見直すべきかもしれないねェ」

陽千香は顎に拳を当てて考えた。探し方、と言われても、これ以上どうすれば良いのかピンとこない。自分一人の時ならいざ知らず、今は学年を越えて交友の広い圭介や良一がいる。あやめだって、性格こそ極度の引っ込み思案だが、部活関係の知り合いは結構多いようだ。それぞれの知り合いに隈なく当たって、かなり広い範囲をカバーできていると思うのだが、まだ何か見落としがあるのだろうか。

「もしかしたら、単純に接触できていないだけかもねェ」

「……どういうこと?」

眉を寄せる良一に、貴則は嗤って答えた。

「いくらキミが生徒会長で交友関係が広いといっても、周りを取り巻く人種には一定の傾向があるだろう? 例えば同じ生徒会のメンバーや、各種委員会の委員長、キミのファンの女子連中に、勉強の教えを乞うクラスメイト。薬袋君にしたってそうさ。普段自分と関わりのあるところから攻めてるんなら、二人の守備範囲を足しても取り零してる人種が一定数いるはずだよ。具体的に言うと……キミ達みたいな、マジメで、社交的な人物を毛嫌いするタイプの人とか、ね」

貴則の言わんとしていることが、陽千香には段々分かってきた。いかに交友関係が広がろうと、この場にいるメンバーだけではカバーしきれない領域がある。普段陽千香が、進んで関りを持とうとはしないタイプの人達。そして恐らく、他のみんなも関りを持とうとしないタイプの人達。

最後の一人がそんなタイプの人種であるなら、一向に反応が見られないことの説明が付く。ひょっとしたら、校内ですれ違ったことすらないのかもしれない。

貴則が小さく咽喉を鳴らして言った。

「まぁ、単なる可能性に過ぎないけどねェ。気になるって言うんなら、ちょっと屋上でも覗いてみたらどうだい? 案外あっさり見つかるかもしれないよ。最後の一人」

「……今の話、可能性のままひっそり終わってほしいんですけど」

げんなりした表情で圭介がぼやいた。陽千香も同意だ。最後の仲間が、話しかけるのにちょっと躊躇うような人でないことを願いたい。

「……っと、もうこんな時間か。悪いけど、オレはそろそろ行くよ。この後生徒会で会議があるんだ」

会話の切れ目で、良一が時計に目をやりながら言った。慌ただしく荷物を抱える彼に向かって、陽千香はしゃんと背筋を伸ばす。

「お疲れさまでした。また向こう側で」

「大変そうですよね、生徒会長って」

ぽつりと零す圭介に、良一は笑って言った。

「もうすぐ次の選挙だから、そう呼ばれるのもあと少しだけどね。あ、みんなは好きなだけここにいて良いから。それじゃ、お先に!」

良一の背を見送ってしまうと、部屋の中は途端に静かになってしまった。何か話を振ろうとして、適当な話題が見つからずに諦める。

「……僕も部活あるんですよねー。今日はもう解散にします?」

「そう、ねぇ……」

上目遣いに訊ねてくる圭介に、曖昧に頷いてみせる。不完全燃焼というか、場に漂う倦怠(けんたい)感のようなものが気持ち悪かったが、これ以上残っても仕方なさそうだ。陽千香は自分も部屋を後にすべく、辺りに転がしてあった荷物をまとめ始めたのだった。

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