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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第二章 特命 名無しの権兵衛を探せ!
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特命 名無しの権兵衛を探せ!(6)

先日話した"アテ"とやらに承諾を取り付けたと、圭介から報告を受けたその翌日。休憩時間に自動販売機で飲み物を買って戻ると、教室の前に人だかりができていた。

「……何なのあれ?」

隣を歩いていた有紀の冷めた問いに、陽千香は首を傾げてみせた。廊下の途中で足を止め、とりあえず遠目から騒ぎの様子を窺うことにする。

その生徒達は、A組の教室の入口から周辺の廊下にかけて、輪を描くように集まっていた。男女の比率を見ると、どうやらほとんどを女子が占めているようだ。そこかしこから聞こえてくる黄色いざわめきは、まるでアイドルを囲むファンの様相だ。

背伸びして人の輪の中心を覗き込むと、そこには一人の少年が立っている。すらりと背筋の伸びた長身に端正な顔立ち。穏やかな微笑を湛えた目元には、怜悧(れいり)な光が宿っている。全方位、誰がどう見ても間違いようのない美男子というやつだ。大人びた雰囲気から察するに、恐らく三年生だろう。面識はないはずだが、彼の顔には何故か覚えがあった。

飛鳥(あすか)先輩、だよね。生徒会長の」

その答えは有紀が教えてくれた。どうりで見覚えがあるはずだ。始業式などの全校行事で、壇上(だんじょう)に立って挨拶しているのを何度か見た記憶がある。この人だかりは、彼を見るために二年の女子が大挙してきた結果のようだ。

生徒会長が二年の教室に何の用だろうか。有紀に目配せすると、彼女は興味なさそうに肩を竦め、人の隙間を縫って先に進み始めた。自身の容姿にすら大して頓着していない彼女のことだ。学校の人気者が近くを歩いていたからといって、特に何とも思わないのだろう。〝通行の邪魔〟くらいの感想は持っているのかもしれないが。

有紀の後に続いて人垣をくぐり抜け、ようやく教室の扉に手が届く距離までやって来る。そこで一息ついていると、横合いから突然声をかけられた。

「あの……もしかして、綾藤陽千香さん、かな?」

「へ?」

名前を呼ばれて振り向くと、そこにはまさかの生徒会長が立っている。自分に用があるとは思ってもみず、視線を彷徨(さまよ)わせて硬直していると、生徒会長は頭を掻き回しながら微笑んだ。

「いきなり声かけてごめん。初めまして、飛鳥(あすか)良一(りょういち)っていいます。一応、現生徒会長なんだけど」

「あ……は、はい、知ってます!」

突然のことに驚いたとはいえ、先輩に先に名乗らせてしまった。陽千香は慌てて居住まいを正すと、良一に向かって一礼した。

「綾藤は私ですけど……私に何かご用ですか?」

「うん……あの、校内新聞の件についてって言ったら、通じるかな?」

「え……ええっ!?」

思わず大声を出してしまってから、周りに人の目があることを思い出す。両手で口元を押さえつけていると、それを見た良一がからからとおかしそうな笑い声を立てた。赤面する陽千香に「ごめんごめん」と謝ってみせると、元の穏やかな表情に戻って言った。

「ちょっと話がしたかったんだけど、君を待ってる間に人が集まって来ちゃってさ。やっぱり二年の教室の前を三年がうろついてるのは目立つよね」

「そ、そうですね」

彼の場合、三年だからというだけが理由ではないと思うのだが、本人にその自覚はないようだ。陽千香が曖昧に答えると、良一は少し考える素振りを見せてから続けた。

「……昼休み、時間あるかな? 良ければ会って話したいんだけど」

「も、もちろんです!」

断る理由などあるわけがない。陽千香が頷くと、良一はふわりと笑って言った。

「そうか、良かった。じゃあ、生徒会室を開けておくから、また後で」

そう言い残すと、良一は階段へ向かって歩き去って行った。陽千香達が通った時は壁のように立ちはだかっていた女子達が、良一の進む方向にはモーセが海を割るかのごとくさっと道を譲っていく。その様相はちょっと圧巻だった。

「……陽千香」

「へ?」

呆然としながら良一を見送っていると、背中から有紀の声がした。見れば、教室の壁にもたれかかった有紀が、呆れたような視線を自分に投げている。

「……なあに有紀? 変な目で見て」

「鈍い鈍いとは思ってたけど、ここまで派手にやらかすとは思ってなかったよ」

「何よ、どういう意味?」

陽千香が怪訝(けげん)に眉を寄せると、有紀は顎で廊下の方を示してみせた。指示されたとおりに目を向けると、そこでやっと彼女の言わんとすることが理解できた。

殺気。殺気。殺気。羨望と嫉妬が入り混じった真っ黒な感情の波。廊下にひしめく女子の目が、あらゆる角度から陽千香を貫いている。界境世界で悪魔と対峙(たいじ)した時にも似た緊張が全身を駆け、陽千香は自分の置かれた立場の危うさに顔面蒼白になった。

「綾藤さん……生徒会長とどういう関係……?」

眼光鋭い女子達の中で、一際恐ろしい表情で陽千香を見ていた女子が、ゆっくりとこちらに近付きながら言った。日頃から良一のファンを公言しているクラスメイトだった。

「ち、違う違う! 話っていうのはそういう意味じゃなくて――」

「そういう話じゃないのに昼休みに生徒会室で、なんて、じゃあどういう話なのよ!?」

陽千香は小刻みに首を振りながら弁解を試みるが、すっかり頭に血が昇っている彼女――もしくは彼女達――には、全く聞き入れてもらえる気配がない。追い詰められた陽千香は、背後を振り返って(すが)るように有紀を見る。が、彼女は小さく肩を竦めたのみで、薄情にもさっさと自席に戻ってしまった。教室にいる他の友人達にも救いを求めて視線を投げたが、奈緒はニヤニヤと面白そうに眺めているだけであり、明美も両手を合わせながら「ごめん」と口を動かすに留まった。

陽千香が再び正面を向いた時、鬼の形相はすぐ目の前まで迫っていた。

「あ~や~ふ~じ~さあああああん!?」

「ち、違うんだってば~!!」

女の友情なんて(もろ)い。涙目になりながら、陽千香はそれを痛感したのだった。


「あはははははははっ!!」

「もう、笑い事じゃないってば……」

生徒会室へ向かう道すがら。大声で笑う圭介を横目で睨みながら、陽千香は口を尖らせていた。

約束の昼休みを迎えた陽千香は、ふと思い立って圭介に連絡を入れてみることにした。二つ返事で了承を得られたので、こうして一緒に生徒会室を目指しているわけなのだが、途中で今日の出来事について話したのは失敗だった。圭介は先ほどからお(なか)を抱えて笑いっぱなしで、ちっとも陽千香の受難を理解してくれない。

「いい加減笑い止んでくれないかしら……」

「ははは、すみません、陽千香先輩のやらかしっぷりがあまりに見事だったので、つい」

陽千香がふてくされながら呟くと、圭介が目尻を拭いながら言った。

「今の生徒会長、あの見た目にあの性格ですからね。女子からの人気は絶大……というか、あれはもうアイドルの域ですよね。変に疑わしいことすると、一気に炎上コースですよ」

「疑わしいも何も、私はただ普通に話してただけなのに」

「恐れ多くてそれすらできない女子が大勢いるってことです。よりにもよってそういう人達に囲まれてる時に声かけられちゃったのは、お気の毒としか言いようがないですね」

そう言って、圭介は再び肩を震わせる。他人事だと思って完全に面白がっている。陽千香は圭介を一睨みしてから、気を取り直すようにため息をついた。

想定外のハプニングには見舞われたものの、良一の来訪自体は歓迎すべきものだった。校内新聞の件。その意味するところは明白だった。だからこそ、わざわざ人目を避けて陽千香を呼び出すようなことをしたのだろう。

期待と緊張、半分ずつに胸を高鳴らせながら生徒会室の前にやって来ると、部屋には既に人の気配があった。扉の小窓から漏れる蛍光灯の灯りに、陽千香は圭介の顔を見やる。圭介が頷いてみせたのを機に、陽千香は扉をノックした。

「どうぞ、入って」

中から聞こえた柔らかい声に幾分安堵しながら、陽千香は扉を開けて中に入った。折りたたみ式の机と、スチール製の小さな棚がいくつか。他の教室には見られないホワイトボードの存在だけが"らしさ"を物語っているが、室内は総じて簡素な印象だった。その片隅に座って何か書き物をしていた良一は、顔を上げるなり驚いたように目を見開いた。

「あれ? 綾藤さんと……薬袋君?」

「? 圭介くん、飛鳥先輩と知り合いだったの?」

良一が圭介の名前を知っていたことを意外に思い、陽千香は圭介の方に向き直る。圭介は軽く肩を竦めながら、あっけらかんと笑ってみせた。

「はい、つい先日ご挨拶しました。世間て案外狭いですよねー」

圭介の台詞の意味が分からず眉をひそめていると、部屋の奥から気が抜けたような吐息の音が聞こえた。見れば良一が、少し呆れたような微笑を浮かべて頬を掻いている。「参ったな、そういうことか」、そう独りごちた彼は、机上に置かれた鞄の中から一冊のクリアファイルを取り出し、挟んであった紙を陽千香の方に差し出してきた。受け取ると、それはもうじき配信されるはずの校内新聞をプリントアウトしたもののようだった。

紙面の最下部にレイアウトされた枠には、羽根の写真と例の図形が載っている。しかもよく見ると、陽千香がノートに描いたものではなく、便箋に描かれていた本物の図形に差し替わっている。圭介が自分の手元に届いたものをスキャンしたのだろう、彼の仕事ぶりに感心しながら新聞を眺めること暫し、陽千香は隣の枠が不自然に空いていることに気が付いた。スペースの中央には、"せーとかいちょーにそーだん"とラフな手書きのコメントが記されている。

生徒会長に相談。圭介が言っていた"アテ"というのが、目の前にいる彼だということに、陽千香はようやく思い至った。

「これって……!」

思わず声を上げて二人の顔を見やる。陽千香の視線を受け止めながら、圭介は悪戯がばれた子供のように笑った。

「ほら、陽千香先輩もよくご存知のとおり、生徒会長ってすごい人気者ですから。対象はもっぱら女子に限定されますけど、飛鳥先輩のご威光にあやかれば、新聞を見てくれる人口も増えるかなーって」

「読者を増やすための取り組みとして協力してほしいって言われたんだ。それはサンプルにもらったんだけど、何の気なしに見て驚いたよ。あの時はまさか、薬袋君も関係者だとは思ってなかったけど」

「あ、ちなみに次号のことは、SNSの生徒会公式アカウントで宣伝してもらう手はずになってます。個人でバラまくよりは広範囲に手が届きますし、何より生徒会長直々のコメントなら、食い付く人は多いと思うので」

陽千香は口を半開きにしながら圭介の顔を見つめていた。初対面の時から頭の回転の速そうな印象はあったが、こうもテキパキと段取りを組んで、それを実行に移す行動力は驚嘆(きょうたん)に値する。

「圭介くん、飛鳥先輩が神子だって気付いててやったの?」

ようやく絞り出した声に、圭介は「まさか」と首を振った。

「知っててやったわけじゃないですよ。でももしかしたらって予感はありました。先日相談に伺った時に、やけに真剣な顔でゲラを見つめてたので」

「これも引力ってやつのおかげなのかな? 仲間が二人もいっぺんに見つかって嬉しいよ」

良一はそう言うと席を立ち、二人の前に立った。まだ戸惑っている陽千香の方に右手を差し出しながら、穏やかな表情で微笑む。

「改めて。飛鳥良一、"炎"の神子だよ」

二度目の自己紹介を終え、陽千香達は良一に勧められるまま椅子にかけた。少しの雑談を挟んでから、良一が真面目な顔で本題を切り出す。

「君達、他に合流できた仲間はいる? もしくは、それらしい人物の心当たりがあるとか」

「いいえ、残念ながら僕達だけです」

良一の問いに、圭介が首を振った。陽千香もそれに続けて口を開く。

「何しろ手掛かりがないので、手探りでいろいろ試してみてる状態です。新聞の件も、そのうちの一つで」

「リョウ先輩は? 誰か心当たりないですか?」

挨拶が済んだ途端、早速打ち解けた調子で問いかける圭介に、良一は僅かの間を置いて答えた。

「……一人知ってる。というか、もう何度か、界境世界でも会ったことがある」

「本当ですか!?」

陽千香が思わず身を乗り出すと、隣で圭介が破顔(はがん)した。

「やったじゃないですか陽千香先輩! こんなサクサク見つかるなんて、神子の引力ってのも結構バカにできないもんですね」

だが陽千香は、圭介の言葉に素直に頷くことができなかった。良一が、何やら浮かない顔で俯いていたからだ。仲間の発見という朗報にも拘わらず、そんな表情を浮かべていることに疑問を覚え、陽千香は良一に呼びかけた。

「飛鳥先輩? 何か、気になることでもあるんですか?」

「ああ、うん……」

歯切れの悪いその返事に、圭介も様子がおかしいことを察したのだろう。一瞬陽千香と目を合わせ、黙って良一の方を見やっている。やがて意を決したらしい良一が、険しい(おもて)を上げて言った。

「実は、その相手ってのがちょっと厄介でさ……断られたんだ。協力の申し出」

「断られた……?」

想定外の回答に耳を疑う。神子なら誰しも仲間を探しているものだとばかり思っていたが、まさかせっかく出会えた仲間を拒む者がいるとは。

陽千香と圭介が言葉を失っている中、さらに良一は続けた。

「足手まといだって言うんだ。一人の方が動きやすいからって。オレなんかは、この先どんな奴を相手にするか分からないから、戦力は多い方が良いと思ってるんだけど……どうも彼は違うみたいで」

「……何か、随分自信家みたいじゃないですか。誰なんです? その人」

足手まといという言葉に反応したのだろう。少しむっとした表情を作りながら、圭介が訊ねる。それに対して良一が答えた名前に、陽千香は聞き覚えがあった。

「とにかく、一度一緒に会ってもらえないか? 君達が来てくれれば、少しは態度が変わるかもしれない。オレと一緒なら、同じ断面に繋がると思うから」

仲間に会いに行くのに異論などあろうはずもない。問題は、向こうが陽千香達を歓迎してくれるかどうかだ。一抹の不安を覚えながら、陽千香は良一に頷いてみせた。

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