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感謝勇者

作者: 無限の地平はみな底辺
掲載日:2016/04/07

山岸ゆうすけは、それまでの人生がそうであったように就活にも失敗したので、ブラック企業として高名な某居酒屋チェーンに勤めることになった。


そこは明らかに異常な

企業文化を持っており、従業員を使い潰す事をビジネスモデルとしていた。


朝礼という名の洗脳作業。

『ありがとう』の言葉で支払われる残業代。

強制購入させられる経営者のポエム集。


ブラック企業大賞を何度も獲得しているだけあって、中々の劣悪ぶりである。



ただ、ゆうすけは待遇をそこまで不満に思っていなかった。

元が世間知らずの上に、洗脳に耐性が乏しい性質だった所為もあるだろう。

周囲が似た様な人間ばかりだった事が原因なのかも知れない。

少なくとも、今まで友達が一人も居なかった山岸ゆうすけはカルト宗教特有の一体感を好ましく感じていた。



そんなある日。

山岸ゆうすけは異世界に飛ばされてしまう。

異世界に割拠する王国の一つが、内戦に勝利する為に地球人を大量に召還したのであった。

人数は丁度100人。


当初国王は、この100名を実戦投入できると思っていた。

恩賞用の領地や屋敷、美女や財宝をかなり潤沢に用意していたからである。

だが、召還されたメンバーは国王の申し出に強く反発する。

人様をいきなり拉致しておいて、兵士にするとは何事か、と云う事である。

しかも報酬がインセンティブ制である事も地球側を刺激した。


国王は王権神授説以外の思想を知らなかったので、地球側の思わぬ反発(国王は感謝されると思っていた)に激怒して、幾人かの抗議者を処刑した上で残りの全員を鉱山奴隷にしてしまった。

酷い話である。


鉱山では多くの地球人達が逃亡や反乱を企てては処刑されていった。

気が付くと、生き残りの地球人は山岸ゆうすけ一人だった。

地球側は全員英語での意思疎通を計り共謀していたのだが、ゆうすけだけが英語が出来なかった(その上、無能が風貌にも現れていた)ので、仲間外れにされていた。

それが生き残りの理由である。


ここで初めて国王は山岸ゆうすけに興味を持つ。

「不忠者揃いの地球人の中で、無能ながらも淡々と働き続けたこの男には何かがある。」

そう思った国王は、玉座の前にゆうすけを呼び付け諮問を始めた。



まずは一番確認しておかなければならない質問をする。


「余を恨むか?」


突然呼び付けられた上に鉱山奴隷身分に落とされ、あまつさえ同胞全員を処刑されているのである。

考えてみれば、恨まれない訳が無かった。

だが、ゆうすけの返答は意外なものだった。


「感謝しています。」


その場に居た全員が驚いた。

翻訳装置の故障か、叛意を隠す為の虚言だと思った。

だが、何度装置を調整しても、脳波を直接翻訳してみても、発言は「感謝」と翻訳された。

どうやら本気で言っているらしい。


「何故、感謝するのだ! 余はオマエを力づくで労働させているのだぞ!」


地球の価値観がそうであるように、勿論異世界でも労働は苦役である。

故に人民を働かせる為のインフラとして、軍隊や警察や刑罰が必要とされる。

国王にとって、労働とは恐怖や諦念を以て強いる性質のものである。

感謝をされるなど、考えた事すらなかった。



「対価の為ではありません。 僕はただ『ありがとう』を集める為に仕事をしています。」



何度も朝礼で斉唱させられた社訓である。

ポエム集も買わされたし、何度もレポートを書かされた。

地球ではカルト思想だったが、ゆうすけにとってはもはや普遍概念であった。



国王はカルチャーショックを受けた。

目の前に居る貧相な小男は古今無双の賢者なのかも知れない、と感じてしまった。


国王は高まる動悸を必死で堪えながら諮問を続けた。

心の中に熱い何かが生まれていた。


「一体、いつまでオマエは『ありがとう』を集めるつもりなのか!?」


「24時間365日死ぬまでです。」


群臣がどよめいた。

彼らも異世界の基準ではそれなりに勤勉ではあったが、ここまでの狂気は持ち合わせて居なかった。



「無理だ! 24時間だなんてナンセンスでしょうに!」



思わず財務大臣が叫ぶ。

だが、ゆうすけは微笑して答えた。



「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ」



暴論である。

だが、国王は涙ぐんで拍手する。

それ程に、ゆうすけの語る思想は支配者のみにとって限りなく都合が良かった。

群臣たちは必死でゆうすけを国王から遠ざけようとするが、こともあろうか国王はゆうすけを首席顧問官に任命してしまう。






その日から地獄が始まった。



・国民に課せられる無限の無償労働。

・返事は「イエッサー!」から「はい、喜んで!」に

・給料は『ありがとう』の言葉で支払われる。

・毎朝早朝に強制召集され、国王ポエムを国民全員で斉唱。



国庫に積み上がり続ける財貨を見て、『ありがとう政策』の成功を確信した国王は、圧政を際限なくエスカレートさせていった。

国富は無限に増えるか、とさえ国王は思っていた。




終局は僅か一ヵ月後であった。

全土で決起した解放軍は怒涛の勢いで首都に迫った。

それを阻むべき諸侯や軍人や警官も皆が解放軍に合流した。

封土や給料を『ありがとう』の一言で全て没収されたのだから当たり前である。


無人の王宮に雪崩込んだ解放軍は国王とゆうすけを惨殺した。

その怒りは余程大きかったのか、国王の一族は僧籍に入っていた者まで含めて全て殺され、王墓は跡形もなく破壊された。


この話が異世界全土に知れ渡った事により、異世界の労働環境は劇的に改善された。

『労働者の権利は保護されるべきもの』と云う風潮が定着したのである。


残念ながら、地球にこの風潮はまだ伝わっていない。

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