マグロ丼(後編)
牛丼チェーン「きらい屋」X店の出すマグロ丼は、味にバラつきがある。その理由はどうやら、調理する店員さんのスキルと関係があるらしい。
「きらい屋」は基本的にワンオペなので(かつて世間でも騒がれましたね)、店員さんの顔とスキルがおぼえやすい。
どうやら、これまでおいしいマグロ丼を提供してくれたのは、店員AくんとBさんだということが次第にわかってきました。
ボクがX店を利用する時間帯(夜勤明けの午前9時半あたり)は、AくんまたはBさんがお店に出ていることが多かった。だから、おいしいマグロ丼にありつける可能性が高かったのです。
では、AくんとBさんはどんなふうにマグロ丼をつくっているのでしょう?
それをボクにおしえてくれたのは彼らではありませんでした。彼ら以外の店員さん、つまり下手くそな人たちだったのです。
下手くそな店員さんを代表して、Cさんの例を挙げることにしましょう。ボクがマグロ丼を注文するとCさんはメインの丼ぶりと、べつに小皿を運んできました。
小皿にはタレのようなものが入っていましたが、いままでそんな小皿が付いてきたためしはありません。
ボクはおそるおそる、その小皿のタレを舐めてみました。
酸っぱ! ……そう、タレのように見えたそれは黒酢だったのです。
ある予感がして、ボクは丼ぶりのゴハンをひとくち掬って食べてみました。思ったとおりでした。
そのゴハンはふつうのゴハンで、酢飯じゃなかった。これまでボクが食べておいしかったマグロ丼のゴハンは酢飯でした。謎はすべて解けました(笑)
こうやってゴハンとお酢を別個に出されると、はっきりわかります。つまりCさんは本来酢飯用に使うべき黒酢の処置に困って、お客さんに丸投げしてきたのです。
むろん、そんなのは本来の調理オペレーションではないはず。だってAくんやBさんは、ちゃんと酢飯にした状態でお客さんに提供しているのですから。
Cさん以外にも残念なマグロ丼を出す店員さんは何人かいました。やはり、どの丼も酢飯の塩梅が微妙なのです。
これはボクの推測ですが、彼らは熱々のゴハンの上にマグロの刺身を載せてから、例の黒酢をぶっかけているのではないでしょうか。
ゴハンの熱で刺身が生煮えっぽくなるし、だいいち刺身にお酢をかけんなよって話です。マリネじゃないんだから(笑)
そんなわけで、優秀なAくんとBさんがつくるおいしいマグロ丼の秘密がわかりました。
ポイントはやはり酢飯です。マグロの刺身を載せるまえに、さきに酢飯をこさえるのです。それによってゴハンの粗熱がとれ、さらにお酢がゴハンによく馴染みます。
お酢がゴハンの旨味を引き出します。だてにお寿司屋さんで酢飯をつかっていませんね。
こうしてX店のずさんな店員教育そしてオペレーションの不統一を目の当たりにしたボクは、AくんまたはBさんがお店に出ているときしかX店を利用しなくなりました。
このエッセイを読んでくださった方。1度、おいしいマグロ丼とそうでないものと、比較してみてはいかがでしょう。