最終話
かくして宴会はお開きとなり、仲居さんたちがやってきて後片付けをし、ついでに宴会場だった男性部屋の床の準備をしてくれた。
青唐辛子さんは女性部屋へと戻り、オレとオレンジハイタワーさんの男性陣は部屋の支度ができるまで邪魔なので、いったんそこから出た。
オレンジハイタワーさんは寝る前にもういちど風呂に浸かると言い、オレも誘われたのだがオレはことわった。
そんなわけで、オレはロビーでタバコを吸って時間をつぶすことにした。
ロビーへ行くとそこには先客がいた。女性部屋へ戻ったとばかり思っていた青唐辛子さんだった。
「あ、どうも」
オレがあいさつすると、さきにタバコを吸っていた彼女は無言で会釈した。
微妙な空気だった。まったく会話がないのもヘンだ。かと言って、なにを話せばいいか、さっぱり思い浮かばない。
「……怖く、ありませんか」
意外にも青唐辛子さんのほうから話しかけてきた。
「怖い?」
「ええ。だって、れふとすたっふさん、今日1日の記憶を失くしてしまったんでしょう?」
れふとすたっふ、というのはオレのペンネームだ。いまはそういうことに、なっている。本当は「ほっとケーキ」なんだけどね!
「そうですね……。でも大怪我したりとか、金品を盗まれたりしなくて助かりました」
オレはつとめて常識的な受け答えをした。昼間の災難を、小規模なアクシデントとして片付けようとしたのだ。
だが、どうなんだろう。記憶を失くすというのは、あるいは、肉体的金銭的ダメージよりもデカいのかもしれない。
実感がわかなかった、というのが正直なところだ。
青唐辛子さんはタバコを灰皿でもみ消すと立ち上がった。
「それじゃ、私は失礼します。おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
いまの会話は何だったんだ? どうも自由すぎる彼女のペースには、ついて行けない。
「あ、ひとつだけ言っておきます」
去り際に彼女はオレの目をじっと見て言った。
「女性部屋は、けっして覗かないように」
はああ!?
なんだそりゃ。なぜオレが、そんなことを? 完全にエロ枠だと思われているのだろうか。かりにも昼間遭難してるんだぞ、オレは。
オレの返答を待たずに彼女は去って行った。
意味がわからなかった。だがさすがに、これは気分がわるかった。そんな気分のままこの旅は終わった。
あの、けったいな旅行から帰ってきて1週間が経った。
その日、何気なくテレビをつけたオレは、たまたま流れたニュースに目を奪われた。
F県で旅行にきていた男女3名が行方不明になった、というニュースだった。3名の顔写真が公開され、オレはその映像に釘づけになった。
あの3人だ……。
女性2人は坂本サカエさん、そして青柳優子さんと発表された。そうか、青唐辛子さんは青柳優子という名前だったのか。
男性1人は蛍田桂樹さんと発表された。なるほど、オレンジハイタワーさんがそれか。写真もイケメンだ。
あの旅行に参加したなかで、なぜオレだけが無事だったのだろう?
いや、オレは1度遭難している。坂本さんについていえば2度だ。2度目が致命的だったらしい。
警察はオレのところへ尋問にくるだろうか。だが、なんて答えりゃいいんだ。記憶のいくらかを失くしましたってか?
オレが答えられるのは自分の名前くらいだ。
オレの名前は左 資人。ペンネームは……れふとすたっふだ。




