その6
薄ぼんやりとした街灯の下、オレと黒塚さんだけだった。
けっこうな長話をしているにもかかわらず、通行人のひとりも見かけなかった。ここは異界か、あるいは彼女の張った結界か……。
ぴたん。
黒塚さんは手を伸ばすと、いきなりオレの額に短冊のようなものを貼った。
「……なんですか、これ」
「お札です。3枚しかない貴重なやつです」
「御守り、みたいな?」
「ですね。これからはずっと身に着けていてください」
「あの、たいへんありがたいんですが、これじゃ日常生活に支障をきたします。ってゆうか、まるでキョンシーじゃないですか」
そうですね、ぷふっ、と黒塚さんは吹き出した。完全に遊ばれてる感があるぞ、おい。ついで彼女はぱちん、と指を鳴らした。
するとオレの視野を狭めていたお札が一瞬で消えた。
「なにをしたんです?」
「ご自分で確認してください」
言って彼女はオレに手鏡を渡した。四角いコンパクトサイズのものだったが、それはまるで手品のように湧いて出た。
けっこうグイグイきますねえ……。
その手鏡をつかって自分のデコを映すと、赤い梵字みたいなものがそこに刻まれていた。
「あ、ちょっと! ……なにしたんスか、いったい」
「その額の位置がもっとも効果的なんです、だから我慢してください。絆創膏かなにかで隠せば、いいと思います」
「『三つ目がとおる』じゃないですか……」
「我慢してください、生き残るために」
されるがままだった。オレは自分のタバコに火を点けると、大きく煙を吐き出した。
「で、これはいったい、どんな御守りなんですか」
「現状維持、ですね。いままで蛍田さんを苦しめてきた時間軸の往ったり来たりが、今後はなくなります」
おおっ、と思わず声が出た。それはありがたい。
「こんないいもの……なぜ、もっと早くくれなかったんですか」
そうすればオガは、オレの友人はこの世から消えずに済んだかもしれないのだ。
……わかっている、黒塚さんたちを責めるのはお門ちがいであると。彼女たちにもいろいろと事情があったのだと思う。
しかし、あとすこし早ければという気持ちがどうしても拭えない。
「ごめんなさい。敵の動向を探るために、わざと蛍田さんを泳がせていたことを謝ります」
黒塚さんは頭を下げた。が、やはりこっちの心情としては、たまらない。
「けっこうリスキーなこと、しますねえ。一歩まちがえば、パソコンもろともオレ爆死ですよ?」
「それは大丈夫だったと思います」
「どうして、そう言いきれるんです」
「ダミーを用意していたから、です」
『友人の尾上也さんも、お祓い業者の坂本さんもこの世に存在しない。私がこさえて、あなたの脳に送り込んだイメージにすぎないわ』
ダミー……それでオレは黒塚姉の言葉を思い出した。
「まさかそのダミーって、オレの友人のことですか……」
黒塚さんは静かにうなずいた。
「姉が仕込んだダミーには、あなたの盾となるよう命じてありました。その盾を壊さないかぎり敵はあなたに近づけない。そういう結界です」




