その10
着信音で一瞬ビクッとした。まさか黒塚さん的な人から、かかってきたのかと思った。
オレは彼女に電話番号を教えていない。それなのにかかってきたら、ハッキング確定だ。いやストーキングの線もある。
スマホに表示された名前を見て安心した。友人からだった。
「もしもし」
「あ、蛍ちゃん。いま電話、大丈夫?」
オレを蛍ちゃんと呼ぶのは友人のオガだ。たしかに蛍田って、ちょっと呼びづらいかもしれない。まあ下の名が桂樹だから、どっちに転んでも桂ちゃんなんだが。
尾上也茂、通称オガ。
字面は地味だがなかなかド派手な名前だ。あまり名前のことは触れないようにしよう。オレも似たようなものだし。
オガは前の現場で同僚だった男で、たしか2つくらい年下だったか。どちらもアラフォーのおっさんですよ。
前の現場を彼が先に辞め、そのあとオレが辞めた。が、なぜかいまでも関係がつづいている。関係て……フレディ・マーキュリー的なそれじゃないよ?
ようは飲み友だちだ。
電話の用件は、なんのことはない、飲みのお誘いだった。
オレはふたつ返事でOKした。この、やりきれない心の叫びを誰かに聞いてほしくて仕方なかったのだ。
場所はいつもの「ひじ」。地元の小料理屋だ。
桜は散ったがまだちょっと肌寒いなか、オレはウィンドブレーカを着て外出した。
「やあ蛍ちゃん、ひさしぶりだね」
「そうか? 毎月ここで飲んでいる気がするけど」
「ふた月ぶりだよ」
「そうか……とりあえず、おつかれ」
瓶のラガーで乾杯した。ん、うまい!
「それよかオガ、聞いてくれよ」
オレが切り出すと、彼は眠そうなタレ目を瞬かせた。毎回思うがこいつはガチ○ピンに似ている。
先日のオフ会のことをオガに話した。彼は聞きながら、厚揚げを箸でくずして口に運んでいた。
「厚揚げはしょうが醤油にかぎるな」
言ってオレも料理を口にした。オフ会関連の出来事について、べつにオガに意見をもとめたわけじゃない。ただ誰かに聞いてほしかった。
それで気持ちがラクになることもある。
「そりゃまた興味深い話だね」
と彼は言った。あいかわらず目は死んでいるけど。
「なんだよ、おまえも鬼婆大好き人間か」
「ボクがオカルト好きなの、きみもしっているだろう」
そうなのだ。この友人はオカルトや狐狸妖怪の類いが大好きで、そのテの話にくわしい。だからこそ彼に持ちかけたというのも、ある。
「まあ、あれだ。鬼婆はさておきハッキングだよ。まさかオレが狙われるとは思わなかった」
「どうだろうね」
「……え、どういうこと」
ビールのグラスを持ったまま、オレは固まってしまった。
「呪われてるかも、しれないね」
「え、オレが?」
するとオガは若干首をかしげた。
「いや、PCが」
「PCて。おまえ、それ本気で言ってんのか」
彼はさらに厚揚げを口に運んだ。ヘンな間がもどかしい。
「最近、流行っているみたいだよ。呪われたPC」
「マジか……」
「まあオカルトだけどね」
友人はそう言ってグラスの中身を飲み干した。