その4
公衆電話ボックスのなかで、しかし黒塚さんは電話をかけている様子はなかった。それどころか、あっちゅう間に彼女はそこから出てきた。
オレのところまで戻ってきて彼女は言った。
「さ、行きましょうか」
「……あの、電話ボックスでなにを」
「あー、」
と黒塚さんは笑った。
「名刺をガラスの内側に貼ってきました。キャッツ○イの犯行予告みたいに」
この女性本当に27歳だろうか。だいぶネタが古い気がするが……。
「名刺をあんな場所に置いてきて大丈夫ですか」
「ええ、かまいません。……蛍田さんも要ります?」
「……あ、はい」
なんかヘンな流れで名刺を受け取ることになった。名刺に書かれている内容は、さらに輪をかけてヘンだった。
【鬼婆研究家 黒塚キヌエ】
名刺にはほかに、携帯電話のものと思われるメアドのみが記載されていた。
「すいません、オレは名刺持ってないんです」
「かまいません。さ、行きましょう」
歩き出した彼女に、オレはついて行った。
「あのう、鬼婆研究家だけで、ほかの人にわかりますかね」
「なろうオフ会です、ってちゃんとメモしておきました」
「なるほど。失礼しました」
言いながらオレは、その名刺が発見される可能性は天文学的に低いだろうなと思った。だいたい、これ以上参加者がいるとは考えられない。
凶祥寺へ出ると、黒塚さんは迷わずミス・ドーナツへ入って行った。
「ドーナツ、お好きなんですか」
「ここのミスドは喫煙席がわりと広いんです。ヘビースモーカなもので」
「あ、なるほど」
彼女はオレがタバコを嫌がるかどうか聞かなかった。ちなみにオレもタバコを吸う。オレの服に染み付いたニオイで彼女には、わかったのかもしれない。
……とかなんとか言いながら、黒塚さんはがっつり3つもドーナツを注文していた。大好きじゃん甘いもの。
「甘いものは苦手ですか?」
喫煙席に腰を落ち着けると、オレがホットコーヒーしか注文しなかったのを見て彼女が聞いた。
「あ、いや。じつは食事を済ませてきたもので」
「蛍田さん、もしかして夜勤明けですか」
「……よくわかりますね」
すると黒塚さんはニッ、と笑った。
「夜勤明けはすごくお腹が空くんだって、知人から聞いたことがあります」
「ええ、お恥ずかしい」
オレは照れ隠しにコーヒーを飲み続けた。
「夜勤明けでお疲れでしょうから、さっさと済ませてしまいましょう」
「え、なにをです?」
いきなりの提案にオレは面食らった。
「オフ会ですよ。そんなにビックリしないでください」
「……オフ会って言われても。主催者もいないし、そもそもサイトの告知自体イタズラの可能性大じゃないですか」
黒塚さんは黙ってオレを見つめていた。そのヘンな間が堪えられずにオレは口をひらいた。
「あ、どうぞどうぞ。お気になさらず食べてください」
「ありがとうございます」
と彼女は小さく言った。が、目線はドーナツじゃなくオレに据えられたままだった。
「蛍田さんは、なぜオフ会に参加しようと思ったんですか?」




