ニケ
「そこで止まってもらおうか」
天魔がティアマトと歩いていると、正規兵が完全に武装した状態で取り囲んでくる。
その中には、見た顔もある。
「緒方司令、直々に登場ですか?」
「ふん。それはこちらのセリフだ。まさか魔王が、訓練兵に紛れていようとはな」
「楽しかったですよ。訓練校での日々は」
「……そうか。だが、穿天砲を奪われた今、貴様をこのまま帰すわけにはいかんのだよ」
「勝てると思っているんですか?」
今の天魔は、魔王としての力を隠す必要はない。そして、横にはティアマトもいるのだ。普通に考えれば、緒方たちに勝ち目などない。例え、完全武装で取り囲んでいたとしても。
「我々軍人は、勝てないとわかっていても、戦わねばならないことがあるのだ」
そう言った緒方司令の瞳には、強い決意が見えた。
彼はもう、死を覚悟しているのだ。
「……巻き込まないでくれた手前、殺したくはないのですけどね」
「ふん、何のことだ?」
とぼける緒方司令。
ああ、やっぱり殺したくないなと天魔は思う。
彼は、鈴音たちが戦いに巻き込まれないように、待っていてくれたのだ。でも、覚悟を決めた男から、ただ逃げるというのも難しい。
だから天魔は、その強い決意に応えて、全力で戦おうと決めた。
僅かな時間で、緒方司令をはじめとする正規兵は全滅していた。
彼らの遺体を、悲しそうに見つめる天魔に声を掛ける。
「……ん。本当に魔王なのね、天魔は。いつもの訓練とは、強さが全然違った」
「ニケ?」
彼らの遺体に気を取られていたのだろう。天魔は驚いたように振り返ってきた。
「どうして付いてきたんですか?」
「……ん。ニケも天魔と一緒に行く」
ニケの言葉に、天魔が絶句する。
「あなたは、魔王軍に入るんですの?」
ティアマトが不思議そうに聞いてくる。
「……ん。別にそういうんじゃない」
「じゃあ、どういうことですの?」
「……ん。天魔は一人で可哀想だから、ニケも一緒に行ってあげる」
ニケはそう言いながらも、素直じゃないな、と自嘲的に思った。確かに、天魔を一人にするは可哀想だとは思う。でもそれ以上に、天魔と別れるのが、ニケは嫌だった。
「一人ではありませんわ。わたくしのような、立派なしもべもおりますのよ」
「……でも、しもべってことは、対等の友達じゃない」
ニケの言葉に、ティアマトは不満そうな顔をする。
少なくとも、ニケは天魔のしもべになる気はない。魔王軍に入る気もない。ニケはただ、彼と一緒に居たいだけなのだ。
「……ニケ。気持ちはありがたいんですけれど、僕の進む道は、破滅の道です。浩太たちにはああ言いましたが、僕はいずれ、倒されることになるでしょう。そんな道に――」
ニケは天魔に抱き付いて、彼の言葉を遮った。
何でわかってくれないのだろうと、ニケは思う。
ニケにとって、天魔は大切な存在だ。もしも彼の言う通り、彼の進む道が破滅の道ならば、そんな道に、大切な人を一人、向かわせられるわけがないじゃないか。
ニケは自分が口下手なのを知っている。多くを語るのが苦手だ。だから、少しでも自分の気持ちが伝わるようにと、強く抱きしめる。
彼から伝わってくる柔らかさと温もりと共に、例え機械生命体になろうとも、変わらぬ機能を持つ天魔の心臓の音が、トクントクンと聞こえてくる。
ニケはそして、自分の気持ちをゆっくりと、語り掛けるように言った。
「……ニケの判断はニケのもの。だから、ニケは天魔と一緒に居たいと判断した。……ん。ニケは天魔が好きだから」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
書いている時、特に戦場部分から、これって面白いのかな? と不安になり、魔王だったくだりも、もっとうまい書き方があるんじゃないかと頭の中がぐちゃぐちゃになって、よくわからなくなってもいましたが、なんとか書きあげました。
日々、面白いとは何かがわからなくなって、もとからあまりない自信がなくなっている気がします。
かといって、少し時間をおいて読み返してみれば、結構面白いのでは? とも思えるように。……不思議です。面白いってなんでしょうね?
この作品は果たして面白かったのでしょうか?
感想をいただけると、とても有り難いです。