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戦場

 白山地方の地下に広がる古代遺跡。その場所を知る者は、天里の限られた者だけだった。

 基本的に、各国との同盟がなされた今、遺跡の場所はすべて公表されているのが基本だけれど、たいてい、そんな約束は守られていない。

 もしも発見したとしても、調べつくした後に公表するという流れが、どの国でも行われていることだ。

「魔王が襲ってきたということは、この遺跡の存在がばれたということだろうか?」

 この白山地方の軍司令の緒方は、魔王の城が現れたと思しき方向を睨みながら呟いた。

 公表はされていないが、魔王がどこを襲うのかは、だいぶわかってきている。

 魔王は、自分に対抗できる戦力を持ちつつある場所を優先的に、襲っている。なので、兵器開発を行っている町や、軍の配備された基地などが襲われることが非常に多い。

 その事実が一般人に知られれば、基地や工場を造るだけで反対運動が起こりかねない。

 なので、どの国もその事実は隠しているけれど、軍の中枢部では、暗黙の了解として知られていることでもある。

 しかし、白山地方の戦力はそれほど大きくはない。

 訓練校があるとはいえ、その分、正規軍の規模は縮小されてしまっている。なので、魔王からすれば、この地を襲撃する優先度は、低いはずなのだ。むしろ、その優先度を下げる為の、正規軍の縮小だったはず。

 それでも、ここが襲われるということは、この遺跡の存在がばれたのかもしれない。

「私はそうは思いませんね」

 遺跡兵たちの隊長を務める男が、緒方司令の呟きに意見を述べる。

「どういうことだ?」

「魔王軍は、三魔将を出してきてはいません。おそらく確信を持っていたのなら、魔将を放ち、確実に潰しに来ていたでしょう」

 魔王の三魔将。

 それは、魔王直属とも呼ばれる特殊な三体の個体だ。

 魔王軍にとって、将軍のような立場にいる魔族であり、三体いることから、魔王の三魔将と呼ばれている。

 普通の魔族は、魔王が生まれてから、魔王自身が生み出した存在だ。

 しかし、三魔将は違う。

 その三体の魔将は、魔王が生まれた日、それに呼応するように、各地の遺跡から現れたのだ。

 そして、その力は圧倒的に強く、その一体一体の実力は、魔王自身にすら匹敵するとされている。今まで、魔将の一体でも参加した戦場で、人類が勝利を掴んだことはない。

 今も、三魔将は一体ずつ、天里、アクエリア、クロノアを見張っている。

 そのいずれかの国で、魔王にとって大事な戦いがあれば、魔王城と共にその国を見張る三魔将の内の一体も現れ、魔王と共に戦いを繰り広げる。

 今回、三魔将は現れなかった。それは、魔王がこの戦いを重要だと思っていないか、もしくは――。

「魔王は、様子を見ているということか」

「そうです。私たちを苦戦させることで、遺跡の力を見せれば、今度は確信を持って、三魔将を出してくるでしょう」

 緒方司令は、考えるように視線を向ける。

 この白山地方の遺跡が未だ公表されていないのには、理由があった。その理由は、未だ発掘されたことのない兵器が存在したからだ。

 緒方司令の向けた視線の先には、穿天砲と名付けられた兵器があった。

 それは、大型砲のような形をしていた。

 いや、実際に大型砲なのだ。

 その大きさは家ほどもあり、虚仮脅しでなければ、相当な威力が見込めるはずだ。そして、既存の大型砲を、更なる強化を見せてくれるかもしれない。

 当初はそんな期待があった。

 遺跡の発掘で、世界中に広まった技術は多い。

 甲魔装は新たに生み出され、更に、魔銃や魔剣、飛翔船など、既存の兵器の数々も、大きく改良されてきたのだ。これで、大型砲も更なる強化ができることだろう。

 誰もがそう思っていたのだ。

 しかし、遺跡兵達の調査報告は、期待以上のものだった。

 穿天砲の中枢部には、今の技術では解明も精製もできない未知の部品が使われていて、量産することも、他の兵器の応用に使うこともできない。けれど、その欠点を補って余りあるほどの威力が、穿天砲にはあった。

 今まで、多くの兵器が開発されてきたが、どれもが三魔将に対抗できるようなものではなかった。

 けれど、ここに眠っていた穿天砲は、その三魔将や、はたまた魔王までをも倒すだけの威力を、発揮できるかもしれない。

 空をも穿つ大型砲。

 それは、人類にとっての希望となり得るものだ。そして上手く使えば、天里を世界一の大国にもできるだろう。

 当初考えていた大型砲の改良なんかよりも、遥かに魅力的な話だ。

 つまりその為にも、この穿天砲は必ず、死守しなければならない。魔王軍が様子見だというのなら、気付かれるわけにはいかないのだ。

「……確か、この大型砲は、連発はできないのだったな」

「はい。一度、一割程度の力で試射したのですが、次に撃てるようになるまでに三日かかりました。今は何とか、七割程度の力を引き出せるまでになっていますが、なにぶん、強力過ぎて試射はできていませんし、未知の技術だらけなので、もしも七割の力で撃った際、次に撃てるようになるのに、どれだけ時間がかかるかわかりません」

 普通の大型砲は、他の兵器と同じように魔力を送り込めば、次が打てるようになる。その魔力を送るのに、魔銃に比べて桁外れの量が必要になるので、その分、連射ができなかったりする。

 けれど、この古代遺跡から発掘された大型砲にはそもそも魔力を注ぎ込むようなシステムがない。それでも、時間が経てば魔力量が僅かずつ補給されているので、どこかからか、魔力を供給してはいるのだろう。

 そのどこかが分かれば、もっと効率よく魔力を溜めることもできるようになるかもしれない。しかし、今のところは判明できていないので、自然に溜まるのを待つしかないのだ。そして、それがどれだけの時間を要するのか、残念ながらわからずにいる。

 なので、一回の戦いで、一度しか使えないと考えるしかない。もしも、今回の戦いでこれを使ってしまえば、次に現れるかもしれない魔将には使えないということでもある。

「……もし、苦戦しながらも、我々がこの大型砲を使わずに勝てば、奴らは諦めるか?」

「……そうですね。正直なところは、何とも。向こうが本当に怪しいと思っているのなら、それでも何がしかの工作をしてくるかもしれません。例えば我々が苦戦し、基地の防衛に当たっている間に、魔族によって遺跡の有無の調査がされてしまう可能性も考えられます。そうなってしまえば遺跡を発見され、更なる数の魔族を投入され、この地は占拠されてしまうでしょう」

「……なるほどな。……ふむ。ではこうなってしまった以上、この遺跡を隠し通すことは不可能に近いということだな」

「……残念ながら」

「ならば、この大型砲を、この戦いでどれだけ有効に使えるかを、考えるべきか」

 緒方司令はそう言って、考えを巡らせ始める。


 魔王の城が現れた。

 それは、魔族たちの侵攻の予兆。

 魔王の城が地上に着陸すれば、多くの魔族たちが現れるだろう。

 狙いは、訓練校の近くにある軍事基地だと噂される中、正規軍は魔王の城の襲撃をする。しかし、今までと同じように、結果は芳しくないとのこと。

 訓練兵である生徒たちは、すぐさま集められ、そのことを知らされた。

 彼らの顔に浮かぶのは、一様に決意の表情。

 例え訓練兵であろうと近くに魔族が現れれば、戦わなければならない。他の地に援軍として向かうことも、攻撃に回ることもないけれど、軍属になった者として、守るための戦いは強いられる。誰もがそのことを理解していた。

「……訓練じゃないんだよな」

 更衣室で甲魔装を着込んでいる時、誰かがそう言ったのが聞こえた。

 訓練兵として戦わされることはわかっていても、決して覚悟ができているわけではないのだ。

「……浩太。君も不安だったりするんですか?」

「……まぁ、不安じゃないっつったら嘘だろうさ。まさか、訓練兵の時に実戦で戦うなんてな。……でも、こうなったら仕方ないだろ? 運がなかったって、諦めて戦うさ。少なくとも、魔王の三魔将が出なければ、生き残る可能性は、大いにあるんだからな」

 実のところ、大きな被害はでるものの、魔将が現れなかった戦いで、人類が完全に負けた戦いは少なかったりする。なので、生き残れる可能性は、決してゼロではない。

「……確かに、三魔将さえ出なければ、希望はありますね」

「だよな。絶対生き残るぞ、天魔」

「ええ。なんだったら、お兄さんが浩太を守ってあげましょうか?」

「はは。抜かせ」

 浩太は天魔の軽口に笑みを浮かべ、肩を軽く叩いてきた。

 これから向かうのは、訓練兵にとって、死地になるかもしれない場所だ。

 でも、仲間とならば乗り越えられる。

 そう信じるしかなかった。


 魔導スーツと甲魔装を着込み、連れてこられた山の上から平原を見下ろすと、そこでは正規兵と魔王軍の戦いが繰り広げられている。

 山に入られると、見渡せる範囲が狭くなり、更にはチーム同士の連携行動も取りにくくなる。そうなると、地形的な不利は残念ながら人の方が大きい。なので、山の前に広がる、視界を遮るような木の少ない平原で、正規兵から戦いを挑んだのだろう。

 魔王の生み出す魔族とは、体を生きた鋼で構成された、機械生命体のことだ。本来であれば、人や魔石に宿る魔力を糧に動く機械だけれど、この生命体は、どこかで魔力を得て、自由に動き回れるらしい。

 魔王の生み出した基本的な魔族は、五種いる。

 遠目にも、それぞれの姿が見て取れた。

 大きさは人と変わらず、素早く小回りが利くけれど、その分、力も耐久力も比較的弱い、最も多い猿人型。比較的弱いとはいえ、訓練を積み、武装をした人間でなければ、まず勝てる相手ではない。正規軍も、この猿人型の魔族に手こずっている。

 そして、動きが止まった正規軍の下に、突撃を仕掛ける魔族がいた。

 大型のバスくらいの大きさを持ち、巨大な四肢で大地を踏みしめ、突進力と異様に硬い装甲を武器に、正規軍を蹴散らしていく、猪型。その力は、巨木であろうと軽々となぎ倒して進んでくるほどに強い。

 何とか突進を止めようと正規軍が猪型に攻撃を加えるが、倒せたのは数体のみで、突進全部を止めることはできていない。

 なんとか、空に飛んで避けるけれど、そこを待ち構えたように襲い掛かる、人に似た妖精型。そして遠くからは、巨大な砲台を積んだ小さな丘ほどに巨大な大亀型が、大火力の魔力弾を放ってきて、飛翔船を撃ち落している。

 そんな魔王軍を指揮するのは、龍型の魔族。その魔族は圧倒的な力で戦場を飛び回り、正規軍を大きくかき乱している。

 正規軍の中には既に、魔導スーツが白くなっている者もいる。けれど、これは模擬戦ではなく実戦だ。例え次が死ぬのだとわかっていても、彼らは勇敢に戦っている。

「……ん。鈴音。震えてる?」

 ニケは心配そうに鈴音を見てきた。

 彼女は確かに震え、緊張でガチガチになっていた。

「む、武者震いだよ」

「……そう」

「そ、そうなんだよ。世界の平和を叶える為には、魔王は絶対に倒さなくちゃだしね。……魔将も出ていないし、こんなところで負けるわけにはいかないんだよ」

 強がる鈴音の頭を、天魔が撫でくる。

「そんなに気負う必要はありませんよ。まずは、この戦いを生き残ることだけを考えましょう。皆でね」

「……皆で?」

「そうだぞ、鈴音。今日は突っ走るなよ。お前が勝てない奴がいたら、俺らがいるんだ。遠慮なく頼ればいい。なぁ、ニケ」

「……ん。ニケは鈴音を守る。だから、鈴音はニケを守って」

「……うん。守るんだよ。だから、皆もあたしのことを守ってね」

「えぇ。面倒くさいですよ」

 言葉通り面倒くさそうな顔をする天魔。

「なんでさ! ていうか、今の流れなら頷くのが普通だよ」

 鈴音の文句に、天魔は笑い出した。

「あはは。ごめん、ごめんなさい。冗談ですよ。守ります。守りますよ、鈴音のことを」

「もう! もう! 天魔はもう、こんな時にまでふざけるんだから」

 不貞腐れたように頬膨らませる鈴音だったけれど、彼の笑顔につられて結局、笑ってしまった。

 鈴音は、体を強張らせるような緊張がなくなっているのを感じた。きっと、天魔はいつものようにからかうことで、リラックスさせてくれたのだ。

「まったく天魔は。……これが終わったら、もっと文句を言うんだから、天魔も生き残るんだよ」

「……まぁ、その時は、大人しく聞いてあげますよ」

 天魔は笑いながらそう言った。


 訓練兵として実力が低い者は、後方で大型砲の魔力供給に回り、教官の指示のもと、援護射撃を行っている。

 天魔たちは突撃隊に組み込まれた。

 魔王軍を横から襲うと、すぐに乱戦へと突入する。

「空を飛ぶと妖精型が襲ってきます。なるべく地上で戦ってください」

「ん」

「わかった」

 天魔の指示通り、ニケと浩太は猿人型の群れに斬りかかる。それに、鈴音は魔銃を撃つことで援護する。

 流れ弾などを魔法障壁で防ぎながら、天魔は周囲の状況を確認する。

「右から一体、猪型が突っ込んできます。下がってください」

 彼の指示に、三人は猿人型の群れから一度離れ、天魔の後ろにまで下がる。

 魔王軍は仲間のことなど気にしないのか、猪型は猿人型を蹴散らしながら、こちらに突撃を仕掛けてきた。それに対し、天魔は最大出力で魔法障壁を展開する。

 障壁に激突し、動きを止める猪型。

 この魔族は、突進力はとても脅威的だけれど、一度動きを止めてしまえば小回りが利かず鈍重で、ただ固いだけとなる。

 本来ならば、それを補うための猿人型なのだろうけれど、更には仲間であるはずの猪型に跳ね飛ばされたことで、すぐに援護には来れない様子だ。

 天魔が魔法障壁で直進の動きを封じている間に、三人が回り込んで猪型を仕留める。猪型は突撃に特化しているので、前方は驚くべき装甲を持っているけれど、後方からの攻撃には比較的弱いのだ。

 大型を一体倒したことで、仲間たちの意気も上がる。

 当初は、初めての実戦に竦みがちだった訓練兵も、天魔たちの活躍に煽られて、果敢に戦いに身を投じるようになる。

 天魔はそれを見ながら、後、どれだけ戦えるだろうかと考える。

 彼自身には、無限ともいえる魔力があるけれど、他はそうもいかない。一度、身代わりの魔法を使わされれば、同時に身体強化の魔法も失われるので、それを補うために、更に魔力の消費量が増すだろう。そして訓練兵は、身体強化の魔法が切れた後の戦いに慣れていないというのもある。

 できれば、身代わりの魔法が発動してしまった時点で、撤退したいところだけれど、残念ながら、決めるのは天魔ではないのだ。

 天魔は指揮所の方に視線を向ける。

 もちろん、遠く離れた指揮所は見えない。そして、指揮をするものが、訓練兵をどこまで使おうとしているのかもわからなかった。


「ふふふ。あはははは。まさかここに来て、魔王軍と戦えるとは思わなかったわね」

 アリスは笑いながら、猿人型を倒していく。

 彼女は他の訓練兵と違う。

 アクエリアでは何度となく、魔王軍との戦いに身を投じてきた。こんな戦いは良くあることだ。アクエリアの頃に比べれば、仲間の質は劣っているかもしれないけれど、射撃の名手で知られる大城が、その負担分をカバーしてくれている。

 戦いやすい。

 アリスにとって、それだけで十分だ。

 もしもチャンスがあるのなら、龍型を倒そうとすら思う。

 魔王軍は結局、指揮官である魔族を倒さなければ撤退をしない。勝つには、龍型を倒さなければいけないのだ。

 しかし、自由に飛び回る龍型は、近くに来た時にしか倒せる機会がない。でもその時は、自分ならば仕留められるとアリスは思う。

 彼女は自分の力に、それだけの自信があった。むしろ、自分ならば魔将だって倒せるんじゃないかとすら思っている。

 少し離れたところで、猪型が倒れたのが見えた。そして湧き上がる、訓練生たちの歓声。

「訓練兵にしてはやるわね。……あの、ニケとかいうのかしら」

 アリスは呟いた。

 クロノア人のことは気に食わなくとも、彼女の実力に関しては認めているのだ。

「まぁ、猪型を倒したくらいで、調子に乗って欲しくはないけれどね」

 アリスに突っ込んでくる猪型。

 確かにその力は強いけれど、その脅威は、集団で襲い掛かるからこそだ。一体だけならば、特に脅威ではない。

 少なくとも彼女にとっては。

 アリスは猪型の突進をすれすれで避けつつ、通り過ぎ様に、後方を斬りつける。

 それだけで猪型は動きを止めて、巨体が倒れる。それでも起き上がろうともがくが、仲間たちが確実にとどめを刺した。

「無茶をし過ぎだよ、アリス」

 大城が注意してくるけれど、アリスからすれば心外だ。

「無茶じゃないわよ。これくらい、アクエリアで魔王軍と戦った時には、普通にやっていたもの」

「そうなのかい?」

「ええ。それよりも大亀型を倒しに行くわよ。あれを倒せば、飛翔船はもっと自由に戦えるわ。……それに、大亀型を守るために、龍型が向かってくるかもしれないしね」

「……龍型か」

 大城はさすがに自信なさそうな顔をする。

「心配しなくても、大丈夫よ。私がいるんだから」

 アリスは自信を込めてそう言った。

「……わかったよ」

 仕方ないというように、大城は諦めたような表情をする。


「アリスたちのチームが、大亀型に向かっているみたいですね」

「そうなの?」

 鈴音が不思議そうに、天魔の見つめる先を見る。アリスの金色の髪は良く目立つので、アリスがいるのだとわかる。彼女ら猿人型の群れの中を突き進んでいる。

「なんで、大亀型が狙いだってわかるの?」

「それは大亀型を倒せば、それだけ戦いが楽になるからですよ。大亀型を倒すことで、飛翔船がもっと、戦場に近づけます。そうなれば、爆撃なんかも行えるようになりますからね」

「そっか。じゃあ、あたしたちもそうするべきじゃないの?」

「……そうですね。……でも、それだけ危険ですよ」

「まぁ、そうかもだけど、それなら、アリスたちが危険ってことじゃん。それに成功すれば逆に楽になるんでしょ? 別にあたしたちだけで行くわけでもないんだし、ここはアリスの援護をするべきだよ」

 天魔は少し考える。

 できれば自分のチームには、危険な目に遭って欲しくはない。大亀型を攻撃するということは、龍型の攻撃も受ける可能性があるのだ。

 しかし、アリスのチームには大城がいる。彼とはせっかく仲良くなれたのだ。できれば彼を失いたくはない。

 つくづく自分の私情で考えているなと天魔は苦笑してしまう。

「……そうですね。浩太! ニケ! アリスの援護に向かいますよ」

「わかった」

「ん」

 二人は短く答える。

 彼らは天魔の判断を絶対的に信じてくれている。だからこそ、無茶はできないのだと、天魔は改めて思った。

 今戦っている猿人型を牽制して大きく距離を取ると、アリスとの合流を図る。

 後ろから追ってくる猿人型は三人に任せ、前で群れている猿人型に対して、天魔は魔力弾をばら撒くように放ち続ける。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというけれど、猿人の群れは、撃てばとにかく当たりそうなほどいる。天魔の無限の魔力で、一気に蹴散らそうという戦い方だ。前方に仲間がいるときには中々使えない方法だ。

 けれど効果は劇的で、猿人型の一掃に成功する。

 天魔の射撃は、魔力の消費を考えて、威力を抑える必要もないからこその効果だ。むしろ、彼の魔力よりも、最高出力の連続射撃を繰り返した魔銃の方が、熱を発して限界が近いことを訴えている。

 熱が落ち着くまでは、しばらくは使えないだろう。

 取りこぼした猿人型が向かってくるけれど、後ろをあらかた片付けたニケが、すかさず倒してくれた。

 今度は二体の猪型が突っ込んでくるものの、二体であろうとやるべきことは変わらない。魔法障壁で突進を止め、すかさず三人がとどめを刺した。


「ふぅん。無限の魔力っていうのも、あながち本当なのかしら?」

 天魔たちの接近に気付いたアリスは、天魔を物珍しいものでも見るような目で見ながら言った。

「普通、あれだけの射撃をしている段階で尽きるものなんだけれどね」

 射撃を得意とする大城だからこそ、天魔がしたことの尋常じゃなさがわかっているのだろう。それは、アリスとしても同じようで、神妙な顔で頷く。

「それでも、あれだけ強力な魔法障壁を張ったわ。……つまり天魔自身は、魔力の残りに、まだまだ余裕があると思っているってことでしょ?」

「そうだと思うよ」

「ここはもう、彼を戦わせるよりも、彼の体を解剖でもして調べた方が、世のためになるんじゃないかしら」

「……それで、皆に無限の魔力が手に入るんならその通りかもしれないけれど、ただ単に、彼という戦力を失うことにしかならない気がするよ」

「まぁ、そうね」

「それに、友人としては、もちろん却下だし」

 大城の物言いに、アリスは戦いながらも笑う。

「ふふふ。大切な友人なら、先に却下しなさいよ」

「まぁ、アリスが本気で言っているとも思ってないからね」

 精確な射撃をしながらも、軽く肩を竦めた大城は、改めて天魔たちを見る。

「たぶん彼らは、こっちへの合流を図っているみたいだけれど、アリスはどうしたい?」

「大城は?」

「俺としてはもちろん合流したいよ。仲間が増えれば、それだけ安全になるってことだしね」

 大城は気楽に言うけれど、裏ではかなり、切羽詰っているだろうとは、アリスにもわかっていた。

 彼女は考える。

 正直なところ、ニケや天魔とはあの時の言い争い以来まともに話していないので、気まずい気持ちがある。

 けれど、大城はともかく、他の二人、西条と黒須は限界に近い。

 それはそうだ。彼らにとってみれば、初めての実戦なのだから。命のやり取りは、ただそれだけで体力を激しく消耗させる。

 まだ運よく、身代わりの魔法を使ってはいないものの、このまま突き進めば、さらなる激戦が待ち受けているのだ。その中で生き残れるかわからない。

 大城だけでなく、この二人にしても、アリスにとっては良いチームメイトだった。

 彼女は、自分のプライドが高く、時に傲慢であることを自覚してはいる。それに、彼女はここではアクエリア人というよそ者だということも。

 それでも西条と黒須は、アクエリア人だからと特別視することなく普通に接してくれるし、彼女の実力を尊重もしてくれる。

 アリスは彼らの弱さを馬鹿にしたことがあった。けれど、西条と黒須は怒ることなくこう言った。

「そうかもな。でも、いつかはアリスに認めてさせてやるさ」

「ああ。確かにアリスや大城に比べれば、俺たちは弱いさ。でも、いつまでも弱いままってわけじゃないさ。努力して、いつか追いついてやる」

「だからアリスも、もっともっと、強くなれよ」

「ああ、そうさ。お前は、俺たちの目標なんだから」

 二人はアリスに比べれば弱いかもしれない。でも、真面目で一生懸命だった。

 そんな二人を、アリスとしては嫌いになれるわけがなかった。

 正直、友人というほど親しくなれたかはわからなかったけれど、彼女にとって、簡単に失って良い存在ではなかった。

「合流するわ。それが一番、安全だもの」

「そっか。良かったよ」

 本当に安心したように頷く大城。

 その姿にアリスは、もしも自分が合流を否定していたら、彼はどうしたのだろうかと少し思った。


 二つのチームは協力し、身近な魔王軍の猿人型の群れを排除することに成功する。少し離れたところには相変わらず多くの魔族が目にできるけれど、立ち止まり呼吸を整えながら、休むだけの余裕は生まれた。さすがに座り込むわけにはいかないけれど、少しでも体力を回復させるのは必要だ。

 大亀型に向かうとなると、敵の中心に行くようなものだから、更に戦いは激化するのは簡単に予想できる。

「思ったよりあっさりと、合流してくれましたね」

 天魔は合流したアリスたちに、拍子抜けしたという顔をする。

 アリスとの食堂でのやり取りは、決して良いものではなかった。彼女のことだから、自分やニケが気に入らないと言って、合流を受けいれてくれないのではないかと天魔は思っていたのだ。

 大亀型と少しでも安全に戦うためには、アリスたちとの合流は必須と言える。なので、もしも断られた際には、どうやって説得しようかとも考えていたのだけれど、それも必要なくなったようで、何よりではあるけれど。

「アリスだって、反省しているんだよ。あの食堂でのことは」

 苦笑して大城が言う。

「そうなんですか?」

「べ、別に反省なんてしていないわよ。……ま、まぁ、少し言いすぎたかしらとは、ほんのちょっと、そう、ほんのちょっとは思ったかもしれないけれどね」

 頬を赤くし、顔を逸らすアリス。

「……これでも、謝ろうとしているんだ」

 呆れながらもそうフォローする大城の言葉に、なんとなく、アリスがどんな人間なのかが、わかった気がした。

「……もしかして、アリスって思ったよりも面白い人なんですかね?」

 天魔の思った通りの人物ならば、からかえば、本当に面白い反応をしてくれそうでもある。

「そうなんだよ」

「どうしてそこで頷くのよ!」

 睨むような視線を向けてくるけれど、大城は慣れているのか、軽く肩を竦めて流す。

「まぁ、アリスは前の食堂で悪いことしたなって思っていたから、気まずいって思いはあったみたいだよ。でも幸い、彼女はチームのことを考えて、合流を選んでくれたんだ」

「へぇ。仲間想いじゃないですか」

 そう言ってアリスに視線を向けると、彼女は目線を合わせまいと、慌ててあらぬ方向を向いてしまう。

 天魔は彼女のその様子に笑ってしまう。

「嫌われましたかね?」

「むしろ、天魔は怒っていないの?」

「お兄さんは、そんなに心が狭くはないですよ。少し素直ではないですけれど、反省している人を、それ以上、責める気はありませんから。それに元々は、ニケが侮辱されたことから始まったことですし、お兄さんが出しゃばりすぎるのも、……そう言えば、ニケは大丈夫ですか? アリスと一緒でも」

 確認していなかったことを思い出し、今更ながらの質問をする天魔。

「……ん。アリスとなんかあった?」

「ニケも完全に忘れていることですし……」

 そう言って話をまとめようとしたのだけれど、何故か、アリスが憤慨する。

「なんで忘れているのよ! それじゃあまるで、謝った私ばっかりが、気にしていたみたいじゃない」

 傍で見ていた鈴音が首を傾げ、隣に立つ浩太に尋ねる。

「……あれ? アリスって謝ってたっけ?」

「いや、全然だよ」

「だよな」

 そんな二人の会話なんて耳に入ってないのだろう。敵意丸出しでニケを睨みつける。

「……ん。じゃあ、覚えている」

「じゃあって何よ。じゃあって」

「……ん。難しい」

 そう言って、ニケは不満そうな顔をする。

「まあ、落ち着いてください、アリス。元々、ニケは忘れていたわけではなく、アリスが気にしないようにと忘れたふりをしたんですよ」

「……そ、そうなの?」

 アリスは天魔の言葉に、気まずそうな顔をする。

 当然だろう。ニケが気を遣ってくれたのに、それを自分自身で潰したのだ。

「……ん。気にしない」

「べ、別に気にしていないわよ。むしろ、あなたの気の遣い方が分かりにくいのが、いけないんだからね」

「……ん。ごめん」

「ま、まったくよ」

「なんで、アリスが偉そうなのさ」

「うぅ」

 アリス自身、自分が傲慢な発言をしていることをわかっていたのだろう。大城の指摘に、情けなく顔を歪める。

 そんな彼女の様子に、天魔とニケは顔を見合わせ、笑ってしまう。

 誇りが高くて、それでいて子供のように意地っ張りで、その為、強がりを言う。けれど、強がって余計なことを言っていることを自覚しているが故に、彼女は墓穴を掘ったと情けない顔をするのだ。

 アリスはきっと、そういう人間なのだろう。そして、それはあの、食堂の時も同じだったんじゃないかと容易に想像できた。

 余計なことを言っていると自覚をしていなければ最悪な性格だけれど、自覚しているアリスにはむしろ、可愛げすらあった。


 天魔とニケは、大城やアリスたちと楽しそうに話している。

 それを見て凄いなと鈴音は単純に思ってしまう。

 今、彼女にはその輪に加わるだけの余裕はあまりなかった。

 戦っていたときはそんなに感じなかったけれど、一度立ち止まってしまうとどうしようもなく自覚させられる。自分が思った以上に疲れていることを。

 模擬戦ならば、まだまだ余裕はあっただろう。けれど、これは実戦だ。

 命のやり取りをしているのだ。その緊張感が、体力をごっそりと持っていく。

 今までは順調に戦ってこられたと言っても良い。それでも、魔族の攻撃を避けるたび、模擬戦以上に精神が擦り減らされているのだ。

 鈴音はあえて周りを見ないようにしているけれど、命を落とした者も沢山いるはずだ。

 事実、戦いながらも、遠くで悲鳴が聞こえたりもした。

 誰か亡くなったのだろうか?

 知っている人だろうか?

 そんな不安がじわじわと胸の中に湧き起こる。

 幸い、自分たちのチームは今のところ誰も失ってはいないけれど、いつ、そうなるかもわからない。

 立ち止まってしまうと余計なことを考えてしまう。

 戦う前に、せっかくリラックスさせてくれたのに、また、足が震えだす。

 怖い。逃げ出したい。

 もしも一人であったなら、鈴音は本当に逃げ出していたかもしれない。

 それでも、ここに居続けられるのは、やっぱり仲間がいるからだ。

「大丈夫か? 鈴音」

 浩太が心配して、声を掛けてくる。

「あ、うん。大丈夫だよ」

 鈴音は無理やりにでも笑顔を作って答えた。

「……そっか」

 浩太は頷きながらも、心配そうな顔は変わらなかった。

「……浩太の方は大丈夫なの?」

「……正直、キツイな」

「……そうなの?」

 浩太が弱音を吐くのは珍しくて、鈴音は疲れも忘れて、思わず聞き返していた。その様子が面白かったのか、彼は弱々しくだけれど小さく笑った。

「……まぁ、俺も実戦は初めてだからな。……やっぱ、死ぬのは怖いし、……今まで、一緒に訓練をしていた奴らが死んでいっているのかと思うと、……ちょっとな」

 浩太の言葉に、胸にこみ上げてくるものがある。

 鈴音にしても、同じ思いを抱えているのだ。

 少しでも気を緩めば、泣き出し、その場にへたり込みそうになる。

「……そうだね。……天魔とニケは、大丈夫そうだけど」

 あの二人は、いつもの模擬戦と、全く変わった様子を見せない。もちろん、模擬戦に比べれば真面目ではあるけれど、特別な気負いのようなものが見えないのだ。

「……あいつらはたぶん、慣れているんだよ。身近な奴の死に」

「……慣れ……か」

 鈴音にしても、浩太の言う事には思い当たることがあった。

 天魔は全滅したという日野原基地から、命からがら逃げだしてきた人だ。その脱出の道程では、多くの親しき人の死を目の当たりにしたことだろう。

 そしてニケは、クロノアの中の最下級の人間だったという。そこでは毎日のように死者が出ていたという。それには、ニケの家族も例外ではなかった。それこそ、その日の食事のために、人が人を殺すこともあったらしい。ある意味、人の最も醜い部分を見たニケからすれば、この戦場で巻き起こる悲しみくらい、どうってことないのかもしれない。

「魔王とこれから戦い続けるには、そういった慣れも必要なのかもしれないな」

 浩太の言うことは、最もだと思える。

 魔王と戦うたびに心を痛めていては、それこそ、戦い続けることなんてできないだろう。

 それでも、鈴音としては嫌だった。

 人の死を簡単に割り切れるような人には、なりたくなかった。

「慣れなくて良いんですよ」

 そう言って天魔が、二人の肩に手を回し、抱き付いてきた。

「て、天魔?」

「ていうか、イテェ。甲魔装はごつごつしてんだから、飛びついてくんじゃねぇよ」

 浩太が文句を言うと、天魔はいつもと変わらない笑い方をする。

「あはは。ごめん、ごめん。というか、そろそろ行くよ」

「あ、うん」

「……そうか。わかった」

 今更、準備なんてものはない。あとは戦うという覚悟だけだ。

「……ねぇ、天魔」

「ん?」

「慣れなくていいって、どういうこと?」

「お兄さんとしては鈴音や浩太に、仲間の死に、何も感じないような人に、なって欲しくないのさ。……そう。お兄さんのような、人が死んでも仕方ないと思ってしまうような人にはね」

 そう言った天魔の顔は、深い悲しみを映していた。

 天魔は優しい人だ。

 人種なんか関係なく、人の死を嫌っている。本来であれば人の死を仕方ないで通すような人じゃない。仕方ないとは諦めだ。

 つまり、人を守りたいと願いながらも、天魔は人が殺されることを容認してしまっているということだ。

 仕方ない。

 そう思うようになってしまったら、もしかしたら鈴音も妥協をしてしまうようになるのかもしれない。

 人を守るということに。


 龍型の指示か、大亀型に近づこうとすると、妖精型まで攻撃を仕掛けてきた。

 妖精型は近距離だけの猿人型とは違い、遠距離からの攻撃も仕掛けてくる上に、空を飛ぶ彼らは、縦横無尽に動く上に物凄く素早い。

 けれど、本来の役割として、空を飛ぶものを優先的に狙うのはどうやら変わらないらしい。なので、天魔が模擬戦の時に行った要塞作戦を使い、囮となって妖精型を引きつけ、大城が正確無比な射撃で撃ち落していく。

 地上は他の仲間たちが連携を取りながら、上手く立ち回っている。

 訓練兵でしかない天魔たちが、この戦いで活躍できている理由は、大きく三つだ。

 一つ目は、無限の魔力を持つ天魔の存在。

 彼の魔法障壁が、正規兵でも作りえない安全地帯を、戦場の中で作れることが非常に大きい。

 二つ目は、敵の猪型の群れのほとんどが、正規軍に向かっていることだ。

 猪型は群れになればなるほど、厄介な相手となる。一、二体くらいならば、各個撃破も可能だけれど、何十、何百という数が襲い掛かってくれば、各個撃破は難しく、更に言うならば、突進を避ける為に、チームがバラバラになってしまうことも多く、連携が上手く取れなくなってしまうことが多いのだ。

 そして、三つ目はニケとアリスの存在だ。

 二人は正規兵の中でも、まず間違いなく上位に食い込める実力者である。ニケには魔族との戦いの経験はないけれど、その経験を持っているアリスの戦い方を見て、戦場の中で確実に強くなってもいる。

 天魔と大城が妖精型を引きつけている今、天魔たちのチームとアリスのチームを、猿人型だけで止めるのは難しいだろう。

 そして、天魔たちは大亀型の下まで辿り着くことに成功する。


 小さな丘くらいある巨体。甲羅のような場所には巨大な砲が三つあり、その装甲は、度の魔族よりも頑丈だ。真っ向から攻撃したところで、今の装備で傷つけられるのかも怪しい。

 それでも、勝てないわけではない。

「大亀型の弱点は腹の下、つまり、人で言うへその下辺りよ。そこの装甲が薄いのよ」

 アリスは自分の知識を皆に伝える。

 その場所を攻撃すれば、大亀型を倒せる。しかし、大亀型の四肢の下は、大きめの一軒家くらいなら簡単に入りそうなくらいの空間があるけれど、その下に潜り込むのは困難を極めた。

 相変わらず猿人型と妖精型は襲ってくる。

 更に大亀型も、踏みつぶさんと足を動かしながら、下部についたたくさんの銃火器で、雨のように魔力弾を放ってくるのだ。

 天魔と大城は相変わらず妖精型の注意を引きつけているので、そちらには加勢できない。

 残りの六人は、周囲の猿人型を近づかせないための三人と、大亀型攻略の三人で行動する。弱点のある場所を正確に知っているアリスと、そのチームメイトである西条と黒須が、大亀型攻撃に回る。

 三人は大亀型の下に入り込むと魔力弾が降り注いでくる。

 アリスは避けながら、銃火器の砲身を魔銃でいくつか壊していくけれど、正直なところ、きりがないほどに多い。

 西条と黒須の二人は彼女のように反撃する余裕はない。防ぐことに集中し、避けながらも時折魔法障壁で防御しながら進んでいく。

 先に接近した西条が、装甲の薄い場所を撃ち抜こうと、魔銃を構える。けれど、彼は焦りすぎた。自分に向かって飛んでくる魔力弾に気付かず、彼が射撃を行う前に当たってしまう。

 魔力弾の爆発に吹き飛ばされ、西条の魔導スーツは白くなってしまう。つまり、次は死ぬかもしれないということだ。

 身代わりの魔法が使ってしまった今、身体強化も効力も失い、彼はもう、積極的に動くことができなくなってしまった。

「これでどう!」

 アリスは叫びながら魔銃を撃つ。

 今度は狙い通り当たったけれど、大亀型にとって比較的装甲が薄い場所というだけだ。確かに傷は付いたけれど、内部の破壊にまでは至らない。

 威力が足りない。

 彼女は同じところを攻撃しようとするけれど、阻止するように降り注ぐ魔力弾に、中断させられる。

 じわじわと追いつめられているのを、アリスは感じる。

 今まで連戦続きだったのだ。

 アリスは消費を抑えていたので、まだ魔力に余裕がある。けれど、今も魔法障壁を張って防いでいる西条や黒須は、魔力の限界も近いだろう。

 魔力が尽きれば、戦う手段を失う。

 しかし大亀型を倒せば、その場で戦いが終わりではない。周りには猿人型がいるし、龍型が襲いかかってくる可能性だってある。次を考えれば、出し切るわけには行かないのだ。

 どうする? どうすればいい?

 アリスは、何か方法はないかと考えるけれど、思い浮かばない。地道に攻撃を繰り返すしかないのだろうか? それまで、西条と黒須の魔力がもってくれるのを願いながら。

 しかし、その時だった。

 身代わりの魔法を使ってしまった性で、西条が本格的に追い詰められ始めた。魔力障壁の薄さから、防ぐ魔力も、限界が近づいているのが傍目にもわかった。

 それを見た黒須が攻撃を防ぎながら、覚悟を決めたような顔で話しかけてきた。

「アリス。後は任せるからな。西条と大城たちを守ってくれ」

 彼の言葉の意味が、すぐにわからなかった。けれどその性で、彼女の判断が遅れてしまう。そして、その遅れは致命的だった。

 アリスは、黒須を止めることができなかった。

 彼は光の翼で飛び立つと、アリスが傷つけた場所に目がけて飛び立った。その直線的な動きは、魔力を相当こめているのだろう。とても速い。

 けれど、大亀型だけでなく、妖精型の攻撃までも彼を襲う。同時に魔法障壁を展開し、当たりそうな攻撃を何度か防ぐけれど、防ぎきれなかった攻撃によって、彼の魔導スーツは白くなる。それでも黒須は構わずに、大亀型に魔剣を突き立て装甲を貫いた。そして、とどめとばかりに、全ての魔力を込めて、魔力弾をそこに撃ちこんでいく。

 大亀型が動きを止め、ゆっくりと倒れていく。

「黒須、逃げなさい」

 アリスは大亀型の下から避難しながら必死に叫ぶけれど、黒須はその場を動かず、アリスの方を見て笑った。

 まるで、弱くても役に立てただろ、と言わんばかりに。

「黒須! 黒須ぅ!」

 どんなに叫べど、魔力を使い切った黒須は逃げられず、……いや、逃げようともせずにそのまま押し潰されてしまった。彼は既に身代わりの魔法を使ってしまっている。

 例え身代わりの魔法が使えても、押し潰されてしまった者は、一度潰されたことをキャンセルされたとしても、潰されている状態は変わらない。ああなってしまったら、死を免れることなんて出来はしない。


 アリスの叫び声が聞こえた。

 それは、仲間の死を告げる声だ。

 遠目にだけれど、黒須の戦いを見ていた鈴音は、心臓を掴まれたような気分になる。

 一緒に戦っていた人が死んだのだ。

 天魔は慣れなくていいと言っていたけれど、覚悟はしていたつもりだった。

 この戦いで、仲間の誰かを失うかもしれないと。

 でも、いざそれを目の前にすると、絶望的な気分になる。

 もしかしたら自分だって、死んでしまうかもしれない。

 そう思うと、この場でうずくまり、戦いなんて投げ出して、今すぐにでも泣き出したくなる。

 もう、何もかも嫌になる。

 何で自分は戦っているんだろうか?

 少しでも多くの人を守るため?

 けれど、怖い。どうしたとこで、怖くて怖くて仕方がない。

 どうして、人を守るために、こんな怖い思いをしなくちゃいけない?

 どうして、自分が命を懸けなくちゃいけない?

 自暴自棄になって、そんなことを考えてしまう鈴音。

 その時、背中を強く押された

 突然のことに、鈴音は地面に倒れてしまう。

 攻撃されたのだろうか?

 ゾッとした気持ちで振り返れば、そこに居たのは浩太だった。

 何故? と思った瞬間、浩太の体が光熱波によって焼かれた。

「浩太!」

 攻撃の出どころは空を飛ぶ龍型。あらかじめアリスから聞いてはいた。大亀型を襲うと、それを守るために、指揮官である龍型がやってくる可能性があると。

 その龍型が襲い掛かってきたのだ。そして、仲間の死に呆然としていた鈴音を、浩太が身を挺して守ってくれたのだ。

 鈴音は浩太の死を想像してゾッとしながらも、慌てて彼がいた場所に戻る。

「浩太!」

 吹き飛ばされていた浩太が、顔をしかめて起き上がる。彼の着ていた魔導スーツは、白くなってしまっていた。

「無事だよ。けど、これ以上戦うのは、難しいな」

 浩太は元々、魔力が少ない。だから、それを補うための戦い方を学んできた。けれどその戦い方は、甲魔装による身体強化があってこそ戦い方だ。身体能力が失われれば、それを補うために多くの魔力が必要となる。

 それは、浩太にとっては難しいことだ。できないということではなく、すぐに魔力が尽きてしまうからだ。それは、他の者にとっても同じ事だけれど、浩太は魔力が少ないからこそ、他の者よりもリスクが高い。

 もしも戦おうと無理をすれば、身を守る力を失ってしまうだろう。

「ごめん。ごめん、浩太」

 鈴音は自分を責めた。

 仲間の死に気を取られ、自暴自棄な思いに囚われた結果、浩太が攻撃を受けてしまった。

 人を守るどころか、自分の性で大切な仲間を、危険に晒している。

 そんな自分が許せなくて、悔しかった。

「謝るな。そんな暇があるんなら、あの龍型を警戒しろ」

 浩太の言葉に、鈴音は泣きながら頷いた。そして、ある決意をする。

「……あの龍型を倒せば、この戦いは終わるんだよね?」

「ああ。魔族は指揮官を失えば、撤退するからな。……鈴音。何を考えているんだ?」

「……あたしが、あの龍型を倒すんだよ」

 鈴音の淡々とした言葉に、浩太は迷うような顔をする。

 彼としては鈴音を止めたいのだろう。けれど、あの龍型は必ず倒さなければならない。そうしなければ、人間側の負けとなる。そして、最前線に来てしまった今、撤退までの時間を、ここで無事に過ごせるかも怪しい。

 だから浩太は、鈴音の決意を確認するように言ってきた。

「……強いぞ」

「うん、わかっているよ」

 鈴音は迷わずに答えた。すると、浩太はため息を吐く。

「……わかった。だが、黒須みたいに無謀なことはすんなよ。無茶と無謀は違うんだからな」

「……うん」

 浩太が危惧するように、戦えば、自分は死ぬかもしれない。

 それはとても怖いことだ。

 でも、鈴音は思い出した。

 大切な人を失う。

 それは、自分が死ぬよりも恐ろしいのだと。

 魔王の現れた日、友達を失い、仲の良かった近所のお兄ちゃんを失った。その悲しみと恐怖、絶望を、もう二度と味わいたくはない。

 鈴音は、少しでも大切な人を守るために、戦う道を選んだのだということを思い出したのだ。

 彼女は光の翼を展開し、龍型に向かって飛ぶ。

 妖精型が攻撃を仕掛けてきた。彼女はそれをなんとか避けながら、少しでも龍型に近づこうとする。

 しかし、自由に飛び回る龍型の動きは速く、妖精型の妨害の性で中々近づけない。

「くぅ」

 妖精型の攻撃を防いだせいで、距離が更に空いてしまった。

 黒須のように、防御を固めて直線を行くべきだろうか?

 しかし、浩太の言葉が思い出される。

 無謀はするな、と。

 自分が龍型に戦いを挑むのは無茶だと、鈴音自身、そう思う。けれど、死んでもいいと思って戦いに来たわけじゃない。

 浩太との約束を守るために、生きて戻るのだ。

 まだ、何か手があるはずだ。

 そう思っていたら、妖精型の攻撃が、どんどんと少なくなっていることに気付く。

 目の前を飛んでいた妖精型が撃ち落された。

 見れば、大城の姿が目に入ってきた。

 彼が援護してくれているのだ。

 飛びやすくなった。

 鈴音は一気に龍型との距離を詰める。

 龍型にしても、鈴音の存在に気付いたのか、こちらに目がけて飛んでくる。

 高速で迫りくる大きな咢を死に物狂いで避けて、首元を魔剣で斬りつける。

 伝わったのは硬さ。

 僅かに傷つけたけれど、致命傷には程遠い。正に死に物狂いで避けた為、そちらに魔力を使いすぎて、魔剣に注ぎ込んだ魔力が弱かったのだ。

 それでも、魔剣は相当な威力を発揮してくれるものだけれど、それだけ龍型の装甲が強固だということだ。

 どんなに魔力を込めようと、魔銃程度の威力では、傷さえ付かないかもしれない。

 打ち振るわれる尻尾の一撃。

 避けるのは不可能なタイミング。

 鈴音は慌てて魔法障壁を張って防ぐ。けれど、龍型の一撃は強力で、魔法障壁は破壊され、鈴音は諸共吹き飛ばされる。

 甲魔装の身代わりの魔法が発動し、魔導スーツが白くなってしまう。

 墜落する直前で、何とか体を浮かせて、墜落死だけはなんとか免れる。

 体が重くなった気がした。いや、身体強化の魔法は切れてしまったのだ。気の性なんかじゃないだろう。

「……これ以上は、無謀かな?」

 けれど、傷付けたことで龍型は、鈴音を完全に敵だと認識し、こちらに迫ってきている。

 圧倒的な強者。その存在感に恐怖を感じる。

 それでも鈴音は笑う。

「あはは。あたしはまだまだ、やりたいことがあるんだよ。だから、こんなところで死ぬわけには行かないんだよ!」

 精一杯の強がり。

 鈴音は覚悟を決めた。

 例え無謀だと言われても、もう、逃げられない。ならば、死中に活を見出さなければならない。

 もう一度、龍型の咢を避けて、今度こそ、渾身の一撃を打ち込むのだ。

 つまり、避ける為の魔力は抑えなければいけないということだけれど、やらなければならない。いや、絶対にやり遂げるのだ。

 そう思って、龍型の攻撃を待つ鈴音。

 しかし、龍型は咢による一撃ではなく、口から光熱波を放つブレス攻撃を仕掛けてきた。

 咢の攻撃に集中していた鈴音は、反応が遅れる。

 迫りくる光熱波に、死んだ、と思わず目を閉じた。

 しかし、身を焼くような痛みはやってこない。

 目を開くと、光熱波が鈴音を避けるように割れていた。そして、その中心にいたのは、天魔だった。

「大丈夫ですか、鈴音」

「天魔?」

「守るって言ったでしょう?」

 龍型を前にしているというのに、天魔の声はいつも通り飄々としていた。

 彼の作り出した魔法障壁は、龍型の攻撃すら防ぎきっているのだ。

 天魔が自分を守ってくれている。そのことに、鈴音は胸が熱くなるような気がした。

「うん。ありがとう、天魔。ありがとう、皆」

 自分は一人で戦っているんじゃないのだとわかって、鈴音は嬉しくなった。

 浩太が庇ってくれた。

 大城が龍型に近づくために援護してくれた。

 そして、天魔が守ってくれている。

 だから、皆の力で龍型を倒すのだ。

 ブレス攻撃を仕掛けてきている龍型は今、空中で動きを止めている。攻撃を仕掛ける絶好の機会と言える。

「天魔。攻撃を仕掛けるよ」

「わかりました。道を作ります」

 意図を察してくれた天魔が、魔法障壁を広げ、ブレスから出る道を作ってくれる。

 導かれるように鈴音はそこから飛び出すと、自分の中にあるすべての魔力を込めて、龍型の頭部に魔剣を突き刺した。

 龍型を破壊する手ごたえを感じた。

 機械生命体でも、普通の生き物のように痛覚があるのか、痛みに身を捩らせ、空に轟くような吠え声を上げる龍型。

 でも、痛みに暴れ回る龍型は、まだ、死んだわけではないのだ。

「つ、追撃を」

 鈴音はそう言うのだけれど、先程の一撃に魔力は底を尽き、彼女は飛ぶこともままならない。

「倒さなくちゃ。そう、倒さなくちゃダメなんだよ。せっかく、あと一歩まで追い込んだんだから」

 自分に言い聞かせ、力を絞り出そうとする鈴音。

 しかし、実際は気が急くばかりで、龍型にしがみ付くのがやっとな彼女は、まともに動くこともままならない。

 仲間たちがここまで運んできてくれたのに、不甲斐ない自分に鈴音は泣きそうになる。

 その時だった。

「……ん。手伝う」

 鈴音はその声に、頼もしさすら感じた。

「お願い、ニケ」

 暴れ回る龍型を苦にすることなく、目の前に降り立ったニケ。彼女は頷き、鈴音が貫いた装甲に、とどめの一撃を放った。


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