模擬戦
魔王の出現により、古代の遺跡が見直されるようになった。
遥か昔に存在したという、超古代文明。その時代の技術が、今の自分達の技術レベルよりも遥かに高いと、魔王によって証明された。
なのでどの国も、古代遺跡の技術を我がものにしようと躍起になっている。
それは表向き、魔王を倒す為でもあるのだろうけれど、実の所は、魔王を倒した後、自国を有利に立たせる為でもあるのだろう。
各々の国は戦争をやめ、同盟関係を築き上げたというのに、自国の技術を晒し合うような事は決してしなかったのが、その証拠と言える。
そんな水面下で行われる争いの中で、今の所一番優勢に立っているのは、この天里という国だ。
天里は現在、判明している古代遺跡が最も多い国でもある。超古代文明は、天里を中心に栄えていたのではないかという、仮説が立てられているほどだ。
そして、遺跡が多いという事は、それだけ調査できる物が多いという事でもある。
それが、天里の技術を躍進させた。
今、天里の白山地方の訓練校には、協力と交流という大義名分の下、多くの外国人の訓練兵が、留学してきている。けれど、その中にはスパイが居る可能性もあると、言い含められてもいる有様だ。
だだっ広い講堂で、規則正しく並んだ訓練兵を前に、この地方の軍部を預かる司令官、緒方周代が厳めしい顔をして、各国の協力に謝辞を述べている。けれど、その言葉が上っ面でしかないことが、誰もが理解していた。
魔王という共通の敵ができて、協力するようになったとはいえ、教官の世代は他国と戦争をしていたのだ。今まで戦っていた敵を、すぐさま認める事は、彼らにとって難しいことなのだろう。
しかし、こんな協力も上手くいっていない状況で、魔王を倒す事ができるのかと、訓練兵である葛木天魔は思ってしまうのだ。
この後は、チームでの模擬戦が行われる。お互いの実力を向上させるには、定期的に実戦形式の訓練を行うのが一番だと、教官たちは判断しているようだ。
チームワークを覚えるには、確かに効率的だ。
天魔は視線を巡らし、クロノア人の少女を見る。
小柄な体躯に整った顔立ちをしている。けれど、黒に近い髪と黄色に近い肌をした天里人とは違い、彼女の肌の色は褐色で、更に短く切り揃えた髪も月のような白銀色をしていて、自分達とは違うのだと思わされる。アクエリアの白色人たちは、黒を悪しき色と毛嫌いし、黒に近い肌をした黒色人を嫌悪していたりするけれど、天魔から見て、そんな悪しき者には決して見えない。むしろ、可愛いくらいだ。……いや、可愛いのは黒色人がではなく、彼の見ている少女がというだけなのだけれど。
同じチームで、自らをニケと呼ぶ、ニッケル・プライマー。
天魔としては、大人達が上手く協力できていなくとも、少なくとも自分だけは、上手く協力できる関係を築きたいと思う。
折角、戦争が終わったのだ。
過去のしがらみに縛られ、人同士で傷付け合うなんてつまらない。
魔王の生まれた日、全ては変わってしまったと誰もが言う。けれどその変化は、全て悪いものだったわけではない。
魔王によって多くの人が死に、多くの嘆きと悲しみが生まれたけれど、それでも、戦争が無くなった事は良かったことだろう。
このまま兵士になれば、命を懸けた戦いに身を投じることになる。
けれど、殺すのは人じゃない。
それだけで、心は幾分と救われる。
少なくとも、自分は人を殺す為に戦っているのではなく、人を守る為に戦っているんだと、確信を持って天魔は思えるから。
例え人種が違おうと、人が死ぬ事は本当に嫌なことだ。まして、それを自分の手で行うなんて……。
もしも魔王が討伐されたら、また、戦争が行われるのかもしれない。
その時、天魔は兵士ではいられないだろう。誰かを守るために誰かを傷つけるのは仕方ないことだとは思う。けれど、戦争は守るだけではなく、ただ、奪うだけの戦いだってあるからだ。そんな戦いになんて、参加なんてしたくはない。
……まぁ、その時は、自分が生きているとも思えないのだけれど。
天魔は内心で、自嘲的に笑う。
そんなことを考えていたら、教官たちの話も終わったようだ。皆はそれぞれ、自分の魔導機械を装着に向かう。
魔導機械。それは人が魔法を使う上で、絶対に必要な物だ。
全ての人には魔力がある。それを使えば、万能と言える魔法を発現させられる。かつての人の中には、修練と才能を持って、呪文の詠唱と身振りだけで魔法が使える者もいたという。けれど、今はその技術はなくなっており、また、その技術がもしあったとしても、使える者が限られてしまうのだ。
なので今では、誰もが魔法を使う為に、魔法を発動させる補助として、機械を使っている。
魔力を導き、魔法へと変換する機械、つまり魔導機械だ。
今の人は、魔導機械が無ければ魔法が使えない。それ故に、戦う者にとって、魔導機械を使いこなせることが、最も重要でもある。
彼らが使う武器もまた、魔道機械だからだ。
体にぴったりとフィットした魔力伝導率を高める特殊な樹脂製の魔導スーツの上に、鎧のようにゴツイ魔導機械を纏って金具で固定する。その鎧のような魔導機械を、甲魔装と呼び、その中には、武器の収納ができる場所があるので、自分の戦いに合った武器を入れていく。
「天魔。アリス・ノーランって知っているか?」
同じチームで友人の伊波浩太が話しかけて来た。
鍛えこまれた体は細くしなやかで、顔は整っているけれど目付きが異様に鋭い。なので怖い人と勘違いされがちだけれど、決してそんな事はない。一度親しくなれば、結構話し好きでもある。
「ふふん。事情通のお兄さんに知らない事はありませんよ。アリス・ノーランは最近、アクエリアから編入された留学生ですね。何でも、アクエリアの正規兵団として有名な、ベノンに所属していたようで、その実力は相当なものじゃないかと言われています。今回の模擬戦で、彼女の実力が明らかになるだろうという噂ですよ」
アリスがこの訓練校に来てから、初めての模擬戦となる。今まで噂になっていただけに、彼女の実力を誰もが注視している事だろう。
もしかしたら、彼女を警戒したチームに一気に倒され、結局実力はわからずに終わる可能性もあるけれど。
この模擬戦は、各自のチームが他のチームと戦う訳ではなく、この訓練校の全てのチームが敵味方に分かれ、先に大将となるチームを倒した方が勝利という総力戦でもある。
有力者が、複数のチームに襲われ潰されるということは、良くある作戦の一つだ。アリスもその標的になる可能性が高い。
「……それで、アリスがどうしたんです?」
「ああ。何でも作戦考えている参謀本部の奴らが、今後の為に、アリスがどれだけ戦えるのかを知りたいんだってよ。だから、今回は真っ先に潰すような作戦じゃなくて、力のあるチームで挑んで、実力を試してみようっていう話し合いをしているらしい。……でだ。その役、俺らのチームが買って出ないかって話さ」
そう言って、浩太は上級生の方へと視線を向ける。今、模擬戦での作戦を考えているのは彼らだ。
「良いじゃん良いじゃん。あたしも戦ってみたいよ。アクエリアのエリートに、あたし達の力が、どれだけ通用するかなぁ」
同じチームの瑞城鈴音が、浩太の話を聞いていたようで、乗り気な様子を見せる。
鈴音は幼さの残る顔立ちに人懐っこい性格をしており、綺麗と言うよりも可愛いという言葉がしっくりくる。後ろに縛ったポニーテールが、彼女の持つ活発さを表現しているようで、とても似合っていた。
「……いや。鈴音の場合、瞬殺されて終わりじゃね」
「うん。残念ながらお兄さんもそう思いますね」
残念ながら、鈴音の実力は高くない。弱いという訳ではないけれど、アリスに対抗できるほどの実力者でもない。
「うっわ。失礼だよ、二人とも。確かに勝てるとは思っていないけれど、さすがに瞬殺はされないよ。ねぇ、ニケ」
もう一人の仲間であるニケに、最後の希望を求める鈴音。
ニケはいつものように、読み難い無表情をしている。けれどそれは、冷たいものではなく、子供が浮かべるようなキョトンとした表情に近い。
ニケは鈴音を見ると、一つ頷いた。
「……ん。ニケならできる」
「え? できるって、何の話」
自分の求める答えとは、関係なさそうな事を言われ、鈴音は困惑したような顔をする。
「……スズの瞬殺」
ニケの淡々とした言葉に、鈴音は顔を悲しげに歪めた。
クロノアからやって来たニケは、とても強い。彼女は別に、アリスのようにエリートの出という訳ではない。むしろ来た時は、その魔力の高さから派遣されただけで、魔導機械の扱いや戦い方にしても、素人と呼んで差し支えなかった。
けれど、ここに来てからの、彼女の学習能力は凄まじい物があった。
ここに来て一年ほどで、上位の実力者に成るほどだ。
ニケは天才の部類なんだと、天魔は思っている。そして、その認識は鈴音や浩太にしても変わらないだろう。
「うぅ。味方がいないんだよぉ」
そんな泣き言を口にする鈴音に、ニケは首を傾げる。
「……ん? ニケはスズの味方。だってチームだから。……だから、ニケはスズを瞬殺はしない」
表情が変わらないのでわかり難いけれど、彼女は少なくとも心から言っているようだ。
「……ねぇ、天魔。これは、ありがとうって言った方が良いのかな?」
「……お兄さんにも、わからない事はありますよ」
「うっわぁ。さっき浩太に言っていた事と違う」
そんな事を言ってくる鈴音を無視し、とりあえず天魔は浩太に向き直る。
「では、皆乗り気みたいだから、浩太はその話しを進めといてください。鈴音はともかく、このチームのエースであるニケなら、アリスとだってたぶん、渡り合えると思いますしね。それで勝てたなら、僕達のチームの評判はうなぎ登りだと思う訳ですよ、お兄さんは」
評判が上がり成績も良ければ出世の道が開かれる。兵種にしても選べる選択肢が増えるだろう。
コネのない人間にとって、就きたい兵種になるための唯一の道だと言って良い。少なくとも天魔は、なりたい兵種があるので、評価の高い所にはいたい。もしかしたら、チームの皆は違う想いを持っているかもしれない。けれど、出世をしたくないと思う者は少ないはずだ。
「じゃあ、伝えてくる」
浩太は頷き、上級生の方へと向かう。
「あたしはともかくって、酷いと思うよ天魔。こうなったら、あたしがアリスを倒して、皆の評価を覆さないと。見ててよ、ニケ」
「……ん。ニケはスズがやられた後に戦う」
「え? ちょっとそれ、あたしが負ける事前提じゃない?」
鈴音はニケの言葉に困惑した顔をした。
魔導機械を装着すると、教官の操縦する大型車によって山の中に運ばれる。その時点で既に、敵と味方で分かれている。
作戦を組み立てた上級生の指示の下、大型車を降りてから更に、配置された場所へと向かう。
「うぅ。この移動の時間が、一番嫌いなんだよ」
鈴音が重々しく山道を歩きながら、呻くように言った。
正直、一緒に歩く天魔達も同じ気持ちではある。
鎧のように着込んだ甲魔装は重く、更に魔導スーツは通気性も良くないので、体中、汗でぐっしょりとなってしまう。
「ここは一つ、甲魔装の力を使ってみるってのはどうかな」
鈴音は弱音から、そんな提案をしてくる。
甲魔装には、武器を収納できるだけでなく、身体能力強化の魔術機能が仕掛けられている。それを使えば、今着込んでいる甲魔装自体の重みも感じなくなるし、何より人間離れをした動きができるようにもなるので、移動はどこまでも楽になることだろう。
「……まぁ、鈴音はアリスに瞬殺される予定だし、お兄さんとしては別に構わないですよ」
天魔は素っ気なく言った。
確かに楽にはなるけれど、今使わないのには理由がある。
甲魔装の効果が発揮されている時間は三時間。そして、この模擬戦が行われる時間は三時間。なので、模擬戦開始まで甲魔装の利用の禁止が義務付けられている。
それは後半、動けなくなってまともに戦えなくなるからというわけではなく、甲魔装に仕込まれたもう一つの魔法が重要だからだ。
身体機能の向上と共に発動するもう一つの魔法。
それは、身代わりの魔法。
致命傷とも言える攻撃を受けた際、一度だけ、身代わりとなってくれる。
これは安全面で、必要な事だ。これから行われるのは模擬戦とはいえ、使われる武器は本物で、実際の戦闘と変わらない。その為、死傷者を出さない為に、模擬戦では身代わりの魔法を使わされた時点で負けとなり、参加を禁じられる。
この魔法のおかげで、模擬戦の死傷者の数はグッと減っただけでなく、本格的な訓練ができるようになったという。
けれど、身代わりの魔法は身体能力強化の魔法と連動しているので、やはり、その効果時間は三時間のみ。なので先に使ってしまえば、例え攻撃を受けていなくても、途中で効果が切れて、撃墜された事になってしまうのだ。
「いや、あたし勝つし。最後まで生き残るし」
「なら、我慢しろ。装備がクソ重てぇのも、むちゃくちゃ熱いのも、俺らも一緒なんだ。つか、さっきからお前が重いって言うたびに、俺も重く感じて仕方ねぇんだよ」
浩太が苛々したように、鈴音を睨む。
元々目付きが鋭いので、そういう顔をされるとかなり怖い。
「うぅ。ごめん」
脅えた表情を浮かべ、素直に謝る鈴音。彼女は別に、思った事をすぐに口にしやすいだけで、別段、我が儘と言う訳ではないのだ。
「まぁ、もうちょっと我慢してください。もうすぐ、配置地点に着きますよ」
そう言って、天魔は向かう先を指差した。
天魔達が配置されたのは、本陣から見て右翼となる集団が陣取る山頂から、少し外れた森の中。山頂に登る道への奇襲には最適な場所。敵が襲いに来た際、ここで足止めするのが役割だ。そして、アリスの情報が入ったら、そこへと襲撃に向かう遊撃的な役割も担っている。
配置地点に着くと、最後に魔法機械の状態を確認し、開始の合図までジッと待つ。
そして上空から、大きなサイレンが聞こえて来た。
模擬戦開始の合図だ。
全ての訓練生が、甲魔装の効果を発動させる。
甲魔装と連動している白かった魔導スーツも、発動したことを知らせるように黒く染まり、効果を現しているのだと誰もがわかる。それと同時に、ただ待っている間も感じていた魔法機械の重みも、羽みたいに軽く感じ始めた。
「うぅ。この魔法を発動させると、すぐに動きたくなるよね」
「まぁ、そうですね。お兄さんも気持ちはわからないでもないですよ。でも、僕らの最初の役目は待ち伏せです。我慢しなくちゃ」
「……ん。役目はすぐにやってくる」
「ああ、そうだな。つぅか、来やがったぜ」
浩太が空を見るように促す。すると遠くに、高速で空を飛んで近付く小隊がある。
合計八名。
道を避け、森の方から奇襲をかけようとしたのだろう。けれどその作戦は、配置されていた天魔達の性で、もろくも崩れようとしている。どうも、作戦を考えた上級生は、こちらの方が優秀なようだ。
「どうする? やっぱ迎撃?」
「うん。でも、通り過ぎた所を後ろからですね」
「うっわ。卑怯臭い」
鈴音はそう言いながらも木の陰に身を顰める。それに、天魔達も倣う。
相手だって高速で飛びながらも、地上からの迎撃を警戒している。正面から迎撃しようとした所で、避けるだけの自信があるはずだ。
「お兄さんが魔銃で背後から撃ちます。遠距離が苦手な浩太は、空を飛んで近距離戦。二人はどうします?」
「……ん。ニケも斬り込む」
「了解です。では鈴音は援護で」
「わかったよ」
それだけ確認し合うと、息を顰めて敵の小隊が通り過ぎるのを待つ。相手は下を警戒しているようだけど、森の木々を見通す事まではできていない。
そして、真上を通り過ぎた瞬間、天魔と鈴音は魔銃を放つ。
放たれる魔力弾は、別々の二人を正確に撃ち落とす。相手は避けるような挙動をしていたわけではなく、一定のスピードで飛んでいただけなので、それほど難しくはなかった。
いきなり二人を落とされたので、動揺する敵。その隙を見逃さず、浩太とニケは背中の魔法機械で光の羽を展開すると一気に上昇し、また二人の敵を斬り落とす。
その間も天魔と鈴音は他の敵を撃ち落とそうとする。
もう一人を撃ち落とすことに成功するが、後はかすっただけで、身代わりの魔法を発動させるまでにはいかない。
これで四対三。数の上では有利になった。けれど、相手も奇襲から立ち直り、臨戦態勢を整えているので、先程までのように楽には仕留められないだろう。
敵の三人は、ニケと浩太に急接近し、戦いを挑む。
味方の近くによれば、援護射撃ができないだろうと考えたのかもしれない。
「でも、甘いですね」
「うん。あまあまだね」
天魔と鈴音は、躊躇うことなく援護射撃を放つ。それは浩太やニケに当たる射線だったかもしれない。けれど、二人は当たる直前に、軽業のような器用な動きで避ける。
予期していなかった敵は、成す術もなく撃ち落とされた。
天才と呼ばれるニケの技量は馬鹿みたいに高く、野性的な勘のようなもので避ける為、滅多に当たる事はない。
また、魔力の全大量の少ない浩太は、魔力の使用料の高い銃を使わない変わりに、僅かな魔力で威力を引き上げる魔剣を使った戦い方を極めようとしている。その課題として、相手の銃撃を避けるのは絶対条件となる。その努力を欠かさない彼は、銃撃を避ける事に慣れているのだ。
後は楽なものだった。
人数を更に減らし、圧倒的不利になった敵を、危なげなく仕留めることに成功する。
「よっしよっし。ナイスコンビネーションだったね」
嬉しそうに言う鈴音に、皆で頷く。
「お兄さんは、もっと苦戦すると思いましたよ」
「ああ。相手には悪いが、こっちの狙いが上手く嵌ったな」
上機嫌に浩太が言った。
「……ん。この調子で、アリスも倒す」
「そうだね。アリスがどんなに強くても、あたし達が力を合わせれば、負けるはずないよ」
「そうだな。頼りにしているぜ、ニケ」
「お兄さんも」
「……ん。任せる」
「あれ? あたしも頼って良いんだよ?」
首を傾げる鈴音はとりあえず無視しておく。
その時、天魔達の下へと通信が入った。右翼の情報担当からのものだ。
「こちら、チームお兄さんと仲間達。何かありましたか?」
『ああ。どうやら相手は、短期決戦を狙っているようだ。大軍を引き連れて、中央突破を仕掛けて来ている。アリスの事はもう良い。それよりも本陣の救援に向かう。……それと、そのチーム名は、どうにかならないのか?』
「あはは、無理ですね。お兄さんとしては、気に入っているんですよ、このチーム名。それより、撃退しましたがこちらにも敵が来ましたよ。八名と少なかったですけれど」
『ふむ、そうか。……おそらく、本陣の救援に行かせない為の、陽動だろう。気にしなくて良い』
「……なるほど。わかりました。お兄さん達も、救援に向かいます」
どうやら相手は、一点突破を仕掛けて来たらしい。この模擬戦は、大将と決められた生徒がやられれば負けとなる。魔王の操る魔族も、指揮官を倒せば撤退を始めるからだ。
先程、天魔達のところを飛んで来たチームは、本陣の救援に行かせない為の陽動か、もしくは、本陣を救援に行こうとした右翼の軍を後ろから襲い、混乱させることで足止めさせようとしていたのだろう。情報担当もそう判断したようだ。
ならば、天魔達のすべきことは、すぐに中央本陣の救援に向かう事だ。相手の策に、わざわざ乗る必要はない。
「つか、ほんとにチーム名、お兄さんと仲間達にしたんだな」
浩太が凄いうんざりした顔で、天魔を見てくる。けれど、彼はそれを笑い飛ばした。
「ふはは。お兄さんがジャンケンで勝ちましたからね。勝者の権利って奴を、しっかりと使わせてもらいましたよ」
「……ん。でも、何故お兄さん?」
ニケが首を傾げる。
「ああ。それ、あたしも思ってたんだよ。天魔はいつも、自分の事をお兄さんって呼ぶけれど、あたし達と、年は変わらないはずじゃん」
鈴音の言葉に、天魔は呆れたような顔をする。
「そんなの決まっているじゃないですか。お兄さんがこのチームの中で、誰よりも精神的に大人だからですよ」
「とりあえず、こいつ殴って良いと思う人」
浩太の問いに、鈴音とニケは、迷わず手を上げる。
「というわけだ天魔。歯を食いしばれ」
「え? ちょっと待ってみましょうか。……えっと、ほら。今はそんな事をしている場合じゃないですし。……本陣の救援に行かねば」
天魔は一目散に走り出す。
「あっ。逃げた」
「逃がさん」
「……ん。仕留める」
「ちょっと、君ら。目的が。目的がおかしいですよ」
「そんなもの、知るか」
「全くだよ。あたしらが子供じゃない事を見せつけてやるんだから」
「……ん。ニケは自分の名誉の為に戦う」
模擬戦の最中だというのに、感情任せで、ふざける事を優先する三人。
「まったく。そういうところが子供だと、お兄さんは思うんですけれどね」
走りながらぼやくのだけれど、それを楽しんでいる自分がいることを、天魔は自覚していた。
「お兄さんも、まだまだ大人には成りきれていないのかもしれませんね」
それでも、彼は思う。
こんな時間がずっと続いてくれれば良いと。
魔王が生まれた日、全てが変わった。
人々はあの日、封印されていた魔王が現れたと、一般的には言われている。けれど、実際は違うのだと、天魔は知っている。
十年前のあの日、魔王は封印から解き放たれたわけではなく、生まれたのだ。
そう、あれは世界に絶望した思いから生まれた魔王。
魔王は人を襲い、悲しみと憎しみを一身に受け止める。
それ故に、魔王との戦いには悲しみばかりが付き纏う。
その悲しみを少しでも減らすのが自分達、兵士の役割なのかもしれない。けれど今まで、完全に犠牲をなくす事はできたことはない。
魔王と戦うのが兵士の本分だったとしても、できれば、魔王との戦いなんてずっとなければ良い。
今のまま、魔王が襲ってくることもなく、他の国とも戦争をすることなく居られればと、心から思う。
「叶う事の無い夢だって、誰よりもわかっているはずなんですけれどね」
天魔は、自分の子供のような思いに、ますます苦笑してしまう。
そのまま仲間達から逃げるように走り続けていると森を抜け、先に本陣に合流しようとしていた百二十人ほどからなる、右翼の陣が見えて来た。
既に先頭の方では、右翼を足止めしようとする敵との戦いが始まっているようだ。敵は本陣へ攻め込むことに主力を使っているはずだから、右翼の足止めは、それほど数が多い訳ではないはずだ。
「……おかしいですね」
天魔は不思議に思って立ち止まる。
「隙ありだよ」
鈴音に後頭部を殴られた。
「イッタァ。……いや。そこは空気を読んで、殴るのはやめて欲しいんですけれど」
「隙ありだ、ボケ」
浩太に脇腹を蹴られる。
「ゲホッ、ゴホッ。周囲の流れを読んでくださいよ、頼むから」
天魔が涙目で叫ぶと、いつの間にか近寄っていたニケが頷いた。
「……ん。隙あり」
ニケが指先で、突き刺すように脇腹を突いて来た。目立たないけれど、地味に痛い。
「いや、まぁ、今の流れ的には、確かにそうかもしれませんけれど。そういうノリの良さは見せないで欲しかったです。……といよりも、ほら。おかしくないですか?」
「おかしいって何が?」
「ったく、脊髄反射のように聞いてんじゃねぇよ、鈴音。見りゃわかんだろ。右翼の連中の方が、数が多いってのに、足止めされているんだ」
浩太は忌々しそうに顔を歪める。
まだ完全に合流していないので、少し離れたところから客観的に陣容が見える。なので、どうなっているのかが良くわかる。
遠くにある森の斜面から、とんでもなく正確な射撃が放たれている。
それが丁度、軍隊の動きだしを牽制するような絶好のタイミングを狙っているので、右翼が思うように動けずにいる。そして、連携が上手く行かないと、軍隊はたちまち烏合の衆と化してしまう。そしてそれは、足止めを図る敵チームからすれば、最高の援護となることだろう。
右翼の仲間達も、何も対策を講じなかったわけではないのだろうけれど、狙撃手はよっぽど優秀なのだろう。撃った後に素早く場所を変える相手を、発見する事もままならずにいるようだ。まぁ、正面の足止め部隊と戦いながらだから、思い切った策も講じられないのだろう。
「さてさて、誰かな? あれをやっているのは」
「ん~? 何人か強い人は思い浮かぶんだけれど、狙撃の名手なら、大城じゃないかな?」
「大城か。あり得ますね」
天魔は鈴音の言葉に頷き、けれど、あの狙撃は決して一人ではないだろうとも思う。
確かに、大城の射撃技術は高い。だからと言って、一人で軍一つの連携を断ち切るなんて、神業に近い。遠距離射撃は連射が効かないので、右翼の仲間達はその合間に、一気に動き出すことが出来たはずだ。しかしそれが二人ならば、効かない連射を補うように交互に牽制ができる。
まぁ、お互いに相当の腕があったればこそだろうけれど。
本当に大城だったとして、果たしてもう一人、大城に匹敵する使い手は誰だろうか?
浩太も同じ考えに至ったのか、考え込むような表情をする。
「……確か、大城って、アリスと同じチームだったと思う」
浩太はアリスについて、直接作戦部で話を聞いていたので、彼女のチームメイトも把握していたようだ。そういう情報は、前もって教えてほしい。
「じゃあ、もう一人の射手は、アリスってことですかね?」
「……ん。精度が高い方が、大城の。あの射撃には、苦戦させられる」
「ニケは射撃を見て、相手が誰だかわかるの?」
鈴音が驚いたように尋ねる。
「……ん。大城の射撃は綺麗だから」
「俺には、どっちの精度が高いかすらわかんねぇよ」
「残念ながら、お兄さんもです。……でも、本来の目的であるアリスの居場所がわかったし、お兄さん達はどうしますか?」
「情報担当には、アリスのことは良いって言われたけどな」
「この状況なら、アリスか大城を叩く必要がありますね」
「ふふん。それに、あたしには、アリスに勝つっていう目的があるからね。もちろん行くんだよ」
「そうでしたね。瞬殺される予定でしたね」
「そうそう。――って違うよ? 勝つって言ったよね?」
「……ん。ニケの方が強いという事を証明する」
「おっし、その調子だニケ。俺が他の奴らを引き付けとくから、思う存分、アリスと戦いな」
「じゃあ、お兄さんが大城の相手をしますよ。勝てるかどうかわからないけれど、まぁ、ちゃっちゃとアリスを倒して、助けてくれると嬉しいですね」
「ん。任せて」
力強く頷くニケの姿は頼もしい。
「いや。だから、あたしにも任せてくれていいんだよ。ドンとさ」
鈴音はそう言うけれど、どこまでも死亡フラグにしか思えない。
とりあえず、アリスと戦う為には、彼女を見つけ出さなければいけない。
うん、真理だね。誰にでもわかる事だ。
見つけられていない者と戦うことなんてできないのだから。
天魔はその作戦を考えようとして、嫌な予感を覚える。
今までの経験上、この状況で使われる作戦は決まっている。
「というわけで、お兄さんは要塞作戦を却下しようと――」
「じゃあ、要塞作戦で良いな」
「そうだね。そうすれば、アリスの居場所がわかって、あたしがズバッと斬り込めるね」
「……ん。要塞作戦で決定ね」
「……お兄さんは却下だって言ったのに……」
鈴音の無視される気持ちが、少しだけわかった気がする。
「まったく、怖くて嫌なんですよね」
要塞作戦。それは実質、囮作戦だ。
一人が囮となり攻撃を一身に受けることで、相手の居場所を探るという単純なもの。でも、単純だからこそ効果は高いはずだ。
アリス達がどんなに動きまわっているとはいえ、その範囲はそこまで広くはない。お互いにチームとして、フォローできるようにしているはず。
囮が上手く注意を引くことができれば、仲間達がアリスに近付く事ができるはずだ。
そして、囮はその一身に攻撃を受ける役は、上等の囮でなければならない。アリスや大城が、脅威に感じるだけの囮が必要だ。
そして、その役ができるのは、天魔となる。
彼は諦めの感情を持って、ため息を吐いた。
「じゃあ、さっさとやろうか。嫌な事は先にやっちゃう性格なんですよね、お兄さんは」
天魔はそう言って、自分の魔力を魔導機械に流して行く。
身に纏っている甲魔装と違い、魔導機械は送り込んだ魔力の量によって、威力や出力を増す。
魔力は自然と回復するけれど瞬時に治るものではないので、常に全開で送り続ければ十分程で尽きてしまう。なので、比較的魔力の少ない浩太などは、威力を上げる為には多くの魔力を必要とする魔銃などの遠距離兵器を使わずに、少ない魔力でも大きな威力を発揮する魔剣などの、接近戦に特化する戦い方を工夫している。
攻撃だけでなく、それを防ぐ空間に展開する魔法の障壁にしても、空を飛び素早く移動する光の翼にしても、使うには魔力が必要なのだ。
つまり、魔導機械を使う戦いにおいては、どれだけ魔力を節約し、効率良く使うかが重要と言える。
そんな中、天魔だけは他の者とは事情が違った。
彼には他の者にはない力があった。それは、底の見えない無限の魔力。
いや、もしかしたら底はあるのかもしれない。けれど少なくとも、彼が今まで自分の魔力が尽きた事を感じた事はない。
そう、どれだけ全力を出し続けようともだ。
アリス達の銃撃のあった場所に向かって、天魔は光の翼を展開し、全力で飛び立つ。
相手はすぐに気付いたようだ。接近を牽制するように、魔力弾が向かってくる。
全力の飛行なので、相当な速度を発揮しているというのに、すぐに正確無比な射撃で対応してきた。
天魔には避けることなんてできず、成す術もなく魔力弾の直撃を受ける。
それでも、彼は無事でいた。
飛翔と同時に全力で展開した魔法障壁が、彼の身を守ったのだ。
「……やっぱり、怖いんですよ、お兄さんは」
ついつい泣き言を言ってしまう。
どんなに魔法障壁を張っていようと、それが破られる可能性は皆無ではない。自分に向かって飛んで来る魔力弾。それが魔導障壁に当たる度、身がすくむような思いがする。
攻撃にまで手を回せば、障壁に送る魔力が減りそうで怖い。なので、天魔に出来る事は、障壁を厚く張りながら、攻撃のあった地点へと距離を縮めることだ。
近付けばわかる。相手が一人ではない事が。
先程居た場所とは、全く違う場所から魔力弾が放たれる。遠かった時は大城とアリスだけのものだったけれど、近付けば他のチームメイトも援護に加わってきた。
近付く程に、予想もしなかった場所から攻撃される。
天魔以外の右翼の仲間達が、 アリス達に近付こうとして失敗していたわけがわかる。
彼のように空から接近しようとしても、近付く前に障壁を削られ、破られ、そして、撃ち落とされていたのだろう。彼がそうならないのは、削られた障壁を、無限とも言える魔力を送って、補強しているからだ。
天魔にしかできない芸当。つまり、他の仲間が、空から近付くのは不可能に近い。
かと言って、地上から森の中を通ったとしても、今度は相手の場所を特定し難く、更にはアリスの仲間達が待ち構えているはずだ。それこそ、幾重にも罠を張って。
その為、確実にアリス達の隊を潰す為には、複数の小隊が必要だ。
それも、五つくらいの小隊を割いて、アリス達の対処に当てなければならない。ここで数をケチって、失敗したら、余計な犠牲を増やすだけだからだ。
しかし五つの小隊となると、右翼の五分の一の数だ。それだけの戦力を、ただの一隊を対処する為に、思い切って投入する事は難しいだろう。
右翼の戦いの場は、ここではない。
本陣を目指している敵の本隊と戦う為に、戦力を残しておきたいという気持ちが、余計に判断を難しくさせている。
「それも、もしかしたら計算の内なのかもしれないですね」
アリス達の役割は足止め。右翼の仲間達が、彼女達の対処に手をこまねいている今の状況は、十分に役割を果たしていると言って良い。
「でも、それもここまでです」
彼女達は、一向に撃ち落とせないでいる天魔の存在に、焦りを感じている。
その証拠に、地上を対処する為のアリスの仲間達が、空にいる天魔に、攻撃を加えているのだから。
全ての注意が空に向かっている。
つまり今、地上への警戒は甘いという事だ。
鈴音達が森の中を駆け抜けていく。
襲い来る魔力弾が減ったのが天魔にはわかった。
誰かがアリス達のチームと、接敵したのだろう。
天魔はそう判断すると、光の翼に更なる魔力を送り、射手の一人に一気に距離を詰める。その際、正面から魔力弾を受けて、防ぎきれなかった衝撃に弾かれそうになった。けれどすぐさま方向を修正し、距離を今度こそ詰め切る。
そこに居たのは痩せ型の男。
「やっぱり、大城でしたね。もしかしたらアリスかもとも思ったけれど、うんうん、お兄さんは運が良い」
「君は葛木だったね。運が良いっていうのは、俺なら確実に勝てるってことかい?」
優しげな顔に柔和な笑みを浮かべながらも、油断できない鋭さを持って尋ねてくる大城。
天魔は苦笑して肩を竦める。
「いやいや。お兄さんはそこまで自惚れていませんよ。もしかしたら勝てるかもしれないけれど、負ける可能性の方が十分にありますしね。だから、確実に勝てるなんて事は、絶対に思いません。……ただ、お兄さんは大城の足止めを買って出たので、ここで違う人の所に行ったら恥ずかしいでしょう?」
「あはは、なるほどね。じゃあ俺は、君をすぐに倒さなければいけないってことか。……それは確かに難しそうだ」
苦笑する大城。
先程から、天魔は彼の射撃を防いでいたのだ。つまり、天魔が防御に専念すれば、大城には倒す手段がない事の証明でもある。
だからと言って、負けないだけで勝てるわけでもない。戦いの技術に関しては、大城の方が、遥かに高いから。
できるのは足止めだけ。
「君らの狙いは、アリスかな?」
大城の問いに、天魔は苦笑して頷く。
「まぁ、この右翼の足止めを邪魔しようってのもあるけれど、概ねその通りですね。噂の留学生である彼女の実力を知りたいというのは、皆が思うところのようで、僕らはその実力を測る為の当て馬って奴ですね。……まぁ、アリスと戦うのは、ニケですけど」
「そっか。まぁ、俺としては君を倒して、アリスを助けに行くべきなのかもしれないけれど、……どうするかな。俺としては勝てもしない戦いは避けたいところだね。無駄に疲れるし」
「あはは。それはお兄さんも同じですよ。……そうだ。なんなら、一緒にアリスとニケの戦いを見に行きません? そして、僕らの勝敗は、アリスとニケのどちらが勝ったかで、決まるってことでどうですかね?」
つまり、これは不真面目な賭けだ。自分達で戦うのは面倒なので、勝敗の行方を他者に委ねようとしているのだ。
真っ当な向上心のある兵士ならば、こんな賭けを受けたりしないだろう。けれど、大城ならこの賭けに乗ってくれる気がしたのだ。
大城は少し考える素振りをするけれど、特に長く迷う事もなく、あっさりと頷いた。
「……うん、そうだね。それで良いよ」
「良かった。じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
とりあえず二人は、アリス達が居るであろう場所へと向かう事にする。
やはり、ニケとアリスの戦いには、興味深い者がある。
この訓練校の天才が勝つか、他国のエリートが勝つか、例え同じチームじゃなかったとしても、見てみたいという気にさせられる。
歩きながら、天魔は大城に話しかける。
「んと、大城は研究職に就こうとしているんですよね」
同じ訓練兵とはいえ、この訓練校を出た後の進む道は様々存在する。その中で、大城が進もうとしているのは、遺跡の調査研究を行う兵士だ。
遺跡探索研究資兵。
遺跡兵。もしくは研究兵などと呼ばれている。
天里で見つかっている遺跡は全て軍に管理されており、その発掘、調査、研究は軍が行っている。外部の考古学者や研究者が協力することもあるけれど、他国に遺跡の技術が渡らないように、厳重な規制がかけられている。なので、本当に遺跡の研究をしたいのであれば、軍の遺跡兵に入るのが一番と言って良い。
「誰かから聞いたのかい? ……まぁ、そうなんだよ。俺は元々、考古学者になりたくてね。でも、遺跡を兵器として考えるようになった今の世の中じゃ、ただの考古学者になっただけじゃ、遺跡を調べる事もままならない。だから俺は、遺跡兵になりたいんだ。そうすれば、古代の歴史に触れられる機会が増えるからね」
そうなった時の事を考えたのか、大城は本当に楽しそうな顔する。
「わかりますよ、その気持ち。お兄さんも実は、同じ夢を持っているんです」
「君も遺跡兵になりたいのかい?」
「ええ。古代の遺跡に眠る、ロマン。超古代文明の技術力には圧倒されるし、昔の人はどのように、何を思って生きていたのかにだって興味があります。彼らは今よりも優れた技術力を持っていたのに、何で、超古代文明は滅んでしまったんだろうとか、考えていると楽しくて仕方ありませんね」
熱く語る天魔に、大城は嬉しそうに頷く。
「ああ。その気持ちはわかるよ」
「だから一度、同じ目標を持っているっていう大城と、話してみたいとも思っていたんです」
「そっか。俺も、遺跡の話ができるのは嬉しいよ」
兵士の中で、遺跡兵を目指す者はそれほど多くはない。なので大城にしても、考古学の話ができる友人は少なかったのかもしれない。
二人はニケとアリスの戦いが行われている場所に向かう道すがら、自らの集めた歴史の話に花を咲かせた。
天魔による要塞作戦が上手くいった。
森の中を駆けまわる浩太が、敵チームの一人の不意を討つことに成功して、今はもう一人と戦っている。囮になった天魔は、大城に接敵することにも成功したようだ。
残るはアリスだけ。
「んふふ。ここは兼ねてからの作戦通りに、あたしがアリスを倒すんだよ」
鈴音は自分の思い描いたように進む戦場に、にんまりと笑う。
もしも彼女がアリスを倒す事ができれば、彼女の評価は正にうなぎ登りだろう。もしかしたら龍になれるかもしれないってくらいに。
……まぁ、龍ってのは冗談だけれど、評価が上がればそれこそ、出世への道が開かれる。つまり将来、偉くなれるかもしれないのだ。
鈴音は偉くなりたかった。
それでも別に、偉くなって皆の上に立ち、尊敬の眼差しを向けられたいわけじゃない。……いや、本当にそんな理由じゃないよ。
鈴音は目線を逸らしながら、立派に言い切る自信がある。
……仕方ないじゃないか。
権力欲は誰にでもある当然の欲望なのだから。
誰だって褒められたいし尊敬されたい。羨望の視線を受けたいと思ったって仕方ない。
なのであたしは悪くないと鈴音は言い訳を胸にし、それでもやっぱり偉くなりたいと思う。
彼女が兵士の道を選んだ理由。
それは魔王から、いや、例えそれが戦争であってもだけれど、人を救いたいからだった。
兵士になれば、戦う手段を得ることができ、戦う手段を得る事が出来たなら、人を救う力が得られるという事だと、鈴音は考えたのだ。
その時の彼女は、別に偉くなりたいとも考えなかった。
しかし、天魔によって考えを変えられたのだ。
ある日鈴音は、天魔に尋ねた。それがいつだったかも、どこだったかも覚えていないような、本当に何気ない会話。
鈴音と天魔の付き合いは、それほど長くはない。一年くらいだろうか?
半年前にやって来たニケよりは長いけれど、何年もの付き合いとなる浩太よりは遥かに短い。けれど鈴音は、天魔に対して昔からの知り合いのような親しみを感じていた。
だから彼女は、少しだけ踏み込んだ質問をした。
「天魔は何で、兵士になろうとしたの?」
内容だけを聞けば、他愛の無い質問に聞こえるかもしれない。けれど、この訓練校の中には、悲惨な過去を負う者もいる。そんな中で、兵への入隊の理由を聞くのは、人によっては無神経だと激怒させるのに十分な質問でもあるのだ。
それでも、親しくなった天魔なら答えてくれる。そう思って、鈴音は興味本位で尋ねた。
「お兄さんは遺跡を調べる仕事をしたかったんですよ。それこそ小さな頃から。それで、本格的に調べるのなら、兵になるのが一番なんです。だからお兄さんは、兵士になる事を選びました。……まぁ、人を守りたいってのも、ないわけではないですけどね」
「天魔は遺跡が好きなんだね」
「ええ。遺跡を調べれば、昔に何があったのかがわかって行くんです。それは、その時代の暮らしだったり、信仰だったり、または、古代の人の人生という物語だったりね。とにかく、知らない事を知るって事は、楽しい事なんですよ」
「……むぅ。でも、あたしは勉強が嫌いだよ」
「それは、興味がないことだからですよ。でも鈴音だって、好きな事なら知りたいと思いますよね? 例えば、鈴音は料理が好きじゃないですか。お兄さんは料理のことなんて丸っきりわからないけれど、鈴音は色んな調理方法を熟知しています。それは、鈴音が学んだからこそ得たものですよ」
「そっか。あたしは料理の勉強はしていたんだね」
「そういうことです。……それで、お兄さんはなんで兵士になったか答えましたけれど、鈴音はどうして兵士に? 料理が好きだし、料理人って道もあったんじゃないですか?」
「……いや、まぁ、そうなんだけどさ。……その、あたしが料理作るのが好きなのは、それを食べて喜んでもらえるのが嬉しいからなんだよ。でも、こんな魔王の脅威のある世の中じゃ、心から喜んで食べて貰えないんじゃないかって思っちゃったんだよね。……それに、あたしには強めの魔力もあったし、……それなら、あたしは人を守る人になりたいと思ったんだよ。……変かな?」
気恥ずかしい気持ちになりながら鈴音がそう言うと、天魔は特にからかったりせずに、首を横に振った。
「そんなことはありませんよ。お兄さんなんかよりも、よっぽど立派な考えですよ。……鈴音は、魔王を倒して平和にしたいんですね」
「ん。まぁね」
「じゃあ、偉くならなくてはね」
「偉く?」
「ええ。戦いを続けるも続けないも、決めるのは英雄でも兵士でもないですよ。お偉い指揮官ですよ。もしも鈴音が本当に戦争や魔王をどうにかしたいと思うのなら、偉くなるべきですよ。そうしなければ、この世界は変えられません。ただの兵士ではね」
「……そっか。そうなんだ」
ただ、戦っていればいつか、この戦いも終わると思っていた鈴音に、明確な道を示されたのはその時だった。
だから、鈴音は偉くなりたいと思うのだ。
命令を出せる立場となって、この戦いを少しでも早く終わらせられるように。
「ここ最近、魔王は遺跡に封じられていたのではなく、その遺跡で生み出されたんだっていうのが、研究者の主流な考えだっていうのは、大城は知っていますか?」
天魔は、大城の知識を試そうと、最近研究者の中で話題になっている話を知っているのか確認してみた。
すると、彼はあっさり頷いてくれた。
「もちろんさ。だから、一部の書籍では魔王が初めて姿を現した日のことを、魔王の生まれた日って書いていたりするくらいだしね」
自分の話をわかってくれる人がいる。それが嬉しくて、天魔は笑顔で頷いた。
「そう。そうなんですよ。魔王のいた遺跡の調査をした研究員の話では、ほとんど壊れて修復も不可能だったって話です。けれど、魔王を生み出したと思われる装置は、最近使われたらしいんです。つまり魔王は、古代の技術を使われていたかもしれないけれど、最近――つまり、魔王の生まれた日に生み出されたってわけです。だから今、研究者たちの間では、誰が、何のために魔王を生み出したのかで、議論が白熱しているって話ですよ」
「うん。当時、魔王が生まれた日に、遺跡の近くではアクエリアの爆撃があったって話だから、魔王を生み出したのは天理の人間か、攻め込んできたアクエリアの人間だって言われているよね。……まぁ、でも俺なんかは、生み出した者の意図通りに、魔王が今も行動しているとは思わないけどね」
「どういうことです?」
「簡単な話さ。古代の遺跡の技術は、今の俺たちの技術でも、手に余るものだよ。だから俺は、遺跡に迷い込んだ誰かが、誤って魔王を生み出してしまっただけなんじゃないかって思うんだよ」
「……なるほど。つまり、魔王が生まれたのは偶然の産物で、今の魔王は誰かの意図なんか介さない、暴走状態ってことですね」
「うん。俺はそう思っているよ。魔王は世界中の、全ての人を敵に回している。かといって、人を支配しようとしているわけでもない。魔王はただ、思い出したように人を襲うだけじゃないか。俺には、そこに何か意図があるようには思えない。むしろ、兵器として生まれた習性から、人を襲っているんじゃないかって思っているんだ」
「ああ、それはありそうですね」
魔王は、古代の兵器だというのが一般的な見解だ。造られた兵器とはいえ、魔王には自我がある。自らで考え、自らの意志で動くのだ。その自我は、人のような感情をも生み出しているのではないと言われている。
しかし、兵器として生まれたからこその性がないとは決して言えないだろう。
「面白い意見ですね。まぁ、今の研究者たちは、魔王を生み出した責任を他の国に押し付けたいから、そんなことは言わないですけどね」
天魔が苦笑しながら言った。
魔王は、どこかの国の陰謀によってもたらされた脅威だ。それが、研究者たちの表向きの考えだ。裏ではそんなことはないと思ってはいても、今の研究者たちは、軍の人間だ。真実よりも都合のいい答えを探しているのだ。
「確かにね。自分の国にとって都合のいい結論を出すために、真実ですら蔑ろにしようとしているんだ。……もしも、魔王を生み出した国を特定することができれば、他の二国はその国に、大義名分を持って色々な代償を要求できるだろうからね。それは、自国に大きな利を生み出すとは思う。……でも、俺はそういうのは嫌だな」
「……まぁね。お兄さんも同じ思いですよ。遺跡探索は、国の思惑とか関係なくやってほしいところです。……まったく。魔王が生まれた弊害が、こんなところにまで出るなんて」
そう言って天魔はため息を吐いた。
魔王が生まれ、古代の遺跡が軍事力として注目される前ならば、少なくとも天里では、遺跡の探索に制限はなかった。軍に入るという遠回りをしなくとも、考古学者として、真実の探求を好きなだけできたのだ。
「まぁ、仕方ないさ。……それよりアリスたちが見えてきたよ」
大城が指をさした方を見れば、激しい戦いを繰り広げるアリスとニケの姿があった。二人の実力は均衡しているようで、優劣は中々つけにくい。
近くに寄れば接近戦を繰り広げ、少しでも距離があけば、魔銃を放つ。普通であれば、一瞬で決着がつきそうな、息つく間もない激しい攻撃の嵐。けれど二人は、防御に関しても卓越していた。
次々と繰り出される剣撃や魔力弾を軽やかに避け、それでも避けきれなさそうな攻撃は、魔法障壁を張って防いだ。しかも、魔法障壁の張り方が、彼女ら二人は物凄く上手かった。
天魔のように体全体を覆うように張るのではなく、相手の攻撃を見極め、その攻撃の来る一点だけに魔法障壁を張って防ぐのだ。しかも、完全に防ぐのではなく、一瞬、攻撃を押しとどめるだけの弱い障壁を張ることで、避けるだけの時間を稼いでいる。
防ぐにしろ攻撃するにしろ、魔力が必要だ。だから、彼女たちは必要最小限の魔力で防いでいるのだ。
二人の戦いは、高等技術の連続だった。
「なんていうか、見ているだけで勉強になる戦いだね」
大城が感嘆としたように呟いた。
「まさに、トップクラスの戦いでからね。少なくとも、お兄さんにはあんな戦い方はできる気がしませんよ」
そう言いながら、天魔はあるものに気付いていた。
近くの木で、いじけたように膝を抱えて座る鈴音。彼女の体を包む魔導スーツは白くなっており、やられたのだと一目でわかる。
「瞬殺されたんですか?」
「されたよ! されたさ! 悪い?」
不貞腐れたように言う鈴音に、天魔は笑いながら首を横に振った。
「別にそんなことはないですよ。むしろ、予想通りで笑えます」
「最低だ。この人、最低だよ! 仲間なんだから、普通、励ますとかしてくれてもいいんだよ」
「甘やかさない主義なんです、お兄さんは」
「あたしは褒めて伸ばされたい主義なんだよ」
頬を膨らませて、抗議をしてくる鈴音。
「……いや。そりゃ誰だって、褒められたいでしょ」
傍で聞いていた大城が、苦笑して呟いた。
そこで彼の存在に気が付いた鈴音は、不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 天魔は大城と戦ったんじゃないの? なのに何で二人とも無事なのさ」
「ん? 戦っても決着が付きそうにありませんでしたからね。ニケとアリスの戦いも見たかったし、二人のどっちが勝つかで、僕らの勝敗を決めようと、約束したんですよ」
「それって賭けじゃんかぁ。ズルぅ。ここにズルをしようとしている人がいるんだよ」
「大人はズルをする生き物なんですよ。覚えておくと良いですね」
「うわっ。開き直っているよ、この人」
鈴音はそう非難してくるけれど、天魔は苦笑するだけで流しておく。
「それより、二人は互角のようですね」
「ん。違うんだよ」
「え?」
天魔は鈴音の言葉に首を傾げる。
「互角じゃなくて、ニケが押されていたんだよ」
「でも、今は互角に見えますけど?」
「ニケがアリスと戦いながら、強くなっていったんだよ」
鈴音の言葉を理解し、天魔は驚いて、二人の戦いを見る。
二人は本当に、互角の戦いを繰り広げている。ニケは戦いながら、あれほど強くなったというのなら、どれだけ天才なのだろうか。同じチームメイトながら、ニケの底の知れない才能に、恐ろしさすら感じてしまいそうだ。
「……ああ、そうでした。大城」
天魔はさも、今思い出したように言った。
「うん? なんだい?」
「聞きたいことがあったんですよ。……えっと、この訓練校の敷地のどこかに、古代の遺跡がある。または、古代の兵器を修復している。そんな噂を聞いたことありませんか?」
「……古代の遺跡に兵器? ん~、残念ながらないかな。……でも、この訓練校には、立ち入り禁止の場所が多くあるからね。もしかしたら、そういうこともあるかもしれないね」
「そっか」
天魔は頷き、考え込む。
彼がこの噂を聞いたのは、訓練校に来る前のことだ。
曰く、白山地方にある訓練校には古代の遺跡があり、そこでは魔王に対抗できる強力な兵器が発掘され、修復を行われているという噂だ。
しかし、天魔がここに来てからというもの、全くと言っていいほど噂を聞かない。
それだけ、情報統制をされているのかもしれない。……もしくは本当に、ただの噂だっただけか。
同じように、遺跡に関して興味を持つ大城ならば、何か知っているかもと思ったのだけれど、どうやら、当てが外れたようだ。むしろ、ただの噂だという可能性が、強まっただけだった。
古代の兵器とはいえ魔導兵器ならば、魔力の供給が必要になってくる。そして、巨大な力を発揮するものならば、それこそ、より多くの魔力が必要だ。人の魔力の代わりに、魔力の篭める習性を持つ石として知られる、魔石を使うという方法もないわけではないけれど、魔石から一度に引き出せる魔力は少なく、家庭道具程度には有効だけれど、大出力を必要とする兵器には、不向きだ。魔王にも対抗できるという兵器ならば、尚更だろう。
そして、天魔の唯一の長所である無限に近い魔力ならば、その兵器の利用に、最適なはずなのだ。
だから彼としては、この訓練校に来れば、その古代の兵器に触れられるのではないか、と期待していたのだ。しかし、今のところ、そんな話が来る気配がない。
本当に当てが外れたかもしれない。
天魔はそれでも、良いかと思う。
古代の兵器に触れられる。そんな邪な気持ちでこの訓練校に来たけれど、今はそれよりも、気心の知れた仲間たちと過ごせることが、嬉しくて楽しい。
目的とは違ったけれど、それでも、ここに来て良かったと思えるくらいには、今の生活を楽しめていた。
……ただ、罪深い自分が、そんなに楽しんでいいのかと思わないでもないけれど。
考え事をやめてニケたちを見れば、相変わらず、高レベルの戦いを繰り広げている。一瞬でも隙を見せれば、その瞬間にやられてしまいそうだというのに、結局二人は、模擬戦が終わるまで戦い続けた。