想い
魔王というタイトルですが、剣と魔法ではなく、魔法を使った兵器で戦う話です。技術レベルとしては、現代に近いですね。
完全にタイトルとオチだけ考えて、勢いだけで書いてます。もっと、壮大な話にする予定だったのに、物凄いこぢんまり感。
まぁ、僕の話はだいたい、当初想定していたよりもこぢんまりとしがちだからなぁ……。
ふろしきを広げる力が欲しくて仕方ありません。
八年前のあの日、あたしの住まう町は、火の海と化していた。
東のアクエリア。南のクロノアと、この中央から北と西を統べる天里というこの国が戦争をしているのを、知識として知ってはいた。けれど、特に戦火を目にした事のなかったあたしは、この日、初めて戦争をやっているのだと認識した。
そして、それはとても酷いものだった。
今まで住んでいた家も、通っていた学校も、毎日のように友達と遊んでいた公園も、全ては見る影もなく破壊され、瓦礫の山と化してしまった。
あの日のあたしは無力な子供で、泣きながら、両親に手を引かれながら逃げているのがやっとだった。
避難した先は、町の近くの山の中腹にある古代の遺跡。
近所に住む、優しくて物知りで、大好きだったお兄ちゃんが、ここには今の技術では解明どころか傷付ける事もできない遺跡ある、と教えてくれた事があった。それは町でも有名らしく、あたしが家族と共にそこに辿り着いた時には、多くの人が避難していた。
遺跡に繋がる洞窟の入り口からは、空からの爆撃を受けて、火の手を上げる町の様子が見て取れた。それを見ていると、誰の目からも自然と、涙が溢れてくる。
あたしはそんな光景をいつまでも見ていたくはなくて、避難した人達の中に、友達はいないだろうかと探しまわった。例え町が壊れ、遊び場所が無くなったとしても、友達が無事ならば、安心できると思った。
少しすると、友達も何人か、ここに避難してきたことにホッとした。
……でも、ここの事を教えてくれた、優しく大好きだったお兄ちゃんは、いつまでも現れることはなかった。
耳に聞こえてくるのは、周りの泣き声と、大切な場所を奪って行く爆発音。
破壊される町の姿を見れば、あの場に居て、無事で居られるなんて思えるわけもなく、あたしの心の中に、絶望が広がる。
嫌だった。とにかく嫌だった。人が死んでいくのが。
だって、悲しい。
敵が憎いとか、そんなことの前に、ただただ悲しくて。
あたしは強く思った。
戦争なんかなければ良いのにと。
地面が揺れた。
この遺跡の近くに爆撃を受けたんだと誰もが思い、悲鳴を上げる。
あたしはあまりの恐怖に、悲鳴を上げる事も叶わず、うずくまる。けれど、そうするとすぐにわかった。この揺れはもっと地面の奥の方から来るものだと。
それは爆撃なんかではなく、もっと奥の遺跡の中だ。それも、ドクンドクンとまるで脈打つような揺れ。
いや、今になって思えば、それは本当に脈打っていたのかもしれない。
今の技術では傷付ける事もできないと言われた遺跡の壁に亀裂が走る。
誰かが崩れるぞと叫んだ。
皆は急いで、洞窟の中から飛び出す。
そしてあたし達は見た。
遺跡から飛び出す銀の獣。
後に魔王と恐れられる存在が現れたのを。
あれから数年で戦争は無くなった。
けれど、今はそれが魔王と言う脅威にとって変わっただけでしかない。世の中には相変わらず死が溢れている。
だからあたしは、少しでも人を守る為、軍に入る事を決意した。
水梨鈴音は、少しでも悲しむ人が少なくなる事を願って。
八年前、あの魔王の現れた日、すべては変わってしまった。
まだ、幼かった私は、いつものように、母と共に父を見送った。その頃、私たちの住む大陸ではずっと、戦争が行われていた。
異教徒である天里。
悪魔の一族であるクロノア。
唯一神エトの正しさを証明するため、昔から戦争は、幾度となく行われている。
私の父はその中で、飛翔船のパイロットをしていた。
鋼の翼を纏った船で、敵国まで仲間と共に飛び立っては、正義の鉄槌とばかりに爆撃を仕掛けるのだ。
飛翔船のパイロットは、このアクエリアの軍の中でも、とても名誉な仕事であり、誰からも、憧れの対象として見られていた。
だから、そんな父が誇らしくて、私にとっては、どんな英雄にも負けない存在だった。
父は天里への攻撃を行いに、旅立っていった。
例え遠い敵国であろうと、飛翔船を使えばあっと言う間だ。前線基地に向かい、攻撃を仕掛け、戻ってくるのには、三日とかからない。もちろん、前線基地に何日も留まる事もあるけれど、少なくとも週が明けた頃には、いつも通り戻ってきてくれると信じていた。
でも、私の家族にもたらされたのは訃報だった。
当時の私には、訃報の意味はわからなかったけれど、泣き崩れる母の姿に、漠然と、父の身に何かがあったのだと理解できた。
そして、父がなぜ死んだのかを、私は大きくなってから、母に聞かされた。
私の父は予定通り、天里の町に攻撃を仕掛けていたそうだ。その作戦行動は順調で、無事に戻ることはできたはずだったのだ。けれど想定外のことが起こった。
爆撃を行った町。その町の近くにある古代の遺跡から、突如、巨大な獣が現れたそうだ。今では魔王と呼ばれるその獣は、父も、父の乗っていた飛翔船も、すべてを喰らってしまった。
魔王が現れた日、多くのことが変わってしまったと、誰もが言う。
その日によって起こった変化を、喜ぶ者、嘆く者、怒りを覚える者、人は色々な思いを持つ。
その中で、私は憎しみを持った。
父は、魔王が現れた日に殺された。
そう、魔王自身によって。
あれから八年。
色々なことがあったけれど、魔王への憎しみは変わらない。
だから、私は異教徒の住まう国、天里へと向かう。
魔王の性で、人は戦争している余裕をなくし、今では敵対国ではないとはいえ、人を襲う魔王を、神の使いだと崇める者もいるという愚かで度し難い国。
けれど彼の地は、魔王の現れた地でもある。
アリス・ノーランは、天里に魔王を倒すための手がかりが、何かあるかもしれないと期待してやまない。
魔王が現れて、世界が変わったという。
確かにその通りだと思う。少なくとも、ニケの人生は変わった。
別に、魔王が現れた時に劇的に変わったわけではないけれど、少なくとも、魔王の現れたニケの人生と、現れなかったニケの人生では、大きく違った事だろうと思う。
ニケの住まうクロノアという国では、絶対的な階級格差があった。
王族と貴族と平民と貧民。
更には貴族にも平民にも貧民にも、それぞれ呼び方は違うが、上級と中級と下級という三つの格差があった。
生まれた者はこの国に留まる限り、その格差社会から抜け出す事はできない。例えば使用人と主人の間での恋愛が許されないように、平民と貧民が、もしくは、貴族と平民が、結婚をしてはいけない。それが法律で決まっている。
平民がどんなに努力した所で貴族に成れないように、貧民がどんなに努力をしようと、平民に成る事はできない。
生まれた階級から逃れられない、窮屈な社会。
貧民に生まれたニケに選べた仕事は、単純でキツイ肉体労働しか許されない。例え大人になっても、新たに出来る仕事はこの身を売る娼婦くらいだろう。夢や希望もありはしない。
ぼろくて汚い貧民の町で、腹立たしいほど綺麗な空を見上げては、自由に飛びまわる鳥を羨んだ。
そして、あの日、クロノアの町に、魔王がやって来た。
彼の魔王は、歯向かう者を殺し尽くし、クロノアの王までをも喰らってしまう。
これによって、クロノアの今までの社会は崩壊した。
空を駆ける魔王。それに対抗できたのは、魔導機械扱える者に絞られた。そして、この国で扱えるのは、王族や貴族達だけだ。そして、魔王が殺し尽くしたのは、国の根幹を支える者たちだった。
世界は変わった。
少なくとも、この国は変わった。
人の中にはこの変化を恐れる者もいる。
けれど、ニケとしては魔王に感謝しても良いくらいだった。
定められた枠組みで、希望も夢も見いだせなかった人生。
けれど、今は違う。
ニケは持ち前の魔力を活かして、軍に入った。
階級による格差の撤廃された軍ならば、魔導機械に触れられる。その中には当然、空を飛ぶ事ができるようになるものだってある。
あの日羨んだ鳥のように、ニッケル・プライマーは、この世界を自由に飛び立てるのだ。