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短編

星空の彼方に神を求めよ

作者: 伯爵@たまには真面目

 遥か星の海の彼方までを版図に加えながらも、人類の愚かしさは変わらない。

 人類の始まりの惑星……地球を、戦艦のモニターへ映しながら、「アルセウム銀河帝国」第33代の玉座へ昇ったばかりの少女は、深くため息をついた。


 皇帝座乗艦「ラ・ピュセル」を護り囲むは数万の帝国宇宙艦隊。

 そして太陽系第5惑星、木星を挟んだ先には、反乱軍艦隊の威圧的な姿が。

 

 双方の戦艦のカタパルトに、人型機動兵器「D,O,L,L(ドール)」が待機。

 戦端が、開かれようとしていた。


「ヒトは、どこで間違えてしまったのだろう……」


 皇帝アルフェジーナ。まだ15歳の細い肩に伸し掛かる重圧に潰れそうになりながら、薔薇金色の髪をいじり、微かな声でつぶやいた。

 ここは、旗艦の艦橋ブリッジ。人類の歴史上最大規模の宇宙艦隊による睨み合いに、怒号にも似た緊迫した指示と報告が飛び交う。


 数千年の昔、まだ銀河と銀河の間を飛翔する術を人類という種が持たなかった時代の、生命の揺籃。

 ……母なる地球。

 長く続いた帝国の内戦の最終盤、首魁を失った反乱軍残党は、この尊き母星を、数多の銀河に人類が進出した現代にあってなお聖地とされる掛け替えの無い星を、惑星ごと武力制圧し、人質に取る暴挙に出た。独立を認めなければ、そして帝国領の数割を割譲しなければ、数十億の住民ごと惑星を爆破するという脅迫に出た。


「こんな卑劣なやり方で、何が変えられるというの。そんな手段で望みを叶えて、貴方達は満足なの?」


 人質にされた地球の民と、自軍の、そして敵軍の、途方もない数の命を背負う重みに、震える肩を抱き締めて思う。

 どうして、こんなことになってしまったのか。星界を渡り、宇宙の果てへと手が届くところまで、人の叡智は辿り着いたというのに。それでも世界は、憎み合うことを止められない。


『マスター。奇襲部隊より報告が入りました。全部隊地球上に潜入、配置完了。予定通り1300をもって、作戦行動に入るとのことです』


 電子的な声に、少女皇帝アルフェジーナは首をめぐらす。


 後ろに立つのは、金属的な質感のレオタードに身を包んだ美しい少女……の立体映像。

 この宇宙艦隊全軍のシステムを統括する戦闘プログラム「ケルビム」に搭載された擬似人格。

 帝国本星から旗艦に乗せてきた、最強のプログラムの管理者だ。


「……そう。あとは、彼らに託すしかないのね」


 この大艦隊を陽動に注意を引き付け、その間に、地球上へ密かに降下した最精鋭で敵中枢を無力化。

 これが、この史上空前の危機における、帝国軍の作戦の大筋であった。


「姉さま、うまくいくと思う?」


『マスター、私は先代陛下ではありません』


 何度目になるか分からない指摘。それでもアルフェジーナは、この立体映像に、亡き姉を、平和への理想に燃えながら凶弾に散った愛する姉の面影を重ねてしまう。


『ですが、作戦の成功率についてはお答えします。様々な不確定要素を除外すれば、50%かと』


 冷たく告げられる言葉にびくん、とアルフェジーナは怯える。

 本当に、どうしてこんなことになったのだろう。

 人類は長い歴史を重ねて、いくつも過ちを犯して、学んできたはずなのに。

 憎しみを、悲しみの連鎖を断ち切れずにいる。


 あるいは、人の歴史そのものが、宇宙に人類が産まれたこと自体が、間違いだったのか。

 歴史にiFは無いと、そんな言葉の通りに。決定的に道を踏み誤る前へ、戻ることは適わないのか。


「怖いよ。こんな時代に産まれて、私達には、幸せな世界を思い描くことさえ出来ない……」


 憎しみの時代。狂気の世紀。神よ、こんな時代に夢を見ることは罪でしょうか。

 ただ暖かな世界を、優しい未来を望むだけなのに。貴方の子羊達は、今も血を流し続けています。


「姉さま、こんなこと皆には聞かせられないけど……私は別の時代に、違う世界に産まれたかった」


 こんな悲惨を、見ないで済む世界に。重すぎる荷など、背負わないでいい世界に。

 それでも。それでも。


『……マスター。私に人間の感情は理解できませんが』


 姉に、希望の姫君に似た立体映像は。


『私達に出来るのは、ただベストを尽くすことではないでしょうか。もし、過去に戻れたら。もし、違う境遇に産まれたら。そのような不可能なifを検討するのは、無意味と考えます』


 突き放すようにも聞こえる言葉なのに。

 どこか懐かしい、柔らかな笑顔で。アルフェジーナが大好きだったそれと、よく似た表情で。


『私のデータバンクにも、先帝のお言葉が有ります。ヒトは前を見て進むしかないのだと、彼女はよく笑っていました』


「そうね。……それしか、ないのよね」


 アルフェジーナも回想する。どんな困難にも挫けず立ち向かった姉の笑顔。

 姉から聞かされた、帝国の先人たち。人類の歴史を織ってきた、勇気ある偉大な人々の記録。

 その歩みを、継がれてきた想いを、無かったことになんて。


 世界を、やり直そうだなんて。


「ごめんなさい、姉さま。今の弱音は、聞かなかったことにして」


『私は、先代陛下ではありませんが。マスターのご命令でしたら』


 この戦闘プログラムに今の擬似人格を設定したのは亡姉。悪戯好きだった彼女の、もしかしたら気紛れかも知れないけど。それでもアルフェジーナの腹は座った。


 人間に絶望なんてしない。憎悪に呑まれてなんてやらない。

 歴史にifは無いからこそ。私は人類の、今日までの歩みを誇ろう。

 流された血は、涙は多すぎるけど。それをハッピーエンドにするために、戦い続けてきた人達がいることを、彼らに託された想いで、今の世界があることを。

 けして忘れまい。


 だから、私が意志を継ぐ。平和への祈り、明日への希望を、必ず次の時代へ。まだ見ぬ未来の人々へ、胸を張ってバトンを渡せるように。

 一度きりの今を、この時代を、生命の全てを燃やして、笑いながら生きてみせる。


「陛下、作戦開始の時刻です……!」


 オペレーターの声に、艦橋ブリッジの視線がアルフェジーナへと集まる。

 ヒトの未来を切り拓く、そんな戦いが始まる。


「……ふぅ」


 大きく息を吸い、胸を落ち着かせた。


 星は何も答えてくれないけれど。永遠に思えるあの色だって、いつかは変わる。

 人類だって、きっと変われる。

 この宇宙の闇の向こう、星の彼方の、遠い遠い神の御座へ。きっと、人間の輝きを示してみせる。

 誓いを胸に、全艦隊へ作戦開始を告げるマイクを手に取った。


「……いつか必ず、星々のように命輝く世界を」

 ある名作漫画の最終回で描かれた第9の歌詞が、今なお胸に響き続けます。

「よろこびよ 美しい神の火花よ お前の天にあたる聖堂に進む!

 すべての人びとが兄弟となる すべてよろこびの声を合わせよ!

 そう 世に一つでも 人の心を 自分のものとしたものは 共に歌え!

 抱き合おう もろびとよ! このくちづけを 全世界に!

 兄弟たちよ お前たちの道を進め! 

 よろこびをもって英雄が 勝利の道を歩むように!

 すべての善 すべての悪が 自然のばら色の足跡を追う!

 光の天使ケルビムは 神の御前に立つ!

 星空の彼方に神を求めよ! 星の彼方に必ず主はすみたもう!」

 翻訳/小石忠男(音楽評論家) 

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